角川つばさ文庫の伝説級☆人気シリーズ『いみちぇん!』続編! 「わたしは、モモお姉ちゃんの意志を継ぐ!!」千方センパイの妹、藤原りんねが中学生になって、ミコトバヅカイに!? 先祖代々のお役目のナゾにも迫っていく、『いみちぇん!』ファンならゼッタイ読みたい最新シリーズだよ☆(公開期限:2026年8月31日(月)23:59まで)
※これまでのお話はコチラから
9 新しい毎日へ
泥まみれの制服からジャージに着替え、術を使った後のフラつきが落ち着くのを待ってから、こっそり、グラウンドの避難集合にまざった。
クラスのみんなは大興奮で、今日の事件について推理を語りあってた。プールで気絶者が続出したのは、毒ガスがまかれてたんじゃなくて、「未来さん」がなにかしたんじゃないか。倒れた人たちが、救急車からプールに瞬間移動するなんて、ふつうじゃない事が起きたのが、その証拠だよ──って。
結局は、なにもかも「原因不明」のまま、午後の授業は中止。集団下校の早帰りになっちゃった。
わたしも樹ちゃんも、八上くんと話したい事がいっぱいある。
こっそり地区班の集まりから抜けて、書道部の部室に移動した。今ごろ、アキたちが地区班の人数が足りないのを、ごまかしてくれてると思う。
わたし、いつもの仲良しとは、もう一緒にいられなくなっちゃうのかなって、怖かったけど。
がんばって、がんばれてよかった。逃げなくてよかった。自分の心からも、アキと玲連の気持ちからも。
さっき、彼女たちの目を正面から見て、心から思いっきり笑えた自分が、すっごくうれしかった。
備品のマグカップを棚から出して、三人分のココアをいれる。
「つまり紙の精は、本体がズサンなあつかいをされてたから、不愉快で怒っていたんだよね? 全部きみのせいじゃないか。とばっちりで札を貼られた玲連さんが、かわいそうだ」
「紙の精だって知らなかったんだから、しょうがないだろ」
「自分で漉いた紙をこんな風にするなんて、その時点で、二十四時間説教モノだよ。本来なら、奥の院か神社でお祀りするような格の紙を、こんな風に机につっこんで、シワだらけにするか?」
もしかしてチョウは、玲連が邪気を吐きがちだったから、八上くんを守ろうとしたのかな。影にして消そうとしたけど、生まれたてで力をコントロールできず、一枚目の札はニセモノができちゃったとか?
樹ちゃんは書道部の備品を使って、「紙の精の本体」を修復中だ。
文房師の文房四宝愛はすさまじいから……、激怒しても、しかたないよね。
でも、さっきは「この紙を破ろう」って言い出したんだから、本当に、わたしの命を一番大事にしてくれる覚悟でいるんだなぁって、あらためて、ビックリしちゃった。
樹ちゃんは、きれいに拭きあげた木の板に、シワくちゃの和紙を広げ、ハケでたっぷりの水をふくませていく。表面をけば立たせないようにって、彼の指先は、丁寧で、優しくて、正確だ。
職人さんの手つきに圧倒されて、覗き込むわたしたちまで呼吸が止まっちゃう。
「持って帰る時は、絶対に、他のどこにも触れさせないで。両手でそのまま支えて帰って」
このまま貼っておけば、きれいにシワが伸びるそうだ。
「……ハイ」
八上くんは神妙に板ごと受け取る。その周りでチラチラ光が舞ってるのは、チョウが喜んでるのかな。
ハチミツフェイスな彼の周りが輝いてると、勝手に少女マンガみたいな光景になっちゃって、ちょっとおもしろい。
「これで、とりあえず一件落着かな? ね、りんねちゃん」
「うんっ」
ハケを置いたら、凜とした職人さんの横顔から、いつもの樹ちゃんにもどった。
わたしたちは部室の窓から、こっそり外の通りを覗いてみた。
まだ制服の行列が、ぞろぞろと連なってる。あんまり部室に長居してると先生にバレちゃいそうだけど、外に出るのは、もうちょっと人の波が落ち着いてからのほうがよさそうかなぁ。
八上くんも同じ事を考えたのか、手近なイスに腰を下ろした。
樹ちゃんはタメ息まじりで、ハケを棚にもどす。
「それにしても、信じられない事ばっかりだ」
「ばっかりって?」
「うん。文房師でもない八上ミツが、紙の精を生めたのが、一つ目。四宝の精が、ミコトバヅカイでもない八上ミツに従ったのが、二つ目」
「従ったんじゃなくて、友達になったんだ」
ツッコむ八上くんを、樹ちゃんはスルーする。
「三つ目は、玲連さんが、紙の精の術を、自力で破れた事。四つ目は……、」
「紙の精の、透明な札?」
指折り数えた樹ちゃんは、わたしに深くうなずいた。
「やっぱり、ああいう札は、文房師さんでも初めて見たんだね」
「うん。ぼくたちが作る白札か、マガツ鬼の黒札しか、見た事も聞いた事もないよ。……文房師じゃない人間が生んだ精霊だから、これまでの常識が通用しないのかな。透明な札の効果も、白札黒札となにがちがうのか、わからないよね」
