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第2回 『サキヨミ!⑪ 思いは届く?運命の別れ道』|完結巻発売記念★特別ためし読み連載!


私、如月美羽は、未来が見える「サキヨミ」の力を持っているーーー!
角川つばさ文庫の大人気・学園ラブミステリー「サキヨミ!」シリーズが、6月11日発売予定の第15巻でついに完結! 発売を記念して、クライマックスにつづく11巻~14巻を大公開します! 期間限定でまるごと読めちゃう、このチャンスをお見逃しなく★
(公開期限:2025年7月25日(金)23:59まで)


※これまでのお話はコチラから

 

5 ノイズと気持ち


 お父さんのサキヨミを見た、と告げたとたん、瀧島君は目を見開いた。

「くわしく聞かせてくれ」と言って、私を電柱の陰まで連れていく。

「うん。あのね、すごく短かったんだけど……」


 ──車の中。渋滞にはまったらしく、瀧島君のお父さんがいらだたしげにハンドルを指でたたいている。窓の外は明るく、青空が見える。

「まいったな。こんなに動かないのは初めてだ。これじゃ家に着くのは三時過ぎか……」──


「……それだけ? 他には?」

 私から話を聞いた瀧島君が、ひょうし抜けしたような顔で言う。

「ううん、それだけだった。あっという間に終わっちゃったの」

「そうか。家に着くのが三時ってことは、休日のできごとかな。何にせよ、あまり緊急性は感じられないね。特に何もしなくていいんじゃないかな」

「でも、念のためお父さんに言っておいたら? 何か、大事な用があるのかもしれないし……」

「渋滞に気をつけろと言ったところで、渋滞そのものを回避することはむずかしいと思うよ。父が少し何かにおくれたくらいで、人が死んでしまうわけでもないしね」

 瀧島君はそう言って、再び歩き出した。

(本当に、何もしなくていいのかな……?)

 でも、渋滞がいつどこで起こるのか、ぜんぜんわからないし。

 そもそも渋滞を防ぐことなんて、どうしたってムリ……だよね。

 今年初めて見たサキヨミが、瀧島君のお父さんの未来だなんて考えもしなかったな。

 その後瀧島君は、お父さんのことなど忘れたかのように、学校でのできごとを楽しそうに話し始めた。

 私はそれを聞きながら、胸の中になんとなくうずまく不安を、静かにわきに追いやった。


****


「ぴょんぴょーん! 今日も未来へひとっ飛び! 雪うさです!」

 その日の夜。ベッドに寝そべって、私は更新されたばかりの雪うさの動画を見ていた。

「今日は、『気持ち』についてのお話をしたいと思います! 気持ちっていうのはむずかしいもので、そのまま取り出して相手に渡すことができません。言葉とかプレゼントとか行動とか、何かの形に変えないといけないんですね」

 そう言うと、雪うさはテーブルの上に置いてあった円柱形のキャンドルを手に取った。

「たとえば、このキャンドル。上から見ると丸だけど、横から見ると四角に見えます。自分からは丸に見えていても、相手から見たら四角かもしれない。だけど、これがキャンドルであることには変わりありませんよね」

 なるほど、と思いながら画面に見入る。

「大事なのは、相手への渡し方です。『これは丸ですよ』と言葉を添えるだけで、自分も相手も、同じようにキャンドルを見ることができます。『伝わるだろう』と思いこんではいけません。大事に思う相手にこそ、言葉や行動で、しっかりと自分の気持ちを伝える努力をしましょう!」

(うわあ……! 瀧島君、さすがだな)

 レイラ先輩は、きっとこの動画を見てる。

 こんなふうに言われたら、深谷先輩のことについてもきっと考え直してくれるんじゃないかな。

 深谷先輩のことを避けるんじゃなくて、しっかりと自分の気持ちを伝えるような未来に変わってくれたら、うれしいな。

 そして、次の日の放課後。

「タッキー!!」

 美術室に飛びこんできたのは、レイラ先輩だった。瀧島君に向かって駆け寄り、がしっと両手を取る。

「ありがとう! あたし、ふかやんのこと傷つけちゃうとこだったよ!」

「あっ。もしかして、昨日の動画が効いたんですか?」

 夕実ちゃんがうれしそうに言う。

「そうなんだよ! あたしね、ふかやんといっしょに初詣に行ったとき、いっしょに絵馬をかけたの。そのとき近くにいた人が、『海皇なんてすごい』『エリートだ』って、尊敬のまなざしでふかやんのこと見ててさ。ふかやん本人はぜんぜん気づいてなかったんだけど……あたし、それを見て、『ふかやんのそばにいちゃいけない』って思いこんじゃったんだ」

 えへへ、とレイラ先輩が恥ずかしそうに頭をかく。

「それで、ふかやんのジャマにならないように、距離を置こうって思ったの。話しかけられそうになったら逃げたり、なるべく視界に入らないようにしたりしてね」

「それは、深谷先輩はショックでしょうねぇ」

 チバ先輩がしみじみと言う。

「そうなの。それで今日ふかやんに声をかけられたとき、ちゃんと話したんだ。絶対に海皇に受かってほしい、応援してる、だから勉強がんばってって。そしたら、すごくほっとしたような顔してたよ」

