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注目の最新シリーズ「お天気係におねがい! 運動会を晴れにせよ!」先行ためし読み連載 第3回


 ***


「ムリムリムリムリ! 特訓よりムリだよ~~~!」

「つべこべ言うな。はやく進め」

 ハレくんに背中をおされたまま、階段をのぼる。向かっているのは、六年生の教室。

「なんで、深沢先ぱいに会いに行くの?」

「神さまとして、願いを言いに来た客のことを知るのは当然だ」

「でもわたし、深沢先ぱいと話したことないよ。今日はもうやめない? 先ぱいは人気者だから、ゆっくり話を聞ける時間もないと思うし……」

「おれがなんだって?」

 ふり返ると、先ぱいがいた。しかも一人で。

「なんか、おれに話があるって聞こえたんだけど。もしかして、運動会のこと?」

「! ど、どうしてそれを?」

「だってきみ、同じ体育委員でしょ」

 先ぱい、スゴい。委員会で一回しか会ってないのに、覚えててくれたんだ。

「体育委員は、運動会の準備がいっぱいあるから。聞きたいことがあるのかなって……」

「ちがう、神社でのことだ」

 ハレくんが、すぐに話をさえぎる。

「このまえ、雨の中お願いしに来ただろ。運動会を、晴れにしてほしいって」

「えっ、あれ見られてたんだ。うわ、なんかはずいかも。おれ、すっげー必死だったし」

「必死にお願いするのはいいことだ。だけど、どうして晴れにしてほしいのかも言わないと、にぶい神さまには伝わらないんだ」

 にぶいって、わたしのこと? むぅ……。

「言ってなかったっけ? じゃあ、もう一回お願いしにいかなきゃだな」

「だいじょうぶだ。この、天川空が聞く。あのお天気神社は、空の神社だからな」

「ちょっと、ハレくん! 先ぱい、ちがいますから。わたしのおばあちゃんの、神社ですっ」

「同じようなもんだろ。それに、空は、ぜったいに天気予報を当てられる天気係だ。空が、運動会の日は晴れると言えば、晴れる」

「へえ! きみ、すごいじゃん! じゃあ、おがんどこう」

 先ぱいはなんにもうたがわないで、わたしに向かって手を合わせる。

「や、やめてくださいっ。わたしに、そんなおがまれても……」

「あっ、理由を話さないとな。あのさ、晴れにしてほしいのは、親友が引っ越すからなんだ」

「えっ。……それって、転校しちゃうってことですか?」

「そう、運動会が終わったらね。だからさいごに、思い出をつくりたくて」

 親友とはなればなれに……。わたしだったら、莉子ちゃんと会えなくなるってことだよね。

 想像しただけで、泣きそうになるよ。

「かなしいですね」

「まあ、さいしょはね。でも、かなしがるのはやめたんだ」

 先ぱいは、からっと笑う。

「なんていうかさ、かなしい気持ちのままでいたら、かなしい思い出しかのこらないってことに気づいたんだ。そんなの、後悔するじゃん。おれはしたくない」

 後悔する……。

 あることを思い出して、ぎゅっと服のすそをにぎる。

「さいごの思い出になるなら、いっそ最高にたのしい思い出――運動会で優勝したって思い出をつくってのこしたい。だから、ぜったいに晴れてほしい。となりに住んでいるじいちゃんから、あの神社はぜったいかなえてくれるって聞いて……」

