14 真相
「そういえば。深谷先輩は、どうしてクラッカーを持ってたんだろう?」
私が言うと、夕実ちゃんが「それはね」と説明してくれた。
レイラ先輩から受けたサプライズのお返しとして、合格祝いのときに使おうと買ったものだったんだって。
レイラ先輩が深谷先輩を追いかけたことが、ひったくりを目撃することにつながって。
深谷先輩がレイラ先輩のためにクラッカーを買ったことが、ひったくりをつかまえることにつながった。
あの二人のおたがいを思う気持ちが、私の見た未来を大きく変えたんだ……!
「僕がサキヨミで見たレイラ先輩の未来も、変わったと思いますよ」
瀧島君が言う。「深谷先輩に告白される」っていうサキヨミのことだ。
「深谷先輩は、レイラ先輩の気持ちに答えようとしていたってことだよね。金曜も、今日も……そして、瀧島君が見た未来でも」
「美羽の言う通りだろうな。レイラ先輩にとって、深谷先輩からの告白がなんで『よくない未来』だったのかもわかった気がする」
「えっ、チバ先輩、ほんとですか? 教えてください!」
夕実ちゃんに言われ、チバ先輩がレイラ先輩たちのほうを見やった。
「レイラ先輩としてはそんなつもりじゃなかったのに、合格祝いのカードを告白だとカン違いさせてしまったわけだろ。そのことに対するとまどいと、申し訳なさと、後悔と……そんな気持ちが、あの未来を『よくないもの』にしていたんじゃねえかな」
「そうですね。僕も、そう思います」
瀧島君が言うと、叶井先輩もうなずいた。
「なるほど、そういうことか……」
「でも……うれしいって気持ちは、なかったのかなぁ……」
夕実ちゃんが、悲しそうに眉を下げる。私は、そっと夕実ちゃんのとなりに立った。
「きっと、うれしさもあったと思うよ。でも、告白するのって、すごく勇気が必要なことだから。深谷先輩に告白させてしまって、『とんでもないことをしちゃった』って思ったんじゃないかな」
「レイラ先輩は、優しい人だからね。深谷先輩のことだって、絶対に大事に思ってるはずだ」
瀧島君も、そう言ってほほえみかける。すると、夕実ちゃんがほわりと笑顔になった。
「そうだよね! きっとあの二人、うまくいくよね。雨宮さんに立ち向かった深谷先輩、すごくかっこよかったし。そもそもレイラ先輩、深谷先輩の顔を見て留学するのやめようって思ったわけでしょ? それってもう、自覚はないかもだけど、相当大事に思ってるってことだよね」
「おお、なるほど! 夕実、さすがだな」
「今日のことがきっかけで、レイラ先輩も深谷先輩のこと、異性として意識し始めるかもしれねえな」
チバ先輩がうれしそうに目を細めた。
たしかに。あの二人にとって、今日のできごとはすごく意味のあるものになったかもしれない。
「さて、深谷先輩や手紙の件は、これでスッキリと解決したな。次は、回収箱とクッキー事件の真相を解決せねば」
叶井先輩が言うと、チバ先輩が「ああ!」と目を見開いた。
「忘れてた。あのクッキー、すみれからだったんだ」
「「「「え?」」」」
チバ先輩以外の全員の声が重なった。意外な人物の名前に、しばらくの間ぽかんとしてしまう。
「すみれって……演劇部の佐藤さんのことか?」
「そうだよ、ヒサシ君! チバ先輩、すみれちゃんと仲よかったんですか?」
夕実ちゃんがたずねると、チバ先輩は「あー……」と目をそらした。
「去年、帰りがいっしょになったことがあってな。ミミふわのこととか、漫画の話で盛り上がったんだよ。それから連絡取り合うようになったんだ」
「えっ、ミミふわ?」
思わず言うと、チバ先輩は少しあわてたように、
「美羽のことじゃねえからな。あくまで、『ミミふわ』の話だ」
声を落としてそう言った。
そういえばすみれちゃんもチバ先輩も、ミミふわのファンなんだよね。
二人が連絡を取り合う仲だったなんて、ぜんぜん知らなかった。すみれちゃんからチバ先輩の話、聞いたことなかったから。
「金曜の夜、『クッキーどうでした?』ってチャットですみれから連絡があったんだ。咲田先輩が差し入れで持ってきたクッキーがおいしかったから、レシピを聞いて自分でも作ってみたんだってよ」
「佐藤さんは、チバがくるみアレルギーであることは知らなかったのか?」
「ああ。アレルギーのことを伝えたら、すぐに電話がかかってきて謝られた。今度、くるみの入っていないクッキーを作ってくれるらしい。ちなみにあのクッキーは、兄が全部たいらげた」
