3 思い出の写真
「二年前も、わりかし似たような演目だったんだな」
資料室の机でプログラムを広げて、チバ先輩が言った。
「劇や合唱が多い。あとは、メッセージ動画くらいか」
「それじゃあ……クイズ大会とかどうですか? あとは、ビンゴとか」
三年前のプログラムを見て、そこにあるものを言ってみる。
すると、棚の前でさらに昔のプログラムを見ていた瀧島君が「そうだね」とうなずいた。
「三年生も参加して、いっしょに楽しめるもののほうがいいかもしれない」
「たしかに。レイラ先輩のはりきる姿が目に浮かぶようだ」
そう言った叶井先輩は、瀧島君のとなりで棚をながめていた。視線の先には、卒業アルバムがずらりと収められている。
「おい叶井。マジメに考えろよ」
「考えている。三年生を送るにあたり、まずは卒業というものがどういうものなのか、理解する必要があると思ってな」
「ヒサシ君、小学校のとき経験してるじゃん」
「小学校と中学校では違うのだ、夕実。中学卒業後は、大多数の生徒がばらばらの進路に進み、ヘタすれば成人式まで会えないわけだからな」
「成人式……って、いつだっけ?」
「月夜見市は、二十歳のタイミングで行われるよ。五年間会わない人もいるってことだね」
(五年間……!)
夕実ちゃんに答える瀧島君の言葉に、私はがく然とした。
そう、だよね。べつべつの進路に進んだら、当たり前には会えなくなる。
レイラ先輩が留学を断った気持ちが、わかる気がした。
卒業なんてまだ先のことだって思って、あんまり考えないようにしてたけど。
中学校の卒業って、本当に大きな「お別れ」なんだ。
「そもそも、成人式に全員来るかどうかもわからねえしな。一生の別れってこともあるかもしれねえ」
「い、一生……!」
「大丈夫だよ、沢辺さん。近くに住んでいるんだし、会いたいと思えばいつでも会える。ただ、その回数が減るってだけだよ」
「その、減るのが悲しいんだよー!」
夕実ちゃんが私の腕に抱きついた。
そっか。夕実ちゃんとこうしていられるのも、あと二年ちょっとなんだな。
ちらりと、瀧島君を見る。
(私と瀧島君の未来は、いったいどうなるんだろう……)
きゅっと、胸がちぢむように痛んだ。
昨日からずっと、わからないことだらけだ。
瀧島君が、何を考えているのか。
力を失う条件の「マイナスの感情」って、いったい何のことなのか。
そして、瀧島君が望む未来っていうのは、どんなものなのか。
今すぐ、知りたいのに。瀧島君は、私が力を手放す決心をしないと話してくれないって言う。
どうしてだろう。どうして、隠しごとをするんだろう。
私はもう、瀧島君にとって、信用できるパートナーじゃないのかな。
それとも……サキヨミの力が弱くなってきている私といっしょに、過去をまるごと手放そうとしているのかな……。
すると、卒業アルバムをながめていた叶井先輩が、とつぜん目を輝かせた。
「ひらめいたぞ! 三年間の思い出をふりかえってもらうために、写真のスライドショーをするっていうのはどうだ?」
「あ、それは……写真部がやるって聞きました」
瀧島君が、少し言いづらそうに言う。
「ぐっ……! 残念だ。いいアイディアだと思ったんだがな」
「でも、写真を使うのはいいですね。ね、如月さん」
瀧島君が、とつぜん私に目を向けた。その優しい笑顔に、思わずうなずいてしまう。
「そうだね。写真を使って、何か美術部っぽいことができたらいいのかも……?」
「あっ、それいいね、美羽ちゃん!」
腕に抱きついたままの夕実ちゃんが、にっこりする。
「なるほど。ライブペインティングみたいに、写真をリアルタイムで描いて再現する……のは、ちょっと時間がシビアだよな」
「写真を使った、三年生が参加できる形のもの、ということだな」
先輩たちが腕を組んで考えだす。
すると瀧島君が、棚から一冊の卒業アルバムをぬき出した。
机に置いて、ページをめくっていく。自然と、全員が卒業アルバムの周りに集まった。
(先生の写真、集合写真、クラスごとの個人写真……)
そのとなりで、叶井先輩も持っていた卒業アルバムを広げた。
「似顔絵クイズ……は、むずかしいか」
そう言って、個人写真のページをめくっていく。出てきたのは、体育祭や修学旅行などの行事を写した写真だった。
「やっぱ、行事の写真を使うのがよさそうだよな」
「チバ先輩。ライブペインティング、できるかもしれません」
「え?」
瀧島君の言葉で、全員が彼に注目した。
「三年生の思い出の写真を描いて、それが何の写真なのか当ててもらう、というのはどうでしょうか。僕たち五人で、少しずつ描いていくんです。時間を考えるとあまり細かくは描けませんから、ホワイトボードなんかにざっくり描く形でいいと思います。それで、こういう──」
そう言って、お寺やバレーボールのネットを指さしていく。
「すぐに答えがわかってしまうようなものを最後に描くようにすれば、いろいろな答えが出ておもしろいかもしれません」
「あっ、それ、盛り上がりそう!」
「答えるほうもだが、描くほうもおもしろそうだな」