樹ちゃんは考え考え語る。
わたしは思いついて、テーブルごしに身を乗り出した。
「──あ! あのねっ。透明札の事で、わたし、一つ気づいたかもっ。たぶんだけど、人に札が貼りついた後も、意味がどんどん変化していくんじゃないかな」
樹ちゃんも、全然興味なさそうだった八上くんも、こっちを向いた。
「基本、白札はいい意味で働いて、黒札は悪いふうに働くよね。でも、透明札はどっちの色にも揺らぐから、透明? ええと、貼られた人の心が変わると白にも黒にもなれる、未知数の札──とか」
わたしの思いつきに、樹ちゃんはすっごくゆっくり、瞬きをした。
そのぽかんとした表情に、急に恥ずかしくなっちゃった。やっぱり見当外れなんだ。
「ご、ごめん、忘れてっ。ちがったよね」
「う、ううん。いや、それが正解かも。玲連さんには何度も、『影』の札のせいだろうって思うような事が起こった。それも、毎回『影』のちがう意味の効果で。すごく不自然な気がしてたけど、チョウがしつこく、何枚も同じ字の札を貼りに来てたんじゃなくって、──最初の一枚が、ずっと変化し続けてたんだとしたら、わかりやすいよ」
「う、うん! やっぱりそうっ? 心霊写真とニセモノと、玲連が影になって消えたのも、全部一枚の『影』だったんだ。それに……いつもクールな玲連が、急に感情をむき出しにしたのも、『外に現れていない部分』の意味で、いつも外に出してなかった気持ちが、表に出たのかも?」
「玲連さんの本心の変化につられて、『影』の意味が変わっていったんだね」
樹ちゃんは腕を組んで考え込む。
そうだとしたら。「影(ニセモノ)」ができたのは、チョウが一枚目を失敗したんじゃなくて、さっき玲連が、「ずっと別の自分になりたかった」って言ってたから、その気持ちに影響された?
教室で黒いシミみたいな「影」になったのは、わたしとケンカしてる時、だれからも見えないところに消えちゃいたい……みたいな気持ちになってたからなのかな。
チョウは玲連が邪気を吐く心の「影」を書き換えたけど、どう変わるかは玲連しだいだったんだ。
だけど最後は、自力で「影」から脱出したんだもん。
彼女をぎゅっと抱きしめた時のぬくもりが、まだ腕に残ってる気がする。
わたしはココアにハチミツをたっぷり入れる。八上くんも使うかなと思って、ボトルを差し出したら、眉間にシワを寄せて押し返されちゃった。
「──あ」
樹ちゃんが、なにか思いついたように口に手を当てた。
「りんねちゃん。信じられない事の、三つ目だけど。玲連さんは、自力で術を破ったんじゃないのかも」
「え?」
「彼女が影から出てきた時、あのタイミングでも、『影』の意味が、変わってたのかもしれないよ。玲連さんは、りんねちゃんたちの声が聞こえてたって言ってたよね。そのおかげで、心が『光』を取りもどして──、札の意味もつられて変化した」
「そ、そっかぁ!」
わたしは大興奮で、思わず立ち上がる。
「『影』の字には、『光』とか『輝き』っていう意味もあったもんね!」
「そうっ。『月影』や『火影』の意味は、暗い所じゃなくて、『光』の事だから!」
玲連の心が変わったから、札の意味も、「光」のほうに意味が変わって、玲連の心を輝かせ──、そして「影」から解放された。
わたしは樹ちゃんと興奮した顔を見合わせ、同時に「うんっ」と大きくうなずいた。
窓の外を眺めてた八上くんは、呆れたような息をつく。
「……幼なじみってかんじ。で、藤原って、また今回みたいに戦ったりすんの?」
「え、わ、わたし? その予定は……ないよ、ね?」
樹ちゃんをうかがうと、彼はにっこり笑ってうなずいた。
「うん、ないよ。人間が生むマガツ鬼は、いちいち術で倒して回っていたら、主さまの身が持たない。お役目でも、なるべく自然に任せる事にしてて、柏手で邪気を散らすくらいに止めてるんだ。今回は規模が大きすぎたから、りんねちゃんに力を貸してもらったけれど」
なら、わたしの出番はここまでなんだ。
もしまた教室に邪気が溜まってきたら、千花を使わなくても、わたしが柏手を打てばいい。
……できるかな。アキたちがわかってくれるなら、できる気がする。
わたしは自分の両手を見つめた後で、樹ちゃんに目をもどした。
「樹ちゃんは、また三重に帰っちゃう? いつまでこっちにいられるの?」
「こっちで中学を卒業するよ。三年の十二月じゃ、もう、残り三ヶ月もないけど。長のオッケーももらいました。『いいよー』って、ついさっき」
「「!?」」
驚くわたしと八上くんに、樹ちゃんはニコニコ。
さっき電話して来るって席をはずしたのは、その相談だったんだ……!?
