16 私の気持ち
部活が終わって美術室を出ると、意外な人物が私たちを待っていた。
「あれっ、レイラ先輩? と、深谷先輩!」
「みんなー、おつかれー!」
太陽のような笑顔をはじけさせ、レイラ先輩が手をふっていた。そのとなりで、深谷先輩がほほえんでいる。
「もう帰ったのかと思ってました。どうしたんすか?」
「さっきまで、ふかやんと図書室で勉強してたの。それでね、みんなに聞いてほしいことがあるんだ。あたし、夏にイタリアに行けることになったの!」
「「「「「えっ!?」」」」」
私たち五人の声が、きれいにそろった。
「ほ、ほんとですか!?」
「そうなの、ユミりん。昨日の夜、喜多島先生から電話があったんだ。それで、『春休みがダメなら夏休みに行けばいい』って言ってくださったの! ほんとびっくりだよね、ふかやん!」
「ああ。おれも今朝聞いて、おどろいた。瀬戸のまっすぐな言葉が、喜多島先生の心にひびいたのだろう。気持ちを伝えることの大切さを、改めて思い知った」
「それじゃあ……レイラ先輩は、イタリアに行けるし。私たちは、春休みにレイラ先輩といっしょにいられるってことですか?」
「ミウミウ、そのとおりだよ! すごいでしょ? もうほんと最高!」
レイラ先輩がうれしそうにその場で飛びはねた。
「遊びの計画、いっぱい立てておくから楽しみにしててね。あっ、予定があったら早めに教えて!」
「了解っす」
「瀬戸。春休みもいいが、今は受験に集中してほしい」
「わかってるよー! あたしがんばるから、みんなも結果を楽しみにしててよ! どんな結果でも後悔しないように、せいいっぱいやってくる!」
みんなで「応援してます」と言うと、レイラ先輩は「ありがとう!」と満面の笑みを返してくれた。
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「よかったね、回収箱のこと。瀧島君の言ったとおり、心配するようなことじゃなかったんだ」
みんなと別れて、瀧島君と二人だけの帰り道。
私の言葉に、「そうだね」と瀧島君はほほえんだ。
「佐藤さんのクッキーに続いて、倉元さんの件も、チバ先輩への『思い』が原因の事件だったね。もっと言えば、原田さんも」
「原田さんも?」
「『美術部の元部長』を『美術部の部長』に聞き間違えたのは、普段から『美術部の部長』のこと──つまり、チバ先輩のことを意識していたせいなんじゃないかなと思って」
「あっ、なるほど!」
瀧島君、鋭い……!
やっぱり原田さんも、単なる「ファン」じゃなさそうかも。
「すみれちゃんと倉元さん、それに原田さんは、チバ先輩のこと……好き、なのかな」
「そんな気がする。実際、生徒会長になってから、チバ先輩の人気はうなぎのぼりだしね」
「そうだね。きっと、そうだよね」
うれしく思いながらも、私の心臓は、校門を出る前からずっとドキドキしていた。
カバンの中には、チョコが入っている。夕実ちゃんのお母さんが届けてくれたものだ。
(このまま行くと、渡すのは別れぎわになるかな……)
あと、十分ちょっと。そうしたらいよいよ、本番だ。
カードのメッセージは、昨日書いたとおりのまま。
もうちょっと、自分の言葉を使って、この気持ちを伝えられたらいいんだけど……。
いったいなんて言えばいいのか、いまだにわからないでいた。
「そういえば。原田さんのこと、覚えてたかな。『もち米子ちゃん』を描いていた子だよ」
「えっ!? ……ああっ! 思い出した!」
もち米子ちゃん。原田さんが友達と描いていたリレー漫画の、主人公キャラクターだ。
去年の四月。瀧島君と私は、「原田さんが漫画のノートを雨でぬらしてしまい、不登校になってしまう」という内容のサキヨミを見た。
私が美術部に入ることを条件に、瀧島君がこの未来を阻止してくれたんだ。
「原田さん、去年の夏くらいからSNSにイラストを投稿するようになったんだ。漫画も描いているみたいだから、チバ先輩があこがれの存在になるのは自然なことかもしれないね」
「そうだったんだ。どこかで見たことあるなって思ってたんだ。わかって、すっきりしたよ」
「彼女のSNS、よかったら見てみる? あとでID送ろうか」
「いいの? お願い!」
瀧島君が笑顔でうなずく。
原田さんのサキヨミを解決したことで、瀧島君は未来が見えることを私に打ち明けてくれた。
あれからもう、一年近く経とうとしているんだ。
あのとき、原田さんのサキヨミを見ていなかったとしたら。
私たちの運命は、どう変わっていたんだろう……?