夕実ちゃんと叶井先輩がいきいきとした表情で言う。
「ホワイトボードもいいが、後ろのほうは見づらいかもしれねえな。紙に描いてるところを上からスマホで撮影して、リアルタイムでスクリーンに映写するってのはどうだ?」
「スマホとプロジェクターを接続すれば、できますね。その場合、先生の許可が必要になってくるとは思いますが」
「よし、勅使河原にちょっと聞いてみるわ」
勅使河原先生は、私のクラスの担任の先生だ。生徒会の顧問でもある。
「じゃあ、思い出の写真クイズで決まりだな。美羽もいいか?」
「はい! すごく、おもしろそうです」
言いながら、瀧島君と目が合う。
そのおだやかな表情に少し気持ちが楽になるけれど、昨日のことを思い出してしまい、また胸がうずいた。
(もし、タイミングが合えば……少しだけ、話してみようかな。昨日のこと)
そうするには、すごく勇気がいるけれど。
やっぱり、「わからない」っていう気持ちが大きくて、うまく考えることができないんだ。
もう少しだけ、瀧島君の考えを教えてもらえたら。
サキヨミの力を手放すかどうか、決めることができるかもしれない。
その後、チバ先輩が職員室に行って先生に相談する間、私たちは美術室に戻って装飾の制作を始めることになった。ダンボールで作る、入場ゲートだ。
デザイン画はチバ先輩がすでに描いてくれていて、材料のダンボールも準備室にたっぷりある。
「プロジェクターとスマホの使用にOKが出たら、明日にでも参加申込書出しとくわ。所要時間は、十五分くらいか?」
「そうだな。準備にもたつかなければ、それでじゅうぶんだろう」
チバ先輩に答えて、叶井先輩が言う。
「美羽。悪いけど、資料室の鍵、司書の先生に返しておいてくれるか」
「あ、わかりました!」
鍵を私に渡すと、チバ先輩は資料室を出ていった。その後を追うように、夕実ちゃんと叶井先輩が続く。
ふりかえると、瀧島君はまだ、開いた卒業アルバムに目を落としていた。
「えっと……瀧島君。そろそろ、行ける?」
おそるおそる声をかけると、瀧島君ははっと顔を上げた。
「ごめん。今行くよ」
卒業アルバムを棚に戻すと、瀧島君は資料室の灯りを消した。
鍵をかけて、司書の先生に返す。
そうして図書室を出ようとしたとき、瀧島君が足を止めた。
カウンター近くの席に座る女子生徒が、瀧島君をじっと見ていたんだ。
リボンの色が青かったから、二年生だっていうことだけはわかった。短い前髪の下の眉が、なぜだかぎゅっとしかめられている。
「遠野先輩、こんにちは」
視線に気づいた瀧島君が、声をかけた。
すると彼女は、ふいっと顔をそむけた。けわしい表情のまま、机の上のノートに視線を落とす。
そうして、瀧島君が最後に会釈をしても、顔を上げようとはしなかった。
図書室を出てから、思わずたずねる。
「あの、瀧島君。さっきの人は……?」
「中央委員会の現委員長、遠野小夜先輩だよ」
なるほど、とうなずく。瀧島君は、中央委員に所属しているんだ。
「なんだか……ちょっと、厳しそうな感じの人だったね」
言葉を選んで言うと、瀧島君は苦笑いをした。
「たしかに、そうだね。遠野先輩は、ルールや時間に厳しい人なんだ。勉強しているところに、いきなり声をかけた僕が悪かった。図書室では静かにしろって言いたかったんだよ、きっと」
そうか、とひとまず納得して、廊下を歩きだす。
(でも、あんなふうに、あからさまに瀧島君を無視するなんて……)
びっくりして、ちょっと固まっちゃったよ。
瀧島君は、委員会の仕事で部活におくれたり休んだりすることがたまにある。その間にどんな人といっしょにいるのかってこと、あんまり考えたことがなかった。
当たり前だけど、やっぱり私、瀧島君のぜんぶを知ってるわけじゃないんだな。
二人でならんで歩きながら、私はちらりと彼を見上げた。
美術室まで、まだ少し距離がある。今が、話をするチャンスかもしれない。
「瀧島君。その、昨日のこと……なんだけど」
瀧島君の足が止まった。次の言葉を待つように、静かに私を見る。
「ちょっと混乱しちゃってて、うまく考えられないっていうか……時間が、かかりそうなの」
「待つよ」
即座に言われて、言葉につまる。
「いくらでも待つ。だから、ゆっくり考えてほしい」
「あっ、待って!」
歩きだした瀧島君に、あわてて声をかける。
「もう少しだけ、教えてもらえないかな。その、『マイナスの感情』が何なのか、とか」
瀧島君は、少し目を見開いて私を見た。
しばらくそうした後で、何かを考えるようにうつむく。
「……ごめん。もう少しだけ、待ってほしい。調べたいことができたんだ」
「調べたいこと?」
それって、とたずねようとしたとき、
「おそいぞ、二人とも!」
美術室から、叶井先輩が顔を出した。
「あっ、ごめんなさい!」
「すみません。さっそく、始めましょうか」
がっかりした気持ちで美術室に入る。
(何にも、聞けなかったな……)
その後、部活が終わるまで、私と瀧島君は言葉をかわさないままだった。