──代償(だいしょう)は、きっちりお前自身で払ってもらう。
柊沢レツの捨てゼリフがずーっと、頭からはなれない。
確かにあれは、あたしが悪い。
いい訳の余地(よち)もないくらい、あたしが100パーセント悪い。
……やっぱりもう一度、あやまりに行ったほうがいいよね?
そうと決まればペンダントのトップをパカンと開けて、薬用リップを指に取る。
それをくちびるにひとぬりしたあと、キュッと下くちびるをかみしめた。
よしっと意気込んで、席を立とうとしたそのときだった。
「ゆずはちゃん」
「ひゃあ!」
ヨウくんってば、超至近キョリであたしの顔をのぞき込んでいた。
おどろきすぎて、心臓が口から出るかと思った……。
あたしが必死になって両手で口をおさえてる間も、ヨウくんはほほ笑みを向けている。
「あっ、ごめん。何度か声をかけたんだけど、ぜんぜん返事がなかったから」
ヨウくんはそう言って、長いまつ毛をゆらして笑ってる。
わー! ヨウくんがほほ笑んだだけで、太陽の光が増したような気がする!
ヨウくん王子は、今日も絶好調にキラッキラだ!
至近(しきん)キョリのせいか、まぶしすぎてヨウくんの目が見られないよー!
「そっ、そうだったんだ。こっちこそごめんね!」
あたしはヨウくんから少しだけキョリをとって、ホッと息をついた。
メイクをしてもらったことがあるからか、ヨウくんってば何気ないときでもキョリが近い。
なんでかわかんないけど、ドギマギして、そわそわしちゃう。
「ゆずはちゃん、なにか悩みごとでもあるの?」
「えっ、な、なんで?」
「だってさ、さっきからずーっとウンウンうなってたし。それにココ」
ヨウくんの長い指が、トンッとあたしのミケンに触れた。
「シワが寄ってるよ」
「わぁ!」
あたしは思わずヨウくんの指を両手ではさむようにつかんだ。
──秘技(ひぎ)、真剣白刃取(しんけんしらはど)りポーズの術!
ヨウくんは指をあたしのおでこから離し、あたしもヨウくんの指を解放する。
そんなあたしの行動に、ヨウくんがおどろいたような、コンワクしたような顔をしてる。
「えっと……ごめんね?」
ヨウくんは自分のツメをまじまじと見つめてる。
「ツメが当たっちゃったかな?」
「えっ!? あっ、そうそう、そうなんだよ!」
いや、ヨウくんのツメはちゃんとみじかく切りそろえられてて、長くなんてないんだけどね。
ヨウくんがシュンとした顔を見せたから、あたしの良心がズキズキ痛む。
「でも全然大丈夫だから気にしないで!」
そう言いながらも、あたしは内心(ないしん)で、ヨウくんに向かって土下座した。
ってか、あぶなかった。
さっきの比じゃないくらい、心臓の音がドクドクいっててうるさい。
この間から、なんか変なの。
ヨウくんに笑いかけられたり、触れられたりすると心臓がバクハツしそうになる。
自分の心音がうるさいってくらいドキドキいってて、胸がくるしくなるし。
……でもそうなるのは、なんでなんだろう?
「それより、悩みごとはメイクのこと?」
メイク……?
はっ! そうだった!!
「そうなの!」
あたしは教室内を見渡してから、小さな声でこう言った。
昨日あれから教室に向かったけど、ヨウくんはとっくに帰ったあとだった。
そのあとも柊沢レツのことで頭がいっぱいになって、芽衣のメイクのことすっかり忘れてた!
「メイクのことで相談にのってほしいんだけど、今日の放課後、ヨウくんの家に行ってもいいかな?」
ヨウくんがメイクに詳しいことはヒミツだから、みんなにバレないようにしなくっちゃ。
本当はね、ヨウくんのママさんがプロのメイクアップアーティストであるケイさんだってことも、ヒミツなんだけどね。
それはこの間、クラスメイトにもバレちゃったんだよね。
だけどヨウくんがメイクが好きってこと、メイクが上手なんだってこと。
その2つはまだバレてないから、あれからもあたしはみんなには隠しつづけてるんだ。
「うん、いいよ」
あっ、ヨウくんのやわらかい表情がキリッと引き締まった。
メイクのことを相談すると、ヨウくんはいつもシンケンな顔で聞いてくれる。
メイクをしてくれたときと同じように──ってあのときのヨウくんの様子を思い出してたら、また心臓がドキンッてさけび出しちゃった!
