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第3回 『サキヨミ!⑪ 思いは届く?運命の別れ道』|完結巻発売記念★特別ためし読み連載!


私、如月美羽は、未来が見える「サキヨミ」の力を持っているーーー!
角川つばさ文庫の大人気・学園ラブミステリー「サキヨミ!」シリーズが、6月11日発売予定の第15巻でついに完結! 発売を記念して、クライマックスにつづく11巻~14巻を大公開します! 期間限定でまるごと読めちゃう、このチャンスをお見逃しなく★
(公開期限:2025年7月25日(金)23:59まで)


※これまでのお話はコチラから

 

9 運命の交差点


「おばあさん、止まって! 車が来ます!」

 瀧島君の呼びかけに、横断歩道に踏み出されようとしていたおばあさんの足が止まった。

 ゆっくりと顔を上げ、きょろきょろとあたりを見回している。

 瀧島君がおばあさんのところに追いついたのと、バスが交差点に差しかかったのは、ほとんど同時のできごとだった。

 瀧島君がバスに向かって大きく手をふって、「渡ります」と声を出す。

 左折の体勢に入りかけていたバスが、横断歩道の手前でゆっくりと止まる。

 それを確認した後、瀧島君はおばあさんといっしょに横断歩道を渡り始めた。

 途中で追いついた私も、おばあさんに寄り添って交差点の反対側までおともする。

 無事に渡り終えたところでふりかえると、バスの中にコウキ君とハルちゃんの姿が見えた。

 楽しそうにおしゃべりをする二人を乗せたバスは、無事に進路を進んでいく。

「すみませんね、ありがとう」

 おばあさんにお礼を言われ、瀧島君は「気をつけてくださいね」と笑顔を返した。

「どちらまで行かれるんですか? よかったら、ごいっしょしましょうか」

 私の申し出に、おばあさんはゆっくりと首をふった。

「すぐそこだから、大丈夫。本当に、ありがとう」

 二人で、おばあさんを見送る。それから瀧島君が、ふーっと息をついた。

「よかった。間に合わないかもと思って、ひやひやしたよ」

「それは、こっちの台詞だよ! もしかしたら瀧島君も危険な目にあっちゃうかもって、寿命がちぢむところだったんだから!」

「大丈夫。如月さんの前で大怪我をするようなことは、絶対にしない。まあ、頑張ってもだめだったときはごめん、だけど」

「瀧島君……!」

 おどけるような言い方をする瀧島君に、思わずあきれた声を出す。すると、

「ねえ、如月さん。気づいた? バスの後ろのトラック」

「え? トラック?」

 問われて、きょとんとする。

 さっきはバスを確認するだけでせいいっぱいで、後ろの車を見る余裕なんてなかったんだ。

「バスのすぐ後ろにくっつくように、大量の古紙を載せたトラックが走っていったんだ。如月さんがサキヨミで聞いた衝突音は、急停車をしたバスにあのトラックが追突した音だったのかもしれない」

「あっ……!」

 たしかに、そうかもしれない。サキヨミで聞いたのは、車と車がぶつかったような音だった。

「すごいね、瀧島君! きっと、そうだよ。追突された衝撃で、コウキ君たちは床に倒れこんじゃったんだね」

「ああ。おそらく、かなりの衝撃だったはずだ。そうなっていれば、トラックの積み荷の古紙は散乱してしまっただろう」

 そこで言葉を止めた瀧島君を前に、私は道路にたくさんの古紙が散らばっている場面を想像した。そのとき、あることを思い出す。

「あれ。それじゃあ、もしかして……」

 ああ、と瀧島君がうなずいた。

「道路に古紙が散乱すれば、きっと渋滞が発生する。この通りは、父が通勤で通る道だ。つまり、如月さんが見た父のサキヨミは、今日のできごとだったんじゃないかな」

 思いがけなくつながった未来に、口からほうっと息がもれた。

 バスの急停車。トラックの追突。積み荷の散乱。そこから引き起こされた、渋滞。

 コウキ君とハルちゃんのサキヨミは、この間のお父さんのサキヨミにつながっていたんだ……!

