10 見えない未来
私・美羽と瀧島君は、商店街の入り口まで戻り、二人でスマホの画面を見つめていた。
「あっ。返事、来た!」
瀧島君のスマホに、新しいメッセージがぴこんと表示される。送信者は、レイラ先輩だ。
『瀬戸レイラ:今は家にいるよー。どうしたの?』
それを見て、瀧島君と思わず顔を見合わせた。
レイラ先輩がいなくなってしまったから、ひとまず無事を確認したくて「今どこにいますか?」ってメッセージを送ってみたんだ。
(だけど……)
「『家にいる』、か。まだ確実に、この商店街の周辺にいるはずなんだけど。出かけていることを知られたくないようだね」
「それって、あの男の人のことをナイショにしたいから……かな」
「そうかもしれない。でも、とりあえず今は無事のようだからよかったよ」
言いながら、瀧島君は返事を打ちこんだ。
『もし外に出かけるなら、自転車に気をつけてください』って。
するとまた、すぐに返事が来た。
『瀬戸レイラ:それ、雪うさの占い? わかった、気をつけるよ! ありがとう!』
「……これで、大丈夫かな?」
「まだ、確実に大丈夫とは言えないかな。本人から居場所を聞き出すのはムリそうだから、とにかく捜すしかないけど……如月さん、沢辺さんから返信はあった?」
「まだ、何も。既読にはなってるけど」
さっき、喫茶店にいる夕実ちゃんにメッセージを送ったんだ。
パーマの男性を見失ってしまったことと、彼が電話で言っていた「連れていく」っていう言葉のことを。
「ねえ、瀧島君。こうなったら、深谷先輩にも事情を話して協力してもらったほうがいいんじゃないかな」
「深谷先輩に?」
「うん。サキヨミのことは話せないけど、実は私たちは雪うさと知り合いで、雪うさから『レイラ先輩に危険がせまってる』って連絡があったってことにするとかして……」
レイラ先輩を守るためには、ひとりでも協力者が多いほうがいい。
私の提案に、瀧島君は「なるほど」とうなずいてくれた。
「ただ、深谷先輩に協力してもらうとなると、あの男性のことも話す必要が出てくると思う。それを聞いた深谷先輩が、どんな反応をするか……場合によっては、彼も危険なことに巻き込んでしまうかもしれない」
「あっ……そっか」
深谷先輩はきっと、私たちと同じか、それ以上にレイラ先輩のことを大事に思ってる。
そんなレイラ先輩が、ちょっとあやしげな男性といっしょにいるって知ったら、深谷先輩はいても立ってもいられず、暴走しちゃうかもしれない。
「でも、協力してくれたら大きな力になってくれるってことも事実だ。だから、深谷先輩に事情を話すかどうかの判断は、チバ先輩にまかせようと思う」
「チバ先輩に? どうして?」
「彼はきっと、深谷先輩がレイラ先輩を呼び出そうとしたワケに気づいているだろうからね」
「ワケ?」
きょとんとしてから、はっと気づく。
「もしかして、瀧島君も気づいてたの? 深谷先輩が、レイラ先輩にこく……」
告白、と言いかけて口をつぐむ。すると、瀧島君が苦笑した。
「そういう手紙には見えないって言った手前、恥ずかしいんだけどね。十中八九、告白だと思ってる」
瀧島君の口から「告白」という言葉を聞いただけで、顔がかあっと熱くなった。
そっか。瀧島君も、やっぱりそう思ってたんだ。
「チバ先輩に連絡しておくよ。深谷先輩に協力をあおいだほうがいいと判断したなら、そうしてくださいって」
「うん。チバ先輩ならきっと、一番いい判断をしてくれるよね」
レイラ先輩を捜すのを、深谷先輩に手伝ってもらうのか。それとも、深谷先輩の気持ちを考えて、レイラ先輩と男性のことはこのままナイショにしておくのか。
むずかしい判断だけど、チバ先輩にまかせればきっと大丈夫だ。
「よし。それじゃあ、商店街に戻って二人を捜そう。自転車に気をつけながらね」
「うん!」
「それと……」
瀧島君が、迷うように言葉をにごした。
「……一応、道行く人の顔を見ていってもらえるかな。サキヨミが見えるかもしれないから」
「あっ、そうだね! そうするよ」
私がうなずくと、瀧島君は安心したようにほほえんだ。
なんだろう。金曜日から、サキヨミの話になると、瀧島君の歯切れが悪くなる気がする。
(気のせい、かな?)
「僕は、右側の店を見てみるよ。如月さんは、左側を頼めるかな」
「わかった。レイラ先輩がいそうなお店は、中に入って見てみたほうがいいかな?」
「そうだね。雑貨屋とか、お菓子屋とか……」
「喫茶店では、飲み物しか頼んでなかったよね。おやつの時間過ぎてるし、そろそろおなかがすいてくる頃かも」
「たしかに。クレープと、たこ焼きのお店があったよね」
「お肉屋さんのコロッケもおいしそうだったよ」
そう言うと、瀧島君がちょっと目を見開いた。
「コロッケ? 気づかなかった。時間があったら、あとで食べようか」
「うん!」
瀧島君の笑顔で、がぜんやる気がわいてきた。
よし。レイラ先輩を助けるために、がんばらなきゃ!
