角川つばさ文庫の伝説級☆人気シリーズ『いみちぇん!』続編! 「わたしは、モモお姉ちゃんの意志を継ぐ!!」千方センパイの妹、藤原りんねが中学生になって、ミコトバヅカイに!? 先祖代々のお役目のナゾにも迫っていく、『いみちぇん!』ファンならゼッタイ読みたい最新シリーズだよ☆(公開期限:2026年8月31日(月)23:59まで)
※これまでのお話はコチラから
8 想いのままに
「ごめん、待たせちゃった! ……と思ったら、仲良くオヤツ中かぁ」
樹ちゃんはぶるるっと首を振り、雨に濡れた髪の水気を飛ばす。
緊迫した表情が、わたしたちの安全を確認したとたん、ふわっとゆるんだ。
その笑顔に、わたしは心の底からホッとした。
八上くんはメロンパンをほおばって、す、すごい、三口で全部食べちゃった。わたしはカップアイスを持ったまま、樹ちゃんのところへ駆け寄る。
近づいてみて、目を疑った。彼のブレザーとシャツのボタンがちぎれて、ボロボロだ。
「これ、どうしたのっ?」
「チョウを攻撃したら、生徒の影たちが集まってきて、ジャマされちゃった。この世界につながる水たまりを蹴散らされたら大変だから、全員、気絶させてから来た。時間がかかっちゃって、ごめんね」
「う、ううん。来てくれて、ありがとう!」
「気絶って、それ使って?」
わたしのとなりに並んだ八上くんが、胡乱な目で、樹ちゃんの手の文鎮を眺める。
樹ちゃんはほほ笑んだまま、何も答えず文鎮をポーチにしまった。
と、ともかく、樹ちゃんはたった一人で、わたしたちと同じ考えに行き着いて、戦いながら、この同じ水鏡の世界にたどり着いてくれたんだ。
「よく、わたしたちがいる水鏡がわかったね」
見上げると、彼はわざわざ身をかがめ、わたしの鼻先で笑った。
「そりゃあ、ぼくだもの。りんねちゃんがいくら迷子になっても、何度だって見つけるよ」
わたしはまじまじと〝幼なじみのお兄ちゃん〟を見つめた。
雨の山で、わざと迷子になったわたしを見つけてくれた時と、同じ笑顔。
樹ちゃんも、あの日の事をずっと覚えててくれたんだ。
「ありがとう……」
胸が熱いものでいっぱいになる。
「──で、こっから出る方法はあるんだよな?」
八上くんは飲み終えた牛乳パックを畳む。
樹ちゃんは珍しく、気まずげに視線をさまよわせた。
「ここから脱出するためには、……りんねちゃんのチカラを借りなきゃいけない」
「うん」
わたしは千花の入ったポーチを両手でつかんだ。
書き換えるのは、正直、怖い。また失敗しちゃいそうだ。
怖いと思ったとたん、幼なじみみたいに思ってたこの筆と、急に心の距離が開いたような気までする。ポーチをつかんだ手にも、じわっと冷たい汗がにじむ。
──でも、八上くんはずっと一人きりで、怖い事や不安な事と向き合って、自分にウソをつかずに生きてきたんだ。
さっき彼をカッコいいなってうらやましく思ったのは……、わたしたちは同じはずなのに、全然ちがったから。わたしは自分にウソばっかりついて、ここまでやってきたから。
千花をポーチから取り出し、きっぱりした白い色の軸を見つめて、下唇を噛む。
わたしは、本当はどうしたいんだろう。
モモお姉ちゃんがやったからとか。樹ちゃんの期待に応えたいからとか。そういうので、お役目をやるんじゃなくて。
アキたちに怖がられるから、失敗したら無価値に思われそうで怖いから。だからお役目をやらないとかじゃなくて。
──わたしは?
