ビニールプールにためた水に、バケツのお湯でもどした「紙の素」を、大量に投入!
さらに、半紙サイズの木枠に、竹のすだれを敷いた「漉き枠」も、準備よしだ。
わたしは漉き枠を持つ両手をプールにひたして、液体をすくいあげる。
そのとなりで、袖をまくった樹ちゃんが、お手本の動きを見せてくれる。
「りんねちゃんは、うちで何度もやったことあるもんね。さすが上手上手」
「でも、もうずいぶん前に、ちょっとだけだもん」
きれいな紙を作るには、紙の繊維が同じ厚みになるように広げなきゃいけないんだ。
漉き枠の傾け方とか、水の切り方、一瞬の動きだけで、厚みが全然ちがってきちゃうんだって。
紙漉きプールは全部で三つ。他のプールでも、みんなわいわいと作業中だ。樹ちゃんは順番にプールをめぐり、優しくレクチャーしてくれる。
紙漉き体験を選んだのは、書道部仲間のアキたちと、他の人気講座に抽選落ちしちゃったコの、合わせて五人。お手伝い係を入れても、たったの七人っていう少人数だ。
せっかくだからって、お手伝い係のわたしたちまで体験に加わらせてもらっちゃった。
わきあいあい、すっごく楽しい空気だ。
わたしは、なんだか驚きっぱなしで、樹ちゃんを眺める。
三重の矢神さんちでは、いつもわたしと一緒に依ちゃんの後をついて回ってたのに、今日の樹ちゃんは一人で立派に「先生」してる。
依ちゃんがいない時は、元からいつもこんな風だったのかな? それとも、あんまり会わない間に、急激にお兄さんになってた? 秋に会った時は、里のお姉さんの婚約パーティで、ゆっくり話す間はなかったもんなぁ。
眺めてたら、彼はすぐにわたしの視線に気がついて、にっこり笑ってくれた。わたしもつられて眉を下げて、えへへと笑い返す。
樹ちゃんに「紙漉き工程」オッケーをもらい、今度は飾り付けコーナーのテーブルへ。
紙を乾かす前に、押し花でデコれるんだ。テーブルに並んだ小箱には、カラフルな素材がいっぱいだ。
「うち、飾りすぎかなぁ」
アキの漉き枠は、ぷるぷるした白い紙のりの上に、お花でグラデーションが作られてる。
「ううん、すっごくかわいい!」
わたしはどうしようかなぁ。
あざやかなブルーのツユクサ。濃い紫のオダマキ、ピンクのサクラソウ。
これきっと、矢神さんちの裏山でつんできたんだ。双子と花冠を作って遊んだのを思い出す。いろんな野原の花も、双子に教えてもらった。
小さな花をつまんでみたら、急にあの山が恋しくなっちゃった。山の奥の院では、わたしの大事な「特別な筆」も、守ってもらってて……。
ひさしぶりに行きたいな。今度、一人で行っちゃおうかな。でもこの前それも、ちぃくんに「イヤ」って言われちゃったしなぁ。
ちぃくんは、なんで矢神さんちに行きたくないんだろう。もうおしゃべりも上手なのに、何回聞いても、ちゃんと理由を教えてくれないんだ。
「りんねちゃん。樹さんって、恋人いるのぉ?」
となりから響いた声に、わたしは我に返った。
桜が瞳をハートにして、樹ちゃんをうっとり見つめてる。手もとは完全にお留守だ。
「わ、わかんない。わたし、樹ちゃんとそういう話、したことない」
「うそぉ。してみたい~っ。今、聞いてみていーい?」
そわそわし始めた桜を、アキがヒジで小突く。
「こらっ、桜。やめなさいって」
「まったく、桜はとことんミーハーだな。樹さんはりんねの初恋相手なんだから、ダメに決まってるだろ」
玲連にまで呆れられて、桜は「だってぇ~」としょんぼり肩を下げる。
「ま、待って。ホントにそういうのじゃないんだよ。ふつうに、幼なじみのお兄ちゃん」
わたしは周りに聞こえなかったかって、あわてて首を巡らせる。みんな、自分の作業と「すてきなお兄さん先生」に夢中で、こっちなんて全然気にしてないみたい?
