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『いみちぇん!』続編!『いみちぇん!!廻』ためし読み連載 第2回

角川つばさ文庫の伝説級☆人気シリーズ『いみちぇん!』続編! 「わたしは、モモお姉ちゃんの意志を継ぐ!!」千方センパイの妹、藤原りんねが中学生になって、ミコトバヅカイに!? 先祖代々のお役目のナゾにも迫っていく、『いみちぇん!』ファンならゼッタイ読みたい最新シリーズだよ☆(公開期限:2026年1月12日(月・祝)23:59まで)
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※これまでのお話はコチラから

 2 幼なじみの「彼」

 昨日の「未来さん」って、そもそもジョークアプリだったんだって。

 何十回かに一回、背景にAIが作った人の顔が写り込むようになってるらしい。レビューの最後のほうまで読んで、やっと分かったって、玲連が教えてくれた。

 じゃあ、「さよならボタン」がうまく動かなかったのも、ほんとにスマホの調子が悪かっただけで、とり憑かれたなんて心配はいらなかったんだ。

 なぁーんだって笑いながら、教室移動から帰ってきたら、

「八上が、〝天使〟にそんな事言ったの?」

「アキから聞いた。『一番ムカつく』とか、『だれも本気で〝天使〟なんて思ってない』とか」

「ひっど、なにそれ。りんね、かわいいじゃんねー」

 教室の中の声が聞こえてきて、わたしは思わず戸口で立ち止まった。

 クラスの女子が、わたしと八上くんの話をしてる。

 思わずアキを見やると、ぺろっと舌を出した。

「だって、りんねが許しちゃうからさぁ。悪口言われたら、ちゃんと怒らなきゃ」

「そうだ。傷ついたって言っとかないと、係の時に、ますますヒドいあつかい受けるぞ」

「玲連の言うとおりだよぉ。今さらだけど、やっぱり、係も桜が自分でやろうかな」

「大丈夫だよ。わたし、ほんとに全然気にしてない」

 三人は「えーっ?」と不満げな声を上げる。

 でもどうしよう……、話が大きくなっちゃってる。

 教室はやっぱり、黒い煙が濃く漂ってる。わたしは平気なフリをして、中に踏み込む。ここでわたしがいつもとちがってたら、八上くんの件でヘコんでるって誤解されちゃう。

 窓ぎわの後ろの席に、本人の姿をさがすと──、珍しく、周りに他の男子が集まってた。

「八上、おまえ〝天使〟にケンカ吹っかけたの? 女子が殺気立ってんだけど」

「マジで? なんで藤原に?」

「──あいつが嫌いだから」

 人垣の向こうから、八上くんのめんどくさそうな声が聞こえてきた。

「ええ……」

 男子たちがこっちを振り向いた。彼らとバチッと目が合っちゃって、わたしはあわてて目を伏せる。

「ちょ、八上。藤原、今の聞いてたよ」

「さすがにかわいそうだろ。謝って来たほうがいいよ」

「おまえらが話をふってきたんだろ」

 八上くんは席を立ち上がる。そしてわたしをギロッとにらみ、後ろの戸口から出て行っちゃった。

 もうすぐ授業が始まるのに、どこに行っちゃうんだろう。

 わたしはオタオタと、みんなと戸口を見比べる。

「なにあいつー!」

 アキがばんっと机を叩いたのを皮切りに、女子は火に油状態だ。

 みんなで八上くんの悪口を言い始めた。ハチミツくんの隠れファンもいたみたいなのに、一気に引っくり返っちゃった。黒い煙がみるみる教室に充満していく。

 このまま彼が教室にもどって来づらくなっちゃったら、変に関わったわたしのせいだよっ。