頭がぐちゃぐちゃして、自分自身の心の声が聞こえない。今までずっと、人の言葉ばっかり気にして、自分を無視し続けてきたから、自分がどうしたいのかわからない。
わたしはまぶたを下ろして、長く、細い息を吐く。
心の底に、何度も何度も厳重に沈め直してた自分の気持ちを、そうっと覗いてみる。
……そうしたら、最初に、ちーちゃんとカラスさんの顔が浮かんできた。
そして、二人が二度ともどってこないってわかった時の悲しい気持ちが、押し寄せる波になって、わたしを呑み込む。
──お兄ちゃんなんていないじゃん。ウソつき。
──へんなコトばっか言ってさ。りんねって、〝フシギちゃん〟だよね。
昔、アキたちに嘲笑われたあの声が、もう一度わたしの胸を刺す。
さっき玲連を消しちゃった時の、アキの、あの恐怖の瞳。古代鬼に体をのっとられた時、鬼になったわたしに向けられた、お母さんの、先生の、同級生の、「ふつうの人間じゃない」って言葉。
押し込めて閉じ込めて、見ないようにしてた黒いものが、渦になって心の中を激しく逆巻く。
悲しい、嫌だ、つらい、怖い。わたしなんて、大嫌い……!
──でも、だけどっ。
この持てあましてばっかりのチカラで、玲連たちを助けられるならっ、チカラがあってよかった。そうでしょ?
ふつうとかそうじゃないとか、今はいいっ。
わたしが、みんなに消えてほしくないんだもん!
「樹ちゃん。札をください。わたしが、みんなを助ける」
わたしは、水たまりを見つめたまま口にする。
視界の隅で、樹ちゃんが目をしばたたき、わたしの横顔を凝視する。
今のわたし、どんな顔をしてるんだろう。
でもどんな風に思われたって、もう、やるって決めた。
樹ちゃんはわたしを見つめたまま、気圧されたように一歩下がり、地面にヒザをついた。それから恭しく、札と墨壺を差し出してくれる。
わたしはそれを受けとり、この世界からの出口、水たまりを見据えた。
──玲連、桜、待ってて。ここから脱出したら、すぐに助ける。
わたしずっと、みんなに偽善で接してたみたい。だけどそれは、みんなの仲間に入れてもらいたかっただけで、みんなの事が嫌いで、心を閉ざしてたワケじゃない。
アキが宿題を忘れて、大急ぎで手分けして書き写したり、月イチで変わる桜の好きな人の話にキャアキャアしたり、玲連のおすすめの動画の鑑賞会をしたりとか。担任の先生の寝癖がすごくてかわいいねとか、そんな事でくすくす笑える毎日が、とっても楽しかった。
三人の事、ちゃんと大好きなんだよ。
わたしは鼻から息を吸い、お腹の底にしっかりとためる。
そして、墨壺にひたした穂先を、白札へ走らせる!
ぐんっと千花に腕を引っぱられた。
千花はまるで、友達の手をぐいぐい引いて走る、ちっちゃなコみたいだ。加減もわからないまま、無邪気にやりたい放題に、わたしのチカラを引きずり出していく。
だって、千花は五年前に作られたばかりだもんね。
ほんとに幼稚園のコと変わらないんだ。
わたしは全部持っていかれそうになりながらも、あえて軸を持つ指から力を抜く。
千花、焦らなくても大丈夫だよ。わたしの言葉、聞こえてる? うん、そう。ゆっくり、いっしょにゆっくりね。わたし、ちゃんとついていくから、大丈夫だよ。
そうして──。おしまいの一画まで、払いをシュッと抜ききった。
「ミコトバヅカイの名において、千花寿ぐ、コトバのチカラ!」
わたしが放った札は、水たまりに突っ込み、水鏡を波打たせて煙を上げた。
今度は大丈夫!
無邪気に駆けずり回るだけだった千花が、わたしを振り向いてくれた感じがした。
煙がもうもうと立ちのぼり、わたしたちまで包んでいく。
視界が真っ白で、なにも見えなくなっちゃった。樹ちゃんがわたしの手首をつかむ。わたしは勝手に八上くんと手をつなぐ。
そして──。
最初に目に入ったのは、煙の向こうに輝く、赤い光線だ。
だれかがバタバタと走っていく音が、いくつも続く。
人の気配!