彼は笑ったまま、八上くんには鋭い視線を投げる。
「きみの友達になったっていう、紙の精。無理に里に連れ帰るのは、精の怒りを買いそうだからしないけど。もしも鬼に堕ちたら、大マガツ鬼になる。そんな恐ろしい事が起こったら、りんねちゃんは責任を感じて『自分が倒す』って言いそうだし、文房師も手の打ちようがないもの。
つきましては、ぼくが主さまのパートナー、兼、八上ミツと紙の精の『見守り役』に、任命されました」
「げっ……」
「しっかり見張ってやるからな。おまえを」
穏やかなのは皮一枚だけの笑顔の迫力に、わたしたちはヒュッと身を縮める。
樹ちゃんが、見守り役。犬猿の仲に見えなくもないんだけど、だ、大丈夫、なのかなぁ……。
しばらく固まってた八上くんは、修復された和紙に目を落とした。
「ちゃんと大事にするから、別に、見張りなんていらない」
その真剣な声色の言葉は、きっと本当だ。
八上くんはそっけないけど、優しい人だって知ってるから、わたしも信じられる。
また彼の周りの空気が、ちらちら瞬いた。紙の精も喜んでるみたい。仲良しでうらやましい。
「ミツ。その本体がしっかり乾いたら、学校に持って来て。ちゃんと札に仕立ててあげるから。きみのためじゃなく、紙の精のために」
「あんた、なんでオレにチクチクすんだよ」
「きみが、ぼくの主さまに無礼を働いたからだろ?」
文房師の視線を受け止めきれなかった八上くんは、微妙に目を泳がせた。
「……クラスの男子たちと同じだな。どうせ、藤原に近づくヤツを牽制したいんだろ」
ボソッとつぶやかれた言葉に、わたしはきょとんとして、樹ちゃんはニッコリと笑みを深めた。
「──それは一体どういう事か、教えてくれる?」
「藤原がオレの事を好きだって勘違いしてるヤツらがいて、『みんなの〝天使〟に、抜け駆けすんな』とか、めんどくさい事言ってくんだよ。オレが『ヤガミ』って苗字だってだけで、教室で名前呼ばれるたびに、藤原がチラチラ見てくるから。こっちは大迷惑だ。オレは〝初恋の樹チャン〟じゃないっつの」
わたしはサーッと血の気が引いて青くなり、でもすぐに、今度は下からサーッとのぼせて赤くなった。
「わっ、わあああ、ひどいよぉ! 八上くん、そんな話、だれから聞いたの!?」
「クラスのヤツらが話してた」
「ちがうちがうっ、樹ちゃん、ちがうからね!?」
彼に飛びついて口をふさごうとしたはずみに、ヒジがテーブルに当たった。
マグカップが傾いて、紙の精の和紙に向かって、た、倒れる!?
だけど、樹ちゃんがパシッとカップをつかみ止めてくれた。
「よ、よかった……っ。あああありがとう、樹ちゃん」
「うん、いや、うん」
樹ちゃんは手もとに視線を落としたまま、珍しくわたしと目を合わせない。
そのカップを置きなおす手の甲が、ピンク色に染まってるのを目撃してしまって、わたしのほうも大あわての心臓が、なおさら疾走する。
わたしもうつむき、樹ちゃんもロボットみたいな硬い動きで座りなおす。
「──で、藤原」
八上くんがイスの上で体の向きを変え、わたしと向かい合った。
「あっ、ハイ! なぁに?」
この気まずい空気を断ち切ってくれる!?
