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ものがたり

第4回 『サキヨミ!⑪ 思いは届く?運命の別れ道』|完結巻発売記念★特別ためし読み連載!

17 伝えたい思い


 委員会の仕事があるという瀧島君と別れ、私は夕実ちゃんといっしょに美術室を出た。

 いつも夕実ちゃんといっしょに帰る叶井先輩は、今日は家の用事があるとかで一足先に帰っていた。

 こんなふうに夕実ちゃんと二人で帰るのは、ひさしぶりのことだ。

(今日が、チャンスかも……)

 私は心の中で「よし」と決意して、「夕実ちゃん」と声をかけた。

「二人で、話したいことがあるんだ。いいかな」

 となりを歩く夕実ちゃんは、私を見て目をぱちくりさせた。そうして、にこっとうなずく。

「もちろんだよ。三角公園、行こっか」


 三角公園は、学校の近くにある公園だ。その名の通り、フェンスで囲まれた敷地が三角形をしている。

「話って何、美羽ちゃん?」

 ベンチに腰かけた夕実ちゃんが、笑顔でたずねてくる。

 自分で決めたことながら、私は緊張してその顔を見返した。

 私には、ずっと夕実ちゃんに話したいと思っていたことがある。

 去年の秋に、瀧島君から言われた言葉──「好きだった」、という言葉のこと。

 そして、私自身の、瀧島君への気持ちのことだ。

「あのね。去年、部活のみんなでハロウィンパーティしたでしょ。あの日に、私……瀧島君から、『好きだった』って言われたの」

 夕実ちゃんが、大きな目を見開いた。ぽかんと口を開け、私を見つめる。

「えっ、えっ……えええっ!? それ、ほんと!?」

「う、うん」

「そ、それで、美羽ちゃん、それでなんて答えたの!?」

「えっと……『そうなんだ』って」

「ええっ!? それだけ!?」

「あと、『ごめんなさい』って」

「はぁぁぁいっ!?」

 夕実ちゃんが、両手でがしっと私の肩をつかんだ。

「なんで、どうして!」

「なんでって……! だって、過去形だったんだよ。だから、瀧島君の気持ちに気づけなくて申し訳なかったなって思って……」

 夕実ちゃんが、とたんに唇を引き結んでぴたりと止まる。

「待って、美羽ちゃん。もう一度、くわしく話してくれないかな。瀧島君は、どんな流れでなんて言ったの? 正確にお願い」

「ええっと……まず、咲田先輩のことを話してて。その後、瀧島君が『文化祭のときに話したいことがあるって言っただろう』って言ってきて、それで……」

「話したいこと?」

「うん。文化祭が終わった後、瀧島君から『話したいことがある』って言われたんだ。咲田先輩が来ていろいろあって、結局そのまま流れちゃったんだけど」

「なるほど。で、『話したいことがある』の次は? 瀧島君、なんて言ったの?」

「……『好きだったんだ。如月さんのことが』……って」

 それを聞いた夕実ちゃんは、肩に置いた手を引っ込めて「うーん」と首をひねった。

「好きだった……か。たしかに、過去形なのは引っかかるね。美羽ちゃん、瀧島君は本当にそう言ったの? 『好きだったんだ』って」

「うん。そうだったと思うよ」

「そう、かぁ……」

 そのまま腕を組み、夕実ちゃんは修行僧のように静かな表情で目を閉じた。

「うーん、不思議だなぁ。瀧島君のことだから、何か意味があってそう言ったと思うんだけど……」

「たぶん、サキヨミのことが関係あったんだと思うの。実はね、咲田先輩は、『恋をするとサキヨミが見えなくなる』っていう仮説を立てていたんだ」

「恋をすると?」

 クリスマスイベントのとき、どうもその仮説は間違っていたらしいっていうことがわかった。

 だけどハロウィンパーティのときは、まだそのことがわかっていなかったんだ。

 だから瀧島君は、「サキヨミが見えなくなるのを防ぐために、私への気持ちをあきらめた」っていう意味で言ったんだと私は思ってる。

 それを告げると、夕実ちゃんは「そっか……」と眉を下げた。

「瀧島君、マジメだもんね。たしかに、そういう意味だったのかも……」

「うん。でもね」

 声に力をこめ、夕実ちゃんを見つめる。

「瀧島君にそう言われたことは、ひとまず置いておいて。私は、自分の気持ちを大事にしたいなって思ってるの」

「え? 美羽ちゃんの、気持ち?」

 目をぱちくりとさせた夕実ちゃんに、私は覚悟を決めて口を開いた。

「私……瀧島君のことが、好きなの」

 はっと、夕実ちゃんが大きく息を吸いこんだのがわかった。

「そ、それって、その『好き』って……」

 うん、とうなずいてから答える。

「……恋愛の『好き』、だよ」

 言ってから、かあっと顔が熱くなってうつむく。

 そのまま夕実ちゃんからの反応を待つけれど、となりからは何の返事もなかった。

 おそるおそる顔を上げると、夕実ちゃんが真っ赤な顔で私を見つめていた。大きな目をいっぱいに見開いて、ぷるぷると震えている。

 と、その目から、涙がつーっと流れ出た。

「ゆ、夕実ちゃん!?」

 あわててハンカチを取り出し、夕実ちゃんのほおを押さえる。

「どうしたの? 大丈夫?」

「……美羽ちゃん……!」

 夕実ちゃんが、言うなりがばっと私に抱きついてきた。持っていたハンカチが、ぽろっとベンチに落ちる。

「よかったぁ……! やっと、やっとだ。うれしいよ───!」

 耳元で、夕実ちゃんがずずっと鼻をすするのが聞こえる。

 私から離れると、夕実ちゃんは涙顔でほほえんだ。

「ずっと、そうなんだろうって思ってた。でも美羽ちゃん優しいし、いろんなことに気をつかっちゃうし、ちょっと考えすぎちゃうところもあるし……美羽ちゃんがその気持ちに向き合うには、きっと時間がかかるんだろうなって思ってたの」

