留守番電話のメッセージを聞いた匠くんが、ひどく青ざめた顔で再生停止ボタンを押す。
ひふみ学園に大マガツ鬼が現れたかも、と聞いたわたしたちは、学園は樹くんに任せて、元お役目仲間集結で、手分けしてあちこちを捜し回っていたんだ。
だけど手がかりもないまま、いったん工房にもどってきたら、その樹くんから電話が入ってた。
わたしと万宙くんも、横から録音メッセージを聞いてたんだけど……。
「大マガツ鬼だと思ったのは、赤ちゃんの〝紙の精〟だったんだね」
「驚いたな……」
りんねちゃんが、千花を取って戦った。
その一言に心臓がギュッとしたけど、彼女が無理をしそうになった時に、友達が自分でもどってきてくれて、危ないラインを越えずに済んだって。ホントによかった……っ。
樹ちゃんはりんねちゃんをおうちへ送ってから、工房に帰ってくるそうだ。
わたしは大きな息をついて、ソファに座り込んじゃった。
大事な「妹」に、命を削るような事はしてほしくない。代われるなら、わたしが代わりたいくらいだけど。……わたしはもう、術を使えないから。
「ヤバい敵じゃなかったなら、りんねはだいじょぶそ? そしたらオレ、もう帰るわ。仕事ぬけて来たんだよね」
「万宙、助かった。またな」
「万宙くん、ありがとう! また改めて、集まろうね」
わたしも立ち上がりかけたら、「モモはそこでいーよ」って、リビングの戸口から手を振られちゃった。
匠くんは、万宙くんを玄関まで送ってきてから、となりにドサッと腰を下ろした。そして上着も脱がず、考え込む顔つきだ。
わたしはその難しい横顔を、そうっと覗き込む。
「……万宙くんの話だと、その八上ミツくんって、見た感じ、ふつうのコだったって言ってたね」
「な。しかし、ふつうか……。おれも会ってみたかった。紙漉き体験は、樹に譲らないで自分で行くべきだったな。まさか、まったくの素人が紙の精を生むなんて」
匠くんが、めったにない大きなタメ息をついた。
今までずーっと、「精霊が宿るような紙を作る」って、試行錯誤してくれてたんだもの。それは……、ショックだよね。
すぐそばで彼のがんばりを見続けて、彼の試作品を使わせてもらって、あれこれ一緒に考えてたわたしも、やっぱりショックだ。
「〝八上ミツ〟、苗字の音もかぶってるし、お役目の歴史と無関係だとは思えないんだけどな。一件落着でも、八上家については、引き続き調査してもらうか」
「そうだね。そのうち里長さんが直々に、わくわくしながら調査に来そうだけど」
「ほんとだな」
ちょっと笑った匠くんが、またすぐ考え込む瞳になっちゃう。
「……おれはずっと、精霊が宿る四宝は、非の打ち所がない完璧な作品だと思って、技を磨いてきた。でも、八上ミツの話を聞くと、荒削りでも、魂を丸ごとぶつけてたんだろうな。その紙には、鬼気迫るような感があったって、樹が言ってた。……とはいえ、おれだって魂をこめてない作品なんて、一つもないぞ。やっぱりそいつには、なにか秘密があるんじゃないかな」
わたしは彼の言葉を、取りこぼさないよう、うなずきながら耳を傾ける。
──と、匠くんはふと我に返ったようにわたしを見て、パッと耳を赤く染めた。
「すまん、愚痴った」
「ううん。わたしだってくやしいよ」
匠くんは抱えたクッションにおでこをうずめて、ハーッと大きな息をつく。そして仕切り直すように顔を上げた。
「その紙の精、いつか里に連れて行きたいな。奥の院で祀ってる四宝に会わせてやりたい」
「うんっ。桃花も、きっと喜んでくれるよね」
わたしたちは顔を見合わせ、そろって笑う。
「ね。匠くん、漢字うんちく話していい?」
「どうぞ?」
改めてどうしたんだって顔で、きょとんと見下ろされちゃった。
「『魂』って、『鬼』の字が入ってるよね。『鬼』って、トラ柄パンツの鬼の他にも、『死んだ人』とか『幽霊』って意味もあるけど。『並外れた』とか、『ふつうとはちがう』の意味もあるでしょ? 『魂』がこもってたっていう、そのコの作品は、たぶんそっちの意味の、『鬼作』って言われるようなものだったんじゃないかな」
だから──、と、わたしは正面から匠くんと向かい合った。
