16 リベンジ
翌日の日曜日。
瀧島君と私は、ウサギカフェの店内にいた。
「わあ! 見て、瀧島君! ウサギたちが、おだんごみたいに集まってるよ」
小声で言うと、瀧島君も目を細めた。
「ほんとだ。かわいいなあ」
おだんご状態のウサギたちのそばにそっと近づき、二人ならんでしゃがみこむ。
部屋の中には、いくつかのテーブルやクッションとともにふわふわのラグが敷かれている。
ウサギは臆病だから、大きな音や、追いかけられることを怖がってしまう。
だからなるべく静かにそっと動くようにって、お店のスタッフさんから注意を受けていた。
だっこもNG。だけど、おやつタイムにはなでても大丈夫なんだって。
「ユキ、美羽サン。ウサギのおやつなのデス」
「あっ、ヒナノさん。ありがとうございます」
私はヒナノさんが差し出してくれた紙コップを受け取った。中には、にんじんや菜っ葉などの新鮮な野菜が入っている。
ヒナノさんのむこうには、さっそくウサギにおやつをあげている瀧島君のお父さんが見えた。となりには、お母さんもいっしょだ。
実は今日は、瀧島家のメンバーが勢ぞろいしているんだ。
三人でウサギカフェに行くということを話したら、お母さんもヒナノさんも「行きたい!」ということになって、こうして全員で来ることになった。
このカフェまでは、お父さんが運転する車に乗ってきたんだ。
私がお父さんを誘ったのが始まりであるとはいえ、瀧島君の一家だんらんに私が加わっちゃっていいのかな? って思ったんだけど……。
「美羽サンが来ないと意味がないのデス」とヒナノさんに強く言われて、ごいっしょさせてもらうことになった。
お母さんとは初めて会うから、すごくドキドキしたけれど。
にこにこしたとっても気さくな人で、緊張はすぐにほぐれたんだ。
「美羽ちゃん、見て。この子、美羽ちゃんに似てるのよ」
お母さんに呼ばれ、私はおやつを持ったままそちらに移動する。
「ウサギに似てるって、如月さんに失礼だろう。だいいち、どこが似てるんだ」
お父さんが小声で言う。お母さんは「あらぁ」とにっこり顔を傾けた。
「この目のあたり、そっくりじゃない? 毛色も美羽ちゃんの髪みたいな茶色だし、とっても優しそうな顔をしていると思うけど」
お母さんが指さしているウサギはたしかに茶色くて、私の髪の色に似ている。
すると、その子が鼻をひくひくさせながら私に近づいてきた。
「如月さんのにんじんをねらっているみたいだな」
お父さんが私に笑顔を向ける。そのことがうれしくて、私も自然に笑顔になった。
「ほら。やっぱり、自分に似てる人だってわかるのよ」
「うーん。似てる……かなぁ」
お母さんの言葉に、いつの間にかすぐ後ろにいた瀧島君が苦笑いする。
「その子の名前は、『チャコ』ちゃんというそうデス。あそこに書いてありマシタ」
ヒナノさんが、壁に貼ってあるウサギ紹介表を指さして言う。
「ヒナノ、そのしゃべり方やめたらどうだ」
「やめないのデス。これが私のアイデンティティなのデス」
お父さんに答えると、ヒナノさんは近くのソファに腰かけてアイスティーを飲んだ。
「チャコちゃん。にんじん、どうぞ」
私が差し出したにんじんに、チャコちゃんがうれしそうにかじりつく。
カリカリ、シャリシャリというかわいい音、一生懸命に口を動かす様子に、私はみゅーちゃんのことを思い出していた。
(みゅーちゃんも、こんな感じで一生懸命食べてたっけ)
もぐもぐ食べてくれるのがうれしくて、たくさんあげすぎて。先生に「もうおしまいにして」って言われてしまったこともあったっけ。
なんだか、すごくいろいろ忘れちゃってたみたい。
不思議だな。こんなふうに思い出せるってことは、覚えてるってことなのに。
今日ウサギカフェに来てなかったら、私、ずっと思い出さないままだったかもしれない。
「でも幸都、よかったの? せっかくお父さんの許可が出たんだから、ウサギ飼えばいいじゃない」
お母さんに言われ、瀧島君は首をふる。
「いいんだ。ウサギは、将来自分の家を持ったらにするよ」
「もうさびしくないし、他にがんばらなきゃいけないこともできたし、ってとこデスね」
そう言ったヒナノさんを、瀧島君はふりかえってちょっとにらんだ。
「如月さん。これからも、幸都のことをよろしくお願いします」
とつぜんお父さんに言われ、私はチャコちゃんをなでていた手をびくっと止めた。
「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」
お父さんの優しい笑顔は、瀧島君にそっくりだった。
(よかった。私、瀧島君の友達だって認めてもらえた……!)
