2 ナゾの手紙
その日の放課後。
ホームルームが終わるなり、スマホを手にした夕実ちゃんが血相を変えてやってきた。
「美羽ちゃん、大変! 大変だよっ!」
「えっ? どうしたの、夕実ちゃん?」
「ヒサシ君から連絡があって、ええっと……とにかく、大事件なの! 早く美術室行こ!」
そう言うと、夕実ちゃんはあっという間に教室を出ていってしまった。
(いったい、どうしたんだろう?)
ものすごいあわてっぷりだった。「大事件」って言ってたけど、なんだかちょっと楽しそうに見えたのは気のせいかな。
夕実ちゃんを追いかけて廊下に出る。すると、
「美羽ちゃーん! 先行ってるねー!」
待ちきれない様子の夕実ちゃんが、階段を上がっていくのが見えた。
そんなにあわてるなんて、何が起こったのかますます気になってくる。
昼休みの不思議なサキヨミについて話そうと思っていたのに、タイミングを逃しちゃったな。
(まあ、いいか。そんなに、気にすることじゃないのかも)
今はまず、夕実ちゃんの言う「大事件」が何なのかを知るのが先だ。
そして、その後は……バレンタインのチョコ作りに向けて、集中しなくちゃ。
あさっての本番で、後悔しないように。準備を万全にして、いどむんだ。
階段を上りながら、胸がドキドキしてくるのを感じた。
当日は、夕実ちゃんの家でいっしょにチョコを作る予定なんだ。
作るチョコは、もう決まってる。お菓子作り初心者の私に、夕実ちゃんがおすすめしてくれたレシピがあるんだ。
ラッピングはどんなふうにしようかな? レイラ先輩みたいに、メッセージカードをつけてもいいかもしれない。
(でも、なんて書けばいいのかな……?)
「好きです」とは、さすがにまだ書く勇気がない。
無難に、日頃の感謝を伝えるだけにしておこうかな。
それとも……少しだけ、自分の気持ちを書いてみる?
「好きです」以外に、私の気持ちにぴったりな言葉、他に何かあるかな。
(うーん……)
「如月さん」
「っ!?」
階段の踊り場でもたもたしていると、後ろから声をかけられた。
「た、瀧島君……!」
「どうしたの? 考えごと?」
瀧島君は、じっと私の顔をのぞきこんだ。心の中を見透かされそうな気がして、思わずさっと目をそらす。
「ううん、なんでもない! あっ、そうだ! これ、お昼休みにレイラ先輩からあずかったんだけど……!」
カードのことを思い出し、カバンから取り出したそれを瀧島君に手渡す。
「これ……そうか、バレンタインか」
瀧島君の声で聞く「バレンタイン」という単語に、胸がどきっと反応する。
「そ、そうなの! すごいよね、チョコは禁止だから、かわりにカードを毎年配ってるんだって」
「レイラ先輩らしいな。なるほど、あの紙袋の中身は大量のカードだったのか」
「紙袋って、瀧島君知ってたの?」
「今朝、登校するときに見かけたんだ。あとでチャットでお礼を言わなきゃだな。ありがとう、如月さん」
そう言って、瀧島君は優しくほほえんだ。
「ところで、沢辺さんはどうしたの? 今日、学校来てたよね」
「あっ、そうだ! 夕実ちゃん、先に美術室に行ってるの。なんでも、『大事件』があったらしくて」
「大事件?」
首をかしげる瀧島君とともに、私は美術室に急いだ。
「あっ、美羽ちゃん、こっち! ほら、早く!」
夕実ちゃんに手まねきされ、歩みよる。
すぐそばの机には、むずかしそうな顔をしたチバ先輩。
そして、なぜかぷるぷると体を震わせている叶井先輩がいた。
「おお、来たか! 瀧島、如月さん、これを見てくれ!」
興奮した様子の叶井先輩に、瀧島君が首をかしげる。
「なんですか? 大事件と聞きましたが、いったい何があったんです?」
「これだ、これ! この手紙を読んでみてくれ!」
叶井先輩が、机の上を指さす。
そこには、一枚の小さな紙が置かれていた。流れるような文字で、こう書かれている。
『16:30にショーコー口ヨコの花ダンの前で待ってます』
「ショーコー、ロヨコ……?」
「違うよ美羽ちゃん、『昇降口』だよ!」
「あっ、そっか。なるほど」
変にカタカナがまじっていて、読み間違えてしまった。
でも、これって一体……?