「精霊を生むのに、この世のもの全部がどうでもいいくらいの、『鬼』みたいな執念が必要なら。わたしは、匠くんには、そうならないでいてくれて、よかったなって思っちゃった。……ごめんね」
わたしの言葉を受けて、匠くんが目をゆっくりと瞬かせる。
五年前、わたしはわたしで、我を押し通してお役目をやりきらせてもらったのに。匠くんには「鬼」にならず、変わらずにいてほしいなんて、ズルいよね。
その「ごめん」を伝えたくて、彼の頭を、腕を伸ばして抱き寄せた。
「モ、モモ」
ふだんわたしから抱きしめたりしないからか、匠くんは、また耳が真っ赤になっちゃった。
しばらく腕の中で大人しくなってた彼は、顔を上げて、ほのかに笑った。
「……守るものがある時点で、精霊が宿る『鬼作』は作れないなら。おれは、これでいいんだ。今が大事だから、今のままがいい。初等部の頃からずっと、おれはモモのとなりにいる事が第一で、それは今も変わらない」
「匠くん」
「おれはどうあがいたって、『鬼』にはなれない。おれの『魂』は、直毘モモに、とっくの昔に捧げてるから」
彼はわたしの両手を恭しく捧げ持つ。
薬指の婚約指輪が、きらっと光った。もらったばかりで、まだ自分の指にはまってるのに慣れないそれに、一緒に目を落とす。
くすぐったい気持ちになって、どちらからともなく、おでこをこつんとぶつけた。
「……でも、まだ〝最高の紙作り〟は続けるんでしょ?」
「そりゃな」
「やっぱり負けず嫌いだ」
二人で笑った、──そのタイミングで!
下を向いた視界のはしっこ、リビングの戸口に、スリッパの足が見えたっ。
「い、樹くんっ!」
匠くんから飛び退いたわたしは、ソファから落っこちそうになって、危ういところで彼に抱き止められた。
その匠くんも、「おまえ、いつからっ」とうめく。
「ご、ごめんなさい~。おジャマかなと思って、気配を消して通り過ぎようと思ったんだけど……」
樹くんは苦笑いで、小走りに横を通りすぎていく。そして奥の部屋へ入る前に、こっちを振り向いた。
「匠兄。モモさまがこっちに引っ越してくる前に、ぼくはちゃんとどこかに移るつもりだから、ご心配なくね」
樹くんはすっかりオトナになっちゃった顔で、にっこり。
静かに閉まっていくドアに、すっかりオトナになったはずのわたしたちは、中学生の時みたいな真っ赤な顔で、どさっとソファに倒れ込んじゃったのでした。
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『いみちぇん!!廻 二.パートナーの秘密と覚悟』
へつづく!
わたし、藤原りんね。書道がシュミの、中学一年生。
“ふつう”になりたいと思っていたけど、友だちのことを守るために、
言葉のチカラで悪い鬼と戦う「ミコトバヅカイ」のお役目をはじめたんだ。
ひふみ学園で起きた「生徒大量気絶事件」を解決したのもつかの間――
「紙の精」がクラスのみんなに札を貼って、どこかへいっちゃった!
札に書かれた漢字を突き止めて、「ミコトバヅカイ」のチカラで書き換えないと、みんなが危ない!?
「ミコトバヅカイ」のパートナー「文房師」で幼なじみのお兄さん、樹ちゃんと、
「文房師」ではないけどパートナーに立候補してくれたクラスメイトの八上くん、
三人で力をあわせて、紙の精を見つけなきゃ!
でも、二人はなにか、わたしに言えない“秘密”があるみたいで……?
「そんななら、わたしは樹ちゃんとお役目はやらない」
りんねの言葉に込められた想いとは――?
角川つばさ文庫の伝説級人気シリーズ「いみちぇん!」続編
大切な人を守りたい、想いが廻る第二巻!
明日からの林間学校、いったいどうなっちゃうの!?
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書籍情報
- 【定価】
- 1,540円(本体1,400円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 四六判
- 【ISBN】
- 9784041147412