「よかった……!」

 思わず出た声に、瀧島君もうなずいた。

「本当によかったです。レイラ先輩の気持ち、ちゃんと深谷先輩に伝わったんですね」

「うむ。さすが雪うさだ」

 叶井先輩が、なぜか誇らしげにメガネを押し上げた。

「『気持ちを伝える』という行為はむずかしく、正解はないものなのかもしれないが……それこそ『伝えたい』という強い思いさえあれば、きっと伝わるものなんだろう」

「ひー君、いいこと言うね! そのとおりだと思うよ。本当にありがとう、タッキー」

 レイラ先輩はそう言って、満面の笑みを見せてくれた。

「気持ちは、言葉や行動の形に変えないと相手に渡せない……だったよね。あたし、間違った行動取りそうになってたよ」

 その言葉に、私ははっと思い出した。

 昨日、瀧島君のお父さんが言っていたことだ。


 ──君たちは、心が成長しきっていない。一時の気持ちに流されて、間違った行動を取ってしまう。

 ──君たちが今いだいている感情は、『ノイズ』のようなものなんだよ。


(一時の、気持ち……)

 レイラ先輩も、そうなるところだったのかな。

 サキヨミの中のレイラ先輩は、深谷先輩のことを思う気持ちに流されて、「避ける」っていう間違った行動を取ってしまったって言えるのかも。

 でも……「流される」っていう言い方は、なんだかしっくりこない。

 それに、感情──気持ちが「ノイズ」っていうのも、納得できない。

 ノイズなんて言い方をしたら、まるで気持ちそのものが悪いものであるように聞こえる。

 レイラ先輩の深谷先輩に対する気持ちは、相手のことを思った、とても尊いもののはず。

 なのにそれを「ノイズ」だなんて、私は思えないし、思いたくない。

 サキヨミでのレイラ先輩の行動は、結果的には間違っていたのかもしれないけど。

 そのもとになった「気持ち」そのものは、決して悪いものなんかじゃない。

(だけど……)

 ふと、笑顔の瀧島君を見つめる。

 瀧島君と私の場合は、どうなんだろう。

 瀧島君は前に、私のことを「運命の人」だって言ってくれた。これからもいっしょに未来を変えていくパートナーとして、私のそばから離れるつもりはないとも。

 私だって……ずっと、瀧島君のそばにいたい。

 でもそれは、いっしょに未来を変えたいっていう気持ちはもちろん、それ以上に「瀧島君のことが好きだから」っていう気持ちが大きいのかもしれない。

 瀧島君は、私のことを「好きだった」。でも、今はそうじゃない。

 だったら……私が瀧島君を好きっていうこの気持ちは、一方的なものだ。

 瀧島君にとっては、お父さんの言うように「ノイズ」にあたるのかもしれない。

 ぐるぐると考えているうちに、どんどんわからなくなってくる。

 あれ。やっぱり、瀧島君のお父さんの言ってることのほうが、正しいのかな……。

「ミウミウ、どうした?」

 レイラ先輩の声で、はっと顔を上げる。

「あっ、すみません! ちょっと、考えごとを……」

「美羽ちゃん、疲れてない? 大丈夫?」

 夕実ちゃんが心配そうな顔でのぞきこんでくる。

「うん、ぜんぜん平気だよ!」

「よかった! あのね、レイラ先輩、今日は塾がない日なんだって。みんなでトランプ大会やろうってことになったんだけど、美羽ちゃんも参加するよね?」

 見ると、レイラ先輩がトランプのカードをきり始めている。そのそばで、チバ先輩と叶井先輩がにらみ合っていた。

「もちろん大富豪だよなぁ?」

「いや、ここは順当にババぬきだろう」

「──如月さん」

 横から瀧島君に声をかけられ、びくっと肩が震える。

「何か、心配ごと? よければ、相談に乗るけど」

 その優しい声に、あわてて首を横にふる。

「大丈夫だよ。ありがとう、瀧島君」

 そう言ってほほえむと、瀧島君は安心したような表情になった。

(言えないよ。瀧島君には、とても……)

 席に着き、不安な気持ちを悟られないように笑顔を作る。

 私が瀧島君を好きっていうこの気持ちは……瀧島君のお父さんにとっては、きっと「ノイズ」であり、「間違ったこと」なんだろう。

 私はもちろん、間違ってるなんて思わない。人を好きになる気持ちは抑えようがないし、正しいも間違ってるもないはず。

 でも……大きな目で見たら、瀧島君の人生をジャマしてしまう「ノイズ」になってしまっているのかな。

 お父さんは、大人だ。私より何年も長く生きていて、人生経験も豊富なんだ。

 そのぶん、私よりも正しい見方ができるのかもしれない。

「じゃ、間を取って神経衰弱ね! 記憶力のトレーニングにもなるし!」

 レイラ先輩の言葉に、チバ先輩と叶井先輩ががっくりとうなだれた。


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