期待して待つけど、彼は口をへの字に曲げて、黙っちゃった。
………………………………………………………………………………………………。
八上くんの周りで、応援するようにチョウが光を瞬かせる。
わたしはヒザに手を乗せて、彼が言葉を発するのを待ち続ける。
時間が経つにつれ、樹ちゃんの眉間には、けげんそうな深いシワが刻まれていく。
「……矢神サンは、藤原の〝お役目〟っていうののパートナーなんだろ? それ、オレもなれるかな」
バリッとなにか砕ける音がしたと思ったら、樹ちゃんが指を引っかけてたマグカップの取っ手が、わ、割れ取れてる……! 樹ちゃん、握力すごいんだねぇっ!?
「な、なんで? わ、わたしの、パートナー?」
「なんでって……。また鬼と戦うハメになったら、役に立てそうだから」
八上くんは目を四方八方に泳がせつつ、ビックリするような事を言う。
「オレは正直、おまえの事、今日まで嫌いだった。オレと同じほうなのに、それを隠して、ウジウジして、周りに合わせてごまかしてばっかだって、見てるだけでムカついた。人間関係なんて、さっさとあきらめればいいのに、未練たらしいとも思ってた」
「──おい」
樹ちゃんが低い声を出す。
「でも。今日の藤原を見てたら、入江たちとうまくいってて、……オレもちょっと、あきらめなきゃよかったかなって、うらやましくなった」
彼はそこまで言い切って、樹ちゃんを黙らせた。
大きな瞳が真剣な光を宿して、わたしをまっすぐに見つめる。
「オレたちは、同じ世界が見える、貴重な仲間なんだろ。だから、藤原が危ない術使いまくって、命削るってのは……、オレにとってもマイナスだから、まぁそういうワケ!」
八上くんはだんだん早口で語り、最後に、初めて聞く大きな声。そして顔を片手で覆っちゃった。
表情はまったく見えなくなっちゃったけど、もしかして、照れてる……?
わぁぁっ。わたしまで、またおでこが熱くなるっ。
「あ、ありが、」
「悪いけど、ミコトバヅカイのパートナーは、一人って決まってるんだ」
お礼を言おうとしたわたしの言葉を、外の十二月の風より冷ややかな声が、ピシッとさえぎった。
「りんねちゃんのパートナーはぼくだ。だいたいきみは修行もしてないのに、主さまを守れるとでも?」
「『一人だけ』って決めたのは、ブンボーシってヤツらの団体? オレはそことは無関係だから。ていうかあんたたちだって、なんかあった時に、紙の精が手助けしてくれたら、すごく助かるだろ」
八上くんは同意を求めるように、わたしをにらむ。
「ハ、ハイ!」
「だろ。このチョウ、友達のたのみなら聞いてくれるって」
すると一斉に、彼の周りで澄んだ光が、ちらちらピカピカ。「そうだよ」って言ってるみたい。
「おまえ……っ、おれがやっと手に入れたポジションを、横取りするつもりか」
樹ちゃんはとうとう堂々と、〝きみ〟が〝おまえ〟に、〝ぼく〟が〝おれ〟になっちゃった。
「ま、待って。樹ちゃんがいてくれないと、わたし、お役目できないよっ。千花のメンテナンスもできないし、札も墨も硯も、わたしじゃ用意できないもんっ。で、でも、八上くんと紙の精が仲間になってくれたら、ますます心強いっ。……その、わたし、仲間とか……あこがれてたし」
モモお姉ちゃんたちみたいで。
樹ちゃんはきれいな顔面をぎゅううっとしかめて、苦渋のうめきをもらす。
「パートナーは、分業制の二人体制ってこと……? ぼくは嫌だよ」
「嫌って言っても、あんたの許可を取る必要ない。オレはブンボーシじゃないから」
「だいたいきみは、年長者に対する礼儀とか、学びなおしてきたらどう?」
「矢神センパイ、ドーゾヨロシクお願いシマス」
「ヨロシクされない」
「ヨロシクされなくても、オレには関係ない」
「あのなぁ、」
「やっぱそっちが素なのか? 藤原の前で猫かぶんのやめたら?」
「ぼくが厳しいのは、りんねちゃんに無礼なヤツにだけだ」
二人はだんだんおでこを近づけて、至近距離からにらみ合う。
「あ、あのね。わたし、気持ちを変に隠すのは、もうやめる。だから、思ってる事、そのまま言ってもいい?」
樹ちゃんは「もちろんっ」と笑顔でうなずき、八上くんは鼻を鳴らして、「聞いてやるけど」って。
わたしはすぅぅっと大きく息を吸い込んで、ちっちゃい時以来の、大きな声で言う。
「ケンカはやめて、仲良くしてください!」