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「ムリムリムリムリ! 特訓よりムリだよ~~~!」
「つべこべ言うな。はやく進め」
ハレくんに背中をおされたまま、階段をのぼる。向かっているのは、六年生の教室。
「なんで、深沢先ぱいに会いに行くの?」
「神さまとして、願いを言いに来た客のことを知るのは当然だ」
「でもわたし、深沢先ぱいと話したことないよ。今日はもうやめない? 先ぱいは人気者だから、ゆっくり話を聞ける時間もないと思うし……」
「おれがなんだって?」
ふり返ると、先ぱいがいた。しかも一人で。
「なんか、おれに話があるって聞こえたんだけど。もしかして、運動会のこと?」
「! ど、どうしてそれを?」
「だってきみ、同じ体育委員でしょ」
先ぱい、スゴい。委員会で一回しか会ってないのに、覚えててくれたんだ。
「体育委員は、運動会の準備がいっぱいあるから。聞きたいことがあるのかなって……」
「ちがう、神社でのことだ」
ハレくんが、すぐに話をさえぎる。
「このまえ、雨の中お願いしに来ただろ。運動会を、晴れにしてほしいって」
「えっ、あれ見られてたんだ。うわ、なんかはずいかも。おれ、すっげー必死だったし」
「必死にお願いするのはいいことだ。だけど、どうして晴れにしてほしいのかも言わないと、にぶい神さまには伝わらないんだ」
にぶいって、わたしのこと? むぅ……。
「言ってなかったっけ? じゃあ、もう一回お願いしにいかなきゃだな」
「だいじょうぶだ。この、天川空が聞く。あのお天気神社は、空の神社だからな」
「ちょっと、ハレくん! 先ぱい、ちがいますから。わたしのおばあちゃんの、神社ですっ」
「同じようなもんだろ。それに、空は、ぜったいに天気予報を当てられる天気係だ。空が、運動会の日は晴れると言えば、晴れる」
「へえ! きみ、すごいじゃん! じゃあ、おがんどこう」
先ぱいはなんにもうたがわないで、わたしに向かって手を合わせる。
「や、やめてくださいっ。わたしに、そんなおがまれても……」
「あっ、理由を話さないとな。あのさ、晴れにしてほしいのは、親友が引っ越すからなんだ」
「えっ。……それって、転校しちゃうってことですか?」
「そう、運動会が終わったらね。だからさいごに、思い出をつくりたくて」
親友とはなればなれに……。わたしだったら、莉子ちゃんと会えなくなるってことだよね。
想像しただけで、泣きそうになるよ。
「かなしいですね」
「まあ、さいしょはね。でも、かなしがるのはやめたんだ」
先ぱいは、からっと笑う。
「なんていうかさ、かなしい気持ちのままでいたら、かなしい思い出しかのこらないってことに気づいたんだ。そんなの、後悔するじゃん。おれはしたくない」
後悔する……。
あることを思い出して、ぎゅっと服のすそをにぎる。
「さいごの思い出になるなら、いっそ最高にたのしい思い出――運動会で優勝したって思い出をつくってのこしたい。だから、ぜったいに晴れてほしい。となりに住んでいるじいちゃんから、あの神社はぜったいかなえてくれるって聞いて……」
「おーい、大地」
教室の戸口から、明るい雰囲気の男の子が、先ぱいを呼んでいる。
「あいつが、こんど引っ越す中島蓮。今のおれの話はヒミツな、照れくさいし。じゃっ」
深沢先ぱいは、中島先ぱいと教室の中にもどっていく。
「どうだ? 話を聞いて。少しは自覚が――って、おい。なにぼーっとしてるんだよ」
「へっ? あっ、その……なんでもないよ。わたしたちも、教室にもどろう」
いろんなことを考えながら、ゆっくり歩き出す。
先ぱいの話を聞いて、おばあちゃんのことを思い出した。しごとがいそがしいパパとママに代わって、とってもやさしくめんどうを見てくれた大好きなおばあちゃん。
病気で入院してからは、ほとんど会ってない。
だって、ベッドに横になっているおばあちゃんを見ると泣いちゃう。そんな姿を見せたら、もっと体を悪くさせちゃうって思ったから。
でも、おばあちゃんがくれた手紙には、「会って話したいことがある」って書いてあった。あわてて病院に行ったけど、会えないまま亡くなって……。
すごく、かなしかった。ちゃんと話をできなかったこと、今でも後悔してる。
もし運動会を晴れにできなかったら、先ぱいたちはさいごにたのしい思い出をつくれなくて、わたしみたいにかなしい思いをしちゃうかもしれない。それは、いやだよ。
だけど、ほんとうはただの小学生のわたしが、がんばっても……。
「あっ! やっと見つけた。どこに行ってたの?」
教室にもどる途中で、アメくんたちと出くわした。
「どこさがしても、いないしさあ。二人でなにしてたのー?」
「今にも雨がふりそうな天気になって、心配していたんだ。空になにかあったのか?」
ライくんが、じっとわたしの顔を観察する。
「やっぱり、浮かない顔をしている。ハレ、なにかしたのか」
「なんにも。オレが、授業中に度胸をつける特訓をしたら、中止にしたいって言い出して。だから、願いを言いに来た深沢に会わせて、天気の神さまの自覚を持たせようとしただけだ」
ハレくんは、堂々とむねをはる。アメくんの目が、きゅっと細くなる。
「ハレ。そんな目立つことばかりして、空ちゃんが周りにどう思われるか考えたの?」
「考えてないけど。そんなこと気にしてたら、なんにもできないだろ」
「そんなこと、ね……。よく分かったよ。ハレには、ぼくの特訓が必要みたいだね」
