
私、如月美羽は、未来が見える「サキヨミ」の力を持っているーーー!
角川つばさ文庫の大人気・学園ラブミステリー「サキヨミ!」シリーズが、6月11日発売予定の第15巻でついに完結! 発売を記念して、クライマックスにつづく11巻~14巻を大公開します! 期間限定でまるごと読めちゃう、このチャンスをお見逃しなく★
(公開期限:2025年7月25日(金)23:59まで)


1 会えない時間
(今日も更新されてない……)
私・如月美羽は、スマホの画面を見てため息をついた。
そこに映っているのは、「雪うさの未来チャンネル」。
瀧島君が占い配信者「雪うさ」として毎日動画を投稿している、人気チャンネルだ。
その更新が止まってから、今日でもう四日も経っている。
動画が投稿されなくなったのは、瀧島君と私がウサギカフェに行くはずだった日の夜からだ。
二人で歩いていたところに急に現れたのは、瀧島君のお父さんだった。
お父さんは、瀧島君を無理やり車に乗せて、そのまま走り去ってしまったんだ。
****
「──瀧島君!」
車の去っていったほうへと走りながら、私は何度も彼の名前を呼んだ。
けれど、車がふたたび戻ってくることはなかった。
すぐにスマホでメッセージを送る。でも、既読にならない。
(どうしよう。あれ、本当にお父さんだよね? もし、誘拐とかだったら……)
ぞっとして、血の気が引く。ああ、車のナンバー覚えておけばよかった……!
私は、震える手で瀧島君に電話をかけた。
コール音が鳴りひびく中、スマホを持つ指先がドクドクと脈打っている。
(だめだ、出ない……! どうしよう……!)
そう思ったとき。
「美羽サン!」
自分を呼ぶ声に、はっと顔を上げる。あれ、この声って……!
「美羽サン、ここ、こっちデス!」
道路脇に止められたバイク。
そこにまたがっていたのは、白いもこもこのコートを着たひとりの女性だった。
ヘルメットのシールドが上げられると、そこには見覚えのある顔があった。
「ヒナノさん!?」
瀧島ヒナノさん。知り合ったばかりの、瀧島君のお姉さんだ。
「どうしてここに……って、大変なんです! 瀧島君が、お父さんらしき人にとつぜん連れてかれちゃって!」
すがりつくように駆け寄り、必死にうったえる。
すると、ヒナノさんはため息をついた。
「ああ……間に合わなかったデスね。ごめんなさい、美羽サン。私のせいデス」
「え? ヒナノさんの……?」
「くわしいことは後でお話ししマス。車は、どっちに行きマシタか?」
「あっちです。あそこを左に曲がっていきました」
「なるほど、わかりマシタ。追ってみマス」
そう言うと、ヒナノさんはバッグからスマホを取り出した。
画面を見て何かの操作をしながら、ふうっともう一度ため息をつく。
「せっかくのデートをぶち壊して申し訳ありまセン。ユキのことは私にまかせて、美羽サンはおうちに帰っていただいて大丈夫デス」
「え、でも、心配です! もしかしたら、誘拐かも……!」
「大丈夫デス。今、父親から『ユキといっしょにいる』という連絡がありマシタ」
言いながら、ヒナノさんはヘルメットのシールドを下げた。
「すぐにはむずかしいかもしれまセンが、ユキのことは必ず美羽サンにお伝えしマス。心配せず、待っていてくだサイ」
ヒナノさんはバイクを発進させ、瀧島君を乗せた車が向かったほうへと走っていった。
****
ヒナノさんからの連絡を待つうちに、年が明けてしまった。
こんなにそわそわと落ち着かない年越し、初めてだ。
あれから何度か瀧島君にメッセージを送ってみたけど、どれも既読にならない。
