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第1回 『サキヨミ!⑬ 二人の絆に試練のとき!?』|完結巻発売記念★特別ためし読み連載!

2 送る会の出し物


「ねえ、美羽ちゃん。どうしたの?」

「え?」

 翌日の昼休み。

 夕実ちゃんに声をかけられて、ぼーっとした頭でふりむく。

「やっぱり、今日の美羽ちゃんおかしいよ。朝から受け答えもとんちんかんだし、英語の時間に数学の教科書出してるし」

「あ、だからそれは、ちょっと寝不足で……」

「寝不足なのは、顔を見ればわかるよ。そうなった原因が、何かあるんじゃないの?」

 心配そうに私の顔をのぞきこむ夕実ちゃん。その顔を見たとたん、鼻の奥がつんと熱くなる。

「あっ、美羽ちゃん!?」

「ごめん、夕実ちゃん」

 指で涙をぬぐって、私はムリやり笑顔を作った。

「今日の放課後、ちょっと付き合ってもらえるかな。話したいことがあるんだ」

「もちろんだよ。でも……部活は、大丈夫? 行ける?」

 心配そうに、眉を下げる夕実ちゃん。

 夕実ちゃんはきっと、わかってるんだ。瀧島君と私の間で、何かがあったんだって。

「うん、大丈夫。部活は、行かなきゃ。今日は『三年生を送る会』の話し合いだもんね」

 そう答えても、夕実ちゃんの表情は変わらないままだった。

「ムリしないでね。二人で部活休むくらい、なんでもないんだから。ヒサシ君にも話しとくよ」

「ううん、平気。逃げたくないの」

 夕実ちゃんが、はっとしたように目を見開く。

「……うん。わかった。私、何がどうなっても、美羽ちゃんの味方だからね」

 そう言って私の手を、ぎゅっと強くにぎってくれた。

「ありがとう、夕実ちゃん」

 うれしくて、ありがたくて、ほっとして。

 夕実ちゃんという親友がいる心強さに、自然と顔がほころんだ。


 昨日はあの後、しばらくの間動くことができなかった。

 瀧島君との会話が、なんだか現実のできごとだと思えなかったんだ。

 なんとか家に帰る間も、気持ちはぐちゃぐちゃのままで。

 まともに考えることなんて、ほとんどできなかった。

 それでも私は、いつものように雪うさの動画の更新を待った。

 瀧島君の考えが、変わったかもしれない。そもそもあれは聞き間違いだったのかもしれないって、祈るような気持ちで。

 だけど、更新はなかった。動画のかわりに、文字だけのメッセージが投稿された。

「とつぜんのことで申し訳ありませんが、動画投稿はしばらくお休みします」って。

 それを見てぼう然としていたら、瀧島君からメッセージが届いた。

 そこには、「雪うさの未来チャンネル」のアカウントにログインするためのIDとパスワードだけが書かれていた。

「どうして……?」

 声と同時に、涙がこぼれた。

 だって。これじゃまるで、「もうおしまい」って言われてるみたいじゃない?

 瀧島君との出会いから始まった、サキヨミという力をめぐる、私たち二人の物語。

 それが、途中でぱたりと閉じられてしまった。そんなふうに思えたんだ。

 サキヨミの力を手放して、雪うさもやめる。瀧島君は、そう決めたって言っていた。

 瀧島君がサキヨミの力を失ったら、私たちのこれからはどうなるんだろう。

 たとえば、私が何かのサキヨミを見たとしたら。

 瀧島君はこれまでどおり、未来を変えるために私に協力してくれるだろう。

 夕実ちゃんやレイラ先輩、叶井先輩やチバ先輩もいっしょに、作戦を考えたり、手分けしたりして、未来を変えていくことはできるはずだ。

(だけど……)

 瀧島君は、特別な存在だ。

 私がそう思っていたのは、瀧島君のことを好きだから──だけじゃなくて。

 彼が私と同じサキヨミの力を持っているから、っていうこともあったのかもしれない。

 同じ力を持って、同じ秘密を共有して。

 だからこそ、こんな私でも、瀧島君のそばにいていいって思えた。

 サキヨミの力があるから、いっしょにいられるんだって。そう思ってた。

 だけど、瀧島君は、力を手放す決心をした。そして、私にも力を失ってほしいと思ってる。

 瀧島君と私が、二人ともサキヨミの力を失う。

 そうなったら、瀧島君にとって、私はどんな存在になるんだろう。


 ──如月さんのことは、僕が守るよ。

 ──僕の大切な人は、如月さんただひとりだ。

 ──僕の『運命の人』は、如月さんだけだよ。


 今まで瀧島君が言ってくれた、たくさんのうれしい言葉たち。

 それは、不安になったり、くじけそうになったりしたときに勇気をもらえる、私の大事な宝物だった。

 でも。もし私が、はじめからサキヨミの力を持っていなかったとしても。

 瀧島君は、同じことを言ってくれたのかな。

 だって、瀧島君と私のこれまでは、サキヨミの力がなかったら成り立たない。

 私からサキヨミの力を引いたら、何が残るの……?