「クッキーには、送り主がわかるようなものは何もついていませんでしたよね。佐藤さん、サプライズのつもりだったんでしょうか」
瀧島君の問いかけに、チバ先輩は首をふった。
「いや、電話の後で改めてカバンを見たら、底からすみれの名前が書かれたメモ用紙が出てきた。マスキングテープで貼ってあったのが、はがれちまったみたいだな」
さらに聞くと、すみれちゃんはあの日、図書委員の仕事を終えて帰ろうとしたところで、私たちが階段を下りるところを目撃したんだって。手紙で呼び出されたチバ先輩を見に行こうって、みんなで昇降口に向かったあのときだ。
それで美術室をのぞいたらだれもいなかったから、ちょうどいいと思ってチバ先輩のカバンにクッキーを入れたということだった。
「本当はオレの靴箱に入れようと思ったらしいけど、食べ物だからカバンのほうがいいと思ったんだってよ。そんでその後、また図書室に寄ってから東階段を使って帰ったらしい。だから昇降口でも会わなかったし、美術室に戻るときも階段ですれ違わなかったんだ」
(うわあ……! そういうことだったんだ)
あのとき私たちが使ったのは、校舎の中央にある階段だ。東階段を使ったすみれちゃんと、すれ違うはずなかったんだ。
よかった。やっぱり、いやがらせなんかじゃなかったんだ。
たまたまくるみが使われていたから、もしかしたら悪意なのかもって一度は思っちゃったけど。
それは、単なる偶然だった。真相は、仲良しのすみれちゃんからのプレゼントだったんだ。
「な、なんと人騒がせな……! あのときおまえがカバンの中をもっとよく見ておけば、あんな大事にならずにすんだのに!」
「いやむしろ大事にしたのはオマエだろ、叶井」
「あ、あの! そのメモ用紙、なんて書かれてたんですか?」
夕実ちゃんが興味しんしんな瞳でたずねる。
「えーと……『チョコは持ち込み禁止ですが、クッキーは禁止されていないので。よかったら食べてください』……だったかな」
(えっ!? それって……!)
バレンタインチョコのかわり……ってこと!?
思わず夕実ちゃんと目を見合わせ、うなずき合う。
「よかったですね、チバ先輩。うれしかったんじゃないですか?」
瀧島君がほほえみながら言う。
「ん? まあ、真相がわかってスッキリしたし、またクッキーを作ってもらえるっていう楽しみができたからな」
「しかし、回収箱のナゾはまだ残っているというわけだな」
叶井先輩のメガネがきらりと光った。
「よし! 明日からの調査に向けて、今日は英気を養うぞ! カラオケだ!」
「「えっ」」
瀧島君と私の声が重なった。
瀧島君に、カラオケはまずい。前に、瀧島君が歌とは思えない音波を発する、地獄みたいなサキヨミを見たことがあるんだ。
「……すみません。僕はカラオケ苦手なので、遠慮します」
「あっ、えっと、私も……!」
とたんに顔色の悪くなった瀧島君とともに、じりじりと後ずさる。
「えーなんで? せっかくだから行こうよ、二人とも!」
「苦手なら、べつにムリして歌わなくていいぞ」
夕実ちゃんとチバ先輩に言われるも、二人でぶんぶんと首をふる。
「いえ! みなさんで、楽しんでください!」
「じゃあ、僕たちはこれで」
そう言って、瀧島君と私は夕実ちゃんたちに手をふって小走りに歩き出した。
「あっ、美羽ちゃーん!」
呼びかける夕実ちゃんに向かって、笑顔でもう一度手をふる。
「如月さん、ごめん。付き合わせちゃって」
「えっ、いいんだよ! 私、カラオケ行ったことないから、よくわからないし。それに、瀧島君といっしょにいるほうが……」
はっとして、言葉を止める。みるみる顔が熱くなってくるのを感じて、あわてて視線をそらした。
「そ、そういえば、コロッケ! お肉屋さんのコロッケ、食べる?」
言いながら、さっきたこ焼きを食べたばかりだったことを思い出す。まずい、食いしん坊だと思われちゃうかも……!
けれど瀧島君のほうから、「そうだった!」とうれしそうな声が聞こえた。
「コロッケがあるって、さっき言ってたよね。実は、如月さんといっしょに食べたいなって、前から思ってたんだよ」
「えっ、前から?」
「ほら、行こう」
瀧島君の言葉について考える間もなく、手をつかまれる。
少し遠慮がちなその手の感触を味わいながら、私は声も出せずにうなずいた。