四人でシーッと指を立て合い、それぞれの作業にもどる。
わたしは紙にブルーのツユクサをちりばめる事にした。
この紙が仕上がったら、依ちゃんに手紙を書こう。依ちゃんはキリッとしてて凜々しいから、青が似合うなぁって思ってたんだ。
万宙くんにも出したいな。──と思ったけど、万宙くんは、今日、学校に来てるんだ。体験会が終わったあと、デザイン体験の教室に行ったら会えるかなぁ。
そんな事を考えながら、ピンセットでお花を並べていく。
みんなの話題は、もっぱら樹ちゃんの事。
桜は、同じ教室に八上くんがいるのも、ぜんぜん目に入ってないみたい。気まずそうじゃなくて、よかったなぁって、楽しそうな横顔に、わたしもホッとする。
その八上くんは……と姿をさがしてみたら。人気のなくなったプールの前に、背中を見つけた。
たぶん、みんなが飾り付けコーナーに移動するまで、待ってたんだ。
彼は漉き枠を手にしゃがみこんだところで、ふとこっちをふり返る。
みごとに視線がぶつかっちゃったっ。
ワッとあわてたけれど、目をそらすのも間に合わなかった。盗み見るのはやめろって言われてるのに、しかも今、「ヤガミ」って名前を呼ばれたわけでもないのに。
わたしは反射的に笑みを作る。だけどやっぱり、彼はすごい顔でにらんでくる。
「二人は、仲良しなんだね」
後ろに樹ちゃんが立った。
「えっ?」
今の、ぜんぜん仲良しそうじゃなかったと思うけど……、樹ちゃんの角度からは、八上くんの表情は見えなかった? そしたら、わざわざアイコンタクトしたみたいだったかもしれない。
八上くんはもうプールのほうに顔をもどしてる。
樹ちゃんは、なんにも答えないわたしに、きょとんとして首をかたむける。
仲良しどころか、一番ムカつくって言われちゃってる。でも、「仲良しじゃない」なんて答えるのも、カンジが悪いよね。
わたしは口角を持ち上げ、樹ちゃんにかすかにうなずいた。うなずくだけなら、ウソをついても、黒い煙は出ないから。
だけどなんだか、すごくズルい抜け道を使ったみたいで、しかもそれを樹ちゃん相手にって思うと、心の底がじわっと冷たくなった。
樹ちゃんはカケラも疑わずに、「そうなんだぁ」って笑みを深くする。
「ウソつき」
投げられた言葉に、ヒヤッとした。八上くんの声だった。そして彼は自分が吐いた黒い煙に、ゲホッとムセて、また顔を背けた。
今、ウソをついたの、しっかり見られちゃったんだ。それに……やっぱりこの人は、煙を感じてる。
樹ちゃんがふしぎそうに目を瞬いたところで。
「樹せんせー。お花ってどのくらい入れていいのー?」
樹ちゃんは他のコに呼ばれて、「はーい」とそっちへ行っちゃう。
「わぁ、きれいに飾ったね。また上から液をかけるけど、乾いた時に、ぽろぽろ落ちちゃったらもったいないな。ここらへんの花は重ならないように、位置をちょっとだけズラしてみる?」
樹ちゃんの穏やかな声を聞きながら、わたしは手もとを見つめる。
八上くんと、全然うまく行かないな……。煙のこととか、聞いてみたいのに。
ピンセットでつまんだ花びらが、ちぎれちゃった。
矢神さんちで紙漉き体験をさせてもらった時、作品には魂がこもるから、心を集中して、紙の事だけ考えるんだって教えてもらった。
わたしはピンセットをギュッと握り、まぶたを閉じ、ふーっと息をつく。
今は、こっちに集中!
……なんて、単に作業に夢中になって、八上くんの事を忘れようとしてるだけだ。
黒い煙を怖がりながら、言葉にせずにウソついたり、こっそりごまかそうとしたり。
そんな自分が悪いのに、「人に嫌われてる」って思うと、それだけでけっこうショックだ。……最近、クラスでうまくやれてたぶん、贅沢になってるのかな。
ピンセットを持ったまま、わたしは動きが止まっちゃう。
アキが「りんね?」って覗き込んできたところで、
「──ッ!?」
急に、目の前が真っ白になった!
