6 住みこみ家庭教師?
翌朝。
教室は、あいかわらず四人のイケメン転校生の話でもちきりだった。
すでに女子たちは、「だれ派」かで四つの勢力にわかれてるらしい。
「私はレキくん! 背が高いしおしゃれだし、なにより女子にすっごくやさしいの!」
「私はカンジ派! おすすめの本、みつくろってもらっちゃった!」
「ヒカルくんが動物と遊んでるときの笑顔、超かわいい~!」
「ケイくんのクールでミステリアスな雰囲気、ドキドキしちゃうな~」
えぇ~? クールでミステリアス?
あの短気で横暴なケイが? ないない。
心のなかでツッコミをいれてると、
「で? まるちゃんは? だれ派なの?」
「いっしょに暮らせるなんてほんとうらやましいよ~!」
ふいにとんできた言葉に、わたしは引きつった笑みをうかべる。
おそろしいことに……男子たちは、わたしの家にホームステイすることになったんだ。
しかも、まわりの人たちはそのことを「変じゃない?」とか、ちっとも疑問に思わないの。
なんでも「神様のとりはからい」によって、四人の科目男子が人間世界になじめるように、みんなの記憶がすこしコントロールされてるんだって。
おばあちゃんは「イケメンが四人もホームステイしてくれるなんてうれしいわ!」ってはりきってるし、学校の子たちは、今朝からわたしのことを質問攻め。
いや、質問というより、探りを入れられてると言った方が正しいかも。
みんな、目が笑ってないもん。
「え~っと……」
ここは、かなり慎重にこたえないとマズイ。
ただでさえ、「イケメン四人と同居! うらやましい!」って目で見られてるんだもん。
嫉妬されたり、「チョーシのってる」とか思われたりしないようにしなきゃ。
「……いやぁ、でも、わたし、恋愛とかよくわかんないからなぁ」
「え~、そんなこと言って、ほんとはだれか気になってたりするでしょ?」
「ううん。プリンの取り分が減るだけで、いいことないなぁって思ってるところだよ」
これは、本当に本心。
「あははっ! まるちゃんはあいかわらず花より団子だね!」
みんな、あきれたような顔で笑いだす。
わたしも笑いながら、頭をぽりぽりかいた。
ふぅ。とりあえず、こんな感じで大丈夫かな。
(それより……問題は、今日の放課後だよ)
どうやって、科目男子たちの勉強ジゴクから逃げるか。
わたしの頭のなかは今、それで、いっぱいなんだよ!
昨日はプレッシャーに負けて「勉強する」なんて言っちゃったけど。
わたしはもう、勉強はしないってきめたんだ。
それを、四人にわかってもらうアイディアを考えないと……!
キーンコーンカーンコーン
放課後をしらせるチャイムが鳴るなり、ケイがいきおいよく席を立った。
「帰るぞ」
わたしの机の前に仁王立ちして、ギロリとにらみつけてくる。
(はぁ……もう、観念するしかないのかな)
けっきょく、いいアイディアはひとつもうかばなかった。
家に帰ったら四人が待ってるわけだし、逃げ場はない。
「もたもたするな。はやく準備しろ」
「ま、待ってよ。そんな急にはできないから……」
「ムダな荷物は置いていけ。行くぞ」
そんなムチャクチャな!
ケイが、むんずとわたしの腕をつかんだ瞬間。
「──ちょっと!」
するどい声がとんできた。
「優ちゃん!」
親友の優ちゃんは、きびしい表情で、ずいとケイの前にたちはだかる。
「まるがいやがってるじゃない。手をはなしなさい!」
優ちゃんは曲がったことが大きらいで、自分にも人にもきびしいの。
五年生で児童会の役員もしてて、みんなから「優等生の優ちゃん」ってよばれてる。
優ちゃんに怒られると、だいたいの男子はしずかになるんだよね。
「こっちは命がかかってるんだ、ジャマするな」
「私はまるの親友で、このクラスの委員長でもある。クラスメイト間の暴力、強要、恐喝を見すごすわけにはいかないわ。事情を聞くから、まずはその手をはなして」
ぴしゃりと言いはなつ優ちゃん。
その迫力に、ケイは顔をしかめつつも、しぶしぶ手をはなす。
「だいたい、急に四人もホームステイだなんて、ヘンだと思ってたの。まるのおばあちゃんはそんな話、一度もしていなかったわ。どうしてみんな、不審に思わないのかしら……」
優ちゃんは、眉をひそめながらケイを見る。
あれ? この感じ……。
もしかして、優ちゃんには「神様のとりはからい」とやらが効いてない!?
「ホームステイか……まぁ、それは単なる名目上の話だ」
ケイが言うと、優ちゃんはスッと目の色を変える。
「名目上?」
「オレたち四人は遊びに来たわけじゃない。絶望的に成績が悪いコイツの根性をたたきなおし、テストで100点満点とることをめざす──住みこみの家庭教師だ」
家庭教師!?
また、勝手なことを……!
ここは本当のことを話して、ビシッと撃退してもらおう。
「あのね、優ちゃん──」
「えっ、家庭教師ですって?」
わたしが口をひらきかけたとき、ふいに、優ちゃんの表情がパッと変わった。
んん? なんだか、うれしそうに目を輝かせて……?
