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『いみちぇん!』続編!『いみちぇん!!廻』ためし読み連載 第8回

 千花を札に置いたまま、わたしは凍りついちゃった。

 そして樹ちゃんの顔面が、怒りの色に塗り変わる。

「きみ、どういうつもり?」

「入江。おまえ、わざわざそんな事を言いに来たのかよ」

 八上くんまで一歩足を踏み出した。

 アキは二人を無視して、ずんずんわたしに向かってくる。

 彼女の迫力に、わたしは筆と札を手に持ったまま後ろに下がって、背中を机にぶつけた。

「ア、アキ?」

「今、樹センパイが『命を削る』って言ってたよね。それ、りんねが死んじゃうって事?」

「ち、ちがう。すぐにじゃないよ。あんまりやりすぎると、……寿命が短くなるっていうだけで」

「だけじゃないでしょ! 大変な事じゃん!」

 肩をつかんで、怒鳴られた。

 樹ちゃんが割って入ろうとした格好のまま、途中でストップする。

「でも、玲連がまだひとりぼっちで、」

「わかってる! こっそり聞いてたっ。でもなんなのっ? なんでりんねがやんなきゃいけないの!? どうしてりんね、いつも人のことばっかりで、自分ばっかり損して、マジでムカつく! 今度は命を削るとか……っ。いいコぶるのも、いいかげんにしろよ!」

 アキの瞳に、みるみる涙がたまっていく。アキが泣くのなんて初めて見る。ひどい言葉を叩きつけられてるのに、わたしも、……目の奥が、ツンと熱くなる。

 アキはわたしのために、泣いてくれてるの?

「……アキ」

「りんねはもっと自分を大事にしろ! やりたくない事は、ちゃんと嫌だって言え! 今だって、……いつももだよっ。どうして、みんながうまくいくようにって、ぜんぶりんねが帳尻を合わせようとすんのっ? あんたって、そんなに、みんなの感情の全責任を取れるほど、すごくてエラいわけ!?」

「そ、そんな風に思ってない! わたしはただ……っ、」

 アキは、わたしの事、そんな風に思ってたの?

 みんなが笑顔でいられるように、わたしがなんとかしてあげるからね、みたいに? わたしそんな傲慢な事、考えてないよ。むしろ……。

 唇を噛んでうつむいたわたしの肩を、アキが両手で揺さぶる。

「ただ、なに。言いなよ。言わないから、りんねはズルいんだよ」

「わたしは! 役に立てたら、みんなの中に、自分の居場所をもらえるかなって! わたし、こんな術なんて使うし、みんなが見えないものが見えちゃうしっ。ちーちゃんも、カラスさんも、ほんとにいたんだもんっ! わたしだけ、全然、みんなのふつうとはちがくって……! だから、だからっ」

 涙がこみ上げてくるせいで、声がひしゃげる。

 真向かいのアキも、顔をしかめる。でもわたしから視線をはずさない。まっすぐ見つめ続けてくれてる。

 だからわたしは、まだ言葉を続けられる。

「アキたちのせいじゃん! アキたちが、〝フシギちゃん〟って、からかうから……っ。だけどわたし、全然ふつうになれないからっ。だから、〝フシギちゃん〟が、みんなと仲良くしてもらうにはっ、なにか、いい事しないとって……!」

 目も鼻もずびずびで、わたしは思い切りしゃくりあげる。

 アキも、樹ちゃんも八上くんも、みんな黙った。教室の窓から、外の騒ぎの声が聞こえてくる。


「ごめん」


 アキはわたしの肩をつかんだ手に、痛いくらいの力をこめた。

「ごめん。ごめん。ごめん」

 涙でいっぱいの真っ赤な目で、わたしを見つめて言う。

「初等部の時の事、りんねがずっと忘れてないの、わかってた」

「アキ」

「うち、あの時ね。りんねがいいコすぎて、まぶしくて。うらやましくてイジワルしたんだよ。そんな自分が、ますます大嫌いで。なのに、りんねのそばにいさせてもらいたいから、なんにも気にしないフリしてた。りんねより、ずっとずっと、うちが偽善者だ。りんねがいいコでいようとして、無理してんの見ると、うちらがトラウマ作ったせいだよねって、ずっと、毎日、ごめんなさいって思ってた……」

