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第1回 『サキヨミ!⑬ 二人の絆に試練のとき!?』|完結巻発売記念★特別ためし読み連載!

4 三角公園で


「雪うさを、やめる!?」

 夕実ちゃんが目を丸くする。

 ここは、学校の近くにある三角公園。

 その一角にあるベンチに、私は夕実ちゃんとならんで座っていた。

 昨日瀧島君に言われたことを、ぜんぶ夕実ちゃんに話したんだ。

「それに、サキヨミの力を手放すって……。そっか。それで美羽ちゃん、朝から様子がおかしかったんだね」

 そう言って、夕実ちゃんは納得したようにうなずいた。

「夕実ちゃん、ありがとう。部活でも、気にかけてくれて」

「ううん。美羽ちゃん、瀧島君と話さないし、顔も見ようとしなかったからさ。瀧島君のほうは、美羽ちゃんのこと気にして何度も見てたけど」

「えっ、そうなの?」

「うん。原因が自分にあるとはいえ、やっぱり美羽ちゃんのことが心配なんじゃないかな」

 そう……なのかな。

 部活が終わったとたん、何も言わずに帰ってしまった瀧島君の背中を思い出し、胸がずきっと鳴る。

 昨日は、何も言われなかったけど。きっと、サキヨミ会議もやめるってことなんだと思う。

 瀧島君はもう、サキヨミをずっと見ていないし。私だって、日曜からはひとつも見ていない。

 そもそも今日はほとんどずっとうつむいていて、美術部のメンバー以外の人の顔をほとんど見ていないっていうのもあるかもしれないけど。

 ……あれ。

 なんだか私、瀧島君と会う前の自分に、戻っちゃってる?

「それで、美羽ちゃんはどうするつもりなの?」

「え?」

「サキヨミの力。瀧島君は、何かわかったんでしょ? 力を失う方法について、その……マイナスの感情? がどうってやつ」

 昨日の瀧島君の言葉を思い出しながら、「うん」とうなずく。

「詳しくは話してくれなかったし、まだ仮説だとは言ってたけど……瀧島君の考えることだから、きっと当たってる気がするの」

「そうだよね。咲田先輩のこともあるから、間違いなさそうって感じがする。先輩、サキヨミが見えないままなんでしょ?」

 そう。咲田先輩は、「まるで力を失ってしまったみたいに」、サキヨミを見なくなってしまったんだって。

「マイナスの感情が薄れると見えなくなる」っていう瀧島君の考えは、きっと咲田先輩の話を聞いて思いついたことなんだと思う。

 咲田先輩がかかえていた、マイナスの感情……。いったい、何なんだろう。

 それと同じものが、瀧島君にも私にもあって。

 今、二人ともそれが薄れてきてる……ってことだよね。

「私、わからないの。サキヨミの力がなくなったときのこと、うまく想像できなくて」

「美羽ちゃんは今まで、ほとんどの時間を、サキヨミの力を持ったまま過ごしてきたんだもんね」

「うん。だから……怖いって、思ったんだ」

 きゅっと、ひざの上の拳をにぎる。

「力が残っていれば、今までみたいに、未来を変えるために行動できる。でも、力がなかったら……サキヨミで見るような恐ろしい未来を、現実のものとして受け止めなきゃいけない。映像で見るだけでも怖いことが、現実に起こってしまう。それが、すごく怖いの」

「うん。そうだね。怖いよね」

 夕実ちゃんの優しい声に、心のフタがはずれたような感じがした。言葉が、次から次へと口からあふれだしてくる。

「雪うさのことだって、いやだよ。瀧島君が雪うさをやっていること、瀧島君と同じ力を持ってるってことが、私を支えてくれてたのに。それがなくなったら、どうなっちゃうんだろう」

 うんうん、と夕実ちゃんは何度もうなずいた。

「美羽ちゃんの言ってること、わかるよ。雪うさがいなければ、ミミふわは生まれてないもんね」

「そうなの。雪うさがいなくなったのにひとりでミミふわを続けるなんて、とてもムリだよ。瀧島君が力を失って、私もミミふわになれない状態で、どうやって未来を変えればいいの? これじゃあ、昔の弱かった自分に逆戻りだよ」

 言いながら、ひざに置いた手にきゅっと力を入れる。

 すると、夕実ちゃんが力強い声で言った。

「美羽ちゃんは、弱くないよ」

 え、と夕実ちゃんに顔を向ける。

 大きな瞳に、私のおどろいた顔が映っているのが見えた。

「美羽ちゃんだから、ミミふわになれたんだよ。美羽ちゃんのしてきたことは、私や瀧島君の中にしっかり残ってる。何より美羽ちゃん自身の中に、ずっとあり続けるんじゃないかな」

 そう言うと、夕実ちゃんは両手をベンチについて身を乗り出した。

「瀧島君が力を失ったり、雪うさがいなくなったりしたら、心細くなるのはわかるよ。当然だよ。だけど、何かが変わっても──たとえ美羽ちゃんが力を失ったとしても、美羽ちゃんは美羽ちゃんなんだよ。未来が見えなくても、ミミふわにならなくても、変わらずずっと、私の親友だよ」

 あたたかい言葉に、ふっと胸が軽くなる。私は思わず、夕実ちゃんの手を取った。

「ありがとう、夕実ちゃん。私と、友達になってくれて。親友になってくれて、ありがとう」

 夕実ちゃんが、ふわっと優しい笑みを浮かべる。

「こちらこそ、だよ。私、美羽ちゃんがいてくれて、同じクラスになって、いっしょに美術部に入れて、本当によかった。美羽ちゃんは、私の天使だよ」

「て、天使って……!」

 いきなりの言葉に、あたふたする。

「本当だよ。前に、美羽ちゃんをイメージした天使のイラストをプレゼントしたでしょ。レイラ先輩が下絵を描いたやつ。あれだって、レイラ先輩が美羽ちゃんと天使を結びつけてたからじゃないかな」