「レイラ先輩のことも、よかったね。サキヨミの力を手に入れてしまったのかと思ったけど、そんなことはなかった」
「あっ、やっぱり瀧島君もそう思ってたんだね」
「ああ。力を分ける条件がそろっていたし、レイラ先輩の行動が不自然に思えたからね。深谷先輩やひったくりに関する未来を見たのかもしれないって思ったんだ」
「でも、そうじゃなくてよかったね。『未来は見えません』って、はっきり言ってたし」
「それに……いや」
瀧島君は、そこで言葉を止めた。
「何?」
続きをうながす私に、瀧島君は少し言いづらそうに視線をそらした。
「……如月さんにはもう、分けるほどの力は残っていないんじゃないか……と思って」
思いがけない言葉に、ドキッとする。
そうか。力にある程度の大きさがないと、「分ける」のはムリだ。
「うん……そうかもしれない。映像は短いし、ノイズも濃くなってるような気がするし」
言いながら、胸の中に怖さがふくらんでいく。
怖がってちゃ、ダメだ。レイラ先輩の言葉を思い出すんだ。
──どんな未来が待っているのか、いつもワクワクしながら待っていたいんです。
私も、未来がわからないことを怖がるんじゃなくて、「おもしろい」って思いたい。
だから、サキヨミの力が弱くなっていることを、怖がっちゃダメだ。
瀧島君に気持ちを伝えた後の未来がどうなるのか。それがわからないことを、怖がっちゃダメだ。
怖がっていたら、何も変わらない。このまま伝えられなかったら、自分の気持ちを殺すことになってしまうかもしれないんだ。
そのほうが、ずっと怖い。
だって、気持ちは、私そのものだから。
瀧島君と別れるT字路が、すぐそこに見えてきた。カバンの持ち手を、ぎゅっとにぎり直す。
「……あのね、瀧島君。私……渡したいものが、あるの」
声が震えるのを感じながら、なんとかそう言い切った。
「渡したいもの?」
カバンを開けて、紙袋を取り出す。
「ごめん。これ、昨日渡すはずだったんだけど。その……バレンタインの、チョコ……です」
うつむきながら、かすれるような声で言う。
両手で袋を差し出すと、瀧島君はすぐにそれを受け取ってくれた。
「ありがとう。うれしいよ」
胸が、どきりと音を立てた。
彼の声は、いつもよりもちょっと硬くて、ひやっとしてて。
想像していたほど、優しいものではなかったんだ。
(……迷惑、だったかな? ていうか、バレンタインの次の日に渡すとか、普通にダメだよね?)
「あ、あの、ほんとごめん! 一日おくれで渡すなんて、失礼だよね。昨日はその、いろいろあって……」
「うん、わかってるよ。昨日叶井先輩の家に来たのは、これを渡すためだったんだよね」
「うん、そうなの。それで、レイラ先輩のことがあって、私……」
言いながら、顔を上げる。
瀧島君は、唇を引き結んで紙袋を見つめていた。その真剣そのものの表情に、思わず逃げ出してしまいそうになる。
けれど、ぐっと力を入れて踏みとどまった。
ここで逃げてちゃ、ダメ。ちゃんと自分の言葉で、思いを伝えなきゃ……!