 アキの瞳のふちから、大粒の涙がぼたぼたこぼれ落ちていく。

 わたしは……、アキの心の中が、自分が想像してたのとは全然ちがくて。呆然と彼女を見つめる。

 アキは、わたしのそばにいたいって、思ってくれてたの?

 わたしをそばにいさせてくれてるんじゃなくて。

 彼女はいつも、「言いたいコトはちゃんと言いな」って言ってくれてたけど。

「偽善者」っていう悪口に、アキも加わってたとしたら、それは悪口っていうより、むしろわたしのために、無理するなっていう意味で、怒ってくれてたのかなぁ……っ。

「さっきも玲連を消したって疑って、怖がってごめん。りんねがわざとそんな事するわけないの、当たり前なのに、ビックリしちゃったんだ。りんねが一番怖かったよね。

 りんねはうちにとって、ほんとに天使だ。でも天使じゃなくても大好き。うちが友達だと思うのを許してくれるんなら、ずっと、一生、友達でいてほしいっ。だから、だからぁっ。りんねが死んじゃうなんて、イヤなんだってばぁ……!」

 アキは涙をぼたぼたこぼす。しわくちゃになった真っ赤な顔に、わたしも喉が涙でつまって、なんにも言えない。両拳を握りしめて、ぶるぶる首を横に振るだけ。

 わたしのほうだって、アキたちみんなに、謝らなきゃなんだ。

 アキたちはふつうだから、ふつうになれないわたしの事なんか、心から好きになってくれるはずないって思い込んでた。「わたしたち仲良しだね。一緒にいてくれてありがとう」ってニコニコしながら、心の底では、ずっとアキたちからの気持ちを疑い続けてた。

 ……それが透けて見えてたなら、めちゃくちゃ、気持ち悪かったと思う。

「わっ、わたしもっ。ご、ごめっ、ごめんねっ」

 喉を細くする涙を押し分けて、やっとそう言えたとたん。

 アキに、ガバッと抱きしめられた。

 落っことしそうになった千花を、樹ちゃんがいったん預かってくれた。彼は文房師っていうより、「お兄ちゃん」の顔でほほ笑んでる。

 八上くんはそっぽを向いて、居心地悪そうにソワソワしてるのが、なんだか申し訳なくて、ちょっとかわいい。

 わたしも両腕でぎゅうっとアキを抱きしめ返した。

 あったかい。トットットッて、心臓の鼓動の音が、押しつけた耳に響く。ガサガサに荒れてトゲだらけになってた心のひだが、優しい手でなでられてるみたいに、少しずつ落ち着いていく。

 そういえばわたし、雨に降られたままで、髪も濡れてるんだ。

 アキはそれも構わず、わたしのつむじにほっぺたを押しつけて、いつもみたいにぐりぐりしてくる。

 わたしは彼女がよくやるその仕草に、泣き笑いだ。

「……アキ。わたし死にたくない。だけど今回だけは、ちょっとだけ無理する。わたし、ふつうじゃないのがずっと悲しかったけど。でも、そのおかげで玲連を助けられるなら、自分のふつうじゃないとこを、ちょっと、好きになれるかもしれない」

「りんね……」

「それにあと一回だけなら、そんな大変な事にはならないよ。わたしは、玲連とアキと桜と、毎日四人で一緒がいい。だから、やる」

 言い切ったわたしに、アキは何度も瞬きする。初めて会った人を見るような目だ。

 そしてゆっくり、両腕をほどいて後ろに下がっていく。

 心配してくれる瞳がうれしいなんて、わたし、ひどい?