 去年の私の誕生日に、美術部のみんながプレゼントしてくれた絵のことだ。

 描かれている天使の優しさと、「私をイメージして描いた」というレイラ先輩の言葉、何よりみんなの思いがうれしくて、今も部屋の壁に飾ってある。

「美羽ちゃんはさ。いつも一生懸命で、自分のことより他の人のことを考えて、サキヨミの力で人を助けたいって、すごくがんばってきたでしょ。その優しさとかひたむきさに、みんな救われてきたんじゃないかな」

「救われる……?」

 うん、と夕実ちゃんは真剣な表情で続ける。

「未来が変わることで助けられた人はもちろん、近くでそれを見てきた瀧島君や私、ヒサシ君たちだって、美羽ちゃんの姿にすごく勇気づけられてきたと思う。美羽ちゃんはなんだか、キラキラ光って見えるんだよ」

「そんな……! ちょっと、言い過ぎだよ」

「ううん、そんなことない! 瀧島君はきっと、そんな美羽ちゃんだから……えっと、ずっとそばにいて、助けてくれてたんだと思うよ。美羽ちゃんがミミふわになれるって信じてくれたみたいに、今回だって、美羽ちゃんなら力を手放す決心ができるって信じてくれてるんじゃないかな」

 はっと、目の前が明るくなったような気がした。

 そっか。瀧島君は、私を信じてくれている。

 信じて、私の決断を待ってくれているんだ。

 昨日は突き放されたように感じたけど、そうじゃないのかもしれない。

 瀧島君は、私がひとりで考える時間を作ろうとしてくれているのかも……。

「でもねえ」

 夕実ちゃんが、腕を組んでふーっと息をつく。

「かんじんなところを隠したままってのは、モヤモヤするよね。瀧島君のことだから、きっと理由があるんだろうけど」

「うん。さっきも聞いてみたんだけど、『調べたいことができたから待ってほしい』って言われちゃって。結局、何もわからないままなの」

「調べたいこと? なんだろ。気になるね」

 そう言って、夕実ちゃんは首をひねった。

「でもさ。べつに、今すぐ決めなくてもいいんじゃないかな。だって、『サキヨミの力を手放すかどうか』って、人生に関わるようなすごく大きな選択でしょ。時間をかけて、いっぱい迷って、いっぱい考えればいいと思う。瀧島君は、美羽ちゃんが納得のできる答えを出すまで、絶対に待ってくれるよ」

「……うん。そうだね。きっと、そう」

 心に光が差してくるのを感じながら、静かに息を吐く。

「ありがとう、夕実ちゃん。私、じっくり考えてみる」

「うん。それがいいよ」

「だからね。そのために……瀧島君とは、少し距離を置こうと思う」

「えっ!? なっ、なんで!?」

 夕実ちゃんが、ここに来てから一番大きな声を出す。

「さっき、言ってくれたでしょ。瀧島君、私のことを信じてくれてるんじゃないかって。だから、その気持ちに応えようと思ったんだ。それに、瀧島君といっしょにいたら、いろんな感情がごちゃまぜになって、冷静に考えられなくなっちゃう気がするの。だから、しばらくの間はひとりでじっくり、サキヨミの力と向き合いたいんだ」

 自分の気持ちをひとつずつ確認するようにしながら、言葉に出していく。

 夕実ちゃんは腕を組んだまま、「う~ん」としばらく考えこんだ。

「なるほど。そっか。そうだね。そのほうが、いいかもしれないね」

 何度かうなずくと、夕実ちゃんは私のほうへと顔を向けた。

「瀧島君のかわりにはならないけど、私、ずっと美羽ちゃんの味方だからね。そばにいるからね」

「うん。ありがとう、夕実ちゃん」

 にっこりと笑い、顔を見合わせる。

 すると夕実ちゃんが、何かを思い出したようにまばたきをした。

「そういえば。聞きそびれてたけど、瀧島君にチョコ、渡せた?」

(あっ……)

 ドキッとしたのを隠すように、夕実ちゃんから視線をはずす。

「……うん、渡したよ。チョコとカードのこと、『どういう意味?』って聞かれて……うまく、答えられなかった」

「そっか……」

 夕実ちゃんの声から、さっきまでの元気が消えていた。あわてて、言葉を継ぐ。

「なんか、思いを伝えるどころじゃなくなっちゃったね。ごめんね、夕実ちゃん。いろいろ、協力してくれたのに」

「ぜんぜん。そういうのは、タイミングだもん。きっとこう、運命の流れ的に、今じゃないんだよ。大丈夫だよ、美羽ちゃん。瀧島君の転校だって阻止できたんだし、卒業までまだ時間はいっぱいある。あせらず、ちょっとずつ進んでこう!」

「うん。今日は本当にありがとう、夕実ちゃん」

 そう言って、夕実ちゃんの顔を見つめたときだった。

 じじじ、という低いノイズが、耳にひびいた。


『サキヨミ!⑬ 二人の絆に試練のとき!?』
第2回につづく▶

書籍情報


作: 七海 まち 絵: 駒形

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046323293

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★最新完結刊『サキヨミ!(15) ヒミツの二人でつむぐ未来』は6月11日発売予定!


作: 七海 まち 絵: 駒形

定価
858円(本体780円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046323675

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