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ものがたり

第4回 『サキヨミ!⑪ 思いは届く?運命の別れ道』|完結巻発売記念★特別ためし読み連載!

冬の帰り道、僕の気づき


「なるほど。大変だったんだな、瀧島君」

 咲田先輩が、気の毒そうに眉を下げた。

「でも、よかったよ。転校の話がなくなって」

「ええ。如月さんや、美術部のみんなのおかげです」

 僕──瀧島幸都は、自転車を引く咲田先輩とならんで歩いていた。

 委員会の仕事を終えて帰ろうとしたところ、校門のところでばったり鉢合わせしたんだ。

 正直に言ってしまえば、咲田先輩への警戒心は、まだ完全にはなくなっていない。

 けれど、以前感じていたようないやな感じは、ほとんど消え失せていた。

 おそらく、咲田先輩が如月さんへの執着を手放したからだろう。

 咲田先輩は、僕の言葉を聞いてふっと笑った。

「如月さんは、『美術部のみんな』に含めずに特別扱いなんだね」

「……何が言いたいんですか」

「いや、べつに。でも、『感情がノイズ』とは、お父さんもなかなかすごいことを言うんだなあ」

「ひどい思いこみですよ。そのせいで、大事な仲間や居場所を失うところでした」

「思いこみ、か。たしかに、思いこみはやっかいなものだからね」

 咲田先輩が、ふと遠い目をして言った。

「おれも、子どもの頃からずっと思いこみをしてたんだよ。『自分は一生孤独なんだろう』って」

 孤独、という言葉を聞いた僕の足が、ぴたりと止まる。

「それは……どうしてですか?」

 先輩も歩みを止め、僕をふりかえった。

「父が画家だってこと、前に話しただろう」

 僕はうなずく。

 咲田先輩のお父さんは、多彩な風景画で知られる水彩画家だ。それを知ったときは、とてもおどろいたことを覚えている。

「画家の父は、日本中のあちこちを旅していた。母はそのストレスで息子に強くあたり、『父と同じにならないように』とおれに好きなことをさせようとしなかった。テレビもゲームも禁止だ。それで小学生の頃までは、周りの話題についていけなかったんだよ」

 だから、と咲田先輩は続ける。

「自分は、人とは違う。だから、だれとも親しくなれない。ずっとそんな思いとともに生きてきたんだ」

「そう……だったんですか」

 ゆっくりと歩き出した先輩に合わせて、自分も足を動かす。

「とはいえ、今は父も放浪をやめたし、おかげで母も落ち着いたけどね。さすがに今は、テレビは見られるようになったよ」

 そう言って笑う咲田先輩を見て、心が痛んだ。

(この人は……僕にはわからないつらさを、ずっと抱えて生きてきたんだ)

 咲田先輩の孤独。そんな中で得たサキヨミの力や、音々さんとの出会い。

 理解しがたいと思っていた彼の思考や行動の裏には、からまり合ったたくさんの思いがあったんだろう。

 その結果の「思いこみ」、ということになるのだろうか。

 父と和解した今、咲田先輩のことがより深く理解できたような気がした。

「でも、君や如月さんのおかげでその思いこみも解けた。今は音々もいるし、すてきな友人たちに囲まれていることにも気づけたよ。本当に感謝している」

「よかったです。こちらこそ、いろいろな経験をさせてもらって、咲田先輩には感謝しているんですよ」

「ものは言いようだな。本当は『苦労をかけさせられた』、と言いたいんじゃないか?」

「まあ、そういう側面もありますけど」

 あはは、と咲田先輩がおかしそうに笑った。

 そのやわらかい笑顔に、先輩の素の姿を見たような気持ちになる。

(素の姿……か)

 咲田先輩は、以前よりもずっと肩の力がぬけた自然体になっている。それは、彼が自分の気持ちをまっすぐに見つめ直したおかげなんだろう。

 彼は彼なりに苦しみ、あがき続けていた。その結果、少し遠回りをしてしまったけれど、求めていたところに着地することができたのだ。

「……あの、咲田先輩。お聞きしたいことがあるのですが」

 僕の声色の変化を感じたのか、咲田先輩の顔がふっと引きしまったものになる。

「サキヨミのこと、かな」

「はい。あの後、どうですか。何か、未来を見ましたか」

 前に会ったときは、音々さんの事故を最後にサキヨミを見ていないと言っていた。

 そして、「また見えるようになる気がしない」とも。

 先輩は少し僕を見つめた後、ふるふると首をふった。

「不思議なことに、まだ見えないままだよ。まるで、力を失ってしまったみたいにね」

 どきり、と胸が鳴った。

 脳裏に浮かんだのは、土曜日にいっしょに過ごしたときの如月さんとの記憶だった。

 あの日は、如月さんといろいろな話をした。

 その中で僕は、「あること」に気づいたんだ。

 考えすぎかもしれない。でも、いまだにそのことが頭から離れない。


 僕は──「サキヨミの力を失う条件」に、気づいてしまったのかもしれない。


 静かに「そうですか」と答えながら、僕は先輩から顔をそむけた。


『サキヨミ!⑫ 大事件!?伝える気持ちとオドロキの真実』
第1回につづく(6月3日公開予定)

書籍情報


作: 七海 まち 絵: 駒形

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046322791

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★最新完結刊『サキヨミ!(15) ヒミツの二人でつむぐ未来』は6月11日発売予定!


作: 七海 まち 絵: 駒形

定価
858円(本体780円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046323675

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