現実の世界に、もどって来られたんだっ。
「りんねちゃん、やった!」
樹ちゃんがパアッと明るい声を上げる。
彼のほうを見て、わたしはギョッとした。笑顔の樹ちゃんが、自分にソックリなお兄さんを羽交い締めにして、気絶させたところだ。
そ、そっか。樹ちゃんが水鏡の世界に来た時、彼の「影」がこっちに出てきてたはずだもんね。
彼は平然とニセモノの自分を地面に転がして、わたしに笑顔を向ける。
「今の、どんな書き換えだったの?」
「あ、えっとね。水鏡の『逆様』の世界を、『思様(おもうさま)』に書き換えたの。わたしの思いどおりに、この世界にもどれるかなって。それに、書き換えの言葉の意味が、ちゃんと思ったとおりに発動してくれますようにって。両方の意味をかけたんだ。うまく効いて、よかったぁ……っ」
「なぁ、でもっ、」
八上くんがわたしのヒジを引っぱった。その手を、樹ちゃんがさりげなくはたき落とす。
強い風に煙が吹き流されて、外の景色がくっきり見えてきた。
プールの前に停められた、救急車。
生徒たちがタンカで次々と運び込まれていく。しかも救急隊員さんは、フルフェイスのマスクに、酸素ボンベの重装備だ。
わたしたちは、集まった野次馬の後ろに出現したみたい。
騒ぎのど真ん中に出なくてよかったけど、こ、これって……!
「みんなの『影』を、本物の生徒だと思ったんだよっ。それで救急車を呼んじゃった!?」
「あぁ、ぼくが気絶させたのを放置していったからかぁ」
樹ちゃんは「やらかしちゃった」って苦笑い。
倒れた生徒たちの山の中に、わたしと八上くんっぽいニセモノの背中も覗いてる。
わぁぁ、やっぱり自分のソックリさんなんて、気持ち悪い……っ。
八上くんは「怖ッ」とドン引きして、樹ちゃんから後ずさった。
『避難してください。プール前で、大勢の生徒が倒れているのが発見されました。プール周辺に、薬物がまかれた可能性があります。万が一に備え、生徒の皆さんは、グラウンドに避難してください。くり返します。この放送は、訓練ではありません。生徒の皆さんは、グラウンドに避難してください』
校内スピーカーから、避難放送まで流れてきたっ。
まだ一帯に、頭をボウッとさせる霧が漂ってる。わたしたちはあわてて口を手のひらで覆った。
先生たちはきっと、この霧を、悪い人がわざと薬物をまいたってカンちがいしたんだ。
「霧」の攻撃は続いてるのに、さっきまで感じてた、プールを覆いつくす気配はなくなってる。チョウたちはどこかに移動した?
樹ちゃんも目をすがめて、あたりの気配を探る。
「後はチョウを倒せば、術が無効になって、みんなの本物ももどってくるね。捜しに行こう」
「樹ちゃん。わたし、チョウは消したくない」
「ええっ?」
新しい札を出してくれた彼は、ギョッとしてわたしを見る。
「あのチョウは、八上くんの紙から生まれた精霊なんだって。マガツ鬼じゃないの」
「──え」
「わたし、今、千花を使って思ったんだけどね。たぶんチョウも生まれたてだから、赤ちゃんみたいに、遊んでるつもりなのかも。だから、消さないであげたい」
最悪の場合、教室にあるっていう本体の紙を破っちゃえば──って、頭をかすめないワケじゃない。でも、やっぱりそんな事できないよ……。
「待って、りんねちゃん。八上ミツが作った紙から、精霊が生まれた──って言った?」
樹ちゃんの顔から、柔らかさがストンと落ちて消えた。
わたしは八上くんと視線を交わし、二人でうなずく。
「この前の、紙漉き体験の時だ。紙漉きしてたら、あれが出てきた」
「……文房四宝の精霊を、素人が、生んだ……?」
樹ちゃんがこんなに驚いてるのを見たのは、今までで初めてかもしれない。
「おまえ、本当に何者なんだ!」
「なんだよ、何者でもないよ」
二人は急に口をひん曲げてにらみ合う。
「そんなはずない。匠兄でも、紙の精を生み出せないでいるんだ」
「ハ? なに言ってるか、意味わかんね」
「なにか特別な理由がなきゃ、ありえないって言ってるんだ。おまえ、実は邪気を消してる鬼だったり、」
「──札二枚と、墨! ください!」
はやくみんなを取り返したいのに、ケンカしてる場合じゃないよっ。
千花を構えたまま口を挟んだわたしに、
「はい!」
樹ちゃんはビシッと気をつけの姿勢。大あわてで、札と墨壺を出してくれた。
「怒られてやんの」
「主さまがお役目をなさいますので、静かにしろ」
「ウザッ」
まだケンカしてる二人を尻目に、わたしは千花と札を持ち直す。
疲れた感じはない。まだ余力はある? 千花だって、ワクワクしてるのが伝わってくる。
行くよ、千花!
