8 先輩が危ない!
──男性とならんで歩いていたレイラ先輩が、とつぜん背後をふりかえる。
「え……うわっ!」
その瞬間、レイラ先輩が何かにぶつかってはね飛ばされた。
それは、暴走する自転車だった。うずくまるレイラ先輩にかまわず、そのまま走り去っていってしまう。
「おい、大丈夫か!」
男性があわててレイラ先輩に駆けよる。先輩は苦しげな表情で足を押さえ、立ち上がることができない。──
それは五秒足らずの、短いサキヨミだった。
映像が終わってすぐ、私は看板から顔を出した。
「あっ、美羽ちゃん!?」
左右を見て、せまってくる自転車がいないか確認する。
(……いない……みたい)
ほっと息をついて、また看板の陰に隠れる。
レイラ先輩たちは、まだ喫茶店の前で何かを話しているところだった。幸い、気づかれた様子はない。
「如月さん」
瀧島君が、何か聞きたげな表情で私を見ていた。うなずいて、口を開く。
「レイラ先輩のサキヨミを見たよ。服装も同じだったし、あれは絶対に今日のできごとだと思う」
「教えてくれ。どんな内容なんだ?」
チバ先輩に問われ、私はごくっとつばを飲みこんでから言った。
「レイラ先輩が、自転車にはねられてしまうんです……!」
私からサキヨミの内容を聞いたみんなは、一気に顔を青くした。
「そっ、それって……! 骨、折れちゃってるんじゃ……!」
「試験直前だぞ。その時期に怪我なんて、支障があるなんてもんじゃねえ」
「絶対に絶対に、阻止せねば!」
「如月さん。自転車の特徴とか、事故が起こった場所とか、何かヒントになりそうなものは見えなかったかな」
「ええと……!」
必死に思い出す。
「自転車は、黒っぽくて。乗っていたのは、男の人……だったかな? 場所は……」
レイラ先輩の姿に集中してしまっていたのか、その周りの風景はよく覚えていなかった。ただでさえノイズだらけだし、なんだかぼやけて見えたんだ。
「ごめん、場所はよくわからない。でも、地面はこのグレーのタイルっぽかったから……たぶん、商店街のどこかなんだと思う」
言いながら、足元に目を落とす。アーケード内の通りは、さまざまな濃さのグレーのタイルがランダムにしきつめられているものだった。
「歩行者専用のアーケードで自転車を乗り回すとは、なんてやつだ」
叶井先輩が眉をつり上げた。
「よし。自転車に注意しながら、レイラ先輩の後を追おう。先輩は……」
瀧島君が、喫茶店のほうをふりかえった。つられてそっちを見ると、あの二人の姿がない!
「くそっ、どこ行った!?」
「チバ先輩、ほら! あそこですよ!」
夕実ちゃんが指さす先に、歩く二人の後ろ姿が見えた。商店街の奥へ向かっているようだ。
「よし、尾行開始だ。気づかれぬよう、ばらけて行くぞ」
叶井先輩がそう言ったときだった。
「──あれ。偶然だな」
とつぜん聞こえたさわやかな声に、びくっと飛び上がる。
「こんなところで会うとはな。美術部そろって、何してるんだ?」
そう言って歩みよってきた人を見て、息が止まりそうになった。
なんとそれは、深谷先輩だったんだ。
おどろきすぎたのか、夕実ちゃんが口をパクパクさせている。
「いや、あの! べつに、たいした用はないっていうか……なあ!」
「えっ? あ、そ、そうです! べつに何かのミッションの途中とか、そういうわけではまったくなく……!」
チバ先輩と叶井先輩が、あたふたしながら深谷先輩の前に立った。両手を大きく動かして、どうやら壁を作っているつもりらしい。
(あ、そうか! レイラ先輩とあの男の人を見たら、深谷先輩、絶対にショック受けちゃう!)
「ええと、ひとまずこちらにどうぞ! 大勢で固まってると、通行のジャマになりますから……!」
言いながら、看板のほうへと手を向ける。
その間に、瀧島君と夕実ちゃんが深谷先輩の左右に回りこんだ。先輩たちもじりじり動いて、看板の陰へと誘導する。
「……なんだか、あやしいな。いったい、何なんだ? むこうに、何かあるのか?」
深谷先輩が夕実ちゃんをかわし、ひょいっと壁の外にはみ出した。
「わっ、わーっ! ない、ないです! 何もないです!」
あわてて大声を出した夕実ちゃんが、深谷先輩のコートのスソを引っぱった。
チバ先輩たちも腕や肩をつかみ、深谷先輩を強引に看板の陰へと連れこんだ。
(あ、危なかった! レイラ先輩がいたこと、気づかなかったよね……!?)
「深谷先輩、どうしてここに? 何か、商店街に用事があるんですか?」
瀧島君に問われ、深谷先輩はけげんそうな顔をしながらも「ああ」とうなずいた。
「この商店街にある出雲書店で、イラストレーターのサイン会が開かれると知ってな。整理券をもらってきたところだったんだ」
先輩が、バッグのポケットから小さな紙を取り出した。
「エンドウ・フユ サイン会」「17時開始」という文字が印刷されているのが見える。
「エンドウ・フユって……ワニんぎょのデザインをしたイラストレーターですよね!?」
夕実ちゃんがすっとんきょうな声を出す。
「そうだ。一時期、月夜見市に住んでいたらしくてな。その縁で、サイン会が企画されたらしい」
「ワニんぎょって、レイラ先輩の好きなあのキャラクターのことか?」
叶井先輩の言葉に「ああ」とうなずくと、深谷先輩はきまり悪げな表情になった。
「……もしかしたら、瀬戸も来るかもしれないと思ってな」
そう言って、整理券をバッグにしまう。
(そっか。おとといは、会えなかったから……)
深谷先輩は、レイラ先輩と話がしたくてここに来たんだ。
それってやっぱり、告白するため……なのかな。
「まあ、この試験直前の時期に出歩く可能性は低いが、瀬戸ならもしかしてと思ったんだ。会えなかったとしても、サインをもらっておいて後日プレゼントすればいいしな」
その言葉に、みんながギクッとしたのがわかった。
レイラ先輩、出歩いてます。すぐそこにいます!