 彼を追いかけようと、戸口に向かおうとしたところで、アキに肩をつかまれた。

「りんね、ほっときな。もう授業始まるよ」

「でもっ、……う、うん」

 今、わたしが八上くんをかばっても、「りんねがかわいそう!」ってさらに煽っちゃうのかもしれない。それに、本人にもウザいって言われて、終わりな気がする。

 わたしは結局、自分の席に腰を下ろした。

 次の授業のしたくをしながら、漂ってきた煙に、教科書の陰でケホッとセキをする。

 ……ホントは、この煙を散らす方法は、矢神家の人たちから教わってるんだ。両腕を開いて、手のひらを大きく打ち合わせればいい。神社でパンパンッて柏手を打つみたいに。

 教室はまだ、八上くんの話で持ちきりだ。

 柏手を打ったら、みんなの悪口も止まるかな。

 実行したところを考えてみただけで、教科書を持つ手に、じわっと汗がにじんできちゃった。

 いきなり立ち上がって、パンッなんて大きな音を出したら、

 ふつうじゃない、よね。

 そんなの、みんなからしたら意味わかんない、〝フシギちゃん〟の行動そのものだよ。そう思われるのが、怖い……っ。

「あれー? 八上はどこ行った? さっきはいたよな?」

 教壇に立った先生が、クラスメイトたちを見回す。

 わたしはぎゅうっと拳を握り込み、罪悪感に圧し潰されそうになりながら、顔をうつむけた。



 とうとう、文化体験会の当日になっちゃった。

 一週間近く経っても、八上くんとクラスの女子は冷戦状態のままだ。

 彼は一言も弁解せず、たんたんと、なんにも変わらない調子で過ごしてた。

 あまりにも変わらなすぎて、女子も張り合いがなくなったのか、悪口の量は減ったみたい。

 わたしは情けない事に、ただ様子をうかがってただけ。

 彼に黒い煙が見えるのかも聞いてみたいのに、そんなチャンスも、勇気もなかった。

「紙漉き体験担当~っ。講師の方が、準備で早めに来てくれてさ。美術室で手伝ってあげて。これ、後で配るプリントな」

 お昼休みが残り五分っていう時。

 わたしと八上くんは先生に呼び出され、そのまま美術室へ向かうことになった。

 この前の事、八上くんに謝ったほうがいいかな。だけどかえって面倒くさいヤツって思われるかな。嫌われてると思うと、ますます言葉が出てこない。

 二人してシンとしたまま、並んで廊下を歩く。

 わたしは沈黙に耐えられなくなっちゃって、歩きながらプリントを眺めた。

 体験会の教室番号と、講師の名前がずらりと書いてある。

 上のほうから順番に見ていったら、「デザイナー」のところに、「佐和田万宙さん」って文字を見つけて、「あっ!」と、足を止めた。

 これって、あの万宙くんだよねっ?

 わたしが初等部の頃から仲良くしてもらってる、元書道部のセンパイだ……!

 そうだ、万宙くん、文房具の会社でデザイナーをやってるって言ってたもんっ。

 高校が遠いところで全然会えなかった間も、彼はたまにメールをくれた。

 就職でこっちにもどってきてからは、お仕事で作ったふせんとか手帳とかを送ってくれて。そのたびに「元気?」って、書道部じこみのきれいな字で、手紙までつけてくれるの。

 万宙くんが来るんだぁ……!

 それにやっぱり、「紙漉き体験」のところには、「矢神四宝工房」って書いてある。

 四宝って、正式には「文房四宝」って言って、書道で使う、筆・墨・紙・硯の事。「文房」のほうは書斎の事で、そこで使う四つの宝物だから、「文房四宝」って呼ばれるんだ。

 これは、みんなの期待どおり、講師は「中等部の王子さま」で確定だ。

 今回の体験会、すごいっ……!