「ミコトバヅカイの名において、千花寿ぐ、コトバのチカラ!」
わたしは札を二枚いっぺんに書き上げ、一枚目をフェンスの向こうの、プールの水面へ!
そして二枚目を、タンカに乗せられた「影」たちのほうへっ。
ヒュッと風を切った札は、それぞれに貼りついて、あたり一面を包みこむほどの煙を上げた。
──白い煙が流れ去ると、プールサイドのあちらこちらに、座り込んだオレンジの制服のコたちが見えてきた。
よりによって、もどってきたのがプールの中だったコもいる。悲鳴を上げながら水から上がって、大きなくしゃみをしてるのは、桜だ……っ!
よかった、できた!
一枚目は、水鏡の「彼方此方(あべこべ)」の世界を、同じ字のままで、『彼方此方(あちらこちら)』にした。
読みを変えただけだから、チカラも節約できたと思う。
そして二枚目は──。
白い煙と共に、立ち込めてた「霧」も晴れていく。
「き、消えた!?」
タンカをかついでた救急隊員さんが、腰を抜かした。地面に倒れ重なってた生徒たちが、みんな一気にいなくなっちゃったから。
代わりに、丸い形の影がいくつも地面に落ちてる。
空は急に晴れてきて、雲ひとつないのに。
「これは……、雲の影?」
樹ちゃんは自分の足もとを流れていく影を、上履きを引いてよけた。
「うん、当たりだよ。『霧』と『影(ニセモノ)』にまとめて札を貼って、『雲影』、雲の影にしたの」
「なるほど……! それでみんな、消えたように見えたんだ」
救急隊員さんや先生たちは、大騒ぎ。
彼ら目線だと、救助しようとしたコたちが、いきなりプールに瞬間移動したと思ったよね。
ほんとはニセモノは雲の影になって、消えてた生徒たちが、プールにもどってきただけなんだけど。
樹ちゃんにうなずきながら、わたしは急にゼイゼイ息切れしてきた。
札三枚連続で、しかも二枚目は、何十人もを一気にこっちに引きもどしたせい?
でもとにかく、失敗しなかったみたいで、よかった……!
樹ちゃんに背中をさすられながら、周りを見回す。
「玲連は、どこだろ」
「今村、見当たらないよな」
八上くんも一緒に確かめてくれる。
玲連は教室で「影」になっちゃったから、今のプールの書き換えじゃ、もどって来られなかった?
「樹ちゃんっ、玲連は教室で札を貼らないとダメだ!」
わたしは叫ぶなり、校舎のほうへ走りだした。樹ちゃんと八上くんもついてきてくれる。
グラウンドに避難しようとする生徒たちとニアミスしそうになって、あわてて迂回しながら、一年五組の教室をめざす。
階段の先、わたしのクラスの方向から、強い気配を感じる。
チョウもあっちにいるっ?
階段を上る足がフラフラしてるのに気づいたのか、樹ちゃんがひょいっとわたしを抱き上げた!
「へわっ!?」
「気づかなくてごめん。書き換え続きでしんどいよね」
「お姫サマかよ」
八上くんが呆れた顔をするけど、樹ちゃんは「お姫さまだよ」と当然のように言い返す。
そのままの体勢で飛び込んだ一年五組は、──だれもいない。
避難が完了しててよかったぁ……っ。だれにも見られないで済む!
そして透明なチョウは見えないけれど、やっぱり、ここにいる。
教室はプールよりも狭いから、のっぺり広がっていた気配が圧縮されて、ひりひり肌が痛いくらい強く感じる。やっぱりオオカミとはケタちがいだ……っ。
「あのっ! みんなに攻撃するつもりはないんですっ。だから、友達を返してください!」
見えないチョウたちに、わたしは首を巡らせて語りかける。
樹ちゃんは、まさか、わたしが「敵」に話しかけると思ってなかったのか、ぽかんとした。
でも、チョウを消したくなくて、玲連を返してもらいたいなら、話し合うしかない?
わたしはカラスさんと仲良くなれた。八上くんも、オオカミや、ふしぎなものたちと心通わせられた。まだ生まれたての赤ちゃんの精霊なら、なおさら言葉が届くんじゃないか……って。
チョウたちの気配は動かない。攻撃はして来なそう?