まぶしい光が、一瞬にして教室中に広がる。とても目を開けていられない。わたしは腕で目をかばう。
すぐそこに、なにかいるっ! 強くて大きいなにか……っ。
こんなの人間の気配じゃない!
鮮烈な光は、まぶしいだけじゃない。袖をまくった肌が、ビリビリ灼きつけられる。
「りんねちゃん!」
樹ちゃんの声。ガバッと正面からかばわれて、まぶたの痛みが楽になった。
光もみるみる小さくなって──、気配も小さくなる。ううん、遠ざかったのかな。
「い、樹ちゃん、今のは……っ?」
「なんだろう。ぼくにもわからない」
その声が、頭の中の「樹ちゃん」よりずっと低くて、しかもわたしを抱きしめる腕の力も強くて、ビックリしちゃった。
みんなもザワザワし始めた。
「す、すっごい雷だった……?」
「けど、ドーンって言わないね? なんの光?」
アキたちがけげんそうに窓の外に目をやる。
「きゃあっ!」
桜の悲鳴に、心臓が跳ね上がった。
まさか、また悪いものが来た!? 今は黒い煙も出てなかったのにっ。
わたしはまだ白くかすむ目を、何度も瞬かせる。
だけど桜が指さしてるのは──、わたしと、樹ちゃんだ。
桜はほっぺたを真っ赤に染めて、瞳はきらきら。……これは、なんの大コーフン?
わたしは樹ちゃんを見上げ、樹ちゃんもわたしを見下ろす。
あ、この体勢!?
樹ちゃんはパッと両手をバンザイする。わたしも彼から飛び退く。
二人しておたがいに一歩下がり、とりあえず、えへへと笑った。
中庭は人気もなく静まり返ってるし、空も、冬の澄んだ青色のまま。
他の教室へ確認に行ってみても、そんな光には気がつかなかったって。照明や電気関係だって、問題ないそうだ。
美術室の全員で目撃してるし、なにかいたのも、気のせいではないと思うけど……。黒い煙みたいな嫌な感じはしなかったから、心配しなくていいのかなぁ。
結局、光の正体はわからないまま、講座は続行になった。
わたしはやっとこさ一枚を完成させ、アキたちはかわいいのを三枚も作ってた。後は天日干しして、しっかり乾いたら、はがして持って帰っていいって。
「ねぇー。りんねちゃんたち、ほんとにただの幼なじみなのぉ?」
「つき合ってるキョリ感だったよね。こっちがドキドキしちゃったよ」
さっきの件で、桜とアキは完全に疑いの眼だ。
「逆に、ただの幼なじみじゃなきゃ、あのキョリ感はないよ」っていう玲連の冷静なフォローと、まったくの平常心の樹ちゃんの態度に、みんな納得してくれたみたいだけど……。
彼を囲むみんなの楽しそうな空気に、わたしは安心する。
──そして、窓ぎわに立てかけた大きな板には、乾燥中の和紙が並んで貼り付けられて、壮観だ。
わたしたちはやりとげた顔で、あれがかわいい、これもいいねって品評会。
押し花でカラフルな作品の中、すみっこの一枚だけ、ただの真っ白だ。
飾りをなんにも入れてない、潔いくらいの白一色。
これはきっと、八上くんのだ。最後まで、飾り付けのテーブルに近づいて来なかったもん。
紙の繊維が透けるほど薄いところもあれば、ぼこっとふくらんで、波打ってるところもある。
どうしてか目を離せずに見つめてたら、樹ちゃんも横に立って、「これ、すごいよね」って。
「紙漉きの修行をしてる人はゼッタイに作らない作品だけど、だからこその、凄みみたいなのがあるなぁ」
「うん。この紙で書道したら、すごく荒々しい字になりそう……」
筆を走らせてみたい気持ちと、ちょっと怖いような気持ちが同時に湧き上がってくる。
もちろん、八上くんがわたしに「使っていいよ」なんて言ってくれるはずがないんだけど。
──そうして、樹ちゃんの人徳のおかげか、みんなが片づけまで手伝ってくれて、無事に体験会は終了した。
最後は、係が講師を職員室までお見送りするんだけど、八上くんは「一人で充分だろ」って、自分は行く気ゼロ。