ふう、と息をつき、私はベッドに寝転がった。
(瀧島君とお父さんとの間に、何があったんだろう……)
いきなり現れたと思ったら、ろくに話もしないで車で連れ去ってしまって。
瀧島君も、お父さんにすごく反発しているみたいだった。
仲良し親子……っていう感じには、見えなかったな。
あのとき、すぐにヒナノさんがやって来たこともちょっと気になっている。
ヒナノさん、「私のせい」って言ってたけど、いったいどういうことなんだろう。
そう思ったとき、玄関のインターホンが鳴った。
あわててベッドから飛び起き、リビングへと向かう。
両親は親戚の家に出かけていて、弟のシュウも友達と遊びに行っている。
今は家に、私ひとりだ。
モニターをのぞいた私は、あっと声を上げた。
「ヒナノさん!」
通話ボタンを押して呼びかけると、ヒナノさんはにこっとほほえんだ。
「あけましておめでとうなのデス、美羽サン。よかったら、これからいっしょに初詣に行きませんか?」
コートを着てロビーへ降りると、この間と同じ白いコートを着たヒナノさんが待っていた。
「ヒナノさん、あけましておめでとうございます」
「今年もよろしくなのデス。とつぜん誘ってしまって大丈夫でしたか?」
「いえ、暇だったので! それに……」
口ごもった私を見て、ヒナノさんはうなずいた。
「ユキのことデスね。お伝えするのがおそくなってしまって申し訳ありまセン。神社へ行きがてら、お話ししまショウ」
二人でマンションを出て、近くの神社へと向かう。
元日の青空は雲ひとつなく、とても穏やかだ。
「美羽サン。まずは、謝罪させてくだサイ」
「えっ? しゃ、謝罪、ですか?」
「ハイ。去年の、ウサギカフェの日のことデス。あの日、年末年始をいっしょに過ごそうと、父が私たちの住む家にやって来たのデス」
瀧島君のお父さんは、ひとりだけ離れて暮らしている。
もともとは、ここ月夜見市にある瀧島君のおばあさんの家に一家そろって住んでいたんだ。
その頃、瀧島君と私は同じ幼稚園に通っていた。私は瀧島君のことを「ユキちゃん」って呼んでいて、とても仲良しだった。
瀧島君が四歳のとき、瀧島家はおばあさんだけをこの町に残して、引っ越していった。
だけど、おばあさんが亡くなったことやお姉さんの進学を機に、お母さん・お姉さん・瀧島君の三人で、またこの町に戻ってきたんだって。
このことは、前に瀧島君から聞いて知っていた。
「父が到着したとき、ユキはすでに美羽サンとのデートに出かけた後でした。『幸都は?』と父に聞かれた私は、父の持ってきたたくさんのおみやげに気を取られ、つい口がすべってしまったのデス。『今頃は美羽サンとウサギと楽しく過ごしてる』、と」
ヒナノさんはそこで、ふーっと息をついた。
「本当にバカでした。父は美羽サンの名前だけでなく『ウサギ』という単語にひどく反応し、『とんでもないことだ』と怒って家を飛び出していってしまったのデス」
(えっ……!?)
ドキッと、心臓がはねた。
私の名前と「ウサギ」に反応したって、どういうことだろう。
それに、「怒って」って、いったいどうして……?
「その後は、美羽サンの目撃したとおりデス。まったく、弁解のしようもありまセン。心から反省していマス」
「あの……私の名前に反応したって、どうしてですか? 私、お父さんに何か……」
「いえいえ。美羽サンは何も悪くありまセン。悪いのは口をすべらせた私と、デートをつぶした父デス。父はそのままユキを自分の家に連れていき、ユキのスマホも取り上げてしまったのデス」
(そうだったんだ……!)