「もちろん、渋滞なんてそこかしこで起こるものだから、はっきりそうだとは言い切れないけどね。古紙が散らばったことが原因なら、完全に片付けるまでには時間がかかるから、渋滞の規模は通常より大きくなる。もし如月さんの見たサキヨミが今日起こることだったなら、父の未来は変わった可能性が高い」

「じゃあ、お父さんは本来よりも早く帰ってくる……ってことだね」

「そうだね。おそらく、二時から三時の間には帰ってくるんじゃないかな」

 そっか。サキヨミの中でお父さん、「家に着くのは三時過ぎか」って言ってたもんね。

 ドキドキと、思い出したように緊張で胸がさわぎ出す。

「まだ、時間に余裕があるな。この近くに駅があるんだけど、そのあたりはお店がたくさんあるんだ。少し早いけど、まずはお昼を食べに行かない?」

「お昼?」

 言われて、おなかに触れる。今気づいたけれど、たしかにおなかがぺこぺこだ。

「そうだね。お昼ごはん、食べよう」

 私は瀧島君といっしょに、駅に向かう道をならんで歩き出した。


****


 駅の近くにあるファミレスに入り、瀧島君はハンバーグを、私はサンドイッチを注文した。

 こうやって二人でお店に入るのは、去年ショッピングモールでパンケーキを食べて以来だ。

「ウサギカフェのこと、本当にごめん」

 改めて言われて、私はぶんぶんと首をふる。

「いいんだよ! 瀧島君のせいじゃないし。むしろ……私のせい、だし」

「違う。如月さんのせいなんかじゃない。父と、口をすべらせた姉のせいだ」

 瀧島君は、はあっと息をついて窓の外に目をやった。

「すごく、楽しみにしていたんだ。前に言ったかもしれないけど、ウサギを飼うことも父に強く反対されていて叶わなかったからね」

「お父さんが……?」

 言われて、思い出す。

 そういえばヒナノさん、こう言ってた。

 ──父は美羽サンの名前だけでなく『ウサギ』という単語にひどく反応し、怒って家を飛び出していってしまったのデス。

 あのときも、不思議だったけど。お父さん、どうして私だけでなく、ウサギまで瀧島君から遠ざけようとするんだろう。

「もしかして……お父さんは、『みゅーちゃん』のことも気にしてるの……?」

 私の問いかけに、瀧島君は小さくうなずいた。

 みゅーちゃん。それは、瀧島君と私が出会うきっかけになった、一匹のウサギの名前だ。

 幼稚園のとき、瀧島君はこのみゅーちゃんをとてもかわいがっていた。

 彼がみゅーちゃんを呼ぶ声で自分が呼ばれたと思った私は、そのことがきっかけで瀧島君と仲良くなったんだ。

 耳がふわふわしている、白いウサギ。瀧島君が引っ越すときに私にくれたプラ板のイラストも、雪うさの動画で背景に飾られているのも、みゅーちゃんを描いたものだ。

 みゅーちゃんはある日、小屋から逃げて、そのままいなくなってしまった。

 扉をきちんと閉めなかった、私のせいだ。

「みゅーちゃんのことは、家でもよく話していたんだ。如月さんのことといっしょにね。だから父は、みゅーちゃんがいなくなったことをとても気にかけていた。その前にも動物に関わることで僕が痛い思いをしたことがあったから、余計に敏感になっていたんだと思う」

「動物に関わること?」

 そのとき、料理が運ばれてきた。カトラリーケースからナイフとフォークを取り出し、瀧島君に手渡す。

「ありがとう。……僕がまだ、三歳だったときのことなんだ」

 そう言って、静かに話し始めた。

 ある日、三歳の瀧島君は、お父さんと二人で家で留守番をしていた。

 ヒナノさんは学校で、その日は授業参観。お母さんも学校に出かけていたらしい。

 テレビで動物番組を見ていると、瀧島君が手をたたいて楽しそうにはしゃいだ。

 それを見てお父さんは、そのとき近くにできたばかりのドッグランを見に行こうと思い立った。

 瀧島君は、駆け回る犬を見てとても喜んだ。そしてお父さんがばったり出会った知人と話しこんでいる間に、瀧島君は犬にさわりたくて、フェンスをよじ登って中に入ってしまった。

