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ものがたり

第4回 『サキヨミ!⑪ 思いは届く?運命の別れ道』|完結巻発売記念★特別ためし読み連載!

15 終わりのとき


 ドアが開いたのは、そのときだった。

 私はあわてて涙をぬぐい、ゆっくりと歩みよってくるお父さんに目を向けた。

 その手には、カラフルな四角いクッキー缶。

 ソファに座ってひざの上にそれを載せたお父さんを、瀧島君がけげんそうに見つめた。

「火事が起きたと知ったとき、一番に思ったのがこれのことだった」

「それ……何?」

 瀧島君の言葉に、お父さんがふっと笑った。

「もし、火が燃え広がって、これも燃えてしまったら……一生後悔しただろうな」

(そんなに、大事なものなんだ……)

 だけど、どうして今、それを持ってきたんだろう。

 お父さんはフタを開けると、テーブルに缶を置いて瀧島君のほうへとすべらせた。

 その中身を見て、瀧島君があっと声を上げた。

「これは……如月さんからの、手紙……!」

「えっ!?」

 おどろいて、私も缶の中をのぞきこむ。

 そこには、折りたたまれた白い紙がたくさん入っていた。

 瀧島君がひとつを手に取り、開く。


『ゆきちゃんへ

 げんきですか?

 わたしはげんきです

 いつもあそんでくれてありがとう

 またあしたもあそぼうね

 みうより』


 これ……幼稚園の頃、私が瀧島君に書いた手紙だ!

「まさか、残っていたなんて……」

 ところどころ鏡文字になっているそれを見ながら、おどろきの声をもらす。

「……引っ越しのときに、なくしたと思ってた。どうして、これを父さんが……」

「如月さんのこと……つらい思い出を思い出さないように、隠していたんだ。おまえが大人になったら、渡そうと思っていた」

「隠してって……どうして、処分しなかったんだ。父さんなら、それくらい……」

「おまえが、これをとても大事にしていたからだ」

 お父さんの言葉に、何かを言おうとした瀧島君の動きが止まった。

「如月さんがおまえにとって大事な存在であるということは、頭ではわかっていたんだ。だがいざ同じ中学に行くとなったとき、また同じことが起こるんじゃないかという不安にとらわれてしまった。それ以上に、幸都が自分の手から離れて飛び立っていってしまうのが怖かったんだ」

 瀧島君が、はっとおどろいたように目を見開いた。お父さんは続ける。

「飛び立たれてしまったら、もう自分の手元に置いて守ることはできない。それが、怖かった。依存していたのは、私のほうだ。私は幸都を手離さずに、『息子を守る父親』であり続けたかったんだ」

「父……さん……」

 お父さんは、眉を下げるようにして笑みを浮かべた。

「今日は、本当におどろかされた。火事が起きてもパニックにならずに、落ち着いて車いすの女性の手助けをしていただろう。知らない間に大人になっていたんだとおどろいて……そしてまた、怖くなった。幸都が、自分の知らないところでどんどん大人になってしまう。私の手が届かないところで、自分の意思で行動し、そうしてまた傷ついてしまうんじゃないか、と」

 そこでお父さんは、小さく首をふった。

「だけど、あの動画を見て思い知らされたよ。私の知らない表情がいくつもあった。そして何より、如月さんといっしょにいるときの幸都はとてもいきいきとしていた。それを見て思ったんだ。幸都はもう子どもじゃない。もう自分がいなくても、大丈夫だって」

 お父さんの表情が、とたんにやわらかくなる。

 動画を通して、美術部のみんなの気持ちがお父さんに届いたんだ……!

