冬の帰り道、僕の気づき
「なるほど。大変だったんだな、瀧島君」
咲田先輩が、気の毒そうに眉を下げた。
「でも、よかったよ。転校の話がなくなって」
「ええ。如月さんや、美術部のみんなのおかげです」
僕──瀧島幸都は、自転車を引く咲田先輩とならんで歩いていた。
委員会の仕事を終えて帰ろうとしたところ、校門のところでばったり鉢合わせしたんだ。
正直に言ってしまえば、咲田先輩への警戒心は、まだ完全にはなくなっていない。
けれど、以前感じていたようないやな感じは、ほとんど消え失せていた。
おそらく、咲田先輩が如月さんへの執着を手放したからだろう。
咲田先輩は、僕の言葉を聞いてふっと笑った。
「如月さんは、『美術部のみんな』に含めずに特別扱いなんだね」
「……何が言いたいんですか」
「いや、べつに。でも、『感情がノイズ』とは、お父さんもなかなかすごいことを言うんだなあ」
「ひどい思いこみですよ。そのせいで、大事な仲間や居場所を失うところでした」
「思いこみ、か。たしかに、思いこみはやっかいなものだからね」
咲田先輩が、ふと遠い目をして言った。
「おれも、子どもの頃からずっと思いこみをしてたんだよ。『自分は一生孤独なんだろう』って」
孤独、という言葉を聞いた僕の足が、ぴたりと止まる。
「それは……どうしてですか?」
先輩も歩みを止め、僕をふりかえった。
「父が画家だってこと、前に話しただろう」
僕はうなずく。
咲田先輩のお父さんは、多彩な風景画で知られる水彩画家だ。それを知ったときは、とてもおどろいたことを覚えている。
「画家の父は、日本中のあちこちを旅していた。母はそのストレスで息子に強くあたり、『父と同じにならないように』とおれに好きなことをさせようとしなかった。テレビもゲームも禁止だ。それで小学生の頃までは、周りの話題についていけなかったんだよ」
だから、と咲田先輩は続ける。
「自分は、人とは違う。だから、だれとも親しくなれない。ずっとそんな思いとともに生きてきたんだ」
「そう……だったんですか」
ゆっくりと歩き出した先輩に合わせて、自分も足を動かす。
「とはいえ、今は父も放浪をやめたし、おかげで母も落ち着いたけどね。さすがに今は、テレビは見られるようになったよ」
そう言って笑う咲田先輩を見て、心が痛んだ。
(この人は……僕にはわからないつらさを、ずっと抱えて生きてきたんだ)
咲田先輩の孤独。そんな中で得たサキヨミの力や、音々さんとの出会い。
理解しがたいと思っていた彼の思考や行動の裏には、からまり合ったたくさんの思いがあったんだろう。
その結果の「思いこみ」、ということになるのだろうか。
父と和解した今、咲田先輩のことがより深く理解できたような気がした。
「でも、君や如月さんのおかげでその思いこみも解けた。今は音々もいるし、すてきな友人たちに囲まれていることにも気づけたよ。本当に感謝している」
「よかったです。こちらこそ、いろいろな経験をさせてもらって、咲田先輩には感謝しているんですよ」
「ものは言いようだな。本当は『苦労をかけさせられた』、と言いたいんじゃないか?」
「まあ、そういう側面もありますけど」
あはは、と咲田先輩がおかしそうに笑った。
そのやわらかい笑顔に、先輩の素の姿を見たような気持ちになる。
(素の姿……か)
咲田先輩は、以前よりもずっと肩の力がぬけた自然体になっている。それは、彼が自分の気持ちをまっすぐに見つめ直したおかげなんだろう。
彼は彼なりに苦しみ、あがき続けていた。その結果、少し遠回りをしてしまったけれど、求めていたところに着地することができたのだ。
「……あの、咲田先輩。お聞きしたいことがあるのですが」
僕の声色の変化を感じたのか、咲田先輩の顔がふっと引きしまったものになる。
「サキヨミのこと、かな」
「はい。あの後、どうですか。何か、未来を見ましたか」
前に会ったときは、音々さんの事故を最後にサキヨミを見ていないと言っていた。
そして、「また見えるようになる気がしない」とも。
先輩は少し僕を見つめた後、ふるふると首をふった。
「不思議なことに、まだ見えないままだよ。まるで、力を失ってしまったみたいにね」
どきり、と胸が鳴った。
脳裏に浮かんだのは、土曜日にいっしょに過ごしたときの如月さんとの記憶だった。
あの日は、如月さんといろいろな話をした。
その中で僕は、「あること」に気づいたんだ。
考えすぎかもしれない。でも、いまだにそのことが頭から離れない。
僕は──「サキヨミの力を失う条件」に、気づいてしまったのかもしれない。
静かに「そうですか」と答えながら、僕は先輩から顔をそむけた。
『サキヨミ!⑫ 大事件!?伝える気持ちとオドロキの真実』
第1回につづく(6月3日公開予定)
書籍情報
★最新完結刊『サキヨミ!(15) ヒミツの二人でつむぐ未来』は6月11日発売予定!
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