「おーい、美羽。聞いてるか?」

 はっとして、顔を上げる。

 美術室の机に腰かけたチバ先輩が、私の顔をのぞきこんでいた。

「す、すみません。何でしょう?」

「『三年生を送る会』の出し物だよ。美羽は何か意見あるかって、聞いたところだったんだけど」

(まずい。ぼーっとしてた……!)

 今日一日、授業の間も休み時間も、ずっと瀧島君のことを考えていたせいかな。

 部活に来たのに、話し合いそっちのけで考えにふけってしまった。

 ホワイトボードには、叶井先輩の字で「ダンス」「コント」「歌」と書かれている。

 その横には、「装飾:入場ゲート(ダンボール製 デザイン:チバ)」とあった。

 三年生を送る会は、卒業する三年生のために、一・二年生が主体になって企画する行事だ。

 三月の第一週、つまり再来週に行われる予定なんだ。

「そんな急に聞かれても、すぐには思いつきませんよ。ねえ美羽ちゃん」

 すぐそばに座っている夕実ちゃんが、フォローしてくれる。

「あっ、そ、そうだね。ごめんなさい、チバ先輩」

 大事な話し合いの最中に考えごとをしてしまったことを反省し、頭を下げる。

「やはりダンスがいいのではないか? 『ミケネコ戦士』のダンスがネット上でにわかに流行っているらしいぞ」

「あっ、知ってる! みけストロベリーとエレンがエンディングで踊ってるやつだよね?」

 立ち上がった夕実ちゃんが、叶井先輩とならんで腰に手を当てた。かと思うと、くるくると回りだす。

「あの二人、敵同士なのに妙に相性いいよねえ。戦いの最中でも、おたがいのことを思いやってるっていうか」

「さすが夕実、よくわかっているな。エレン、通称『漆黒の天使』は、ミケネコ戦士の中でも屈指の人気キャラだ。コスプレして踊るのも、盛り上がりそうじゃないか?」

 ミケネコ戦士っていうのは、最近人気があるアニメのことだ。みけストロベリーもエレンも、たしかそこに出てくるキャラクターの名前だったはず。

「うーん。ダンスは、正直オレはあんまり気乗りしねえんだよなあ。コントも歌もだが、相当凝ったもんにしねえと映えないっつーか」

 手をたたいて踊りを続けている夕実ちゃんたちの横で、チバ先輩が言う。すると、

「そもそもなんですが」

 少し離れたところに座っていた瀧島君が、落ち着いた表情で口を開いた。

「去年の美術部は装飾だけで、出し物はしなかったっていう話でしたよね。他の部は、どんな出し物をしたんでしょうか?」

 その顔がこちらに向きそうになって、私はあわてて視線をそらした。

 部活で今日初めて瀧島君と会ってから、まだ一言も話していない。

 話どころか、ろくに目も合わせられていないんだ。

「ダンス部がダンスして、野球部はコント。演劇部は、感動系の劇をやってたな。あとは……」

「たしか、有志の合唱もあったと記憶している」

 華麗なターンを決めた叶井先輩が言った。そのとなりで、同じく踊り終わった夕実ちゃんが「うーん」と腕を組む。

「定番だけど、なんだかありきたりな感じもするような……どう、美羽ちゃん?」

 名前を呼ばれた私は、すぐさま夕実ちゃんに顔を向けた。

「そうだね。レイラ先輩なら、なんでも喜んでくれるとは思うけど……どうせなら、少しびっくりしてほしいって思うかも」

「びっくり、っていうと?」

 瀧島君に聞かれ、びくっと体が震える。

「え、えっと……何か、簡単には思いつかないような……これまでだれもやったことがないようなこと、とか?」

 しどろもどろになりながら言うと、チバ先輩が「それいいな!」とひざを打った。

「じゃあ、過去二年間でやった出し物とかぶっちゃダメだな。レイラ先輩たちをあっと言わせるような、キバツで斬新なことを考えねえと」

「ちょっと待て。それじゃあ、ダンスもコントもナシか?」

「劇や歌もな」

「ぬぬ。ハードルが上がったな……」

 叶井先輩が、眉間にシワを寄せる。

「ではまず、過去の出し物を調べるところから始めましょうか。たしか生徒会室に、過去の送る会のプログラムがあったと思いますが」

 瀧島君の提案に、チバ先輩が「いや」と首をふった。

「こないだ書類整理をしたときに、ぜんぶ資料室に移したんだよ。二年前の出し物はオレも叶井も知らねえから、見にいく必要があるな」

 資料室っていうのは、図書室のとなりにある部屋のこと。

 昔の卒業アルバムも保管されてて、瀧島君といっしょに見にいったこともあるんだ。

 あれは、二人で力を合わせて、咲田先輩に立ち向かおうとしてたときのことだった。

 たくさん迷って、怖い思いや悲しい思いもしたけれど。あのときは瀧島君がそばにいてくれるっていう安心感のおかげで、勇気を出して行動することができていた。

(でも、今は……)

「よし。そうと決まれば善は急げだな。資料室に行くぞ!」

 叶井先輩の言葉で、みんなが立ち上がった。

「美羽ちゃん、大丈夫?」

 夕実ちゃんに小声で言われ、大きくうなずいた。

「うん。行こう」

 背中に瀧島君の視線を感じながら、私は夕実ちゃんといっしょに美術室を出た。


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