ほんとなんなのー!?
「ゆずはちゃん!」
「はい!」
思わず勢いあまって立ち上がっちゃった。
あたしが呼ばれた方向、教室の入り口に目を向けると、そこにはあわてた様子で手まねきしてる凛(りん)のすがたが。
いつもまゆ尻が困ったように下がり気味な、あたしのクラスメイトで親友の凛。
その凛があんなにあわてた顔するなんて、きっとただごとじゃない。
あたしはヨウくんと顔を見合わせたあと、凛のもとへとかけだした。
「凛、どうかしたの?」
「ゆずはちゃん、ちょっと来てくれる?」
凛はあたしの手をつかんで、走りだした。
「いったい、なにがあったの? どこに行くの?」
凛に引っ張られるような形で、あたしは凛のあとを追う。
「その様子だと、まだ掲示板のはり紙見てないよね?」
「掲示板のはり紙?」
「ほら、あそこだよ」
凛が指さす先に、連絡じこうのプリントがはられている掲示板がある。
カベに設置されているそれに近づいてみると……。
「えっ! なにこれ!」
5年2組 倉持ゆずは
メイク道具を持ってくることも、学校内でメイクをすることも〝禁止〟とする
しかも名指しじゃん!
「ゆずはちゃん、どこに行くの?」
「こんなことになった原因に心当たりがあるの! 凛は先に教室戻ってて!」
とまどう凛をその場に残して、あたしはダッとかけだした。
こんなことするのは絶対、あいつだ!
「たのもー!」
いきおいよく5年1組の教室の戸を開ける。
すると、窓ぎわの席にやたらと姿勢よく座って、本を読んでる男の子のすがたが見えた。
「柊沢レツ!」
あたしの方をチラッと見たくせに、視線はふたたび読んでいる本へと向けられる。
あっ、あたしのことロコツに無視したな!
ズカズカと教室内へと入って、柊沢レツの前で立ち止まった。
「なにか用か?」
目の前に立つあたしに見向きもせず、淡々とそう言う風紀男子。
あたしはぎゅっとこぶしをにぎり込んで、奥歯をかんで頭を下げた。
「あの……昨日は、ごめんなさい!」
本当はさっきのはり紙について抗議(こうぎ)するつもりだったけど、ここはあやまるのが先だ。
気にくわないヤツだけど、柊沢レツのアゴに貼られたシップを見たら、あやまらずにはいられない。
「本当にごめん。その、アゴ、まだ痛い……?」
そっと顔を上げてみるけど、柊沢レツはいつもとは違う黒ぶちメガネをクイッと上げてこう言った。
「当たり前だ。言っとくがこれは、傷害(しょうがい)事件だからな」
「ショッ、ショウガイジケン!?」
テレビで聞くような名称に、思わず身を引いた。
「ごめんなさい……」
あたしは素直に頭を下げて、もう一度あやまる。
──すると。
「別にかまわない」
「えっ?」
思ったよりあっさりと許されたことで、思わず肩の力が抜けちゃった。
「正直これは、念のためだからな」
そう言いながら、柊沢レツはアゴに貼られたシップを外した。
シップの下からあらわれた彼のアゴはいつも通り、いたって普通だ。
そのことにあたしは内心ホッとする。
シップもそうだし、ショウガイジケンとか言うから、あせったよー。
でもよくよく考えてみたら、こいつはそういうヤツだった。
昨日だって、いくら曲がり角だったとはいえ、ぶつかったタイミングとか、ちょっと違和感あったもんね。
なんていうか、ぶつかる直前に見た柊沢レツの顔、どこか心ここにあらずって感じだった。
普段の様子とは違ったというか……。
なんか、あったのかな?
そこまで思ったところで、柊沢レツのこのひと言にあたしは怒りバクハツ。
「もうこれで、お前がメイク道具をふり回すこともないしな」
フンッと鼻をならして、柊沢レツは満足そうに腕を組んだ。
──人がせっかく心配してあげてたのに!