(だけど、今会わせるのは絶対にまずい!)
そう思って、レイラ先輩たちのほうをふりかえったとき。
「あれっ……!」
いない!
レイラ先輩も、いっしょにいた男性の姿も、どこにも見つけられなかった。歩いていたとはいえ、まだそんなに遠くには行っていないはずなのに!
瀧島君も、そのことに気づいたようだった。チバ先輩の耳元で何事かをささやくと、深谷先輩に向き直る。
「すみません、僕たちちょっと、急ぎで行かなければならないところがありまして。ね、如月さん」
「えっ?」
おどろいて瀧島君を見ると、目をパチパチさせて何かを伝えようとしているのがわかった。すると、チバ先輩が「深谷先輩」と呼びかけた。
「サイン会まで、まだ時間あるっすよね。よかったら、受験の話を聞かせてくださいよ。ほら、ちょうどそこに喫茶店もありますし。なあ、叶井、夕実」
そうして、瀧島君と同じように叶井先輩と夕実ちゃんに目配せをした。
(そうか。これ、瀧島君の作戦なんだ!)
幸い、二人にもすぐに伝わったようだった。
「ぜひ、勉強方法などについてくわしく教えてください!」
「私も知りたいです! 早く行きましょう!」
「ああ。べつにかまわないが……」
深谷先輩は少し首をかしげながらも、チバ先輩たちとともに喫茶店のほうへと歩いていった。
「それじゃあ、また後で! 行こう、如月さん」
「あ、うん!」
瀧島君と二人で、商店街の奥に向かって小走りに駆ける。
「チバ先輩に、深谷先輩を喫茶店で足止めしてもらうよう頼んだんだ。レイラ先輩たちが、またあの店に入ることはないだろうと思ってね」
瀧島君に言われ、「なるほど」とうなずく。
「その間に、私たちはレイラ先輩を捜すってことだね!」
「そういうこと。先輩といっしょにいた男性もね。たしか、最後に見たのはこのパン屋の前あたりだったと思ったけど……」
いっしょに立ち止まって、あたりを見回す。
すると、少し先の理髪店のサインポールのそばに、見覚えのあるパーマ頭が目に入った。
「瀧島君、あそこ!」
小声で言うと、瀧島君が私をそばの柱に隠れるようにうながした。
それは、たしかにレイラ先輩といっしょにいた男性だった。けれど不思議なことに、そのそばにレイラ先輩の姿は見えない。
「……だれかと、電話しているみたいだな」
瀧島君の言うとおり、彼はスマホを耳に当ててしゃべっていた。少し距離はあるものの、その張りのある声は私たちのところまで難なく届いた。
「──はい。すみません。見つけ次第、すぐに連れていきますので……」
(……連れていく!?)
どういうこと、と思わず身を乗り出したとたん、男性はスマホを下ろした。
同時に、ぐいっと柱の陰に引き戻された。瀧島君が私の肩に手をかけたまま、耳元でささやく。
「気持ちはわかるけど、彼に顔を見られないほうがいい。もしかしたら、レイラ先輩経由で僕らのことを知っているかもしれないからね」
「あっ、ご、ごめ……」
瀧島君の顔が、あまりにも近くて。びっくりした私は、思わず後ずさった。すると、
(わっ、わっ!?)
足がもつれて、バランスを崩してしまった。そのまま後ろに倒れて、尻もちをつきそうになる。
けれど、すぐさま瀧島君が私の手をつかんでくれた。あわてて彼の腕にしがみつき、体勢を立て直す。
「あ、ありがとう瀧島君……!」
「いや、僕のほうこそ、ごめん。大丈夫だった?」
「うん、大丈夫。って、なんで瀧島君が謝るの?」
すると、瀧島君はとまどったように目をそらした。
「いや……ちょっと、近づきすぎちゃったかなと思って。ほんと、ごめん」
「な、なんで!? 隠れてるんだから、近いのは当たり前だよ! さっきだって、看板の後ろでギュウギュウだったし!」
私の言葉に、瀧島君は「たしかに」とくすりと笑った。そうして、すぐに引き締まった表情になる。
「さっきの電話……敬語だったから、相手はレイラ先輩じゃなさそうだ。ただ、『見つけ次第連れていく』と言っていたよね。おそらく、レイラ先輩をどこかに連れていく予定だったんだろう」
「やっぱり……そう、だよね」
連れていくって、いったい、どこに? あの男性は、だれと電話していたんだろう。
「あ」
瀧島君が、あわてたように柱の陰から足を踏み出した。
「まずい。見失ってしまった」
「えっ!」
急いで、サインポールのほうに目をやる。
さっきまでそこに立っていた男性の姿は、もうどこにもなかった。
『サキヨミ!⑫ 大事件!?伝える気持ちとオドロキの真実』
第3回につづく(6月4日公開予定)
書籍情報
- 【定価】
- 814円(本体740円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046323088
★最新完結刊『サキヨミ!(15) ヒミツの二人でつむぐ未来』は6月11日発売予定!
つばさ文庫の連載はこちらからチェック!▼