KADOKAWA Group
ものがたり

第2回 『サキヨミ!⑪ 思いは届く?運命の別れ道』|完結巻発売記念★特別ためし読み連載!

7 思い出の土地


 瀧島君のお父さんが住むマンション──つまり、瀧島君が小学校の頃まで住んでいたおうちは、駅から徒歩五分の場所にあった。

 住宅街の一角にある、十階建てのマンション。お父さんの住む部屋のある四階までエレベーターで上がると、いよいよ緊張が最高潮に達した。

「さっきも言ったけど、如月さんはムリについてこなくてもいいんだよ」

 廊下で瀧島君に言われ、私は首をふった。

「ううん、大丈夫。ジャマになっちゃうかもだけど、できればいっしょに行きたいって思ってる。でも……やっぱり、私がいると迷惑かな」

「そんなことないよ」

 瀧島君が、私の正面に立つ。

「ここまでついてきてくれただけでも、本当にうれしい。僕らがいっしょに来たって知れば、父もおどろいて考えを変えるかもしれないしね」

 そう言ってふわりと笑った。その優しい顔に、勇気づけられる。

「それじゃあ……行くよ」

 瀧島君の言葉に、私は覚悟を決めてうなずいた。

 ドアの前に立ち、チャイムを鳴らす。

 私は瀧島君の少し後ろで、ドキドキしながらお父さんの登場を待った。

「……あれ。おかしいな」

 しばらくして、もう一度チャイムを鳴らす。けれど、結果は同じだった。

「もしかして、留守?」

「そうかもしれない。ちょっと、確認してみるよ」

 言うなり、瀧島君はスマホでどこかに電話をし始めた。

「来たけど、出ないんだよ。いないみたいで……うん、そう。──え?」

 話しながら、瀧島君の顔がくもった。

 電話を終えると、気がぬけたように長く息をつく。

「父親は、急きょ休日出勤になったみたいだ。さっき、母親に連絡があったらしい」

「今電話したのって、お母さん?」

「うん。昼過ぎには終わるだろうって言ってたらしいけど、どうだろう。ひとまず、帰りを待つしかなさそうだね」

「そっか……」

 がっかりしたのと同時に、少しだけほっとする。

 覚悟を決めたとはいえ、やっぱりまだ、お父さんと顔を合わせるのはちょっと怖かったんだ。

「しばらく、あたりを散歩でもしようか。如月さんに、見せたい場所があるんだ」

 瀧島君の提案に賛成し、私たちは二人でマンションを出た。

 駅とは反対方向に歩き始めると、その道すがら、瀧島君はいろいろなことを私に教えてくれた。

「この地蔵は、裏のおばあさんがお世話をしていていつも花で飾られているんだ」

「あのビルの三階で、母は生け花の講師をしていたんだ。二階には、姉が通っていた裁縫教室があるよ」

「ここは何年か前まで、駄菓子屋だったんだ。奥でお好み焼きを食べられるようになっていて、よく食べにきたんだよ」

 聞くたびに、「へえ……!」と声がもれる。

 この町には、私の知らない瀧島君の思い出がいっぱいあるんだ。

「着いた。ここだよ」

 十分ほど歩いたところで、瀧島君が立ち止まった。

 緑色のフェンスのむこうに、校庭と白い校舎が見える。

「ここってもしかして、瀧島君の……?」

「そう。僕が通っていた、小学校だよ」

(わあ、すごい……!)

 私はフェンスごしに、その小学校を見渡した。私の通っていた小学校とは違って、木々や遊具が少ない。けれど校舎は大きくて、とても立派だ。

「あれ? プールがないみたいだけど……」

「屋内にあるんだよ」

「へええ……!」

 瀧島君は、ここ──私がまったく知らない小学校で、六年間を過ごしたんだ。

「コウキ君とハルちゃんも、この学校に?」

「ああ。不思議だな。まだ一年経ってないのに……なつかしいよ、すごく」

 そう言って、瀧島君は校舎をながめる目を細めた。

 その優しい横顔に、ずきんと胸が鳴った。

(瀧島君は、月夜見市に引っ越してよかったって、思ってるのかな……)

