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ものがたり

注目シリーズまるごとイッキ読み!『絶体絶命ゲーム② 死のタワーからの大脱出』第2回 タワーの上から見えたもの

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8 人が〝消える〟フロア

……………………………………


 春馬は6階の部屋の前にやってきた。

 ドアに注意書きがある。


『ようこそ、6階へ。

このフロアのゲームは『エンドレス・カラオケ』。

個室で思うぞんぶん、カラオケが楽しめます。

廊下は、警備ロボの『ダツラクン』が巡回しています。

ダツラクンに捕まると、脱落になります。

ただし、ダツラクンは個室には入れません。

個室にとどまっていれば、脱落することはありません。』

 ここもカードキーは必要ないが、入ったら出られないようだ。

 ドアを開けると、大音量でハードロックが流れている。

「うわぁ、うるさいな」

 赤、青、黄、緑、オレンジとポップな色づかいの廊下が、迷路のように伸びていて、その両側にドアが並んでいる。

 本当に、カラオケボックスのようだ。

 教室くらいの大きな個室から、10人くらい入れる個室、1人用個室、男女別のトイレまである。

 廊下を歩いていくと、前から円柱形の奇妙な機械がやってきた。

 廊下のはばと同じくらいの直径で、高さは1メートルほどの、ドラム缶のような形をしている。

「なんだ、あれ……あれが、ダツラクンか!?」

 大音量でロックがかかっているせいで、ダツラクンに気づくのが遅れた。

 のろのろとしたスピードだが、あれに捕まったら脱落だ。

 早く逃げないと……!

 ダツラクンは個室には入れないんだったな。

 春馬はいそいで近くの個室に飛びこんだ。

 個室の中には、ソファとテーブルとモニターがあり、ステージにマイクスタンドもある。

 廊下とちがって、室内はとてもしずかだ。

「こんなところで、カラオケをやっている余裕はないよ」

 ドアの小窓から廊下をのぞいていると、ダツラクンが通りすぎていった。

 スピードは遅いが、廊下のはばいっぱいだから、行き止まりに追い詰められたら逃げられない。

 注意して進むしかない。

 ダツラクンが通りすぎたのを確認して、春馬は廊下に出た。

 部屋を調べながら歩いていく。

 すると、ロックの曲に混じって、かすかに「ここを開けて!」というさけび声が聞こえてきた。

 見ると貴美子が、1つの個室のドアを必死でたたいている。

 その先の廊下から、貴美子のほうに、ダツラクンがむかってくる。

 どうしたんだ? 個室のドアが開かないのか?

 このままだと、貴美子はダツラクンに捕まる。

 彼女が脱落になれば、亜久斗は未奈を解放するはずだ。

 …………だめだ、彼女が脱落になるのを黙って見ているなんてできない!

 春馬は駆けだした。

「どうしたんだ!」

 貴美子のそばで大声で言うと、彼女はドアを指さす。

 春馬がドアを開けようとするが、鍵がかけられている。

 ドアの小窓から、幹夫がこちらを見ている。

「ドアを開けろ!」

 さけびながらドアをたたくが、幹夫は不気味な笑みをうかべて首を横にふった。

 なんてやつだ。でも、怒っている時間はない。

 ほかの個室に入るしかない。

 貴美子の手をひいてうしろの個室にむかう。

 が、その先からもダツラクンがやってきた!

 まずい、ダツラクンは1台じゃないのか!

 春馬から個室のドアまでは8メートルほど、そこから5メートルほど先にダツラクンがいる。

 1人なら間に合う。でも、春馬は貴美子をおいてはいけない。

「くるんだ!」

「えっ」

 春馬は貴美子の腕をつかむと、強引にひっぱった。

 貴美子が棒立ちになる。

「走れ! 全速力で!」

 流れるロックに負けないように大声で叫ぶ。

「う……あ…………………うあぁぁぁぁ!」

 貴美子はとつぜん奇声を発すると、別人のような形相になって走りだした。

 なにかに取り憑かれたようないきおいだ。

 これが、火事場の馬鹿力か!

   バン!