 わたしは重たい気持ちもどこへやら、プリントに目が釘付けだ。

「──ヤバい」

 八上くんがぼそっとつぶやいた。

「え?」

 彼はいきなりわたしの手首をつかんできた。ギョッとして問い返す間もなく、強引に廊下の流しのカゲに引っぱりこまれる。

「な、なにがヤバいんですか?」

「シッ。しゃがめ」

 八上くんは、とまどうわたしを背中で奥に押し込み、自分も息をひそめる。


ガルル……ッ、ガルルル……。


 学校の廊下で聞こえるはずのない、ケモノのうなり声。しかも、すえた甘い臭いが鼻を突く。

 心臓が胸の中で、大きく飛びはねた。

 ひた、ひたっと、奥から足音が近づいてくる。


 悪いもの、だ。


 ──黒い煙が増えすぎると、それを食べに、悪いものが来る。

 近ごろ悪口がひどかったせいで、煙がずっと教室に立ち込めてたから、とうとう来ちゃったんだ。

 小さい時、友達のカラスさんに、ああいう動物がなんなのか教えてもらった。

 あれはただのケモノみたいに、キバやツメで襲ってくるだけじゃないんだよ。

 動物の姿でも、カラスさんと同じように、精霊とか神様に近い存在で。だから、考えられないようなチカラを使って、ありえないふしぎを起こすの。

 しかも黒い煙が見えない人たちの目にも、ちゃんと映る。そのせいで、時々、「こんな所にいるはずのない、野生のケモノに襲われた」って騒ぎになってるんだ。

「ど、どうしよう……っ」

 わたしは思わず、八上くんの横顔を見つめる。

 だけど彼は、すごく冷静に向こうの様子をうかがってた。

 あ、あれっ。ふつうだったらパニックを起こしてもおかしくない状況なのに、なんでこんなに落ち着いてるの?

 ──この人も、慣れてる?

 心臓の鼓動がますます速くなった。

 まさか、八上くんもふつうじゃない? 今同じこの学校に、同じクラスに、わたしと同じような人がいるかもしれない……!?

 ケモノの息遣いが近づいてくる。わたしは向こうに注意をもどした。

 逃げるタイミングがないよ。見つかっちゃったら、襲いかかってくるよね……っ。

「八上くん、走って逃げよう」

「今動いたら、逆に注意をひくだけだろ。つか、たぶん大丈夫だ」

 声を押し殺して、ささやき合う。

 なんで大丈夫って言えるの? 聞き返す間もなく、足音は確実にこっちへ近づいてくる。

 わたしは一度だけ、悪いものと戦った事がある。けどそれは五年も前だ。しかもあの時は、いろんなものと意識が混ざって朦朧としてたうえに、無我夢中だったんだ。

 また同じ事ができる自信がないし、そもそも、今は戦いようがないの。悪いものと戦うには、特別な武器が必要だから……っ。

 戦い方を教えてくれた、カラスさんの顔を思い浮かべる。

 ほんとは戦えるはずのわたしが、八上くんを守らなきゃいけないよね? カラスさん、ちーちゃん、どうしよう!

 そこまで考えて、ハッとした。

 そうだ。今、「矢神センパイ」が、学校に来てる!

「わたし、助けを呼んできます」

「ハ? あんなの、先生だってどうにもできないぞ」

「先生じゃなくてっ」

「とにかく座ってろ」

 八上くんは、立ち上がりかけたわたしをグイッと引き下げる。

 隠そうと抱きこんでくれた彼の喉に、おでこが当たった。流しの裏の狭いスペースで、触れた肌から、ドッドッドッと脈が直接伝わってくる。

 わたしはウワッとまぶたを閉じた。だ、だって、家族や矢神さんち以外の男子と、こんなに近づいた事なんてないっ。

 でも、……あれ? すごく懐かしいような匂いがする。なんだろ、これ。

 目を真ん丸にして見上げたわたしに、八上くんは眉をひそめた。

 彼が「なんだよ」って言いかけた、その時だ。

ガルルルル……ッ。

 ケモノのうなり声が、すぐそこ、流しの向こうに聞こえた。わたしたちはバッと首をもどす。

 足音が、たぶん、あと二歩、一歩──、気づかれちゃう!

ガッ!

 なにか硬い音が響くと同時に、ケモノが甲高い悲鳴を上げた。

 そして、大きな柏手の音と共に、黒く濁ってた空気が、一気にきれいに、清らかになった。

 だれかが、悪いものを追い払ってくれた……!?

