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「銭天堂」シリーズで大人気の作家・廣嶋玲子さんによる、かわいすぎる子犬と女の子の友情物語『魔女犬ボンボン ナコ、こいぬと出会う』が2023年1月25日発売。
ほかの人とちがっても、あたしのパートナーはこの子しかいない! 信じあうコンビの物語冒頭を、ためし読み連載! イラストも満載で、小学校低学年のお子さんにオススメです♪
2 子犬はダメ!
「いったい、あなたはなにを考えているの!」
とげとげした声で、ママ魔女は言いました。もうさっきから百回以上、このセリフを言っています。
ママ魔女の横には、腰に包帯を巻いたジュラ、ブラシのように毛を逆立てているロラ、目をらんらんと光らせているミジーがならび、そろってナコをにらみつけています。
ナコは首をすくめました。ボンボンのことで反対はされるだろうと思っていました。でも、まさかここまでたいへんなことになるなんて、思いもしていなかったのです。
ナコはさっきの騒動を思い出しました。
あのあと、台所は上を下への大さわぎとなりました。
ママ魔女はパニックをおこして、手足をじたばたさせましたし、ロラは恐怖のあまり全身の毛がハリネズミのように逆立ちました。
ミジーは嵐のように台所をかけまわり、ジュラときたら、テーブルから落ちて腰をうってしまう始末。
このさわぎで、ドレッシングはぶちまけられ、お皿はわれ、サラダはひっくりかえされました。最悪なことに、フライパンの中のソーセージも、真っ黒にこげてしまいました。
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結局、その夜のこんだては、かたいパンとしなびた野菜のサラダ、味のうすいスープだけとなってしまったのです。
おかげで、みんなのきげんは最悪です。
ジュラは腰がいたいとしきりにこぼしますし、ロラはいまだに毛並みがもとにもどりません。ぶざまな姿をさらしてしまったミジーは、言葉もないほどおこっています。
そして、ママ魔女はだれよりもいかりくるっていました。
ナコがやったことは、おきて破りもいいところでした。由緒正しい魔女の家に子犬を連れてきたこと、ママ魔女の大事な猫たちを死ぬほどおどろかせたこと、なによりその子犬をパートナーとしてえらんだと言いはったこと。どれをとっても、信じられないことでした。
「魔女のパートナーは、昔から猫ときまっているのよ。魔女の魔力を高めることができるのは、猫だけなんだから。そのことはナコだって知っているでしょう? ジュラたちをごらんなさい。みんなママのパートナーとして、それぞれ立派に役目をはたしてくれているでしょう?」
ママ魔女の言っていることは本当でした。魔女にとって、猫はただのペットではないのです。
たとえば、ジュラはママ魔女のサポートをする猫です。呪文や薬作りにくわしく、ママ魔女がなにかどわすれしてしまっても、すぐにアドバイスするのがジュラの役目でした。
ロラはひみつ守りの猫です。人には言えないひみつや相談事を、ママ魔女はロラだけにします。そしてそのことを、ロラはけっしてだれかに言ったりしないのです。
ミジーはほうき乗りの猫。高いところもスピード飛行も大好きで、天候を読むことがとくいです。ミジーと一緒に飛べば、ママ魔女が雷に打たれたり、突風に吹き飛ばされたりする心配はありません。
このように、猫たちにはさまざまな能力がありました。猫がいなければ、魔女は本当の魔力を発揮できないとさえ言われているくらいです。
そのことはナコもよく知っていました。でも、ナコはボンボンをえらんでしまったのです。それは、ナコにもどうにもできないことでした。一目見たとたん、この子犬こそ自分のパートナーだとわかってしまったのですから。
ナコの頭の中に、あのときのことがよみがえりました。
まだたった数時間前のこと。まるで何年も前のことのようにも思えるのに、はっきりと、あざやかに思い出せるあの一瞬。ナコはボンボンと出会ったのです。
あのとき、ナコは妖精のウララに案内されて、小さな部屋に行ったのです。コーギーの子犬を見るために。