アメくんが、とびきりの笑顔を見せる。ライくんとフウくんが、あわてはじめた。
「おい、ハレ! 今すぐあやまれ。アメのこの笑顔は、おこってるってことだぞ」
「どうしてくれるんだよ~。おれ、おこったアメメが一番こわいのに~」
「なっ、なんで、オレがあやまるんだよ。てか、アメの特訓ってもしかして……」
「もちろん、ひとの気持ちを考えられるようになる特訓だよ。ぼくがおすすめする、やさしい物語の本を百冊、読んでもらうからね」
「またかよ⁈ それなら、前にも読んだだろ!」
「一冊の半分も読まずに逃げたじゃないか。こんどはぜったい、逃がさないよ。フウ、ライ、つかまえて!」
いきなり、追いかけっこがはじまった。
スゴい神さまたちのはずなのに。今はただ、休み時間に遊んでる小学生みたい……。
「おい、空! なに笑ってるんだよっ。はやく、アメたちを止めろっ」
「へっ?!」
ほおをさわって、にやにやしてるじぶんに気づいた。
わちゃわちゃしているみんなを見てたら、いつの間にか気が楽になってたみたい。
むずかしく考えないで、まずは、わたしなりにがんばってみればいいのかも……。
「ねえ! わたしやっぱり、特訓をがんばるよ」
みんなに向かって言った。追いかけっこをやめて、こっちにもどってくる。
「空ちゃん、今はムリしなくていいんだよ」
「ううん。深沢先ぱいのために、がんばってみたいの」
先ぱいの、「後悔したくない」って気持ちが分かるから。
「引っ越しちゃう親友と、さいごにたのしい思い出をつくりたいんだって。もう会えないかもしれない人との思い出って、すごくだいじだと思うから。わたしががんばらないせいで、かなしい思いをさせるのはいやだから」
「空ちゃん……」
ポロッ。とつぜん、アメくんの目からなみだがこぼれる。
「ええ! どうしたの!? わたし、よくないこと言った? それとも、どこか痛いとか……」
「ちがうよ。ぼく、感動したんだ。いきなり神さまになって、すごくたいへんなはずなのに。ちゃんと、先ぱいの気持ちを考えてあげて……立派な天気の神さまになったね。うぅ……」
「なっ、なに言ってるのアメくん! わたし、まだなにもしてないよっ」
ぶんぶんって、全力で頭を横にふる。だって、ものすごいカンちがいだよ~!
「空、いつものことだから気にするな。アメは、なんにでもすぐ感動するんだ」
ライくんはそう言って、慣れた様子でじぶんのハンカチをアメくんにわたす。
いつものことなんだ。それはそれで、たいへんかも。
「でも、ほんとうにわたし、まだまだだよ。がんばりたいけど、すっごく分からないこともあって……」
「なんでも聞け」
ハレくんが、すかさず言う。
「そのために、オレたちがいるんだ。どんなことも答えてやる」
「さすが神さま! じゃあ、聞くね。『熱くなる心』って、なに?」
その瞬間、ハレくんの顔がかたまる。
「……なんだって?」
「天気を晴れにするためには、熱くなる心がいるんだよね? でもわたし、その気持ちがよく分からないの」
「分からないって……。空は、気持ちが熱くなったことがないのか?」
「たぶん……。あっ、でも。ヒヤッとすることは、今までいっぱいあったよ!」
ハレくんは、信じられないって顔をしている。わたしは、さらにたずねる。
「熱くなるって、どんなかんじなの?」
「それは、こう……ぐわああってなるかんじだ。オレは、晴れの神さまとして、ぜったいに晴れにしてやるぞって」
「うーん……。ぜんぜん分かんない! どうしよう⁈」
「だいじょうぶ、空ちゃん。今の説明で分かるのは、ハレ本人くらいだから」
やっと泣き止んだアメくんが、冷静に言う。
「でも、熱くなる気持ちを知るのはだいじだね。深沢先ぱいのためにがんばりたいって気持ちは、やさしさからだし。どうしたらいいかなあ」
「あっ、そうだ!」
フウくんが、ポンッと手をうつ。
「そらりんもさ、その先ぱいみたいに、運動会の目標を見つけたらいいんじゃないの? それをかなえるためには、運動会を晴れにしなくちゃいけなくなるじゃん」
「なるほどな」ライくんが、メガネを押し上げる。「要は、空オリジナルの『心が熱くなる、運動会の目標』を立てるってことだな」
「フウ、お前さえてるな。じゃあ、空。目標を言え」
「いきなり⁈」
わたし、運動会は好きじゃない……。体育委員になったのも、じゃんけんで負けちゃったからだし。
でも、特訓をがんばるって決めたもんね。ちゃんと考えなくちゃ!
「ん~……あっ、分かったよ。クラスのみんなにめいわくかけずに、無事に終わること!」
「はあ? そんな目標で、熱くなれるわけないだろっ」
「だめ? わたしには、すごくだいじな目標なんだけど……」
「ほかにもあるだろ、よく考えろ」
「んー、ころばないようにするとか? みんなの前でころんだら、すっごくはずかしいし」
「そうじゃなくて! 空はどうして、周りの顔色ばっかりうかがうんだよ?」
聞かれても分かんないよ~。みんなの表情を気にしちゃうのが、くせになってるもの。
「そんな調子じゃあ、心は熱くならない。空自身が熱くなれる目標を、今日中に考えろ」
「今日中⁉ それはムリ……」
「ムリじゃない。これは、心の特訓のさいしょの課題だ。かならずクリアしろ」
うぅ、時間がなさすぎる。わたし、ちゃんと見つけられるのかな?
第4回へつづく(7月5日公開予定)
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