 わたしは八上くんの腕をほどき、廊下へ飛び出す。

 廊下の先で、スラリとしたお兄さんが、窓の下を覗き込んでる。悪いものが逃げるのを見送ってるんだ。

 ──その顔がこっちを向いて。わたしは、どきっとした。

 窓から吹き込んできた風に、髪がさらさら流れて揺れる。

 ガラスみたいな黒い瞳が、日差しを映して、青っぽく光る。

 涼しげな目元。きりりとした眉。

 ちょっと怖いくらいきれいな顔立ち。静かで、大人びた表情。

 大きめのカーディガンにラフなジーンズで、足もとは学校のスリッパだ。

 知らない人だ。高校生くらいのお兄さん?

 だ、だれ?

「矢神センパイ」だと思いこんでたわたしは、駆け寄ろうとした体勢のまま、その場で固まる。

「わぁ、りんねちゃんだっ」

 お兄さんの眉が下がり、急に目元が柔らかくなった。

「中等部の制服だと、急にお姉さんに見えちゃうね」

 その優しい笑顔に、わたしはアッと声を上げた。


「樹ちゃん!?」


「えー? 寂しいなぁ。顔も忘れちゃった? 秋に会ったばっかりなのに」

 アキたちが、わたしの初恋の人だとカンちがいしてる、「矢神樹」ちゃん、その人!

 わたしはあわてて両手をふる。

「ち、ちがうんだよ。また背が伸びた? それになんか雰囲気がちがったから、だれだか分かんなかったの」

 矢神さんちの双子は、わたしの二歳上。歳が近いのもあって、一番仲良くしてもらってる。

 夏休みは毎年、三重の矢神さんちに遊びに行っていたんだけど、近ごろは、弟のちぃくんが行きたがらなくって、すっかりごぶさたしてた。

 でも今年の秋、東京でひさしぶりに会える機会があったんだ。

「樹ちゃん、元気だったっ?」

「うん!」

 わたしはいつもそうしてたみたいに、今度こそ彼に飛びつこうと足を踏み出しかけて──。

 でも、またそこで止まっちゃった。

 中学三年生のお兄さんに抱きついたら、変じゃない?

 小学生の時の樹ちゃんは、依ちゃんと入れ替わっても違和感ないくらい、かわいかったのに。声まで低くなってるんだもの。

 わたしももう小学生じゃないし、しかもなぜか、さっき八上くんと隠れた時、喉に触れた肌の感触が、おでこによみがえってしまう。

 樹ちゃんは目を瞬かせ、広げた腕を元にもどしていく。

 そしてぎこちなく距離を測り合いながら、顔を見合わせた。

「知り合い?」

 八上くんが後ろから出てきた。

 彼はけげんな顔で、樹ちゃんと、彼の右手の……文鎮を見比べてる。鉄の重たい文鎮だ。これで悪いものを追い払ってくれたんだと思う。でも、八上くんからしたら、意味わかんないよね?

 ──矢神家の人は、悪いものと戦える。

 文房四宝の職人さんっていうのは表の顔で、ほんとは、ああいうのと戦うのが「お役目」の家なんだ。

 くわしい事は、わたしにはあんまり話してくれないけど、彼の一族が暮らす三重の里では、悪いものと戦う「武器」として、千五百年以上も文房四宝作りを続けてる。

 そんな彼らの事を、「文房師」って呼ぶらしい。

 樹ちゃんも、そのお役目を担う一人なんだって。

 彼はさりげなく文鎮を腰のポーチにしまい、八上くんにニッコリと笑い直してみせた。

「紙漉き体験講師の、矢神樹です。よろしくね」

 なんと、今日の講師は、「矢神センパイ」じゃなくって、樹ちゃんだったんだ!