「夕実ちゃん……」

 おどろきとともにつぶやく。

 夕実ちゃん、私の瀧島君への気持ちに気づいてたんだ。

 そのうえで、そんなふうに考えてくれてたんだ……。

「でも、もう大丈夫だね。美羽ちゃん、瀧島君を好きだっていう気持ちをしっかり受け入れたんだもん」

 夕実ちゃんは、言いながら手の甲で涙をぬぐった。そうして、落ちたハンカチを私に返してくれる。

「それに、『恋をするとサキヨミが見えなくなる』っていうのは、間違ってたんでしょ? それなら、何の障害もないじゃない! 瀧島君の気持ちとか考えだって、ハロウィンの頃から変わってるかもしれないよ」

 言われて、はっとする。

 そうか。もうあれから、二か月以上経っている。

 その間には、咲田先輩とのことや、お父さんとのことなど、いろいろなことがあった。

「そう、かな。変わってるかな」

「そうだよ! それで美羽ちゃん、どうするの?」

「えっ……どうする、って……」

「さっき、『気持ちを大事にしたい』って言ったよね。それって、大事にかかえこんでいたいって意味? それとも……」

 夕実ちゃんが、真剣な表情でじっと私を見る。

「……うん。いつか、瀧島君に伝えたいと思ってる」

 瀧島君のお父さんのことがあって、私は改めて、「気持ちを伝える」っていうことの大事さに思いいたったんだ。

 気持ちを伝えるのは、むずかしいことだ。怖いことでもあると思う。

 だけど。私はこの気持ちを、なかったことにしたくない。

 時期はわからないけど、いつか絶対に瀧島君に伝えよう。

 そう、決意したの。

「だけど、なやんでて。いつ伝えればいいんだろうって」

「そうだよね。タイミング、すごく大事だよね」

 夕実ちゃんは、叶井先輩に告白するのを「文化祭のとき」って決めていた。

 私は、どうしよう。一年生の間? それとも、二年生……ううん、もっと先、卒業するとき?

「瀧島君との関係が変わっちゃったらって思うと、すごく怖いんだ。私は、今の瀧島君との関係、すごく好きだから」

「わかるよ。美羽ちゃんと瀧島君、どんどんいい感じになってるもん。気まずいふんいきに、なりたくないよね」

 夕実ちゃんの言葉に、ありがたさを感じながらうなずく。

 友達って、すごいな。話すだけですごく楽になるし、もらえる言葉があたたかくて、緊張していた心がどんどんほぐれていく。

「あっ。じゃあさ、こういうのはどう?」

 夕実ちゃんが、明るい声で言う。

「来月、バレンタインでしょ? いっしょにチョコ作ろうよ。それで、瀧島君に渡してみない?」

「えっ、バレンタイン?」

 そうか。言われるまで、ぜんぜん頭になかった。

 バレンタインって、私にとっては、お父さんがもらってきたチョコを家で食べるだけの日だった。小学校ではバレンタイン禁止で、チョコの持ち込みもできなかったんだ。

「いきなり気持ちを伝えなくても、チョコなら友達やお世話になった人にも渡すものだし、あんまり大げさにならずにすむんじゃない? まあ、他のチョコと違いを出すために、少し特別感を出すっていうのはアリかもしれないけど」

「そっか。それいいかも、夕実ちゃん! でも、うちの中学って、バレンタイン禁止じゃないのかな?」

「うーん。たぶん、チョコの持ち込みはダメだと思う。あっ、でも、今年のバレンタインって……そうだ、日曜だ!」

 スマホを見た夕実ちゃんが、ぱっと笑顔になる。

「うちでいっしょに作って、その足で渡しに行こうよ! それか、どこかに呼び出してもいいし。私も、ヒサシ君に渡しに行く!」

「うん、いいね! そうしよう!」

 私は、笑顔の夕実ちゃんとぽんぽん両手を合わせた。

 いきなり気持ちを伝えるのは、まだ勇気がいるけれど。

 バレンタインチョコを渡すことくらいなら、きっとできる。

(瀧島君、どんな反応するかな……?)

 笑顔で「ありがとう」って言われて、終わりかもしれないけど。

 それでも、「気持ちを伝える」っていう挑戦に向けて、一歩踏み出せる気がする。

 ベンチから立ち上がった頃には、あたりはかなり暗くなり始めていた。

 夕実ちゃんの家と私の家は、逆方向だ。

 公園の入り口で別れを告げようとしたとき、夕実ちゃんがぐいっと顔を近づけてきた。

「ね。私、神社にお参りに行ったって、さっき言ったでしょ?」

「えっ? うん」

「あれ、ほんとはね。『美羽ちゃんと瀧島君がずっといっしょにいられますように』ってお願いしたの」

(……えっ!?)

 おどろいた私に、夕実ちゃんがふふっと笑う。

「絶対、叶うよ。美羽ちゃん、応援してるからね!」

 ばいばい、と手をふって、夕実ちゃんは帰り道を歩いていった。

「ありがとう、夕実ちゃん」

 そうつぶやいてから、ふっと空を見上げる。

 紺色の空には、星がまたたいていた。

(……叶うといいな)

 公園に背を向けると、私は夕闇の道を家に向かって歩き出した。


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