ってかやっぱり、あのはり紙の原因は、柊沢レツだったんだ。
「あの、そのことなんだけど」
「はり紙見ただろ。正式に先生たちの許可がおりたんだ」
「昨日のことは本当に悪かったと思うけど、でも!」
「二言はない。よって、撤回(てっかい)することもない」
キッパリ、すっぱり、バッサリ。
これ以上話をすることはないって言いたげに、柊沢レツはふたたび本を読みはじめた。
最後にこのひと言を残して。
「せいぜい、メイクは家でするんだな」
フンッと、音でも聞こえそうなほど鼻をならしたこいつは、あきらかにあたしをさげすんでる。
あたしは一度だけ口を大きく開いたけど、出てきそうになった言葉をぐっと飲みこんだ。
……くやしいけど、やっぱり悪いのはあたしだ。
だからこれ以上は、なにも言えないよ……。
あたしはキュッとくちびるをかたく結んで、静かに教室をあとにした──。
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
「ゆずはちゃん、元気だして」
つくえの上で顔をふせるあたしのそばで、凛の心配そうな声が聞こえる。
「わたし一緒に職員室までついていくから、先生にメイクのことお願いしてみようよ」
「ありがとう、凛。でもこればっかりはあたしが悪いからさ……」
先生に事情を説明しに行ってもいいけど、でも、今回はさすがに……ね。
それに前、凛にメイクしたときに赤みがでちゃったことを、先生はよく思ってなかった。
あのときに先生からは今後またなにかあったら、対応を考えないといけないってクギ刺されてたんだよね。
それなのにこんなことになって、柊沢レツにケガさせて、メガネも壊しちゃったし。
今日あいつがつけてたメガネは、昨日までのものとは違ってた。
あたしがつくえの上で重力にでもつぶされてるように突っ伏す中、ろうかをバタバタと走る足音がひびきわたる。
「ゆずはー! ちょっと、あのはり紙なんなの!?」
そう言いながら教室にかけこんで来たのは、芽衣だ。
あたしは教室の入り口へと顔だけ向けて、芽衣をチラリと見やる。
「あれってもしかしてだけど、柊沢くんのしわざだったり……?」
さすがは芽衣、察しがいい。
って前に、柊沢レツとメイクのことで言い合ったときのこと、芽衣も知ってるもんね。
前は単なるあいつの言いがかりだったけど、今回のは違う。
つくえから体を引きはがすみたいに起き上がったあと、あたしは力なく笑った。
「うん、でも。今回はあたしが悪いから、なにも言えないんだよね」
凛にはもう話したけど、あたしは昨日のことをもう一度、芽衣に説明した。
話し終えると、ふたりは表情に厚い雲がかかったみたいに、苦々しい顔を見合わせてる。
「なるほど……昨日あのあと、そんなことがあったんだ」
「うん。でもとりあえず日曜日のメイクはするから、それは安心してね」
そもそもあたしは昨日のアイシャドウのこと、ヨウくんに相談できてない。
「学校でメイクはできないけど、家に来てもらってメイクをすることはできるしね」
自分を元気づけるためにそう言って、あたしはカラ元気をだして笑ってみせた。
あんな事故はもう絶対、ぜ────ったい、起こさないんだから!
うん、そうだ!
このキョウクンをどう生かすかが、なにより大切だ!
あたしはメイクボックスも持ってないのに、あたりをキョロキョロと見回した。
曲がり角だったとはいえ、昨日は前方不注意だったもんね。
「……ねぇゆずは。学校でメイクできないんだったらさ、街のコミュニティでメイクしたら?」
「街のコミュニティ?」
「今週の日曜日、ダンス踊るのって実はね、おじいちゃんおばあちゃんが集まる、地区のコミュニティセンターでなんだ」
「へぇ、そんなのあるんだ」
凛も知らなかったのか、へーって言いながらあたしと顔を見合わせた。
「他にもいろんなイベントしてるから、メイクとかもジゼンに言ったらできるんじゃないかなーって思って」
「えっ、それいいね! ちょっとそれ、くわしく教えて!」
「じゃあダンス部の先生に聞いておくね。当日いろんな人にメイクできたらいいね!」
「あーりーがーとぉぉぉ!」
あたしは芽衣の手を両手でにぎりしめて、上下にブンブンふった。
そっか! なにもメイクする相手は、学校の友だちだけじゃないんだ!