「樹ちゃん」

 名前を呼ぶと、彼はごくりと喉を鳴らし、黙って千花と札を渡してくれた。

 わたしは改めて穂先を札に置く。

 今ならアキの前だって、胸を張って術を使える!

 千花、いっしょにやろっ。

 胸いっぱいの熱いものに、気持ちは昂ってる。絶対に、玲連を助けられるっていう確信がある。

 ……なのにっ。あれ……っ、体だけが、思いどおりについてきてくれない。

 筆を滑らせ始めて、「憬」の最初の一画で、ヒュッとチカラを持っていかれた。指先が氷みたいに冷たくなって、軸を持つ感覚も遠くなる。

 でも、わたしがここで気絶したら、玲連が帰って来られない……っ!

 本物の玲連が、消される直前に言ってた言葉を思い出す。

 ──特別なのは、自分だけだと思ってるでしょ。

 玲連は、わたしが「特別」だから、上から目線で、みんなに何かしてあげてると思ってたのかな。

 ちがうよ。わたし、ちゃんと「ちがう」って言いたい。言いたいと思う自分を、もう自分で殺さないから。

 玲連、もう一度わたしと向き合い直してくれる? チャンスをください。

 札に走らせる千花に、容赦なく体温を奪われていく。もうすでに〝今日のぶん〟が残ってなかったんだって、先走る千花の穂先を必死に追いかけながら、実感する。

 でも、まだっ、がんばる……!

 玲連、もどって来て!

 全身から冷や汗を噴き出しながら、札を持つ手を無理やり持ち上げる。

「ミコトバヅカイの名において、千花ことほ、」

 そこまで唱えた時、足首を、ガッとなにかにつかまれた!

 樹ちゃんが文鎮を投げようとして、ピタッとその腕を止める。

 わたしの足首をつかんだのは、──床の影から生えた、女の子の手だ。

 その手首には、パワーストーンのブレスレット……!

「玲連!」

 わたしは急いで彼女の手をつかむ。向こうからも、にぎり返してくれた!

 玲連が、自力で影から出てこようとしてる!?

「玲連、がんばってぇっ!」

 彼女の反対の手も、影の中からニョキッと突き出てくる。

 アキがその手を取る。樹ちゃんと八上くんも加わってくれる。

 そして──、四人がかりで、影の中から玲連を引っぱり出したっ!

どさっ。

 わたしは尻もちをついたとたん、すぐにバッと起き上がる。

「玲連!」

 目の前に、玲連が座り込んでる!

 自分で、チョウの術を解いた!? 床にあった影のシミも消えてるっ。

 彼女は泣きはらして、ぐったり疲れた顔で、取り囲むわたしたちをぐるりと見回し──。とたん、ブワッと涙を噴き出した。

「りんねぇ、わたし、教室の声、ずっと聞こえてたよぉ……っ。『りんねが偽善者』って悪口言い出したの、わたしなんだっ。りんねに霊感あるっぽいのも、みんなが驚くような、カッコいいお兄さんに大事にされてるのも、すごく、うらやましくて……っ。りんねみたいに特別なコになりたかったのに、わたしは、ふつうすぎてっ。特別な事なんてなんにもなかったから、ずっと、別の自分になりたかったぁ! だから、ヤキモチ焼いてたのっ!」

 玲連は両手と両ヒザを床について、唖然とするわたしのところまで這ってくる。

「それなのに、助けようとしてくれたの? りんね、わたしのせいで、命減っちゃった? ごめんねぇ……っ。ありがと、ありがとぉ……!」

 玲連がわたしの首にすがりついた。

 さらにアキも飛びついてきて、そしてなぜか、桜も!