コーギーというのは、キツネのような顔をして、体が長く、足のみじかい、おしりのぷりぷりした犬です。元気がよくて、かしこくて、一筋縄ではいかないがんこさと誇り高さをもっていて。でも、とても愛情ぶかくて、大好きな人のためならいくらでもはたらくがんばり屋です。いざとなれば魔法をつかうこともできるという伝説すらあるくらいです。
そしてこの国では、どの妖精も自分のコーギーを飼っていました。
妖精たちは、コーギーを宝物のように大切にしていて、どこかに出かけるときは、必ずコーギーの背中にまたがっていきます。だから、コーギーは「妖精の犬」とよばれているのです。
コーギーの子犬を見るのははじめてで、ナコは胸をどきどきさせながら、小さな扉をくぐりました。
そこに子犬たちがいました。大きなバスケットの中に、ころころとした子犬が五匹、まるでパンのようにぎゅうづめになって、ぐっすりねむっていたのです。
そして、その中で一匹だけ、目をさました子犬がいました。その子犬ボンボンと目があったとたん、ナコは「この子こそあたしのパートナーだ」と、わかったのです。
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でも、それはナコだけにわかったこと。ほかの人たちには、理解できないことでした。
「子犬のかわいらしさに目がくらんで、それでパートナーにしたいと思っただけじゃありませんの?」
冷たい声でロラに言われ、ナコは涙をうかべました。
「ちがうもん! ママは前から言っていたでしょ? パートナーになる相手は、一目でわかるって。心がそうだって、さけぶんだって! ボンボンを見たとき、あたしの心がさけんだの! 一緒にいなくちゃいけないって! おねがい、信じて!」
半泣きしながらさけぶナコに、ママ魔女たちは心の中でため息をつきました。
「最後にもう一度聞くけど、あの子犬をウララの家にもどすつもりはないのね?」
「だから、どうしてそんなことしなくちゃいけないの? あたしはボンボンをえらんだのよ? パートナーをえらぶのは、魔女っ子の自由でしょ? あたしがえらんだんだから、ボンボンはあたしのパートナーなの!」
「聞く耳はもたないってわけね。けっこう。それじゃかってにするといいわ」
冷ややかにママ魔女は言って、立ちあがりました。
「犬は絶対に魔女には適さない。そのことがわかるまで、一緒にいればいいわ。ボンボンのことは、まねかれざるお客さまとして、あつかわせてもらいます。早く出て行ってくれることをねがうわ」
「そんな……ママ!」
「この話はおしまいよ。もうねなさい」
ぴしゃりと言われ、ナコはうなだれながら自分の部屋に行きました。部屋にはボンボンが待っていました。
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「ナコ。だいじょうぶ? 悲しいにおいがするよ。悲しいの?」
「ううん。だいじょうぶよ。……ごめんね、ボンボン。なんかいやな思いさせちゃった」
「けっこうおもしろかったから、いいよ。ごはんがあまりおいしくなかったのは残念だったけど。……ねえ、ナコ」
「なに?」
「ボンボン、ここにいないほうがいいのかな?」
ナコはぎくりとして、ボンボンを見ました。ボンボンはまっすぐナコを見つめてきます。
「ボンボンはナコと一緒にいたいよ。ずっと一緒にいたいから、ナコについてきたよ。けど、ママ魔女たちはボンボンのこと、きらいみたい。ボンボン、ここにいないほうがいい?」
「そんなことない!」
ナコは大声をあげて、ボンボンをぎゅうっとだきしめました。
「どこにも行かないで! 行っちゃだめだから! みんなのことならだいじょうぶよ。まだびっくりしているだけだから。ジュラたちだって、絶対にボンボンのこと好きになるって。とにかく行かないで。あたしはボンボンをえらんだんだから! ね?」
「なら、行かない。ボンボンもナコが大好きだもん」
ボンボンは約束しました。
ふうっと息をついたナコでしたが、このままではまずいとも思いました。みんなのきげんを少しずつでもよくしていかないと、今にボンボンはこの家から追い出されてしまうでしょう。