コミュニティセンターかぁ、そこでメイクできたらいいなぁ。
「なるほど。じゃあ日曜日はメイクしに行くんだね」
「うん。でもまだ、できるって決まったわけじゃないけどね」
放課後、あたしはヨウくんの家におじゃましてる。
今日1日あったこと、ヨウくんもずっと気にしてくれてたみたい。
「できたらいいね」
ヨウくんはイスに座りながら、小首をかしげるようにして笑った。
「でも、学校でメイクはできなくなっちゃった……」
メイクどころか、あたしの命の次に大事と言ってもカゴンじゃない、メイク道具を持っていくことまで禁止されちゃったし。
「だけどさ、学校では基本的にメイクすることはないし……それなら、メイク道具を持ち運ぶ必要はないでしょ?」
「もちろん、それはそうだけど……」
でも昨日の芽衣みたいに、相談されたときはすぐにメイクしたいんだよねぇ。
もちろん今回はあたしが悪かったんだけど……でも、だからこそ今回のことをキョウクンとして、絶対ふり回したりしないから!
できることならずーっと、メイク道具はそばに置いておきたい。
もうこれは、あたしのおまもりみたいなものだから。
「もしメイクの練習がしたいっていうのなら、ぼくとここで、いつものように練習しようよ」
「そんなこと言ったら、毎日のように来ちゃうよ?」
「いいよ。ぼくもゆずはちゃんとメイクの勉強できて楽しいから」
ううっ!
やっ、やばい!
ヨウくんのキラキラスマイルが、今日も絶好調にまぶしい!
なんならそのキラキラが、神聖なもののようにも見える。
神さまの背後からさす光、ゴコウって言うんだっけ? あんな感じ。
……ヨウくんってば、王子さまどころか、神さまだったの?
「どうしたの、ゆずはちゃん?」
「あっ、ううん! なんでもないです!」
──でも、よかった。
メイクをするのが楽しいって、ヨウくんが素直に言ってくれるようになって。
「ところで、メイクのことで相談したいっていうのは、なんのことだった?」
そうでした!
「そのことなんだけどね、水色のアイシャドウをつけたら、青アザみたいになっちゃって……」
芽衣のかわいい顔が、とつぜん痛々しい顔に見えちゃった。
「なるほどね。青系の色は、つけ方が難しいよね」
「そうなの? じゃあ、どうしたらいいのかなぁ?」
「青を全体につけるんじゃなくて、グラデーションにするか、ポイントでぬるのがいいんじゃないかな。たとえば……」
ヨウくんは近くの棚(たな)からノートと36色入った色えんぴつを手に取った。
ノートを開いて、まゆ毛とまぶたを閉じた目を黒えんぴつで描く。
「まず、まぶた全体に明るい色をのせるんだ」
ヨウくんは淡いオレンジ色を手に取って、まぶた全体をぬっていく。
「ここは水色でもいいけど、肌の色に近い色をのせる方が、色と色とがぶつかりあわなくていいんだ」
「そうなんだ?」
あたし、ここは水色をがっつりのせてた。
「うん。肌の色って人によって違うけど、ふつう青くはないでしょ?」
ヨウくんは「見て」と言って、青い色のアイシャドウを棚から取った。
そのフタを開けて、指ですくい、自分の手の甲にのせる。
確かに、青色って普通はないよね。
顔にある色っていったら、肌の色のほかにまゆ毛や髪の色、ほおのピンク色とか。
「たとえば淡い水色から色をのせて、目のきわに近づくにつれて濃い青色をのせる。すると、青色も自然な感じになるかも」
そう言ってヨウくんは水色を手に取ったけど──。
「待って。今回はハデカワメイクがテーマなの。芽衣がダンスする衣装に合わせてハデにしようって言ってるんだ」
だからこれだと、あまり普段使いのメイクと変わらないかも? って思ったんだけど。
「それなら水色をやめて、青1色を使ったグラデーションにしよう」
「うん、それなら目立っていいかも。あと、少しラメも入れたいんだー!」
「うん、いいね」
ヨウくんは水色のえんぴつを置いて、青色を手に取った。
「ちなみに濃い色を使うときは、アイホールからはみ出さないようにぬるのがポイントだよ」
「はい、ヨウ先生! 質問があります!」
あたしは元気よく手をあげた。
「実はアイホールのこと、いまいちよくわかっていません!」
この言葉自体は、雑誌で見たことあるんだけど……。
「目穴って言って、上まぶたのことなんだ」
ヨウくんのスラッとした指が、トンッとヨウくんのまぶたをさした。