「瀧島君。私……」
「カードがある。これ、見てもいい?」
「えっ? あっ、うん! もちろん!」
言いながら、書いた言葉を思い出して後悔する。
「瀧島君、いつも本当にありがとう。初めて作ったチョコです。どうかお口に合いますように」
──それだけだ。
なんて無難で、あたりさわりのない文章だろう。もっと、違う言葉を使えばよかった。
瀧島君はしばらくの間、じっとメッセージカードを見つめていた。
「……このカードとチョコは、どういう意味?」
「えっ……」
ぎくっとして、息が止まった。
考えはしたけれど、聞かれないだろうと思っていた言葉。
それをぶつけられて、私の全身は石のように固まってしまった。
「深谷先輩みたいに、カン違いしたくないんだ。だから、教えてほしい」
「そ……それは……」
伝えようとしていた言葉が、激しい鼓動とともにばらばらと千切れていく。
「つまり、その……瀧島君には、いつも助けられてて……すごく、感謝してて」
ああ、違う。こんな言葉じゃないのに。
動揺しすぎて、頭がうまく働いてくれない。
「だから、これからも、その…………よろしくねっていう意味、だよ」
いっしょにいたい。いてほしい。
飛び出そうになったそんな言葉を、ぐっと飲みこむ。
「つまり、友チョコっていうことでいいのかな」
言われて、はっと口を開ける。首を横にふりたいのに、冷やされたチョコみたいに、固まってしまって動かない。
「ええと……そういうわけじゃ、なくて……」
やっとそれだけ言ったとき。
瀧島君から言われた「好きだった」という言葉が、頭をよぎった。
好き「だった」。今は、違う?
それなら、今さら「好き」って伝えたところで、迷惑でしかないのかもしれない。
私は、ぎゅっと唇をかみしめた。それから、ゆっくりと口を開いた。
「瀧島君は……私の、大事な人……だから」
「……大事な……」
私の言葉をくりかえす瀧島君の顔には、何の感情も見て取れなかった。
違う。これじゃ、足りない。違うのに。
(どうしよう。今、伝える?)
瀧島君は、私にとって特別な人で。
つまり、「好き」だってことを──……
「……変わらない?」
「え?」
瀧島君のとつぜんの言葉に、思考が止まる。
「僕にサキヨミの力がなくても、それは変わらない? 変わらず、如月さんの『大事な人』であり続けることはできる?」
瀧島君は、まばたきもせずにじっと私の顔を見つめた。
そのとき、思い出す。
商店街で言われた、「サキヨミの力を失ったらどうする?」という質問。
あのとき私は、「瀧島君はどうなの?」ってたずねた。でもその答えは、まだ聞けていない。
どうして瀧島君は、あんなことを聞いてきたんだろう。
(もしかして、瀧島君のサキヨミの力に、何かが起こっている……とか?)
すると、瀧島君はこう言った。
「実は……サキヨミの力を失う条件が、わかったかもしれないんだ」
(…………えっ……)
それは、心の底からしぼり出したような声だった。
静かだけれどもゆるぎのない瞳で、彼は続ける。
「僕の場合、望む未来に進むためには、おそらくサキヨミの力を手離す必要がある」
そう言うと、一歩私に近づいた。長いまつげが、茶色い瞳に暗い影を落としている。
「たとえ僕が、サキヨミの力を失ったとしても。如月さんにとって、僕は『大事な人』のままでいられるのかな」
私を見つめる瞳に、力が入るのがわかった。
その視線にからめとられたように、私はかすかに震えながら、ぼう然と立ちつくした。
『サキヨミ!⑬ 二人の絆に試練のとき!?』
第1回につづく(6月5日公開予定)
※『サキヨミ!⑫ 大事件!?伝える気持ちとオドロキの真実』の巻末には「スペシャル短編」が収録されているよ★ レイラ先輩と深谷先輩のとっておきシーンが読めちゃう!? ぜひ本もチェックしてね!
書籍情報
- 【定価】
- 814円(本体740円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046323088
★最新完結刊『サキヨミ!(15) ヒミツの二人でつむぐ未来』は6月11日発売予定!
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