「手紙、と言いましたが……だれからだれへの手紙なんですか?」
けげんそうな顔で瀧島君がたずねる。
「オレあての手紙だ」
チバ先輩が、苦々しい表情で答えた。
「差出人はわからん。だから、どうするか迷ってるんだ。オマエらの意見を聞いてから決めようと思って、ここに持ってきた」
「何を迷う必要がある!」
叶井先輩がどんっと机をたたく。
「これはもう明らかに、アレだろう! いわゆるあの、『コ』のつくアレに決まっている!」
「『告白』でしょ、ヒサシ君!」
言ってから、夕実ちゃんがきゃあっと両手でほおを押さえた。
こっ、告白……!?
「これは絶対、告白するための呼び出しの手紙ですよ! チバ先輩、なんとしても行くべきです!」
「ああ。純情な恋心を傷つけるべきではないな」
「だから、なんでオマエらはそう単純なんだよ。差出人がわからない手紙にホイホイ応じるほどオレはお人好しじゃねえ」
「待ってください。たしかに名前が書いていないから差出人はわかりませんが、そもそもこの手紙、いつどのようにして受け取ったんですか?」
瀧島君の言葉に、叶井先輩がハッとした様子でメガネを押し上げる。
「そうだな。瀧島の疑問はもっともだ。説明してやれ、チバ」
チバ先輩はため息をつくと、手紙をもらった状況について話してくれた。
ホームルームが終わり、チバ先輩は部活に行こうと廊下を歩いていた。
すると、とつぜん知らない一年生女子が話しかけてきたそうだ。
『あ、あの……これ、美術部の部長に渡してって、頼まれました……!』
そう言うと、その子は手紙を押しつけるようにして走り去ってしまったのだと言う。
「だれからの手紙だって、聞こうとしたんだけどな。そんなヒマないくらいに、あっという間にいなくなっちまった」
「そ、れ、は! きっと、照れ隠しですよ! 『頼まれた』なんて言いつつ、実はその一年生女子が手紙を書いた張本人だったんですよ!」
「なるほど、夕実、鋭い! その可能性は高いと思うぞ、チバ!」
夕実ちゃんと叶井先輩にかわるがわる肩をたたかれ、チバ先輩はため息をついた。
「またテキトーなことを……たしかに緊張はしてたが、怖がってるように見えたぞ。ろくに目も合わせないで、オレから逃げるみたいにすげえスピードで去ってったし」
「そりゃ、好きな人を目の前にしたらドッキドキで目なんか合わせられませんよ! ましてこれから告白する相手ですよ!? ねえ、美羽ちゃん!?」
夕実ちゃんに言われ、びくっとしながら答える。
「う、うん。それは……そう、かも……?」
「なあ、瀧島はどうなんだ? この手紙について、どう思う?」
「そうですね……『告白のための呼び出し』という可能性は、ゼロではないとは思います」
「ほらー!!」と夕実ちゃんがうれしそうにさけぶ。
「ただ、その可能性はとても低いように思います。まずこの紙。破り取られたメモ帳のようですし、封筒にも入れられていない。好きな相手に出す手紙だったら、普通はそれなりにきちんとした便せんと封筒を使うんじゃないでしょうか」
「ぐっ……た、たしかに……」
叶井先輩がたじろぐ。
「何より、この字です。好きな相手を呼び出す文章にしては雑すぎます。こういうものは、気持ちをこめて書くものなのでは?」
「うっ……!」
夕実ちゃんの顔が、ぎくっとこわばる。
「カタカナの使い方も不自然です。おそらく、漢字を書く時間が惜しいほど急いでいたんでしょう。告白だったら、呼び出しの手紙を書くところから時間をかけて、計画的に進めるものじゃないでしょうか。だから、これはそういった用ではないように僕は思います」
(瀧島君、すごい……!)
よどみなく言葉を発する瀧島君に感心していると、チバ先輩がふうっと息をついた。
「まあ、そうだよなぁ。オレもそう思ったんだ。名前がない時点であやしいし、不気味だ」
「それじゃあ……行かないんですか?」
たずねてから、時計を見る。手紙に書かれた四時半まで、あと十分もない。
「瀧島だったら、どうする? 行くか?」
チバ先輩に問われ、瀧島君は「そうですね」とあごに指を当てた。
「行きます。来ない人を待つのは、つらいと思うので。それに、差出人がだれなのか、何の用で呼び出されたのかも気になりますしね」
言われて、チバ先輩はふっと笑った。
「やっぱそうだよな。じゃ、ちょっと行ってくるわ。オマエら、マジメに部活してろよ」