 こちらが、お世話になってるお兄ちゃんの矢神さんで、こちらがクラスメイトの八上くんです──と、ビミョーな紹介をしたあと。

 三人で、美術室に届いてた段ボール箱を開け、紙漉き体験の準備に取りかかってる。

 本格的に和紙作りをするなら、原料になる木の皮をゆでたり砕いたりして、のりみたいな液を用意することから──って、大掛かりなんだ。

 でも矢神家は学校の体験授業用に、水に溶かすだけでいい、「紙の素キット」を開発したんだって。

 わたしはビニール袋を抱えて、よいしょと床に置いた。袋の中は、パンパンに紙の繊維が詰められてる。

 彼はちっちゃいコ用のビニールプールを、ポンプでふくらませてる。ここに紙の素を溶かすんだ。

「ほんとは依も来たがってたんだけど、ちょっと、里から出られなくて。りんねちゃんに、今度ゼッタイお手紙ちょうだいって伝えてって、念を押されまくっちゃった」

「あっ、ありがとう……ございマス」

「りんねちゃぁん。敬語なんてヤダよぉ」

「ちがうよっ。樹ちゃんが、講師として来てるからだよっ」

 しゅんとされちゃって、あわてて言葉を添えたけど。ホントのところは、面食らっちゃったんだ。

 樹ちゃんはずっとかわいいタイプで、むしろカッコいいなら、双子のお姉さん、依ちゃんのほうだったのに。

 彼はダボダボの服の中で、今も華奢な体が泳いでる。なのに腕も脚も長くなって、時計を巻いた手首も長い指も骨張って、首のラインも、青年のそれだ。でも、顔立ちはきれいなまま。

 いったん知らない人だって思ったせいか、なんだか樹ちゃんが、これまでとちがく見える。

 樹ちゃんっていうより、樹さんってかんじ?

 アキたちに「初恋のお兄ちゃん」なんてからかわれたのが、本気で恥ずかしくなってきちゃった……っ。

 わたしはなんとなく目を合わせられなくて、「紙の素」をほぐす作業に集中する。

「りんねちゃんも、匠兄が来ると思ってたでしょ。ビックリさせてごめんね」

 匠お兄ちゃん──、つまり「矢神センパイ」は、東京に引っ越したばっかりだし、結納式の準備やらで忙しい。だから、樹ちゃんが「講師なら代わるよ」って申し出て、朝一番でこっちに来たんだって!

「驚いたけど、樹ちゃんに会えて、すっごくうれしい。でも自分の中学は? 平日だけど……」

「あはは」

「あ、あはは」

 あ、あれぇ? 樹ちゃんは、兄弟の中でもマジメなほうじゃなかったっけ。

「この人、まだ中学生なのに、講師なんだ」

 横で箱開け作業に勤しんでた八上くんが、ボソッと聞いてきた。わたしは大きくうなずく。

「うん。矢神さんちって、みんな書道用品の職人さんなんです。小さい頃からずっと修行してて。ねっ、樹ちゃん」

 紙漉き体験にも、思いがけない樹ちゃんの登場にも、わたしはちょっとテンションがおかしくなってるのかもしれない。八上くんに満面の笑みを向けちゃって、眉をひそめられた。

「そうそう。それにこのキットを開発したのは、ぼくと双子の姉なんだ。自分で作ったものだから、ちゃんと教えられるよ。安心してね」

 にこにこ答える樹ちゃんに、八上くんはきょとんとして、箱の中の商品に目を落とす。ついでにわたしまで驚いちゃった。

「これ、樹ちゃんたちが開発したのっ?」

「そうだよ」

 商品開発って、大人が会社でやるような仕事だよね? わたしが毎日ポーチに入れてる筆も、昔、双子が作ってくれたものなんだけど。改めて、世界がちがう。

 すごい……と息をもらすと、樹ちゃんはうれしそうに笑った。

「りんねちゃんにホメてもらいたくて、がんばっちゃった。ホントはね、講師を代わってもらったのも、ぼくがりんねちゃんに会いたくてしかたなかったからなんだよ」

 彼は思った事をそのまま口にしてます──っていう、まっすぐな瞳だ。

 記憶にある樹ちゃんより、さらに優しく、甘くなったほほ笑みに、わたしは目がチカチカしてしまった。

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