 個室に飛びこみ、いきおいよくドアを閉める。

 ダツラクンがドアの前を通過していった。

 貴美子がその場でゆかにへたりこむ。

「あ……あ……ありがとう……」

「お礼はいいよ。それよりも、本気になれば、速く走れるんじゃないか」

「あんなに必死に走ったのはじめてです」

「最初からあのいきおいで走っていたら、よゆうで間にあったのに」

「ドアを閉められて、パニックになっちゃったんです……わたし、ピンチに弱くて」

「まあ、それは、ぼくも同じだけど」

「でも、春馬くんは冷静だった」

「冷静なふりをしていただけだよ。本当は必死だったんだ」

「そうなの……わたしと同じなんだ」

「怖くなったら、先のことは考えないで、今できることをやればいいんだ」

「今、できること……?」

「それにしても、幹夫はひどいやつだな」

 そのとき、いきおいよくドアが開いた。

 入ってきたのは、剛太だ。いきなりどなる。

「貴美子なんて、助ける必要ねぇぞ!」

 剛太は一部始終を見ていたようだ。

「前のゲーム、貴美子のせいで、だれも賞金をもらえなかったんだからな!」

「しょうがないでしょう。養護施設を守るために、少しでも多くお金が必要だったんだもの」

「ふざけるな! あのとき、賞金をもらっていたら、おれは今ごろマウンドの上だ!」

「そ、それは悪いと思っているけど……」

 貴美子が下をむく。

「わざわざ、そんないやみを言いにきたのか?」

 春馬がケンカ腰で言うと、剛太はニッと白い歯を見せてきた。

 いったい、なんだっていうんだ。

「とんがるなよ。それより、春馬、おれと協力しねぇか」

「協力だって?」

「おれたちは敵じゃねぇ。このタワーから脱出するという目的は同じだ。そのためには、下にいかないとならねぇ」

 言っていることはまちがっていないが、剛太は信用できない。

「その顔はうたがってるな?」

「あたりまえだろう。ぼくも『絶体絶命ゲーム』の経験者だ」

「そのわりには貴美子を助けたりして、ずいぶんとお人好しじゃねぇか」

「う、うるさいな!」

 春馬が声を荒げると、剛太はニヤリと笑った。

「まぁ、いい。おれがピッチャーをやっていたことは、話しただろう」

「野球チームへの誘いなら断るよ」

「そうじゃねぇ!」

 じょうだんのつもりだったんだけど、本気にされた。

 お笑いのセンスがないんだよな。

「ピッチャーに一番大切なことが、なにかわかるか?」

 剛太がきいてきた。とうとつな質問だ。

「……コントロール……じゃないのか?」

「はずれだ。ピッチャーに大切なのは、対戦するバッターの力量を見きわめることだ。体がほそくてもバッティングの才能があるやつはいるし、体格がいいだけで、運動神経ゼロのやつもいる。バッターの力を見ながら勝負するんだ。おれは、それを見ぬく力がすぐれていた。そして、その力は今でも役だっている」

「なにが言いたいのか、わからないんだけど?」

「鈍感なやつだな。つまり、おれは人を見る目があるってことだ」

「ようするに、自慢か」

「そうじゃねぇ。話はこれからだ。おれはこの階にきてから3時間以上も下へいく方法を探してる。それがまだ見つからねぇ」

「それは……」といやみを言おうとした春馬に、剛太が手のひらをむけた。

「おまえの言いたいことはわかる。おれがグズだと言いたいんだろう。でも、そうじゃねぇ。見つけられないのは、おれだけじゃねぇ。幹夫も貴美子も陽平も見つけられなかった」

 だれも見つけられていないということか……。

 いや、1人足りないぞ。

「そうだ。おまえが考えた通り、メイサだけは別だ」

 なんだよ。こいつには超能力でもあるのか?

 考えていることをまた当てたぞ。

「おかしな目で見るな。おれに超能力なんてねぇ」

 うわぁ、またまた当てた。マジですごいぞ。

「たいした能力じゃない。おれは優秀なピッチャーだったんだ。バッターが変化球を待っているのか、ストレートを待っているのか、インコースか、アウトコースか、いつも考えていた。それで、相手の表情で、なにを考えているのか予測できるようになったんだ」

「ぼくはサッカー部だから、野球のことはよく知らないんだ」

 剛太の能力に驚いたが、ここは平気なふりをしておこう。

「おまえ、サッカーをやっているのか。1つのボールをみんなで奪いあって蹴るんだろう。おれにはあわねぇな。野球も団体スポーツだけど、基本はピッチャー対バッターの1対1の勝負だ。これこそ真の対決だ。それと比べたらサッカーは……」

「サッカーの話はもういい。それでメイサはどうしたんだ?」

 話が横道にそれそうだったので、春馬が質問した。

「──消えた」

 剛太は苦虫を噛みつぶしたような顔で言った。

「消えた? 本当なのか?」

 春馬は貴美子に確認する。

「そうなんです。この階まではメイサさんもいっしょでした。それが、いつの間にかいなくなったんです

「ダツラクンに捕まって脱落したんじゃないのか?」

「それならだれかが気がつくはずだし、ユキが発表するだろう。だがメイサは音もなく消えた」

 どういうことだ?