と、とにかく、玲連を連れもどさなきゃっ。
真ん中の席あたりの床を探すと、やっぱり。不自然な黒いシミが、まだそのまま残ってる。
「玲連……っ!」
ゾッと鳥肌が立った。玲連は丸一日、影になったまま、ここにいたんだ。だれにも、こっちが本物だって気づいてもらえずに。
「樹ちゃん。これが玲連だ。わたし、書き換える」
「無理だけはしないで」
樹ちゃんは札を渡してくれながらも、わたしの顔色を心配そうに観察してる。
大丈夫って言葉にするのも、ウソっぽい? でも、今回はきっと、これでおしまいにできるからっ。
わたしは呼吸を整え、千花の穂先を白札に定める。
……「影」の玲連を、「景」に書き換えて消しちゃった時の、死ぬほど怖かった気持ちが、ヒュウッと冷たい風になって胸に吹きつける。
今度こそ、失敗できない。
でも、もう怖がらないよ。今、二回成功できた。その時ちゃんとわかったもん。
ちーちゃんの魂を継いだ千花は、絶対に、わたしの味方だ。
ちーちゃんと手をつないで歩いたのと同じに、千花と心をつなぎ合える。
床に貼りついた、玲連の影を見つめる。
「影」から「彡」のパーツを取って、「心」を意味する「忄」を添えれば、『憬(ケイ)』。
「心の中が明るくなる」とか「あこがれる」っていう意味の字になる。
うん、決めた。千花、あとひと踏ん張り、行こ!
──と、穂先を札に置いたとたん。
紙に墨が吸われるように、わたしの意識もスッと落ちかけた。
「りんねちゃん!」
ヒザからくずおれそうになったわたしを、樹ちゃんが危ないところで抱き止めてくれた。彼が飛びついた時に弾いたイスが、代わりに大きな音を立てて引っくり返る。
「ダメだ。ここまでにしよう」
「ううん、やる……っ。玲連だけこのままひとりぼっちなんて、ダメ」
もうニセモノも消えたのに、今日玲連が家に帰らなかったら、事件になっちゃう。
なにより、玲連が心配だよ。わたしも八上くんがいなくて一人だったら、水鏡の世界はすごく怖かったと思う。なのに玲連はこんなところに、もう一晩もいるんだよ。
わたしは樹ちゃんの腕を支えに身を起こす。お腹がひどく痛い時みたいだ。足から力が抜けて、体中の毛穴から冷たい汗が噴き出してくる。
「りんねちゃん。チョウの本体の紙を……燃やし尽くせば、術も解ける。そっちの手段を取ろう」
「なんだよそれ。今村をもどすためなら、チョウは殺してもいいみたいなの、おかしくないか」
八上くんは、わたしたちがチョウを消すんじゃないかって、心配してついて来たのかもしれない。チョウが教室に移動したのも、本体を守るため?
わたしは唇を噛んで、今度こそしっかり筆を運ぼうと、千花を構える。
わたし、自分でやりたいって思って、ふつうじゃない事に向き合うの、初めてなんだ。やろうって思えた自分がうれしいんだ。ちゃんとやりとげたい。
「いけないよ。りんねちゃん」
樹ちゃんがいつになく真剣な顔で、わたしの右手を、上から両手で包んできた。
彼は文房四宝の職人さんなのに、チョウが紙の精だって知ってて、わざと破いて消すなんて、絶対に選びたくない手段に決まってる。
「玲連はわたしの友達だよ。チョウは八上くんが生んだコで。どっちかだけなんて、選びたくない」
「伝えたよね? これ以上やったら、きみの命を削る」
八上くんが目を大きく見開く。
「命……?」
わたしはぶるるっと首を振り、まだ止めようとする樹ちゃんの手から、自分の右手を抜く。
千花を持ち直したところで、
バンッ!
戸口から、だれかが飛び込んできた。わたしたちはギョッとしてふり返る。
アキだ。アキが眼を吊り上げて立ちはだかってる。
「アキ!? グラウンドに避難してたんじゃなかったの……?」
「りんね。また、玲連を消した、あのふしぎなのをやるつもり!?」
アキの視線は、まっすぐわたしの筆と札に向いてる。今さら言い訳しても、なんにもごまかせそうにない。わたしはぎこちなく、ギシギシうなずく。
「玲連を消すんじゃなくって、助けたいの。信じて、アキ」
震えるわたしの声が、聞こえたのか、聞こえなかったのか。彼女は射貫く瞳で、わたしを見据えた。
「──りんねの、偽善者!」
彼女たちがカゲで言ってるって聞いた悪口を、とうとう正面から叩きつけられた。