
私、如月美羽は、未来が見える「サキヨミ」の力を持っているーーー!
角川つばさ文庫の大人気・学園ラブミステリー「サキヨミ!」シリーズが、6月11日発売予定の第15巻でついに完結! 発売を記念して、クライマックスにつづく11巻~14巻を大公開します! 期間限定でまるごと読めちゃう、このチャンスをお見逃しなく★
(公開期限:2025年7月25日(金)23:59まで)
※これまでのお話はコチラから
5 告白とT字路
帰り道。私は、となりを歩く瀧島君に顔を向けた。
「瀧島君、すごいね。筆跡から深谷先輩ってわかっただけじゃなくて、聞き間違いのことも言い当てるなんて」
「いや、たいしたことじゃないよ。レイラ先輩といったら深谷先輩だって、連想ゲームみたいに思い出しただけだから。それにしても、人騒がせな事件だったね」
そう言って、瀧島君は苦笑いをした。
──「すまなかった」
美術室に入るなり、深谷先輩はチバ先輩に向かって深々と頭を下げた。
「瀧島から連絡をもらって、おどろいた。まさか、それがチバ君に渡っていたとは……『美術部の元部長』と伝えたつもりだったんだがな。混乱させてしまい、申し訳なかった」
「いや、だれも悪くないし、かまわないっすよ。でも、レイラ先輩を呼び出したのに、どうして深谷先輩は花壇の前に来なかったんすか?」
「担任に呼ばれて、その用事が長引いてしまってな。五分ほどおくれて駆けつけたんだが、だれもいなかった。瀬戸は何も知らないのだから当然だな。もう、とっくに帰ってしまったようだ」
その後深谷先輩は、詳しいことを話してくれた。
なんでも、帰りぎわに「あること」に気づいて、今日じゅうに絶対レイラ先輩と話さなければ、と思ったんだそうだ。
帰ろうとしているレイラ先輩にあわてて声をかけようとしたけれど、担任の先生に「いっしょに職員室に来てくれ」と言われてしまい、それができなかったんだって。
そこで急いでメモ帳に手紙を書きつけ、廊下ですれ違った女子に「美術部の元部長に渡してくれ」と頼んだ……ということだった。
でも、その手紙はレイラ先輩ではなくチバ先輩に届けられてしまった。手紙のことなんて何も知らないレイラ先輩は、そのまま家に帰ってしまったんだ。
「名前を書かなかったのは、時間が惜しかったのと、瀬戸なら筆跡でおれだとわかるだろうと思ったからだ」
(なるほど……)
納得して、思わずうなずく。
瀧島君の「急いでいた」っていう推理も、ばっちり当たってたんだ。
「すみません、『あること』というのは何なんでしょう? 今日じゃないといけない理由も気になりますが」
叶井先輩がメガネを光らせて言う。
「それは……悪いが、言えない。個人的なことなんだ」
その言葉に、夕実ちゃんの眉がぴくりと動いた。
「今日話したいのであれば、レイラ先輩にチャットで連絡を取ってみてはどうですか?」
瀧島君の提案に、深谷先輩は首をふった。
「いや、いいんだ。直接顔を見て話さなければ、意味がないことだから……」
夕実ちゃんの目が、カッと見開かれる。
「今日会えなかったのは残念だが、チャンスはまだある。じゃましたな」
そう言うと、深谷先輩は手紙を回収して去っていった。──
(やっぱり、あれって……)
深谷先輩がいなくなった後、夕実ちゃんと私は意味ありげに視線をかわしてしまった。
きっと、夕実ちゃんも気づいたんだ。
深谷先輩がレイラ先輩を呼び出したのは、「告白するため」だったんじゃないか……って。
瀧島君は、どう思ったんだろう……?
ちらり、と瀧島君を見る。とたんに、きゅっと胸がちぢんだ。
(うう、やっぱりだめだ! 瀧島君の前で「告白」の話題を出すなんて、ムリ……!)
去年の秋、「如月さんのことが好きだった」って言われたこともだけど。
今「告白」っていう言葉を口にすると、絶対にあさってのバレンタインのことを意識して、おかしなことを言ってしまいそう。
当日、チョコを渡したら……瀧島君は優しいから、きっと「ありがとう」って笑顔で受け取ってくれる。
友チョコっていうものがあるくらいなんだから、「チョコを渡すイコール告白」、ってことにはならない……よね。
(瀧島君、チョコの意味について、わざわざ聞いてきたりはしないよね……?)