「おーい、大地」

 教室の戸口から、明るい雰囲気の男の子が、先ぱいを呼んでいる。

「あいつが、こんど引っ越す中島蓮。今のおれの話はヒミツな、照れくさいし。じゃっ」

 深沢先ぱいは、中島先ぱいと教室の中にもどっていく。

「どうだ? 話を聞いて。少しは自覚が――って、おい。なにぼーっとしてるんだよ」

「へっ? あっ、その……なんでもないよ。わたしたちも、教室にもどろう」

 いろんなことを考えながら、ゆっくり歩き出す。

 先ぱいの話を聞いて、おばあちゃんのことを思い出した。しごとがいそがしいパパとママに代わって、とってもやさしくめんどうを見てくれた大好きなおばあちゃん。

 病気で入院してからは、ほとんど会ってない。

 だって、ベッドに横になっているおばあちゃんを見ると泣いちゃう。そんな姿を見せたら、もっと体を悪くさせちゃうって思ったから。

 でも、おばあちゃんがくれた手紙には、「会って話したいことがある」って書いてあった。あわてて病院に行ったけど、会えないまま亡くなって……。

 すごく、かなしかった。ちゃんと話をできなかったこと、今でも後悔してる。

 もし運動会を晴れにできなかったら、先ぱいたちはさいごにたのしい思い出をつくれなくて、わたしみたいにかなしい思いをしちゃうかもしれない。それは、いやだよ。

 だけど、ほんとうはただの小学生のわたしが、がんばっても……。

「あっ! やっと見つけた。どこに行ってたの?」

 教室にもどる途中で、アメくんたちと出くわした。

「どこさがしても、いないしさあ。二人でなにしてたのー?」

「今にも雨がふりそうな天気になって、心配していたんだ。空になにかあったのか?」

 ライくんが、じっとわたしの顔を観察する。

「やっぱり、浮かない顔をしている。ハレ、なにかしたのか」

「なんにも。オレが、授業中に度胸をつける特訓をしたら、中止にしたいって言い出して。だから、願いを言いに来た深沢に会わせて、天気の神さまの自覚を持たせようとしただけだ」

 ハレくんは、堂々とむねをはる。アメくんの目が、きゅっと細くなる。

「ハレ。そんな目立つことばかりして、空ちゃんが周りにどう思われるか考えたの?」

「考えてないけど。そんなこと気にしてたら、なんにもできないだろ」

「そんなこと、ね……。よく分かったよ。ハレには、ぼくの特訓が必要みたいだね」

 アメくんが、とびきりの笑顔を見せる。ライくんとフウくんが、あわてはじめた。

「おい、ハレ! 今すぐあやまれ。アメのこの笑顔は、おこってるってことだぞ」

「どうしてくれるんだよ~。おれ、おこったアメメが一番こわいのに~」

「なっ、なんで、オレがあやまるんだよ。てか、アメの特訓ってもしかして……」

「もちろん、ひとの気持ちを考えられるようになる特訓だよ。ぼくがおすすめする、やさしい物語の本を百冊、読んでもらうからね」

「またかよ⁈ それなら、前にも読んだだろ!」

「一冊の半分も読まずに逃げたじゃないか。こんどはぜったい、逃がさないよ。フウ、ライ、つかまえて!」

 いきなり、追いかけっこがはじまった。

 スゴい神さまたちのはずなのに。今はただ、休み時間に遊んでる小学生みたい……。

「おい、空! なに笑ってるんだよっ。はやく、アメたちを止めろっ」

「へっ?!」

 ほおをさわって、にやにやしてるじぶんに気づいた。

 わちゃわちゃしているみんなを見てたら、いつの間にか気が楽になってたみたい。

 むずかしく考えないで、まずは、わたしなりにがんばってみればいいのかも……。

「ねえ! わたしやっぱり、特訓をがんばるよ」

 みんなに向かって言った。追いかけっこをやめて、こっちにもどってくる。

「空ちゃん、今はムリしなくていいんだよ」

「ううん。深沢先ぱいのために、がんばってみたいの」

 先ぱいの、「後悔したくない」って気持ちが分かるから。

「引っ越しちゃう親友と、さいごにたのしい思い出をつくりたいんだって。もう会えないかもしれない人との思い出って、すごくだいじだと思うから。わたしががんばらないせいで、かなしい思いをさせるのはいやだから」

「空ちゃん……」

 ポロッ。とつぜん、アメくんの目からなみだがこぼれる。

「ええ! どうしたの!? わたし、よくないこと言った? それとも、どこか痛いとか……」

「ちがうよ。ぼく、感動したんだ。いきなり神さまになって、すごくたいへんなはずなのに。ちゃんと、先ぱいの気持ちを考えてあげて……立派な天気の神さまになったね。うぅ……」

「なっ、なに言ってるのアメくん! わたし、まだなにもしてないよっ」

 ぶんぶんって、全力で頭を横にふる。だって、ものすごいカンちがいだよ~!