心の中に、うれしさが広がっていく。同時に、ちくりと胸が痛んだ。
「よろしく」っていうのは、あくまでも「友達」として。それ以上の意味はないんだ。
って、瀧島君のお父さんは私の気持ちを知らないんだし、そんなの当たり前なんだけど……。
そのとき、お母さんが「あらあら」とほほえんだ。なぜかヒナノさんも「ぶふっ」と噴き出す。
不思議に思って瀧島君のほうを見ると、彼は顔をそむけていた。
心なしか、その耳がほんのり赤くなっているように見えた。
****
「……というわけで、グループチャットでもお伝えしたとおり、転校はなくなりました」
月曜日の放課後、美術室。
瀧島君の言葉で、みんなが盛大に声を上げた。
「すげえ。やったな、瀧島!」
「あの動画が効いたということだな!」
「本当によかったよ、瀧島君!」
チバ先輩、叶井先輩、夕実ちゃんに続き、レイラ先輩も「よかったー!!」とほっとしたような笑顔になった。
くわしい話をするって伝えたら、レイラ先輩もこうして美術室に顔を出してくれたんだ。
「でもタッキー、あの動画だけで大丈夫だったの? 話を聞いた感じ、かなりガンコ……いや、説得がむずかしそうなお父さんっぽかったけど」
「動画はおおいに力を発揮してくれましたよ。ただ、実は他にもいろいろありまして……」
そうして、瀧島君は火事のことについて話した。
途中で私も加わりながら、お父さんとの会話や、私の手紙の入ったクッキー缶のことなんかも説明する。
「そ、そんな大変なことが……!」
「二人とも、無事でよかったあああ!」
夕実ちゃんとレイラ先輩が、目をうるませる。
「しかし、瀧島の親父さんすげえな。何者なんだ?」
チバ先輩が目を丸くして問う。
「建築士で、防火管理者の資格を持ってるんです。防火管理者っていうのは施設を火事から守る責任者のことで、消火訓練も受けてるんですよ。それで、迅速に動けたのかもしれませんね」
「わあ、かっこいい!」
夕実ちゃんが言う横で、私もびっくりした。
お父さん、建築士だったんだ。建築士って、建物の設計をしたりする人のことだよね。うわあ、すごい……!
「ボヤですんで、本当によかった。他に怪我人は出なかったのか?」
叶井先輩がたずねる。
「避難するときに転んで軽い怪我をした人はいたみたいですけど、大怪我をした人はいませんでした。となりの子どもたちも、元気だそうです」
「本当によかったよぉ。あの動画も、送った後ずっと心臓バックバクだったんだよ?」
レイラ先輩が、胸を押さえながら言う。
「チバっちが上手に編集して、エモいスライドショー作ってくれてさ。台本どおりに台詞も言えたし、これは大傑作ができた! って、自信満々で送ったはいいものの……」
「なかなか返信がなくて、どんどん不安になってったんすよね」
チバ先輩がひひっと笑う。
「たしかに、生きた心地がしなかった。だが瀧島なら、必ずやあの動画を最も効果的なタイミングで使ってくれるはずだとおれは信じていたぞ」
「私もだよ、ヒサシ君!」
夕実ちゃんが、うれしそうに顔を輝かせた。
「瀧島君の転校がなくなって、ほんとによかった。私あの後、神社にお参りしにいったんだよ。どうか瀧島君が転校せずにすみますように~って!」
「ユミりん、よくやった! 本当によかったよ、タッキー!」
そう言うと、レイラ先輩は両腕を広げて瀧島君と私に抱きついた。
「これからも、仲良くね。あたしはこれで安心して、受験にのぞめるよ」
ニッと笑って、瀧島君と私を交互に見る。
レイラ先輩の顔のむこうに、瀧島君の心から安心したような表情が見えた。