4 意外な差出人
「なんだと!? それは本当か、チバ!?」
叶井先輩が、ものすごい勢いでチバ先輩につめよる。
「声がでけえ……。ああ、本当だ。くるみは菓子だけじゃなく、ソースとかドレッシングにも使われることが多くてな。外食するときとか、気をつけるようにしてるんだよ」
──知らなかった。
チバ先輩が、くるみアレルギーだったってこともだけど。
卵とか牛乳だけじゃなく、くるみにもアレルギーがあるってこと、今、初めて知った。
(でも、それって……)
背筋が、ぞっとした。かわいらしいクッキーが、とたんにおそろしいものに見えてくる。
すると、叶井先輩がどんっと机をたたいた。
「くるみアレルギーのチバのカバンに、くるみ入りクッキーを入れる……これは、明らかに個人攻撃ではないか!?」
「落ち着け、叶井。大げさだ」
「どこが大げさなんだ。アレルギーということは、おまえがそのクッキーを食べたら、最悪死んでしまうかもしれないんだろう!?」
「いや、ちょっとかじったくらいなら、じんましん程度ですむとは思うけどな」
相変わらず、チバ先輩はまったく動じた様子がない。
夕実ちゃんは顔が青ざめているし、瀧島君もむずかしい顔で考えこんでいる。
本当に、何なんだろう。今日は、チバ先輩におかしなことばかり起こる。
「よくわからねえけど、たぶんこれも偶然だろ。そもそも、オレがくるみアレルギーだってこと、オマエ知ってたか?」
チバ先輩に言われ、叶井先輩が首をふる。
「いや、知らん。知るわけないだろう」
「だろ? だれにもしゃべったことねえもん。だからこれは、少なくとも悪意じゃねえ」
「本当に、だれも知らないのか?」
「ああ。まあ、保険調査票に書いてあることだから、何人かの教師は知ってるだろうな。でも生徒はだれも知らないはず……あ」
チバ先輩が、ぴたりと動きを止める。
「そういや……ひとりだけ、話したな」
(えっ!?)
みんなの間に、さっと緊張が走った。
「そっ、それはいったい、だれなんだ!?」
叶井先輩につめよられ、チバ先輩は「あー……」と少し迷うように視線をそらした。
「レイラ先輩だよ。合宿の前に、アレルギーがあるかどうか聞かれたんだ」
思いがけない名前の登場に、叶井先輩も私たちも固まってしまった。
そういえば、そうだった。夏休みの合宿で泊まった場所は、レイラ先輩のおうちと関係のある保養所だった。だから私たちは全員、「アレルギーとか、食べられないものはある?」ってレイラ先輩から個別に聞かれていたんだ。
(でも……)
「絶対、レイラ先輩じゃないと思います。チバ先輩がくるみアレルギーだって知ってて、こんなことするはずがありません」
私が言うと、夕実ちゃんも「そうですよ!」とうなずく。
「それにこれ、たぶん市販品じゃなくて手作りですよね。レイラ先輩がお菓子作りするなんて、聞いたことがないです」
「もちろん、オレだってレイラ先輩をうたがったりはしてねえよ。先輩とこのクッキーは、関係ねえだろ」
「まあ、そうだよな。レイラ先輩は、おれたち美術部員のことを大事に思ってくれる優しい人だ。たまに、こちらが理解できない不思議なことを言ったりやったりもするが……」
叶井先輩の言葉に、私はあっと小さな声をあげた。
「レイラ先輩」と「不思議」という言葉で、お昼休みに見たサキヨミのことを思い出したんだ。
モノマネ女子と、プロレス男子のサキヨミ。
それを阻止した、レイラ先輩──……。
「もういいだろ、叶井。これでこの件については終わりにしようぜ」
「そうだよ、ヒサシ君。手がかりもないんだし、これ以上考えたって何もわからないよ」
「ううう……」
叶井先輩がうめき声を発したとき。視界に、ひょいっと瀧島君の顔が現れた。
「如月さん、どうかした?」
「へっ!?」
「考えごとしてたみたいだから。何か、気になることでもあった?」
「あ、えっと……!」
すごい。瀧島君って、ほんとになんでもお見通しなんだな。
気づくと、夕実ちゃんや先輩たちもこちらに顔を向け、私の言葉を待っているようだった。
(そうだ。あのサキヨミのこと、話してみよう)
不思議だし、気になるし。みんなに話せば、何かわかるかもしれない。
「あの……レイラ先輩のこと、なんだけど。今日の昼休みに、こんなことがあって……」
私の話を聞き終えると、全員がおどろきの表情になった。
「現実にならないサキヨミ? そんなこと、ありえるのか?」
眉をひそめたチバ先輩に、瀧島君が「いや」と神妙な声で答えた。
「少なくとも、僕は経験したことがありません。如月さんも、初めてだったんだよね」
「うん。だから、すごくびっくりしたの」
すると夕実ちゃんが「うーん」と腕を組む。
「サキヨミで見えた未来を、レイラ先輩が変えた……かあ。ほんと、不思議だね。二人がぶつかることを知ってたわけでもないのに、なんで止められたんだろう?」
「知ってたわけでもないのに……?」
叶井先輩が、はっと目を見開く。
「まさかとは思うが……レイラ先輩も、サキヨミの力を持っているのでは……!?」
(えっ!?)
