
私、如月美羽は、未来が見える「サキヨミ」の力を持っているーーー!
角川つばさ文庫の大人気・学園ラブミステリー「サキヨミ!」シリーズが、6月11日発売予定の第15巻でついに完結! 発売を記念して、クライマックスにつづく11巻~14巻を大公開します! 期間限定でまるごと読めちゃう、このチャンスをお見逃しなく★
(公開期限:2025年7月25日(金)23:59まで)


※これまでのお話はコチラから
1 レイラ先輩のバレンタイン
「ミウミウ、ユミりーん!」
金曜の昼休み。
廊下を歩いていた夕実ちゃんと私は、元気な声にふりかえった。
にぎやかな生徒たちの波のむこうに、大きく手をふっている女子の姿が見える。
(レイラ先輩?)
先輩の声を聞くのは、ひさしぶりだった。受験直前ということもあって、最近はあんまり顔を合わせていなかったんだ。
レイラ先輩は、プロレスごっこをしている男子生徒をするりとかわして私たちのもとへやってきた。片手に、茶色い紙袋をさげている。
「レイラ先輩、どうしたんですか?」
夕実ちゃんの言葉にニコッと笑うと、先輩は紙袋の中に手をつっこんだ。
「えへへ。はい! ハッピーバレンタイン!」
(えっ!)
「バレンタイン」という言葉に、私は思わずドキッとした。
レイラ先輩が取り出したのは、板チョコ……ではなく、板チョコがデザインされたメッセージカードだった。
「うわあ、かわいい! なんですか、これ?」
受け取りながら、夕実ちゃんが目を輝かせる。
「うちの学校、チョコ禁止じゃん? だからこうやって『友チョコ』ならぬ『友チョコカード』を毎年配ってるんだ~! 二日早いけど、許してね!」
そう。今日は2月14日じゃなくて、12日。
今年のバレンタインデーは、日曜なんだ。今日はバレンタイン前の最後の平日だ。
「ミウミウへ」と書かれたカードを裏返すと、そこにはレイラ先輩からのメッセージがびっしりと書かれていた。
「ありがとうございます、レイラ先輩! 学校ではバレンタインできないと思ってたから、すごくうれしいです」
私の言葉に、レイラ先輩がうれしそうに目を細めた。
「チョコレートは持ち込み禁止でも、手紙ならオッケーだからね! こういうイベントは、全力で楽しまなきゃ!」
「ううっ、なるほどぉ……! こういうやり方があったとは……」
カードを見ながらつぶやく夕実ちゃんに、レイラ先輩がこそっとたずねる。
「ユミりんは、当日あげるの? ひー君に、チョコ」
彼氏の名前を出されたとたん、夕実ちゃんのほおがほんのり赤くなった。
「その予定です。チョコは、当日作ろうと思ってて。ね、美羽ちゃん」
「えっ!? ええと、うん!」
あわててうなずくと、レイラ先輩が「ほ~ん?」とニヤつく。
「わかった! 二人でいっしょにチョコ作って、それぞれ大好きな人に渡しに行くんだ!」
(……っ!?)
「大好き」という言葉に、かあっと顔が熱くなるのを感じた。
少し前。公園で、夕実ちゃんとバレンタインについて話したんだ。
というより、瀧島君について話しているうちに、バレンタインの話になったっていうのが本当のところなんだけど……。
私は、瀧島君に恋してる。
だから、この気持ちを大事にしたい──いつか彼に伝えたいって、夕実ちゃんに打ち明けた。
そうしたら夕実ちゃんが、「バレンタインに瀧島君にチョコを渡してみたら?」って提案してくれたんだ。
「いいねえ、ドキドキだね! じゃ、あたしはこれ配らなきゃだから行くね。バレンタイン、楽しんでねー!」
「あっ、レイラ先輩!?」
どうしよう。まごまごして、何も言えなかった。
これじゃ、「大好きな人にチョコを渡しに行く」ってことを認めたようなものだ。
(でも、間違ってはいない……のか)
瀧島君のことは、本当に好きだけど。
あらためて「大好きな人」って言われると、すごく恥ずかしくなってしまう。
すると、夕実ちゃんが申し訳なさそうに言った。
「ごめん、美羽ちゃん。あんまり深く考えないで呼びかけちゃった。レイラ先輩鋭いから、バレンタインの日の計画、気づかれちゃったね」
「いいんだよ! いっしょにチョコを作るのは本当だし!」
ちらりと、廊下の先にいるレイラ先輩を見やる。ちょうど友達に会ったのか、カードを渡して笑顔でおしゃべりをしていた。
(さすがに、私がチョコを渡す相手がだれなのかまでは、気づいてない……よね?)