「さ、桜!? いつからいたのっ?」

「桜、三人の事、さがし回ってたんだよぉっ。プールにもいないし、グラウンドにも来ないしぃ! 桜だけ仲間はずれにしないでよぉ!」

 桜もうるうるした顔で、床にヒザをついてわたしたちを抱きしめてくる。

 耳に押しつけられた玲連の、涙に濡れたほっぺたが、やわらかくて、熱い。わたしはズッとハナをすすって、よく三人にされてるみたいに、彼女の頭をぽんぽんとなでた。

「玲連。おかえりぃ」

「ただいまぁ……!」

 怖かったよぉぉって、大きな声で泣きじゃくる彼女は、ふだんのクールな彼女からは想像もつかない。

 でもホントに、暗闇の中で一晩、怖かったよね。

 よかった。みんな無事でよかった……!

 千花、手伝ってくれてありがとう。樹ちゃんも八上くんもありがとう。

 二人を見上げると、樹ちゃんはもちろん、八上くんまで、ふにゃりと眉を下げて、笑ってる……!

 あの〝ハチのほうのハチミツくん〟が、ほんとにハチミツみたいに、細めた瞳をきらきらさせて、甘い笑顔だ。思わず目が釘付けになっちゃった。

 彼はわたしが凝視してるのに気がついて、パッと顔を背ける。

「あっ!」

 樹ちゃんがいきなり、パンッと両手を打ち合わせた。

 みんなでそっちに注目すると──、彼がゆっくり開いた両手の中で、ほのかな白い光が瞬いた。

「さっき気づいたんだけど、チョウが札に変化しようとする時、一瞬だけ、羽がちらっと光るんだ」

 教室一面が、きらきら、小さな光で満たされてる……!

 チョウたちが急に動きだした。

 じゃあ、攻撃してくる!?

 事態がわかってないアキたちは、「なになになにっ」と悲鳴を上げる。

 樹ちゃんがわたしたちをかばって文鎮を構えた。でもこんなに取り囲まれて札を飛ばされたら、よけられるワケないっ。そんな量の札じゃ、どんな字だって、もう書き換えられないよ!

 とたん、八上くんが窓ぎわに走った。

 彼は自分の机に飛びつき、中に手を突っ込む。

「これ! おまえたちの本体なんだろ!?」

 彼が片手で掲げたのは、一枚の和紙。なんにも模様のない、ただの真っ白い紙。

 ……だ、だけど、机の中で教科書に潰されてたんだ。蛇腹折りしたみたいに、シワくちゃになってる。

 わたしは、樹ちゃんのこめかみに青筋が浮かぶのを、目撃してしまった。

「オレ、この紙が本体だって知らなかったんだ。これ、ちゃんと大事にするからっ、だから──、」

 八上くんが、見えないチョウたちに語りかける。その声は、わたしたち人間としゃべる時とは全然ちがう、優しい色だ。


「友達になりたい」


 彼の目の前で、チラッと白い光が瞬いた。

 鼻の頭にとまったチョウが、澄んだ光のシルエットになって浮かび上がる。

 そしてパタパタと羽を震わせた。

 光の加減? それとも、チョウがわざと姿を見せてくれた?

 きっと、「いいよ」って返事してくれたんだ。

「やった!」

 八上くんが歯を見せて笑う。

 すると教室中を飛び交うチョウたちが、一斉に輝き始めた。

「すごい……、きれい……」

 まるでスノードームの中にいるみたい。

 きらきら、きらきら、光が瞬く。

 そっと指を伸ばしてみたら、チョウがとまってくれた。

 樹ちゃんも唖然として、自分の鼻先をかすめたチョウを目で追ってる。アキたちも、あんぐり口が開いちゃってる。

 夢みたいに美しい光景だ。

 光の中で、わたしは八上くんと視線を交わし、初めて、ふふっと笑い合う。

 勝手な思いこみかもしれないけどね。

 わたしまで、八上くんと友達になれたような気がしたんだ。


第9回へつづく



書籍情報


作: あさば みゆき 絵: 市井 あさ

定価
1,540円(本体1,400円+税)
発売日
サイズ
四六判
ISBN
9784041147412

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