角川つばさ文庫の伝説級☆人気シリーズ『いみちぇん!』続編! 「わたしは、モモお姉ちゃんの意志を継ぐ!!」千方センパイの妹、藤原りんねが中学生になって、ミコトバヅカイに!? 先祖代々のお役目のナゾにも迫っていく、『いみちぇん!』ファンならゼッタイ読みたい最新シリーズだよ☆(公開期限:2026年1月12日(月・祝)23:59まで)
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『いみちぇん!!廻 一.藤原りんね、主になります!』
(作 あさばみゆき 絵 市井あさ)
部室の窓を閉めようとした体勢のまま、わたしはその場に凍りついた。
下の通りに、あれがいる。
「りんね、そっち終わった? 帰るよー」
「う、うん」
ドアの向こうから顔を出したみんなに、あわててうなずく。
もう一度、通学路を覗き込んでみたけど、やっぱり。
薄黒い闇をまとった生き物が、道ばたにうずくまってる。
──悪いもの、だ。
外でだれか、ケンカでもしてたのかな。あれは人間の悪い言葉に引き寄せられて、集まってくるから。
ごくっと喉を鳴らして見つめてたら、また「りんねー?」って呼ばれちゃった。
わたしは窓のカギを下ろし、シャッとカーテンを閉めた。
「ねぇ、今日はクレープ屋さんに寄って帰ろ」
「おー、いいね。りんねから寄り道しようなんて、めずらしいじゃん」
「冬の限定クレープ、まだ食べてなかったもん」
待っててくれた三人と廊下を歩きながら、わたしはおでこの冷や汗を、こっそりとぬぐった。
ああいうのに鉢合わせるワケにはいかないんだ。
わたしは今、悪いものと戦うことはできないんだから。
1 文化体験会とハチミツくん
小学生の頃は、〝フシギちゃん〟っていうあだ名だった。
今、中学生になったわたし、藤原りんねは、〝天使〟って呼ばれてる。
くせっ毛の長い髪が、収まりつかずにふくらんじゃうのとか、背が平均にかすりもしなくて、ちっちゃいのとか、反応がニブくて、みんなから一拍遅れちゃうところとか。
そういうのが、〝天使〟っぽいんだって。
でもきっと、その〝天使〟っていう言葉には、〝フシギちゃん〟と同じに、みんなからちょっと浮いてて、なんかちょっとちがう──っていう意味があるんだと思う。
そしてわたしは、本当にちがう。
だから〝天使〟って言われるたびに、ヒヤッとする。なんにも知らないはずの子たちにまで、それが透けて見えてるんじゃないかって。
「りんね、また花丸もらえてたねー。さすが、次の書道部部長!」
「わ、わたしには部長なんて無理だよ。初等部の時と同じで、またアキが部長に決まってる」
肩をたたかれて、わたしは身をすくめた。
五時間目の習字が終わったところで、教室はにぎやかだ。
みんなは筆をそのまま持って帰るけど、わたしたち書道部のメンバーは、廊下の水道へすぐ洗いに行く。墨がついたまま固まると、穂先が割れちゃったりするから。
書道部四人組で、流しに横並びになって、筆の墨を洗い落とす。
アキを中心に集まったわたしたちは、ひふみ学園の初等部から、いつも一緒のメンバーだ。
「でも、ぶっちぎりで上手なのは、りんねじゃんさ」
明るく笑うのは、面倒見がよくってアクティブなアキ。
「アキちゃんが部長になったら、いーっぱい予算をぶんどって来てくれそぉだけどねー」
ほんわかおっとり乙女な桜。
「気が早くない? わたしたち、まだ一年なんだけど」
そしてクールで淡々としてる玲連。
中等部一年生になった今年は、なんと全員同じクラスになれて、「おはよう」から「さようなら」まで、ほんとにず~っと一緒なんだ。
三人のにぎやかなやりとりを聞きながら、わたしは手もとのほうに夢中だ。毛が傷まないよう、ごしごしせずに、根もとから、優しく、丁寧にもみ洗い。
大事な筆のメンテナンスに集中してたら、アキが大きなタメ息をついた。
「あっ、そういえばこのあと掃除じゃん。やだなー」
「掃除の時、なにかあるの?」
首をかしげるわたしに、アキは深々とうなずく。
「ヤガミの話だよ。うち、あいつのこと苦手ぇ」
「えっ」
──ヤガミ。
アキの口から出てきた名前に、手がすべって、大事な筆を吹っ飛ばしちゃった!