****
(……とは、言ったものの……)
どれだけ人の顔を見ても、サキヨミが見えてくる気配はなかった。
レイラ先輩や男性の姿も、いっこうに見つけられない。
さっきの喫茶店の横を通ったときは、夕実ちゃんたちがいるかなって見てみたんだけど。通りから見られる窓ぎわの席にはいないようだった。
チャットの返事がまだ来ないのも気になる。レイラ先輩だけじゃなく、夕実ちゃんたちにも何か起きてる……なんてこと、ないよね。
心配になって、もう一度「大丈夫? 何かあった?」とメッセージを送る。
しばらく待ったけど、今度は既読にならなかった。
(サキヨミも見えないし、レイラ先輩たちも見つけられない……)
なんだか、あせってきちゃうよ。
そもそも。どうしてレイラ先輩は、男性を置いていなくなってしまったんだろう?
私が見たサキヨミでは、レイラ先輩とあの男性はいっしょにいた。ということは、二人がいっしょにいなければ、あの自転車事故は起きないってことなのかな。
でも、もしかしたら、もうどこかで合流しちゃってるかもしれないし。
そもそも、「自転車がアーケード内を暴走する」っていう未来は、変わっていないはず。
レイラ先輩じゃなくても、他のだれかが巻き込まれて怪我をしちゃう可能性だって、じゅうぶんあるんだ。
「如月さん」
瀧島君に声をかけられ、はっとわれに返る。
「どうかな。やっぱり、何も見えない?」
サキヨミのことだよね、と思いながらうなずく。
「うん。ごめんね。見えないときはぜんぜん見えないし、かと思ったら立て続けに見たりもするし……ほんとに、安定しないんだ。相変わらずノイズだらけで、よく見えないしね」
「僕もだよ。今日見たのは、ひさしぶりだった。少し、安心して……少し、がっかりもしたかな」
「……え?」
がっかり、という言葉に、思わず瀧島君の顔を見つめる。
「どうして? がっかりって、どういう……」
おどろいたせいか、うまく言葉が出てこない。すると、
「如月さん。この間から、聞こうと思っていたことがあるんだ」
そう言って、彼はこちらに一歩近づいた。じっと私を見つめる瞳が、きらりと鋭く光る。
「もし、サキヨミの力を失ったとしたら……如月さんは、どうする?」
とつぜんの問いかけに、思わず目をしばたたいた。
(サキヨミの力を、失ったら……?)
瀧島君、どうしてそんなことを聞くんだろう。
もしかして、「がっかり」って言葉と、何か関係がある?
そうたずねたかったけれど、瀧島君が私に向けるまなざしの強さに、思わず下を向いてしまう。
サキヨミの力を、失う。
それは、これまでに何度か考えようとしながらも、目をそむけてきたことだった。
「恋をするとサキヨミが見えなくなる」っていう仮説が、私にそうさせてきたんだ。
サキヨミを見る力か、瀧島君への気持ちか。
どっちかひとつ選ばなければいけないなら、私は力を選ぶ。
瀧島君やみんなと過ごすうちに、そう考えるようになった。
でも、その仮説が間違っていたのなら。サキヨミの力も、瀧島君への気持ちも、両方持ったままでいられるのなら。
私は……できれば、この力をずっと持ち続けていたい。
サキヨミの力には、何度も助けられてきた。私が今こうして大事な人たちといっしょにいられるのは、サキヨミの力のおかげだ。
それに何より、サキヨミの力は、私と瀧島君の絆そのものでもあるんだ。
私が、瀧島君に分け与えてしまった力。でも、そのおかげで瀧島君との今がある。
サキヨミの力がなかったら。私が瀧島君を好きになることも、その気持ちを伝えたいって思うことも、きっとなかった。
(だから……)
ぎゅっとこぶしをにぎり、静かに口を開く。
「もし、力がなくなったら……ぜんぶ、消えちゃう気がする」
「……え?」
瀧島君が、とまどったような声を出す。私は顔を上げ、続けた。
「もちろん、今まで築いたもの──過去は、消えない。だけど、未来は、どうなるかわからない。もしもサキヨミの力がなくなって、未来がなんにも見えなくなっちゃったら……今、当たり前にあるものが、とつぜんなくなっちゃうかもしれない。だから、私は…………すごく、怖い」
声をしぼり出すようにして言ってから、私はふたたび目を伏せた。
「……そうか」
瀧島君の声は、しずんでいるように聞こえて。彼の顔を見る勇気が出ないまま、私は言った。
「瀧島君は、どうなの?」
「……僕は……」
彼の言葉は、そこで止まった。理由のわからない不安とあせりが、私の口を動かす。
「がっかりしたっていうのは、どうして? 瀧島君は……サキヨミの力がなくなればいいって思ってるの?」
「いや、違う。そうじゃないんだ。そうじゃなくて、ただ、僕は……」
瀧島君が、そう言ったときだった。
後ろのほうから、何やらざわつく声が聞こえてきた。「ひゃっ!」「うわっ」という人の悲鳴もまじっている。
はっとしてふりかえると、「どけ!」という声が耳にひびいた。
アーケードの真ん中を走る紺色の自転車が、ものすごい勢いで私のほうに向かってくるのが見えた。