ドキドキと、胸がさわぎ出す。
すると、「そういえば」と瀧島君が口を開いた。
「朝、レイラ先輩を見たって話しただろう。あのときレイラ先輩、ちょっと元気がないように見えたんだ」
「えっ? レイラ先輩が?」
思いがけない言葉に、バレンタインでいっぱいだった頭がたちまち冷静になる。
元気のない、レイラ先輩……。なんだか、うまく想像できない。
「ちょっと深刻そうな、何か思いなやんでいるような顔をしてたんだよ。声をかけようか迷っているうちに、友達に話しかけられて見失ってしまって。結局、何もできなかった」
「そうだったんだ……。昼休みに会ったときは、ぜんぜんそんな感じしなかったんだけどな」
「単に、空腹とか寝不足だったのかもしれないし、大丈夫だとは思うんだけどね。受験直前だから、ちょっと心配になったんだ」
そこで言葉を止めると、瀧島君はふっと笑った。
「でもきっと、月曜にはまた元気なレイラ先輩に会えるよ。僕らは僕らで、回収箱とクッキーのナゾを解き明かそう」
「あっ、そうだね!」
叶井先輩が「絶対に真相をつきとめる」って言って、結局月曜からみんなで聞き込み調査をすることになったんだ。
手紙のあて先がチバ先輩じゃなかったことから、やっぱりあのとき回収箱が落ちてきたのは偶然だったんだって思ったんだけど。
叶井先輩は、チバ先輩の動きを見張っていただれか──たぶん、クッキーをカバンに入れた人──がやったんじゃないかって、まだちょっとうたがってる。
チバ先輩は、相変わらず問題にしようとしなかった。
でもやっぱり、叶井先輩だけじゃなく、私たちも気になったんだ。
帰りぎわに、夕実ちゃんがぼそっとこう言ったの。
「ヒサシ君、よっぽどチバ先輩のことが心配なんだな」って。
叶井先輩があれだけ犯人探しにこだわったのは、チバ先輩の身を案じてたからだったんだ。
チバ先輩のことが心配な気持ちは、私たちも同じだ。
もしだれかがチバ先輩を困らせようとしてやったことだったら、じっとしてはいられない。
(レイラ先輩がいたら、すごくはりきっただろうなあ……)
そう思って、少しだけさびしくなる。
でも、レイラ先輩は大事な試験があるんだから。
真相をつきとめて、受験を終えたレイラ先輩に「こんなことがあったんですよ」って、落ち着いて報告できたらいいな。
「瀧島君は、どう考えてるの? 回収箱と、クッキーのこと」
「どちらも、人が関わっていることだと思うよ。それがだれなのかは、まだわからないけどね」
「箱もクッキーも、同じ人が関わってるのかな」
「どうだろう、まだなんとも言えないな。ただ、僕はどちらも悪意によるものだとは思えないし、思いたくない。チバ先輩の生徒会長としての活躍ぶりは、如月さんもよく知っているだろう」
「うん。アカネちゃんもすみれちゃんも、びっくりしてたよ。見る目が変わったって」
チバ先輩は、以前の「怖い」っていうイメージを脱ぎ捨てて、立派な生徒会長として生徒たちから尊敬のまなざしで見られている。朝礼での挨拶も堂々としていて、本当にかっこいいんだ。
「まあ、だからこそ、チバ先輩に嫉妬したり、おもしろくないと思う気持ちがわいたりしてもおかしくないのかもしれない。今回のことのウラにもしそういう気持ちがあったのだとしたら、僕はチバ先輩を守るために戦うつもりだよ」
「あ、私も! そんな気持ちでチバ先輩を困らせようとするなんて、許せないよ」
私の言葉に、瀧島君は笑みを浮かべた。
道の先に、瀧島君といつも別れているT字路が見えてくる。
(あっ、そういえば……日曜の予定、聞いてなかったな)
できあがったチョコを渡しに行く予定だったけど、瀧島君、家にいるのかな。
念のため、確認しておいたほうがいいよね?
「あの、瀧島く……」
「如月さん」
同時に声を発し、私たちは一瞬、見つめ合ったまま固まった。
「あ、ごめん、瀧島君からどうぞ!」
「いいの? 何か聞こうとしてたんじゃ……」
「大丈夫! ぜんぜん、たいしたことじゃないから!」
急に恥ずかしくなってしまって、私はぶんぶんと首をふった。
「実は……この間、咲田先輩と会って、話したんだ」
「咲田先輩と?」
意外な名前に、きょとんとする。
演劇部のOBである咲田先輩は、たまに後輩のもとを訪れているらしい。けれど、私はしばらく、彼とは顔を合わせていなかった。
「そのとき、聞いたんだけど。咲田先輩はまだ、サキヨミが見えないままらしいんだ。──まるで、力を失ってしまったみたいに」
(えっ……)
瀧島君の真剣な声と表情に、胸が震えた。
力を、失ってしまったみたいに……?
「それで、その……如月さんは、どう? やっぱり、見る回数は少ないまま?」
「あ、うん。そういえば、今日もサキヨミ会議、しなかったね。私が今日見たのは、あのレイラ先輩が阻止したサキヨミだけで……一か月ぶりくらい、だったかな」
「そうか。僕はもう……見なくなって、どれくらいになるかな。最後に見たのは、深谷先輩がレイラ先輩に避けられるっていうサキヨミだったから……僕も一か月ちょっと、だね」
瀧島君は、そこで目を伏せた。何かを考えるように視線を動かしてから、再び私を見る。
「如月さんは、サキヨミの力を……いや、ごめん。なんでもない」
そう言うと、くるりと背を向けた。
「それじゃあまた、月曜に学校で」
「えっ……あ、うん! またね!」
遠ざかっていく瀧島君の背中に向かって、手をふる。
(瀧島君、何を言おうとしていたんだろう……?)
日曜の予定のことも、結局聞きそびれちゃった。
出かけてたとしても、チョコはポストに入れてしまえば大丈夫かな。
顔を見て渡すよりも、そのほうが緊張しなくてすむかもしれない。
そう思ったとき、ふと深谷先輩の言葉が頭をよぎった。
──直接顔を見て話さなければ、意味がないことだから。
(……ううん。先輩は、「告白」なのかもしれないけど。私のチョコは、まだ「告白」ではないもんね)
にわかに、心臓がドキドキし始める。
不安と緊張をふりはらうように、私は家に向かって駆け出した。