「目の周りってね、眼球(がんきゅう)をかこうように、骨があるんだ」
ヨウくんはまゆ毛の下あたりから、ぐるりと円を描くようにして、目の周りを指さした。
あたしはそっと優しく、自分の指で同じところに触れてみる。
うん、確かに目をかこうように骨がある。
「目頭(めがしら)からこの骨の下にそって目じりまで。ちょうど目を閉じると半円形になる、ここがアイホールだよ」
半円形……。
ヨウくんはさっき描いたイラストの目の上に、半円形を点線で描いてみせてくれた。
「ゆずはちゃん、目を閉じてみて」
そう言って、ヨウくんの手があたしのまぶたに触れる。
その指が、あたしのまぶたの上でスーッと動く。
「ここからここまでが、アイホールだよ」
「あっ、ありがとう」
パッと目を開けると、メイクをするときに見せるシンケンな表情から一転して、ヨウくんは目もとをふにゃりと緩ませて、笑った。
「ううっ!」
「えっ! どうしたの!?」
あたしが思わず心臓をおさえて、うずくまってしまったから、ヨウくんがあわててる。
「いや、なんか、心臓が気持ち悪くて……」
「心臓が気持ち悪い?? それ、大丈夫なの!?」
ヨウくんがあわてた様子で、心配そうにあたしを見てる。
「大丈夫、ただの発作(ほっさ)だから」
「発作!?」
心臓がドキドキって、すごくうるさい。
ぎゅーって締めつけられるようで、それでいてなんだか。
「…………吐きそう」
「えええええっ!」
ヨウくんの目が飛び出しちゃいそうなほど、見開かれた。
「って言っても、本当に吐く感じじゃないから、安心して?」
吐きそうだけど、本当に吐ける感じでもないんだよねぇ?
ほんとこれ、なんなんだろうね?
「今日はこのくらいでやめとこうか? というか一度、横になった方がいいのかな?」
いつになくアワアワしてるヨウくんに、ちょっと申し訳ない気持ちになる。
いや別に、病気っていう感じじゃないんだよね。
それをどう伝えたらいいのかわかんない……そもそもあたしも今の状況にとまどってるし。
「本当に大丈夫。気にしないで。最近ずっとこうだから」
「最近ずっとって……それ、本当に大丈夫かなぁ?」
ヨウくんは心配そうにしてくれてるけど、あたしはそれよりもメイクのことが気になる!
「ねっ、それよりも続きを教えて! 青1色でグラデーションにするんだよね?」
あたしは気をとりなおして、ヨウくんのイラストに目を向けた。
「うん、まつ毛のつけ根から色をのせて、アイホールに向かって色をぼかすように広げるんだ」
色をぼかすように……ってことは、色を薄くしていくってことか。
「それって、アイホールからのせると、色がつきすぎて濃くなっちゃうからってことだよね?」
「そう。一番色をのせたい、濃くしたいところから色をつけるんだ。そこからだんだん薄く広げてぬっていくんだよ」
ヨウくんはそう言って、色えんぴつの濃い青色をまつ毛のつけ根──目のきわにぬった。
そのあと、半円形に青色を薄くぬっていく。
「全体に広げたら、目のきわにもう一度、青色を濃くのせる。すると目もとがはっきりするよ」
「なるほどー!」
あたしはヨウくんのイラストを、あたしのスケッチブックにあわてて描きうつす。
同じ内容を描いてるとは思えないイラストの違いに、思わずにが笑いしちゃったけど。
「ヨウくん、おじゃましました!」
ケイさんの使わなくなったメイク道具を、ヨウくんが貸してくれた。
これで日曜日までに一度、芽衣と練習できたらいいな!
「ゆずはちゃん、本当にひとりで大丈夫? 送っていくよ?」
「大丈夫だよ。今日はまだ明るいし、それにケイさんがもうすぐ帰ってくるかもしれないでしょ?」
あたしもケイさんには会いたいけど、ヨウくんに教えてもらったことを家に帰ってひとりでイメトレしたいし。
「ってことで、ヨウくんまた明日ね!」
ヨウくんがまだなにか言いたそうだったけど、あたしはそれをふり切るようにしてかけだした。
今日は神がかったヨウくんをたくさん見たからか、いつもよりドキドキしちゃってる。
これ以上ドキドキしちゃったらきっと、あたしの心臓が持たないよ。
普段の王子さま度合いから、どんどんパワーアップしてて、キラキラオーラもどんどんパワフルになってる気がするし。
でも! そんなことよりも今は、芽衣のメイクを成功させることに全力を注がなくっちゃ!
「よーし、がんばるぞー!」
あたしは両手をふり上げて、空に向かってさけんだ。