「空、いつものことだから気にするな。アメは、なんにでもすぐ感動するんだ」

 ライくんはそう言って、慣れた様子でじぶんのハンカチをアメくんにわたす。

 いつものことなんだ。それはそれで、たいへんかも。

「でも、ほんとうにわたし、まだまだだよ。がんばりたいけど、すっごく分からないこともあって……」

「なんでも聞け」

 ハレくんが、すかさず言う。

「そのために、オレたちがいるんだ。どんなことも答えてやる」

「さすが神さま! じゃあ、聞くね。『熱くなる心』って、なに?」

 その瞬間、ハレくんの顔がかたまる。

「……なんだって?」

「天気を晴れにするためには、熱くなる心がいるんだよね? でもわたし、その気持ちがよく分からないの」

「分からないって……。空は、気持ちが熱くなったことがないのか?」

「たぶん……。あっ、でも。ヒヤッとすることは、今までいっぱいあったよ!」

 ハレくんは、信じられないって顔をしている。わたしは、さらにたずねる。

「熱くなるって、どんなかんじなの?」

「それは、こう……ぐわああってなるかんじだ。オレは、晴れの神さまとして、ぜったいに晴れにしてやるぞって」

「うーん……。ぜんぜん分かんない! どうしよう⁈」

「だいじょうぶ、空ちゃん。今の説明で分かるのは、ハレ本人くらいだから」

 やっと泣き止んだアメくんが、冷静に言う。

「でも、熱くなる気持ちを知るのはだいじだね。深沢先ぱいのためにがんばりたいって気持ちは、やさしさからだし。どうしたらいいかなあ」

「あっ、そうだ!」

 フウくんが、ポンッと手をうつ。

「そらりんもさ、その先ぱいみたいに、運動会の目標を見つけたらいいんじゃないの? それをかなえるためには、運動会を晴れにしなくちゃいけなくなるじゃん」

「なるほどな」ライくんが、メガネを押し上げる。「要は、空オリジナルの『心が熱くなる、運動会の目標』を立てるってことだな」

「フウ、お前さえてるな。じゃあ、空。目標を言え」

「いきなり⁈」

 わたし、運動会は好きじゃない……。体育委員になったのも、じゃんけんで負けちゃったからだし。

 でも、特訓をがんばるって決めたもんね。ちゃんと考えなくちゃ!

「ん~……あっ、分かったよ。クラスのみんなにめいわくかけずに、無事に終わること!」

「はあ? そんな目標で、熱くなれるわけないだろっ」

「だめ? わたしには、すごくだいじな目標なんだけど……」

「ほかにもあるだろ、よく考えろ」

「んー、ころばないようにするとか? みんなの前でころんだら、すっごくはずかしいし」

「そうじゃなくて! 空はどうして、周りの顔色ばっかりうかがうんだよ?」

 聞かれても分かんないよ~。みんなの表情を気にしちゃうのが、くせになってるもの。

「そんな調子じゃあ、心は熱くならない。空自身が熱くなれる目標を、今日中に考えろ」

「今日中⁉ それはムリ……」

「ムリじゃない。これは、心の特訓のさいしょの課題だ。かならずクリアしろ」

 うぅ、時間がなさすぎる。わたし、ちゃんと見つけられるのかな?


第4回へつづく(7月5日公開予定)


書籍情報


作: あさつじ みか 絵: しそこんぶ

定価
858円(本体780円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046323736

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