「近くにいた大きな犬に、後ろから抱きついたんだ。びっくりした犬は、僕の手にかみついた。そこまで深い傷じゃなかったんだけど、怖くて僕は大泣きしたんだ」

 そこまで聞いて、思い出した。

 去年、川北公園に行ったとき。瀧島君、大きい犬は少し苦手なんだって言っていた。

 あれは、小さい頃に犬にかまれたからだったんだ。

「だけど、僕以上に父が動転してね。すぐに病院に連れていかれて、大事には至らなかったんだけど……父は、弱りきってた。泣きそうな顔で、ずっと僕に謝っていた」

「お父さんは……きっと、悔やんだんだね。ちゃんと瀧島君のことを見ていれば、こんなことにはならなかった……って」

「そうだと思う。母によると、そのことがあってから、父の僕に対する過保護ぶりがひどくなったらしい。もう二度と、そんなことが起こらないようにするために」

(そうか……)

 テーブルに目を落とし、小さく息をつく。

 そんなことがあったなら……私を遠ざけようとするのは、当然かもしれない。

 絶対に、怪我はさせないって。こんな怖い思いはさせない、守ろうって決めたのに。

 よりによって、仲のいい友達と遊んでいるときに、縫わなければいけないくらいの大きな怪我をしてしまったんだから。

 でも。犬にかまれたことがあるからって、小さなウサギまで遠ざけようとするものかな。

「みゅーちゃん、どこに行っちゃったんだろうね」

 瀧島君が、静かにつぶやく。

「うん。ほんとにね。みゅーちゃんには……悪いことしたな」

 その言葉で、瀧島君が顔を上げた。

「如月さんのせいじゃないよ」

「でも、最後に小屋を出たの、私だから。きちんと扉を閉めなかったのがいけないんだよ」

「それは……でも、如月さんが最後とは限らないだろう」

「今となっては、もうわからないけどね」

 私は涙がにじみそうになるのをこらえて、サンドイッチを口に運んだ。

「だけど、あのときはショックだったな。みゅーちゃんがいなくなった後、熱出して寝こんじゃって。そのときのこと、あんまりよく覚えてないんだよね」

 私が熱を出している間、瀧島君はどうしていたんだろう。

 きっと、みゅーちゃんのことでたくさん悲しんだんだよね。

 ああ。あの日に戻って、やり直したいな。

 きちんと扉が閉まっているのを確認していれば、きっとみゅーちゃんはいなくならずにすんだ。

 みゅーちゃんを大事にしていた瀧島君のことだって、悲しませずにすんだんだ。

 今こんなこと言ったって、しかたがないけれど……。

 みゅーちゃんがいなくなるっていうサキヨミが見えていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。

(あれ? そういえば……)

 初めてサキヨミを見たのって、同じくらいの頃だったかも。

 熱が下がった後、だったかな。家にいるとき、お母さんがお財布を落としちゃうっていうサキヨミを見たんだ。

 しばらくして、それが現実になったときはおどろいたけど。

 なんだか自然と、そういうものだって受け入れちゃったんだよね。

「そうだ、如月さん。食べ終わったら、駅ビルに行ってみない?」

「駅ビル?」

「いろんなお店が入ってるんだよ。父が帰ってくるまでまだ時間はありそうだし、せっかくだからのぞいてみるのも楽しいかなと思って」

 ね? と瀧島君は笑顔で首をかしげた。

 もしかして、私のこと元気づけようとしてくれてるのかな。

 やっぱり瀧島君、優しいなあ……。

「うん。行ってみよう!」

 じんわりと胸があたたかくなるのを感じながら、私はうなずいた。


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