わたしはみんなにうらやましそうに手を振られて、美術室を後にした。
「樹ちゃん、この後は匠お兄ちゃんの工房に行くの? 今日は泊まっていくんだよね?」
前に会った時は、どんな風にしゃべってたっけ。
敬語が飛び出しそうになるのを気をつけながら、樹ちゃんと廊下を歩く。
それで、窓ガラスに映った自分と彼の身長差に、改めて驚いた。わたし、煮干しの量が足りないみたい。でも、冷たい牛乳はお腹壊しがちだしなぁ。
「そのつもりだったんだけど、急用ができて、帰る事にしたんだ」
「えっ? じゃあ、もうこのまま新幹線?」
「りんねちゃんと、もっと遊んで行きたかったんだけどなぁ~」
ほんとに残念そうに眉を下げられて、わたしも肩がしょぼんと下がる。
せっかく三重から来てくれたのに、このままサヨナラだなんて思ってもみなかった。変に緊張してる場合じゃなかったんだ。
「──ねぇ、りんねちゃん。さっき、この廊下に現れたオオカミの事なんだけど」
樹ちゃんは前を向いたまま、静かな声。
わたしはドキリとして、となりに首を向けた。
「う、うん。あれって、悪いものだよね?」
「悪いもの……。そっか。りんねちゃんはそう呼んでるんだね。たしかにあのオオカミは、それだった」
じゃあやっぱり、ただの動物じゃなくて、矢神さんちの一族が戦い続けてる、「敵」だったんだ。
「あのオオカミのこと、ぼくから八上くんに説明しておかなくて大丈夫? あんなのに出くわして、驚いてたんじゃないかな。講座中、ぼくはなにも聞かれなかったんだけど」
「……なんかね、慣れてる風だったの。わたしも一緒に、流しのカゲに隠してくれたんだよ」
「慣れてる?」
樹ちゃんの足が、ピタッと止まった。
「前にも見かけた事があったみたい。……あのね。八上くんは黒い煙も見えてそうなの。そういうのに、敏感な人なのかな」
樹ちゃんはまた歩き出しつつも、「うーん」とうなった。
「苗字がうちと同じ、『ヤガミ』なのも気になるんだよね。『八』に『上』って書くんだっけ? だけど一族に、そういう苗字の分家があるとかは聞いたことないなぁ……。一族のコなら、文房四宝を作る修行をしてるだろうから、ああいう紙は作らないだろうし。珍しい苗字でもないから、カンぐりすぎかな」
八上くんが文房師なら、黒い煙が見えるのも悪いものに慣れてるのも、なるほど、だけど。樹ちゃんが知らないなら、ちがうんだよね。
「それともこの学校って、慣れちゃうほどマガツ鬼が出てくるの? ぼくがここに着いた時も、邪気がたまっててビックリしたんだよ」
「ううん、そんな事ない。近ごろ、ちょっとクラスが荒れてたから……。でもさっき、樹ちゃんがきれいに消してくれたもんね」
そういえばお礼も言ってなかった。今さらだけど、ありがとうって頭を下げたら、彼はきょとんとして目を瞬いた。
「りんねちゃん、柏手はできるよね? 自分で散らせるのに、どうしてあんなにたまるまで、自分で祓わなかったの?」
「それは──、」
いきなりみんなの前でパンッなんてしたら、〝フシギちゃん〟って思われるでしょ? それが怖くて。
……なんて、言えない。
樹ちゃんはしっかり「文房師」として柏手を打ってくれたのに、失礼すぎる。わたしが臆病なことだって、知られたくないよ。
樹ちゃんはおっとりした笑顔で、わたしの言葉を待ってくれてる。彼にウソをついたら、黒い煙ですぐバレちゃう。でも理由を聞かれてるのに、ただうなずいてごまかすこともできない。
「え……、と、」
大好きなお兄ちゃんを前に、当たり障りない言葉を探す自分も嫌いだ。耳の横がきゅっと引きつれる。
「邪気はなるべくためないほうがいいよ。柏手のやり方が不安だったら、一緒に復習してお、」
「わーっ、あんた、匠の弟でしょっ?」
廊下の先から、唐突に声がかかった。