 彼女はどうやってここから出たんだ。

「それでおれは考えたんだ。おまえなら見つけられるんじゃないか、とな」

 ちょ、ちょっと待てよ。

「どうして、ぼくなら見つけられるんだ?」

「おれは人を見る目があると言っただろう。──おまえは、なにかがちがう、そう感じるんだ」

「買いかぶりだ」

「いいや、おれの目は正しい。それで、おまえに相談だ」

「言いたいことはわかったよ。下へいく方法を調べて、教えろというんだろう」

「そうだ」

「それって、ぼくにはなんの得もないよね?」

「いいや、ある。この階では、おまえと貴美子にも危害をくわえないってことで、どうだ」

 それは、あたりまえのことだけど……。

「おれのパワーなら貴美子を捕まえて、ダツラクンの前にほうり投げることはかんたんだ」

 本気でやるとは思えないが、貴美子を脅すには十分のようだな。

「わかった。それじゃ、この階に限って協力しよう」

 春馬の言葉に、貴美子は安心した顔をする。

「それと、陽平はどうして脱落したんだ?」

「幹夫にやられたんだ。下へいくドアを探すのに夢中になった陽平は、ダツラクンに気がつくのが遅れた。それで、近くの個室に入ろうとしたんだが……」

「そこには幹夫がいて、鍵をかけて開けなかったのか?」

「そうだ。廊下のすみに追いやられた陽平は、ダツラクンの上を飛びこえようとしたが、すごい吸引力で吸いつかれて動けなくなったんだ」

「ダツラクンからは逃げられないのか?」

「むりだな。陽平は死にものぐるいで逃げようとしたが、ダメだった。一度接近されたら、もうダメだ。……そのあと、ユキがやってきたら停電した」

 停電だって?