ナコはボンボンに話しかけました。
「だいじょうぶって言ったけど……ほんとはちょっとまずいかも。ママも猫たちもすごくがんこだし、今はめちゃくちゃおこっているから。少しでもきげんなおしてもらわないと」
「どうやって?」
「とにかくいい子になって。ママたちの言うことをよく聞いて。猫たちとも絶対ケンカしないでほしいの」
「ボンボンはケンカなんかしないよ。でも、猫たちがいじわるしてきたら? さっき、オレンジの猫に引っかかれたよ。ボンボン、鼻キスのごあいさつしようとしただけだったのに。ひどいよ」
不満そうに鼻をならすボンボンを、ナコはまただきしめました。
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「ごめん。悪いけど、しばらくがまんして。おこってケンカしたら、ほんとにまずいから」
「……ボンボンがいい子だってわかってくれたら、ママ魔女も猫たちも、ボンボンのこと好きになってくれるよね?」
「もちろんよ!」
「わかった。それじゃがまんして、いい子になる。もともとボンボンはいい子だけど、もっといい子になるよ」
ボンボンはうなずき、ナコはそんなボンボンの頭をなでてやりました。
ボンボンはいい子になると言ってくれたし、これからなにもかもうまくいくかもしれない。ナコはそう思いながら目を閉じました。自分たちの部屋の外に猫たちがいて、聞き耳をたてていたことには、少しも気づきませんでした。
* * *
ナコとボンボンがねむりこんだころ、だんろのかげでは、猫たちのひみつの会議が開かれました。
真っ暗な部屋の中、猫たちはひそひそと話し合いました。
「どうするの? ナコはすっかりあの子犬をうちにおく気でいるわよ?」
「いい子にすれば、あたくしたちのきげんもなおるだなんて。ナコさんもわかっていませんわね。そういう問題ではないというのに」
「そう。あたしらの気分の問題じゃないんだよ、これは。ナコじょうちゃんにとっての問題だっていうのにねえ。まったく。わからんちんなんだから。ママさんはしばらくほうっておくつもりみたいだけど。これは早く手を打ったほうがよさそうだ」
「どうするの、ジュラ?」
「どうもこうも。今のじょうちゃんを説得するのはむりそうだ。だから、あのおちびさんのほうをどうにかしようじゃないか」
「力ずくで追い出すって言うんですの?」
「まさか。一番いいのは、あのおちびさんがこの家をきらいになるように仕向けることさ。こんな家にいられない、魔女のパートナーなんかとてもむりだって、あのおちびさんが自分から言ってくれれば、じょうちゃんだってあきらめるだろうさ」
「なるほど」
「というわけで、とりあえずあの子には冷たくするとしよう。こんなのはほんとはいやだけど。……でも、やるしかない。あたしはおちびさんのことは徹底的に無視するよ。いじわるばあさん猫になりきってやろう」
「それじゃ、あたくしはあの子のことを魔女にふさわしくない、みっともない子と、冷たい目で見てやりますわ」
「ふん。ジュラもロラも甘いわね。あたしは、絶対にあの子がちかづいてこないようにしてやる! 猫パンチに猫キック、かましてやるわ!」
「……ミジー。あなた、さっきのパニックのこと、まだおこっているんですのね」
「ち、ちがうわよ! 犬は魔女の家に合わないってことを、徹底的に教えてやるって言ってるのよ!」
「やれやれ。まあ、それぞれで一番いいと思うことをやっていこう。ただね、ミジー、くれぐれもケガとかだけはさせないでおくれよ」
「わかってるってば」
ひみつの会議はそれでおわったのでした。
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第3回へ続く(2月1日公開予定)
※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。
廣嶋玲子さんの本を紹介!スペシャルな情報もあるよ♪
刊行記念キャンペーン1月25日からスタート!
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