連絡が取れなかった理由がはっきりして、少しだけほっとする。
「じゃあ、瀧島君は今、お父さんといっしょにいるんですね」
「ハイ。なんとか連れ戻そうとしたのですが、聞く耳持たずでダメでした。けど、安心してくだサイ。ユキは学校が始まる前にこちらに戻ってくる予定デス。新学期には顔を合わせられること、私が保証しマス」
そう言うと、ヒナノさんはこちらを向いてどんっと自分の胸をたたいた。
「ユキと父の間に何があったのかは、ユキの口から話すように伝えておきマス。美羽サンは、何も心配せず冬休みを過ごしてくだサイ」
「わかりました。ありがとうございます、ヒナノさん」
そう言った私を見て、ヒナノさんは目を細めた。
「美羽サン。実はあなたに、ずっと伝えたいと思っていたことがあるのデス」
「えっ、私に? なんでしょう」
「ユキは、雪うさを始めてから変わりマシタ」
「雪うさ」という言葉に、えっと思わず声を上げそうになった。
瀧島君は、「雪うさ」としてサキヨミで見た未来を「占い」の形で動画配信している。
サキヨミっていうのは、人の顔を見るとその人に起こるよくない未来が見える力のこと。
私も瀧島君も、このサキヨミの力を持っている。瀧島君は雪うさとして、私はその妹分のミミふわとして、見えた未来を阻止するためにがんばってきたんだ。
このことを知っているのは、美術部の仲間や、同じく力を持っている咲田先輩だけ。
だから、ヒナノさんが「瀧島君=雪うさ」という事実を口にしたのを聞いて、すごくびっくりしてしまったんだ。
だけど、おどろくことはなかった。ヒナノさんが、すぐにこう続けたからだ。
「占い配信者になりたいから衣装を作ってくれと頼まれたときは、本当にびっくりしたのデス。ユキは、そういう変わったことをやるタイプじゃありませんでしたから」
そうだった。雪うさの衣装は、ヒナノさんが作ったものなんだ。
瀧島君が雪うさをやっているってこと、ヒナノさんが知らないはずはない。
「それを言い出したのは、入院している祖母の見舞いでたびたび月夜見市を訪れるようになってからのことでした。ユキが小六のときのことデス。おそらくそのとき、ユキは美羽サンのことを思い出したんだと思いマス」
「私のことを……?」
「ハイ。ユキが雪うさになろうと決意したのは、あなたがきっかけだと私は考えているのデス」
ヒナノさんの真剣な表情を前に、私ははっとした。
思い出したんだ。前に瀧島君が私に語ってくれた、「雪うさを始めた理由」のことを。
──サキヨミの力は人を助けられるすばらしいものなんだって、伝えたかった。
小学校時代、瀧島君はミニバスのチームに入っていた。
あるときチームメイトのコウキ君のサキヨミを見て彼を助けたところ、誤解されて悪口を言われるようになってしまった。
それがきっかけで、瀧島君はミニバスをやめてしまった。それから卒業までの数か月間、チームメイトとは口を利いてもらえなかった。
瀧島君は、ミニバスをやめたとき、私のことを思い出したって言っていた。
こんなふうに、私もサキヨミの力でつらい思いをしているかもしれない。だからそうじゃないってことを伝えるために、雪うさになったんだって。
(そうか。瀧島君はその頃、この町に何度か来ていたんだ……)
小学校六年生の頃。顔を上げることもできず、私はぼっちをつらぬいていた。
サキヨミを見たくないからっていう理由で、人と関わるのを避けていた。
でも、そんなときも、瀧島君は私のことを考えてくれていたんだ。
そのとき、ヒナノさんが私に顔を向けた。
「美羽サン。あなたに、ずっとお礼を言いたかったのデス」
「えっ、お礼?」
「ハイ。中学に入ってからのユキは、とてもいきいきと輝いているように見えマス。ときおりうれしそうに美羽サンの話をする姿を見て、本当にうれしく思っていたのデス」
そう言うと、ヒナノさんは足を止めた。
気づくと、鳥居の前に到着していた。ヒナノさんは静かに私の手を取ると、真剣な面持ちで私を見た。
「美羽サン。これからもユキのこと、よろしくお願いしマス。どうか、ユキとずっといっしょにいてあげてくだサイ」
改まった声で言われ、私ははっと息をのんだ。おどろきの後で、じんわりと胸があたたかくなってくるのを感じる。
私はヒナノさんを見つめ、「はい」とゆっくりうなずいた。