「1分くらいフロア中が真っ暗になった。もう一度明るくなったときには2人ともいなかった」

「そのときに、メイサも連れていったんじゃないのかな」

「そうじゃない。彼女がいなくなったのは、それよりだいぶ前だ」

 ……メイサは出口を見つけた、ということか。

「──わかった。この階をくわしく調べてみるよ。見落としているところがあるかもしれない」

 春馬は1人で調べてみることにした。


 すべての個室の床から壁まで調べたが、下へいく階段も、通路も、かくしドアも見つからない。

 最後にトイレを調べたが、男子トイレに仕掛けはなかった。

 洋式の便器と、小さい洗面所があるだけだ。

 残りは女子トイレだ。

「すみません、少し調べさせてください」

 このフロアにいる女子は貴美子だけだが、もしだれか入っていたら大変なので、ひと声かけてから女子トイレのドアを開けた。

 男子トイレと同じ作りで、変わったところはない。

 すべてを調べたが、かくしドアも通路も階段もない。

『残り時間7時間12分』

 まずいぞ。

 亜久斗の言った制限時間まで、残り12分。

 それまでに、だれかを脱落させないとならないけど、そんなことができるのか。

 剛太と戦っても、かんたんには勝てなそうだし、幹夫は鍵をかけて個室にこもっている。

 残っているのは貴美子だけど、彼女は春馬を信じきっている。

 このままだと、未奈は亜久斗に失神させられて、そのまま脱落になる。

 いったい、どうしたらいいんだ。

 いきなり肩をたたかれて、春馬は飛びあがりそうなくらい驚いた。

 ふり返ると貴美子がいて、うしろを指さしている。

 ダツラクンが、すぐそばまで迫っていた。

 大音量のロックで、ダツラクンがきているのに気がつかなかったのだ。

 春馬は、貴美子と近くの個室に飛びこんだ。

「出口は見つかりました?」

「いいや、全部の個室をさがしたんだけど、どこにもない」

「個室じゃないところにあるんじゃないですか」

「どうして?」

「メイサさんが消えたとき、陽平君もまだ脱落してなくて、みんなで出口をさがしていたんです。だから、個室の中で消えたら、ドアの小窓からだれかが目撃したと思うんです」

「それなら、廊下はもっと難しいよ」

「窓がない個室は、トイレくらいですよね」

「トイレも調べた」

「──きゃあ!」

 いきなり、貴美子が悲鳴をあげた。

「どうしたの?」

「ご、ごめんなさい。モニターに映った自分に驚いただけです。わたし、怖がりなんです……」

「怖がりなのに『絶体絶命ゲーム』に挑戦したの?」

「どうしても、児童養護施設を守りたかったんです。そのためなら、どんなに怖いことでも耐えられると思ったんです。結局、ダメだったけど……。どんなに強く願っても、どんなにがんばっても、現実にできないことってあるんですよね」

 貴美子は悲しそうな顔をした。

「ぼくたちには、たいした力はないよ。でも、あきらめたらなにも実現できない。ずっとがんばっていれば、いつかやりたいことができるようになるんじゃないかな」

「そうかな……」

 貴美子はモニターに映った自分の顔を見る。

「わたし、小さいころから、鏡が怖いんです。自分とちがう動きをしたらどうしようって……」

「本当に怖がりなんだね」

「だって、カラオケボックスの洗面所の鏡って、ほかの世界につながってる感じがしません?」

「都市伝説?」

「そ、そうじゃないけど……。ここの洗面所でも、怖くてドアを閉められなかったです」

「洗面所か……」

 そのとき、メイサが消えた謎が解けた。

「そうか、そういうことだったのか!」

「どうかしましたか?」

「出口が見つかったんだ!」

 春馬は、ダツラクンがいないのを確認してから、廊下に飛びだした。

『残り時間7時間5分』

 もう時間はない。

 出口を見つけられても、このままなら未奈は脱落になる。

 女子トイレを調べていると、貴美子と剛太がやってくる。

 3人は近くの個室に入った。

「その顔は、謎を解いたな」

 剛太は満足そうな顔で言った。

「ああ。メイサは下へいく通路を見つけたわけじゃない。偶然だったんだ」

「どういうことだ?」

「出口をさがしたぼくたちの盲点が、女子トイレだ。ぼくは女子トイレだけは入るのに気が引けた。それで、熱心に調べられなかった」

「おれは調べたぞ。命がけのゲームなんだ、男子も女子もねぇだろ」

「それなら、女子トイレの中に入って、鍵はかけた?」

 剛太は首をひねった。

「どういうことだ?」

「メイサは、顔に包帯を巻いていただろう」

「それがどうした?」

「ぼくの推理だと、8階のガス噴出で、彼女の包帯がほどけかけたんだと思う。包帯を巻きなおすために洗面所に入ると、メイサは鍵をかけて、洗面所の鏡にむかった。すると……」

「どうなったんだ?」

「床が開いて、下に落ちた」

「そうか。鍵をかけなかったかもしれねぇな。貴美子はなんで落ちなかったんだ?」

「わ、わたしは……」

「洗面所の鏡が怖くて、ドアを閉めなかった。そうだろう?」

「はい。……でも、それだと女子トイレの鍵はかかったままになるんじゃ?」

「中にいた人が落ちると、床がもとにもどって、鍵が開く仕組みなんだ。廊下に大音量でロックがかかっているのは、下に落ちる音をごまかすためだ!」

 春馬の説明を聞いて、剛太と貴美子は納得したようだ。

「それで、だれからいくんだ?」

「まっ先に剛太がいくと言うかと思ったけど」

「謎をといた者に優先権があるだろう」

 意外と紳士的なようだ。

「ぼくはあとでいいよ」

 順番はどうでも良かったが、先にいくと、剛太と貴美子が残る。

「おれが貴美子と2人になるのを心配してるんだな」

 また剛太に考えを読まれた。

「おまえ、マジでお人好しだな」

「好きなように言え。それよりも先にいくのか?」

「あぁ、そうだな。おれの勘はあたっただろう。おまえはどこかちがう」

 3人は個室を出て、女子トイレの前にいく。

 最初に、剛太が女子トイレに入った。

 鍵をかける音がしたあと、かすかだが物が落ちるような音が聞こえた。

 ドアを開けると、剛太が消えている。

 となりで、貴美子が大喜びで拍手する。

 そのとき、春馬の背後でなにかが動いた。

「危ない!」

 貴美子がさけび、春馬をつき飛ばした。

    ブン!