思いがけない言葉に、ドキッと胸が鳴る。
「そう、きっとそうだ! レイラ先輩は、おれたちが知らないうちにサキヨミの力を手に入れていたんだ。それで、今日のできごとをあらかじめサキヨミで見ていたに違いない! そうでなければ、阻止できるわけがない!」
「ヒサシ君、待って! そんなこと、ある? 前に瀧島君が『サキヨミの力が分けられる条件』のこと話してくれたけど、レイラ先輩が美羽ちゃんの見たサキヨミを阻止しようとしたことなんてなかったよね?」
夕実ちゃんに言われ、「そうだよね」とうなずく。
瀧島君が考えている、「私からサキヨミの力が分けられる条件」。それは、
①『物理的な衝撃』、
②『私のそばにいること』、
③『私の見たサキヨミを阻止しようとすること』。
瀧島君も、同じく力を持つ咲田先輩も、この条件がすべてそろった事故を経験することで、私から力を分けられてしまったみたいなんだ。
すると、それまで落ち着いて話を聞いていた瀧島君が口を開いた。
「如月さん、サキヨミを見たとき、その前後で何か反応をした? たとえば、おどろいたり、声を出したり」
「えっと……ノイズが走ったとき、おどろいて声を出したかも。それくらい、かな」
私の言葉に、夕実ちゃんが「あっ!」と目を見開いた。
「そういえば、レイラ先輩が美羽ちゃんの視線を追うようにふりかえってたかも。それで、危ないって思って声をかけたんじゃないかな」
「なるほど。おそらく、それが真相だろうね」
瀧島君が私に目を向ける。
「如月さん、そのサキヨミのことを気にする必要はないよ。直接阻止したのはレイラ先輩かもしれないけど、そうなるには如月さんの声や視線が必要だったんだ。如月さんがその二人を助けたって言っていいと思うよ」
そう言うと、私に向かってほほえんでくれた。
(そっか。やっぱり、気にすることなかったんだ)
ほっと、胸をなでおろしたとき。
瀧島君が、チバ先輩のほうに顔を向けた。
「レイラ先輩の話になったおかげで、ひとつわかったことがあります。チバ先輩が受け取った手紙の筆跡がだれのものなのか、思い出しました」
「えっ!? 筆跡!?」
「だっ、だれだ!? だれなんだ!?」
夕実ちゃんと叶井先輩につめよられた瀧島君は、落ち着いた態度でスマホを取り出した。
「その前に、本人に連絡して確かめます」
そう言って、スマホの画面に親指をすべらせる。すると夕実ちゃんが、その背後に回った。
「ガマンできない! だれなの、瀧島君!」
画面を見た夕実ちゃんが、あっと目を丸くした。
「深谷先輩……!?」
えっとチバ先輩が固まった。
「深谷先輩が、オレを呼び出したってことか?」
「ちょっと待て。じゃああの回収箱とクッキーの犯人も深谷先輩ということなのか!?」
「いえ、それは違うと思います。呼び出しの手紙と、回収箱やクッキーの件は分けて考えるべきです」
そう言うと、瀧島君は机の上のクッキーにちらりと目を向けた。
「そもそも、あのクッキーも、悪意ではなく好意による贈り物かもしれません。チバ先輩がくるみアレルギーだということを知らない人のほうが大半なんですから、その可能性のほうが高いのではないでしょうか」
「あっ、やっぱりそうだよね!? バレンタインだって近いわけだし、そっちのほうが自然だよね!」
夕実ちゃんが、ぱっと顔を輝かせる。
たしかに、そのとおりだ。普通にチバ先輩へのプレゼントだって考えたほうが自然だし、何より気持ちがいいよね。
「いやしかし……そうだ! この間、給食にくるみを使った和え物が出たよな。そのときはどうしたんだ? チバだけ除去食が出たのか?」
「除去食が出るのは、卵アレルギーの生徒だけだ。オレの場合は、献立表のアレルギー表示を見て、くるみが入っているメニューは皿によそわないようにしてる。この間の和え物もそうした」
「それだ! チバが和え物をよそわないのを見て、くるみアレルギーのことに気づいた人間がいても、なんら不自然ではない!」
興奮気味の叶井先輩に、チバ先輩は「まあな」と答えた。
「でも、あの和え物にはゴマも入ってたんだよ。ゴマも、アレルギーを引き起こす食べ物だろ。ゴマとくるみ、どっちのアレルギーなのかは、オレが言わないかぎりわからねえはずだ」
そう言われて、叶井先輩がうっと言葉につまる。
「もう、この話はいいだろ。それより瀧島、手紙についての話を続けてくれよ。オレを呼び出したのは、深谷先輩ってことでいいのか?」
「それは、少し違います。手紙を書いたのは深谷先輩ですが、彼が呼び出そうとしたのはチバ先輩ではありません」
「オレじゃ、ない?」
けげんそうな顔をしたチバ先輩に、瀧島君は続けて言った。
「手紙をチバ先輩に渡したのは、一年生の女子だったんですよね。おそらく彼女は聞き間違えたのではないでしょうか。『美術部の元部長』を、『美術部の部長』と」
「元、部長……?」
思わず、夕実ちゃんと目を見合わせる。
美術部の元部長といったら……レイラ先輩だ!
「つまりあの手紙は、チバあてではなく、レイラ先輩あてで……深谷先輩がレイラ先輩を呼び出そうとしたものだった、ということか?」
「そうだ」
叶井先輩に答えたその声は、廊下から聞こえた。
ふりかえると、そこにはきまり悪げな顔をした深谷先輩が立っていた。
『サキヨミ!⑫ 大事件!?伝える気持ちとオドロキの真実』
第2回につづく▶
書籍情報
- 【定価】
- 814円(本体740円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046323088
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