流しに転がっていく宝物を、玲連が笑って拾ってくれる。
「りんね、落ち着きなって。アキが言ってるのは、うちのクラスメイトのほうだよ」
「そうそう。りんねちゃんの〝初恋のお兄ちゃん〟の矢神さんじゃないってばぁ」
桜もうふっと笑い、玲連からパスされた筆を、わたしまでリレーしてくれる。
「そ、そっか。ハチミツくんのほうの話かぁ」
手もとにもどってきた筆にホッとしつつ、わたしはギクシャクうなずいた。
みんなとわたしが思い浮かべたのは、別の人だったみたい。
アキの話は、クラスメイトの「八上ミツくん」。彼は苗字の「八」と下の名前をつなげると、「ハチミツ」になる。だからみんな、ひそかに「ハチミツ」って呼んでるんだ。
わたしが頭に浮かべたのは、幼なじみのお兄ちゃんの「矢神さん」。
でも、その「矢神さん」に〝初恋〟っていうのも、誤解なんだけどなぁ。
アキは周りをうかがいながら、ナイショ話をするように、口の横に手をそえた。
「今週、ハチミツと掃除の班が一緒なんだよね。あいつって話しかけても無視だし、しまいに、にらんでくるでしょ? こっちが気をつかって、話しかけてやってんのにさーぁ」
「顔はかわいいのにもったいないよなー。桜なんて、顔にだまされて告白して、秒でフラれたし。『オレ、人間が嫌い』だっけ? ね、桜」
玲連にヒジで小突かれた桜は、みるみる顔を赤く染める。
「りんねちゃぁん、二人が黒歴史を蒸し返してくる~! 桜は、その件はスッパリ忘れたのっ。あの人、全然ハチミツじゃなかったんだもんっ。もう、キライだから!」
桜がわたしの腕に抱きついて、玲連たちにほっぺたをふくらませてみせる。
わたしは笑いながら、こっそり微妙な角度で顔を背けた。
彼女たちの口から噴き出す、〝黒い煙〟にムセないように。
「どうかした?」
不審がられちゃった? わたしは息を止めたまま、唇だけで笑って、首を左右にふってみせる。
桜はちょっとふしぎそうな顔をしたけど、また玲連とアキとやり合い始めた。
わたしは筆の水気をふきながら教室へもどり、窓ぎわの、ウワサの「彼」の席に目をやった。
いつも休み時間になるなりどこかへ行っちゃうから、今も席は空っぽだ。
わたしが彼について知ってるのは、よく動物の写真集を開いてるから、動物が好きなのかなぁっていうことくらい。
いつも、いるのかいないのか分からないほど気配を消して、ただ外を眺めてる、ふしぎな人だ。
その彼の席の向こうを、カラスが一羽、屋上のほうへ飛んでいく。
桜たちもワイワイと教室にもどって来た。まだ、三人の顔の周りに、黒い煙がわだかまってる。
わたしは片づけに一生懸命なフリをしながら、彼女たちから目をそらす。
……あの煙は、みんなには見えてないんだって。
だれかが悪口を言うたび、ウソをつくたびに口から煙が噴き出してくるのを、わたしは生まれた時から、ずっと当たり前に見てきた。
ウワサ話で教室が盛り上がってる時なんて、煙が充満して、人の顔もわからないくらいになっちゃう。みんなはよく平気だなと思ってたら、ふつうはこんなの見えなくて、苦しくもならないらしいんだ。
……なのに、昔のわたしは、そういうのがピンと来ないまま、平気でそういう話をしちゃってた。
アキたちに〝フシギちゃん〟のアダ名をつけられたのは、それがきっかけだ。
三人にからかわれて、わたしはみんなとちがうんだと、やっと初めて実感して。すごく……ショックだった。
──でも、今はあの頃より、ずっとうまくやれてるもんっ。
アキがだれにでもフランクで、ぐいぐい輪を広げてくれるおかげで、一人じゃ話しかけられないようなツヨツヨな女子たちも、外部から入ってきたコたちも、彼女のついでに仲良くしてくれる。