 そうたずねたら、瀧島君のことだから、「もちろん、思ってるよ」って答えてくれるだろう。

 でも。もし何かが少しでも違っていて、瀧島君がまだお父さんの家に住んでいたとしたら……。

 前にしたそんな妄想が、また頭の中を満たし始める。

 そんなこと考えたって、しかたがないのに。

 どうしてこんなにも、不安になってしまうんだろう……。

 そう、思ったとき。

「──あれ? マジで、瀧島?」

 背後から聞こえた声で、ふりかえる。

 そこには、マッシュヘアの男の子と、ふわふわの長い髪をゆらす女の子が立っていた。

 見覚えのあるその顔に、私はあっと息をのんだ。

「コウキ? それに、ハルも!」

 瀧島君の顔が、ぱっと明るくなった。

 コウキ君とハルちゃん。去年スペースシティで出会った、瀧島君の小学校時代の同級生だ。

 私たちを見て、おどろいたように歩みよってくる。

「ひさしぶり。二人とも、どうしてここに?」

「それはこっちの台詞だよ。似てるヤツがいるなと思ってよく見てみたら、本人なんだもんな」

「おどろいたよね、コウキ!」

 ハルちゃんがコウキ君と目を見合わせてうれしそうに笑う。それから私を見て、

「そちらは、お友達?」

「うん。部活の友達で、如月美羽さん」

「如月さん、はじめまして! ユキトの元同級生のハルです」

「はっ、はじめまして、如月です」

 緊張で、少しだけ声がうわずる。

 そっか。前に会ったときは「ミミふわ」だったから、今回が「はじめまして」になるんだ。

「ちょっと、前の家に用があってね。ついでに、近所を案内してたんだ」

「ふーん? わざわざ連れてくるなんて、相当仲がいいみたいだね」

 ハルちゃんがにやにやしながら瀧島君と私を交互に見る。

「まあ、幼なじみだしね。如月さんには、すごくお世話になってるよ」

「なるほど。おれたちみたいな、腐れ縁ってわけか」

「コウキ、言い方!」

 むくれたハルちゃんを見て、瀧島君がおかしそうに笑う。

 それを見て、ずきんと胸が痛んだ。

(あれ……どうしてだろう)

 瀧島君がうれしそうなのに、それを見て心が痛むなんて。

 三人の間に、私には触れられない絆があること。

 そのことに嫉妬して、勝手にさびしくなっちゃってるのかもしれない。

(私、自分勝手だな……)

「ね、ユキト。今日はあたしたち、これから出かけなきゃだからムリだけど、如月さんもいっしょに、いつかゆっくり話そうよ。次はいつ帰ってくる?」

 ハルちゃんに問われ、瀧島君が困ったように眉を下げた。

「ちょっと、まだわからないな。都合がついたら、連絡するよ」

「そういえばおまえ、美術部だって言ってたよな。うちの中学、美術部は去年廃部になったんだよ」

 そう言って、コウキ君が小学校のとなりの建物を指さした。気がつかなかったけれど、そっちに中学校が建っているらしい。

「もしおまえがうちの中学に転校してきたら、バスケ部に入ってもらいたいな。他のやつらも、瀧島ともう一度バスケしたいって言ってるんだぜ」

 転校、という言葉で胸がどくっとはねる。

 するとハルちゃんが「そうそう!」と笑顔で言った。

「今年の一年生メンバー、すごい活躍してるんだよ!」

「そうか。コウキたちの試合、見てみたいな」

「見るだけじゃなくて、いっしょにやろうぜ。絶対楽しいから」

「ああ。そうだな。きっと、楽しいだろうな」

 瀧島君が、しみじみと何かを思い出すような表情で言った。

 すぐ近くにいる瀧島君が、なんだか遠くにいるように感じられる。

(ああ……そっか)

 お父さんの言葉が、頭の中によみがえる。

 ──感情は、これから先の長い人生のジャマをする『ノイズ』のようなもの。

 今私がいだいている気持ちは、大人になってもずっと続くものなのかな。

 私、この先の人生のことなんて、そこまで真剣に考えたことがなかった。

 人生どころか、行きたい高校だって、まだわからないくらいなんだ。

 瀧島君は、自分の未来のことをどう考えているんだろう。そこに、私はいるのかな。

 瀧島君は……きっと、どこにいても、楽しくやっていける。

 私には、絶対に瀧島君が必要だって思ってたけど。

 その逆──瀧島君にとっての私は、たくさんある未来の可能性の中の、たったひとつでしかないのかもしれない。

「ところで、出かけるって言ってたけど。どこに行くところだったんだ?」

 瀧島君がたずねると、ハルちゃんがあっと口を開いた。

「そうだった! あのね、今日のお昼十二時ぴったりに、私の推しの限定グッズが発売されるの!」

「推し?」

「最近ハルがハマってるバスケのアニメがあるんだ」

 コウキ君が、ハルちゃんのバッグにつけられているアクリルキーホルダーにちらりと目をやる。

 なるほど、バスケのアニメ。そういえば、夕実ちゃんと叶井先輩も、このアニメの映画を見に行ったって言ってたっけ。

「もう、急がなきゃ! そろそろバスが来ちゃうよ、コウキ!」

「一本くらい逃したって平気だって」

「だめ! 余裕を持ってならびたいの!」

 そう言うと、ハルちゃんはコウキ君の腕をつかみ、私たちに手をふった。

「それじゃあね、ユキト、如月さん! また今度、ゆっくり会って話そうね!」

「またなー」

 笑顔で去っていく二人に、私も手をふって応えた。

(笑顔、ぎこちなくなっちゃってないかな……)

 ぼんやりと、そんな心配をしたとき。


 ──じじじ……。


 えっと思った瞬間。

 それは、ノイズとともに始まった。


次のページへ▶


この記事をシェアする

ページトップへ戻る