そう思ったとき。
レイラ先輩が、とつぜんハッとふりむいた。そのまま、こちらに向かって走ってくる。
「そうだ、ミウミウ! 悪いけどこれ、タッキーに渡しておいてくれない? さっき教室行ったけど、いなかったんだよねえ」
「えっ!?」
あまりのタイミングに、心臓が大きくはね上がった。
「わっ、私が、瀧島君に……!?」
「うん。いつもタッキーといっしょに帰ってるでしょ? だから、ミウミウなら確実かなって」
その言葉に、ほっと息をつく。なんだ、深い意味はなかったんだ。
レイラ先輩って、たまにびっくりするくらい鋭いことがある。
雪うさやミミふわの正体にも、かなり早いうちから気づいていたくらいだ。
今も、「もしかしたら心を読まれたのかも」なんて思っちゃったよ。
「わかりました。渡しておきますね」
そう言って、「タッキーへ」と書かれたカードを受け取る。
「レイラ先輩、受験近いし、忙しいですもんね。がんばってくださいね!」
夕実ちゃんの言葉に、はっとする。
そうだ。レイラ先輩の高校入試まで、あと一週間ちょっとしかない。
「ありがとう! もう少しで自由になるから、がんばるよ。あっ、そうそう! ふかやんが第一志望の学校に受かったって、知ってる? 昨日が合格発表日だったんだよ」
「えっ、そうだったんですか!?」
興奮して、思わず大きな声が出た。
ふかやんっていうのは、元生徒会長の深谷先輩のこと。レイラ先輩と仲良しで、難関高校を第一志望にしていたんだ。
「ええっ、すごい! この中学から受かるのって、もしかして初じゃないですか?」
「そうらしいよ、ユミりん! 三年の間では、朝からその話でもちきりなんだ。ああ、うらやましいなあ! あたしも絶対後に続いてやる!」
レイラ先輩の第一志望は、天寺高校だ。
今年の初詣で、私はレイラ先輩と深谷先輩の合格祈願の絵馬を見つけたんだ。
絵馬に書いてあったとおり、深谷先輩が志望校合格を果たしたんだ。きっとレイラ先輩だって、同じように合格するはず。
「レイラ先輩、きっと合格しますよ」
「ありがとう。ミウミウが言うと、ほんとになりそうな気がしてくるね。なんたって、ミミふわだもんね」
小声になったレイラ先輩に、私は少し照れながらうなずいた。
サキヨミでは、「いい未来」は見えない。
でも、レイラ先輩が天寺高校の制服を着て笑っている姿が、ありありと目に浮かぶようで。
きっとその光景は現実になるって、心から思えたんだ。
「終わったら、いっぱい遊ぼうね。それまで、待っててね!」
レイラ先輩の笑顔に、私も自然と顔がほころんだ。
受験が終わったら、美術部全員でたくさん遊ぼうってことになっている。
来月、レイラ先輩は卒業してしまうけれど。
それまでにたくさん、楽しい思い出が作れるといいな。
瀧島君もいっしょの、すてきな思い出が……。
「あははは! おっかしい!」
とつぜん、背後から笑い声が聞こえた。
ふりかえると、近くの教室から女子の集団が出てきたところだった。ひとりの女子が何やら芸能人のモノマネをして、他の女子たちを笑わせている。
一瞬だけ、そのモノマネ女子の顔を見たとき。
「えっ……!」
──じじじ……。
ひさしぶりに耳にする、ノイズの音。
「サキヨミ」の始まりだ!
──後ろ向きの状態でモノマネを披露していた女子と、プロレスごっこをしている男子。二人ともお互いの存在に気づかずに、後頭部同士を激しくぶつけてしまう。──
映像が終わった、その瞬間。私は息をのむことしかできなかった。
モノマネ女子と、プロレス男子。
その距離は一メートルも離れていなくて、サキヨミが実現する直前の状態になっていたんだ。
(どうしよう、もう間に合わない!?)
手をのばし、「危ない」と大きな声を出そうとしたとき。
「──危ない!」
それは私ではなく、レイラ先輩の声だった。
いつの間にか彼らのすぐそばにいたレイラ先輩が、二人の間にわって入ったんだ。
ゴチッと鈍い音が聞こえて、私はあわてて駆けよった。
「レイラ先輩っ!」
すると、モノマネ女子の陰から「いてて……」と頭をさするレイラ先輩が出てきた。
青いネクタイ、つまり二年生のプロレス男子が、「すみません、大丈夫ですか」とレイラ先輩に声をかける。
「うん、あたしは大丈夫。君は?」
「平気です。すみませんでした」
「いいよいいよ。次からは、もうちょっと周りに気をつけようか。あなたも、前を見て歩こうね」
言われて、モノマネ女子が「はい」と申し訳なさそうな顔になった。
「あっ、もうこんな時間! 急がなきゃ。じゃあねーみんな!」
レイラ先輩は私たちに手をふると、さっそうと近くの階段を駆け上がっていった。
その後ろ姿を、ぼう然と見送る。
(……どうして? 私は、何もできなかったのに)
サキヨミで見えた未来は、何もしなければ絶対に現実になる。
それなのに、今のサキヨミで見た未来は、一瞬で変わった。
レイラ先輩が、阻止したんだ。
あの二人がぶつかるって、どうしてわかったんだろう。いや、わかるはずなんてない。
不思議。いったい、どういうことなんだろう。
私は最近、サキヨミを見なくなってきている。見たとしてもさっきみたいに時間も短いし、ノイズもだんだん濃くなってきている気がする。
サキヨミの力が、弱ってきてるのかもしれない。
もしそうなら、現実にならないサキヨミを見るようになっても、不思議じゃないのかな。
(でも……そんなこと、ある?)
「美羽ちゃん、どうしたの?」
考えていると、夕実ちゃんが少し心配そうな顔で私を見上げてきた。
夕実ちゃんは、私がサキヨミを見たことには気づいていないようだった。
あのね、と話そうとしたとたん、廊下に予鈴が響きわたる。
「大丈夫、ちょっと気になることがあっただけ。あとで話すね」
そう? と首をかしげる夕実ちゃんとともに、教室へと戻る。
(あとで、瀧島君にも相談してみよう)
私は、レイラ先輩からあずかったカードをそっと手で包んだ。