だから、実はわたしが人見知りなことすら、気づいてないコが多いかもしれない。
わたしの趣味が書道と漢字でも、それを理由に〝変わってるコ〟とは思われてない……と思うし。
特に内部進学の人は、みんなのあこがれてたセンパイが書道部部長で、漢字にくわしいことで有名だったから、書道や漢字好きに、〝陰キャ〟なイメージはないんだ。
友達やセンパイのおかげで、今のわたしは、すごく平和な毎日を過ごせてる。
わたしがもたもた机の書道バッグを片づけてると、とっくに自由になった三人が集まってきた。
話題も「この後の学活、なにやるんだっけ」って、当たり障りのない内容になってる。
わたしはホッとして、アキたちの話題に加わった。
「学活は、文化体験会のお手伝い係を決めるって言ってたよ? もう来週なのに、立候補がいないから、クジ引きするんだって」
「あー。だって、係は講師に来てくれた人のサポートで、つきっきりになっちゃうんでしょ? せっかくなら、自分も体験したいもんなぁ」
「そうだよね。今年の体験は、どんなのかな。去年は、ピアニストとかバスケ選手とか、アニメを作ってる人も来てた?」
首をひねると、玲連が真顔になった。
「そういうエンタメ系もありなんだ? どうせなら、動画実況者がいいな」
ふだんクールな彼女が目を輝かせるのは、自分の趣味が話題の時だ。
桜とアキは顔を見合わせる。
「でもォ、玲連が好きなのって、オカルト動画でしょ? 都市伝説とか幽霊の検証とかぁ」
「さすがに、そっち系の実況者は来ないっしょ」
「わかんないじゃん。もし来てくれたら、三人も強制的にその講座に参加だから」
ええ~っとみんなで悲鳴を上げる。
彼女はフフフと妖しく笑ってみせながら、推し実況者がプロデュースした、パワーストーンつきお守りブレスレットを、愛しげになでる。
わたしもつられて、口角が持ち上がった。
いつものなんて事ない、平和なやりとり。
三人の笑顔を眺めてると、なんだかすごく安心する。
「どしたの、りんね。ふにゃふにゃ笑って」
「毎日楽しいなって。その……、みんなに、ありがとうって思ってたの」
考えてた事をそのまま口にすると、三人は目を瞬かせた。
それから一斉に、わたしの頭をぐしゃぐしゃっとなでてくる!
「うわあっ!?」
「りんねちゃん、なに言ってんのぉ。今さら改めてぇ」
「りんねはホンットに〝天使〟だな」
つむじにアキのアゴがのっかってきて、ぐりぐりぐりぐり。
「あぁ~、癒やされる」
「こら、アキ。りんねが潰れて、よけいにちっちゃくなっちゃうだろ」
「な、ならないよ。煮干しいっぱい食べてるもん。玲連にだって追いつくからねっ」
口をとがらせてみせながら、わたしはまた笑っちゃう。
みんなも笑ってる。
このままずっと、こんな中学生活が続いてくれたらいいなぁ。
彼女たちが当たり前にそばにいてくれるから、わたしは、毎日安心して学校に通えてる。
……でもね。ごめんね。
わたしホントは、〝フシギちゃん〟の根っこは、なんにも変わってない。
あいかわらず、ふつうじゃないものが見えたり、わかったりしてしまう。だけど、わざわざみんなを怖がらせたり、不気味に思われるような話は、絶対にしないって決めてるんだ。
〝フシギちゃん〟より、〝天使〟のほうがずっといいもん。
けど、今がすごく平和だからこそ、次の一歩先で、ストンッと谷底に落っこちるかも……なんて、そんな気がしてる。
気をつけて、しっかりふつうでいないと。
すごくうまくいっていて、楽しい日々のはずなのに、──なんだか毎日、綱渡りしてるみたいだ。