「如月さん」

「えっ、はい!」

 とつぜん名前を呼ばれ、ドキッとして答える。

 お父さんは、瀧島君に似た優しい瞳で言った。

「『どんなできごとも、今につながる大事な経験』……と言ったか。如月さんの言葉は、たしかに幸都の救いになっているんだと実感したよ。臆病から来る私の思いこみよりも、よっぽど幸都のためになっている」

「父さん……それじゃあ……」

「私は、ものごとの表面しか見えていなかったようだ。できごとの悪い面だけを見て、それを避けようとしていた。だがどんなことでも、必ず何らかのいい面はある。経験は、人を成長させる。君たちから、そのことを学んだよ」

 そう言うと、お父さんはゆっくりソファから立ち上がった。

「転校の話は、ナシだ。私もそろそろ、子離れしなければならないしな」

「父さん!」

 瀧島君が飛び上がり、お父さんの前に立った。

「ありがとう、父さん。僕らの気持ちを、わかってくれて」

「すまなかった。おまえの気持ちを無視して、大切な友達や居場所を奪ってしまうところだった。許してくれとは言わないが……これからも父親として、見守らせてほしい」

「もちろんだよ。本当に助けてほしいときは、ちゃんと言う。だから、見守ってて」

 そうして、二人はしっかりと見つめ合った。

 その優しい表情の中には、たしかにおたがいを思う気持ちが見える。

(よかった……! 本当に、よかった!)

 じわりと、涙がこみあげてくる。

 ちゃんと、わかり合えた。気持ちを伝え合って、仲直りすることができたんだ。

 しかも、転校の話もなくなった。

 つまり、瀧島君と離れなくてすむ。

 これからも、瀧島君といっしょにいられるんだ……!

「実は……今日ペットショップに行ったのは、下見だったんだ」

「下見?」

 瀧島君が首をかしげる。

「幸都がこの家に戻ってきたら、ウサギを飼おうと思っていたんだ」

 思いがけない言葉に、瀧島君と私は思わず顔を見合わせた。

「ウサギって、どうして? 飼っちゃダメだって、あれほど言ってたのに」

「たしかに、そうだ。幼稚園のときと同じようなことにならないか、心配だったんだ。ペットというのは、いつか必ず別れがくるものだからな。特にウサギは、如月さんやあのいなくなったウサギのことを思い出してしまうから絶対にダメだと思っていた」

「それなら、なおさらどうして……」

「幸都と、どうしても仲直りしたかったんだ」

 お父さんの言葉に、瀧島君がぽかんとした表情になる。

「……それだけのために?」

「幸都とケンカをしてから、もうすぐ一年経つんだぞ。あっちの家には何度も帰ってるのに、ろくに口も利いてくれないで……私がどれだけさびしかったか、おまえにはわからないだろう」

 気づくと、お父さんの目が少しだけうるんでいた。

 そのまま私に向き直ると、ぴっちりと両手をももの横につけて、きれいなお辞儀をする。

「如月さん。去年の年末には、本当に申し訳ないことをした。如月さんとウサギカフェに行ったと聞いて、じっとしていられなかったんだ。幸都の身にまた何か起こってしまうんじゃないかと勝手にあせって、ばかなことをしてしまった。本当に、申し訳ない」

「いえ、いいんです! あの、頭を上げてください……!」

 あわてて言うと、お父さんはゆっくりと顔を上げた。

「悪かった。もう、ジャマはしないと約束する」

「ウサギカフェ、僕たちで行ってもかまわないよね?」

 瀧島君の言葉に、お父さんは「もちろん」とうなずく。

 そのとき、私はふと思い立って、おそるおそる口を開いた。

「あの……もしよければ、なんですけど……お父さんも、いっしょにどうですか?」

「……え?」

「如月さん!?」

「あ、あの、ほんとに、もしよければ、なので! ムリにとは、ぜんぜん……!」

「……行っても、いいのか?」

 お父さんが、期待に満ちた目を瀧島君に向ける。

「……如月さんがいいのなら、僕はぜんぜんかまわないよ。父さん、ウサギさわったことないだろ。これを機に、ウサギのかわいさも知ったほうがいい」

 それを聞いたお父さんは、おさえきれないとばかりに笑顔をはじけさせた。


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