 そこにマイクスタンドがふり下ろされる。

 な、なんだ!?

 ふりむくと、マイクスタンドを持った幹夫が立っていた。

「なにをするんだ!」

 さけぶ春馬に、幹夫はマイクスタンドをふりまわして威嚇する。

「そんなことしなくても、全員が下にいけるんだぞ!」

 春馬は大声で言うが、幹夫は首を横にふる。

「このタワーから脱出できるのは、1人だけだあ──!」

 幹夫も大声で言いかえす。

 いや、そうじゃない。

 ユキは、脱出できるのは1人だったり、全員だったりと言った。

 全員かもしれないんだ。……でも、脱落した者がいるから全員はないのか?

 それなら、1人しか助からないのか。

 だとしたら、ほかの者を脱落させる行動を非難できないが……。

 どうしたんだろう。幹夫は勝ちほこったような余裕の笑みだ。

 ──もしかして!

 春馬がパッとふりむくと、5メートルくらいうしろに、ダツラクンが迫っていた。

 マイクスタンドをふりまわす幹夫と、ダツラクンの間にはさまれてしまった。

 貴美子は幹夫のうしろにいる。

 幹夫のねらいは、春馬を脱落させることだ。

 絶体絶命だ。

 ダツラクンは、すぐうしろにきている。こうなったら、けがを覚悟で幹夫にぶつかっていくしかないが……。

 いきなり、貴美子が幹夫の腰に抱きついた。幹夫のふりまわすマイクスタンドの動きが止まる。

「今です、逃げて!」

 貴美子がさけび声をあげる。

 すかさず、春馬は幹夫の横を駆けぬけた。

 しかし、次の瞬間、幹夫は力まかせに貴美子をふり飛ばした。

「あっ!」

 短い声を発して、貴美子は廊下をころがった。そこにダツラクンがやってくる。

「あぶない!」

 春馬がさけぶが、遅かった。

 ダツラクンが、貴美子の体に吸いつく。

 ダツラクンの大きな体の下敷きになって、貴美子が動かなくなる。

 とつぜん、廊下に流れていたロックの曲が止まり、しずかになった。

『──ゴシマキミコ、ダツラク。ウゴクト、キケンデス。オトナシク、シテクダサイ』

 ダツラクンから無機質な音声メッセージが流れる。

「しょ、小生は関係ありませんよ。すべて、あなたが悪いんですっ!」

 捨て台詞を残して、幹夫は女子トイレに飛びこんでいった。

 彼を追っている場合じゃない。

 春馬を助けようとして貴美子はダツラクンに捕まった。

 彼女を助けないと……。

「ストップ! 彼女に近寄ったらダメだよーっ!」

 ダツラクンに近づこうとすると、聞きおぼえのある声に止められた。

 ふりむくと、いつの間にかユキがいる。

「ざんねーんだったねー、貴美子は脱落★ 春馬はぁー、すぐルール違反しようとするねっ、イケない子! 『これがぼくのルールだ』っていうのは通用しないよー!? ダメダメダメ──!」

 もう、春馬にはどうにもできない。

「それじゃ~、いくよっ♪ ドロロ~ン、パッ!」

 ユキがさけぶと、部屋の照明が消えて、フロアが真っ暗になった。

 照明はすぐにもどったが、ユキと貴美子の姿はない。

 女子トイレのドアを開けると、幹夫もいなくなっていた。

 亜久斗の決めた制限時間まで、残り1分だった。

 モニターにユキが映り、貴美子の脱落を知らせた。

 その場に立ちすくんでいると、未奈と亜久斗が下りてきた。

「つかれた顔をしてるじゃないか、春馬」

 亜久斗は楽しそうに言った。

「ごめんなさい、あたしのために」

 未奈は春馬に謝り、亜久斗をにらみつける。

「なにがあったの?」

「……貴美子が脱落したのは、偶然だ。ぼくがなにかをしたわけじゃないよ」

 春馬は言葉少なに答えた。

「下にいく通路は女子トイレだ。入って鍵を閉めると、床が開いて下へいける」


第3回へつづく(5月20日公開予定)
 

書籍情報


作: 藤 ダリオ 絵: さいね

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046317285

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