「めっちゃ似てんじゃん。匠んち、みんなそろってデザイン良すぎ。りんねもひさしぶり」
職員室の手前で、背の高いオトナの男の人が、手を振ってる。
スーツを着てるのに、シャツのすそも出てるしネクタイもゆるゆるだし、髪にはハデなメッシュが入ってる。社会人になっても、まんまの──、
「万宙くん! よかった、まだ帰ってなかったんだ」
わたしは樹ちゃんのとなりから、全力走で彼に駆け寄る。
目の前に立つと、万宙くんはひょいっとおじぎして、自分の頭をわたしに寄せてきた。まるでワンちゃんがジャレつくみたいに。
わたしはうふっと笑い、彼のハデな色のつむじをヨシヨシなでた。ブリーチされた髪は、ほんとにワンちゃんみたいな手触りだ。
これ、わたしたちのあいさつみたいになっちゃってるの。
書道歴はわたしのほうがちょっぴりセンパイだから、いい字が書けるたびに、「りんね、ほめて~」って、頭を寄せてきて。むかしの部活の時みたいで、懐かしいなぁ。
「りんねも中学生か~。中等部の制服着てんの、めっちゃ違和感あんな」
ふにゃっと笑った彼は、今度はわたしの頭をワシワシなでてくれる。
「佐和田はあいかわらず自由だなぁ」
万宙くんと立ち話してた先生は、話を中断されちゃって苦笑いだ。それに気づいて、わたしは「すみません!」とあわてて下がる。
もしかして万宙くん、わたしが困った顔をしてたから、急いで割って入ってくれた?
「佐和田万宙さんですよね。兄から、ウワサはうかがってます」
樹ちゃんは急に大人っぽいしゃべり方になって、万宙くんにぺこりと頭を下げた。
「それ、絶対いいウワサじゃないっしょ。匠にバーカバーカって言っといて」
「ぼくがムッとされますよ」
あははっと笑う樹ちゃんに、万宙くんも先生も一緒に笑う。
柏手や悪いものの話は、それきり。万宙くんに助けてもらっちゃった。
職員室のまえでちょっとおしゃべりしてから、「またね」って、樹ちゃんと万宙くんとサヨナラした。
一人で教室にもどりながら、心の中で、今日の自分への大反省会を始めちゃった。
せっかく三重から来てくれたのに、樹ちゃんともっといろいろ話したかった。もっと前みたいにキャッキャしたかったのに、どうして変にぎこちなくなっちゃったんだろう。悲しくなってきたよ。
向こうは、小さい頃と変わりなく笑いかけてくれたのに。
帰り道、桜たちから樹ちゃんについての質問攻撃にあいながら、わたしも彼の事ばっかり考えちゃう。
体験で作った紙で、双子にお手紙を書こう。それで次の夏休みこそ──ううん、できたら、すぐそこの冬休みでも春休みでも、遊びに行きたいな。
そう決めたら、少し気持ちが軽くなってきた。
それから……、八上くんとも、黒い煙や悪いものの事とかについて、いつか話せたらいいな……。
こんなに近くに、自分と同じかもしれない人がいたなんて、全然気づかなかった。
すっごくうれしいのに、
──ウソつき。
彼の冷たい視線が頭によみがえって、体の芯がギュッと硬くなる。
たぶん、無理だよね。八上くんはわたしと仲良くなりたいなんて、カケラも思ってくれてない。それどころか、完全に嫌われちゃってるんだもん。
クラスで一番ムカつくっていうのも、〝天使〟なんて呼ばれてるくせに、わたしが煙を出さないようにギリギリでごまかしたりしてるのを、彼はとっくに気づいてたからだ。
あの人には、わたしが全然〝天使〟なんかじゃないって、見透かされてしまってる……。
第3回へつづく(12月15日公開予定)
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書籍情報
- 【定価】
- 1,430円(本体1,300円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 四六判
- 【ISBN】
- 9784041147412