「そう……! まる、また勉強がんばる気になったのね!」
「え?」
「よかった。しっかりやるのよ!」
「えぇっ!? 優ちゃん、助けてくれるんじゃないの!?」
優ちゃんはわたしの肩にぽんぽんと手をのせて、ほほえむ。
「勉強は子どもの義務であり、平等にあたえられた権利よ。勉強をしておけば、将来の選択肢がぐんと広がるもの! いっしょにがんばりましょう!」
「いや、あの……」
「教科書を丸暗記してるくらいだもの、きっと算数くんはいい家庭教師になってくれるわ」
「…………」
ぬわ~~~~っっ!!
わたしはガバッと頭をかかえる。
ダメだ。
これで、おばあちゃんも、優ちゃんも頼れなくなった!
目の前に「絶望」の二文字がうかんでくるよ……。
そんなわけで、わたしはしぶしぶケイと家に帰った。
居間には、すでにほかの男子たちがそろっていた。
それから、おばあちゃんも。
「いや~、お世話になる家がこちらでラッキーだったな~。本当にありがとう、小梅さん。おれ、もっとはやくキミと出会いたかった」
「あら、レキくんったらおもしろいのね。おほほ」
おほほじゃないよ! なぜかほほを赤らめてるし!
「ところで、ずっと気になってたのだけど、まどちゃんの彼氏候補はどなたなのかしら?」
「おれで~す」
「僕も」
「では、俺も」
つぎつぎに手をあげるケイ以外の三人。
えぇっ!? この人たち、なに言ってんの!?
おばあちゃんは冷やかすようにニヤニヤと笑いながら、手をたたく。
「まぁ! 三人も立候補を!? さすが私の孫ね! ばあちゃんもこう見えて、昔はけっこうモテたのよ~」
「もうっ、人がいないときに勝手な話しないで! あと、おばあちゃんもすぐ信じない!」
ぷんすか怒るわたしに、おばあちゃんは「あらあら」と笑うだけ。
うちのおばあちゃんって、見てのとおり、ぽやーんとした人なんだ。
仕事がいそがしいママにかわって、昔からわたしのお世話をしてくれてるんだけど……息子なんかいないのに息子をかたった振りこめ詐欺にだまされそうになったこともあるくらい、とにかく危なっかしいの。
神様が記憶をコントロールしなくても、おばあちゃんだったらフツーに四人を住まわせちゃってただろうな。
「さあさ、ケイくんもこっちへきて、おやつと麦茶どうぞ」
おばあちゃんはニコニコしたまま、男子たちの前にグラスとプリンを──、
「プッ、プリンはダメだよ!」
ハッとしてさけぶ。
「おばあちゃん、それ、わたしのプリンでしょ!」
「ほかになかったんだもの。ちょうど四個あって助かったわ」
「だって、わ、わたしのぶんは……?」
「お客さま優先。まどちゃんには、また買ってあげるから」
そ、そんなぁ!
ショックで、へなへなと畳の上にたおれこむ。
うぅっ……なんかわたし、最近、プリンにきらわれてない?
妄想のなかでさえ食べられなかったなんて、はじめてだよ。
はぁ……あのバケツプリン、食べたかったなぁ。ぜったいおいしかっただろうなぁ……。
おばあちゃんが居間を出ていくと、ケイは自分のランドセルから一枚の紙をとりだして、ちゃぶ台に広げた。
「スケジュール表だ。四人で平等になるように、オレがきっちりわりふった」
胸をそらして、手書きのスケジュール表をしめすケイ。
火曜日の今日から、来週の月曜日の実力テストまで、一日ごとの予定が書きこまれている。
「今日から四日間、一日ひとりの男子が家庭教師となり、その科目のみ勉強する。土曜に模擬テストをおこない、成果を確認。日曜は復習の日だ。ちなみに、科目勉強のときは、家庭教師の言うことは絶対で、ほかの男子はいっさい口を出さないこととする」
ペラペラとしゃべるケイの話を聞きながら、どんどん気分が落ちこんでいく。
ああ、ユウウツ。
今日から約一週間、ずっと勉強づけかぁ。
逃げようにも、家に住まれちゃったんじゃ、どうしようもないし。
しょうがない……ここは涙をのんで、のりきるしかないよ。
「──説明は以上。それじゃあはじめるぞ、今日は算数だ!」
待ちきれない様子で、ケイが立ち上がる。
「……なんでよりにもよって算数からなの」
文句を言ったら、ギロリとにらまれた。
でも、しょっぱなから相性最悪のニガテ科目だなんて、やる気も出ないよ……。
「ねぇ、順番ってどうきめたの?」
なにげなく聞くと、ケイは急に目をおよがせて、しどろもどろになる。
「……こ、これは、機会均等の原則のもと、公平にバランスを──」
「じゃんけんに負けた順ですよ」
カンジくんがさらりと言った。
「えっ、じゃんけん?」
「ケイ、じゃんけん超弱いからな~」
「勝率5%以下」
口々に言う男子たち。
ケイが顔を真っ赤にする。
「う、うるさいっ! たまたまだろ! 確率上、弱いとかないんだよ!」
いまだかつてなく動揺するケイ。
わ~い。意外な弱点知っちゃった!
「ね、ためしにわたしともじゃんけんしよう!」
「しない! ムダ口たたいてないで勉強はじめるぞ!」
ケイは床をふみならしながら、居間をとびだしていった。