
友だちの秀介といっしょに遊んでいたところ、春馬はふたたび『絶体絶命ゲーム』につれさられる。砂漠にたつ謎のタワーから12時間以内に脱出できれば命を助けてやる、と…さらにあの亜久斗が「今度こそおまえに勝つ」と立ちふさがって!? 今度こそ絶体絶命だ!!
角川つばさ文庫の大人気シリーズ第2巻が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ!
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5 タワーの上から見えたもの
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春馬と未奈が階段を上がっていくと、塔屋といわれる、屋上につながるせまい場所に出た。
屋上に出られるらしいスライドドアがあり、窓のくもりガラスから日差しが入っている。
ザーッという雑音が聞こえてきて、壁に設置してあるモニターに砂嵐が映った。
ここにもなにか仕掛けがあるのだろうか?
モニターの砂嵐はすぐに消えて、ユキが映る。
「ウワァ────麗華を助けにきたの~!? お人好しだねっ★ でも、オッケー♪ ユキは、そういうやさしい人がだーいすきだよっ! そんな、エラーイキミたちのために、ここにはゲームも仕掛けもないから安心してね。それじゃ屋上へどうぞ~」
春馬はドアを開けようとした。
が、なにかが引っかかって、開かない。
よく見ると、ドアのみぞに、鉄パイプがおかれていた。
麗華が自力でロープを解いても、屋上から出られないように、つっかい棒をしていたようだ。
鉄パイプを取りのぞいてから、ドアを開けた。
陽の光に目がくらむ。
屋上はサッカー・グラウンド2面分くらいの広さがある。
1メートルほどの高さの壁でかこまれているが、落下防止のフェンスなどはない。
日差しは強いが、湿気をふくんだ冷たい風が吹いているので、肌寒いくらいだ。
タワーのまわりを見た春馬は、信じられない風景にパニックになりそうだった。
「ここはいったい、どこなの……?」
となりの未奈が呆然とつぶやいた。
「……わからない。こんな場所、はじめてだ」
目の前は、砂漠だ。
山も緑も建物もなく、砂の地平線がどこまでもつづいている。
「いったい、どうなっているんだ……?」
ふり返ると、うしろの風景も前と変わらない。ただ、砂漠の先に海が見える。
春馬は建物のはしに歩いていく。
「ねぇ、どこいくの?」
未奈が心ぼそそうな声で言った。
「そうか、未奈は高所恐怖症だったな。そこで待っていて」
春馬は屋上をかこっている高さ1メートルほどの壁から、下をのぞいてみた。
建物周辺には、すぐ横にオアシスのような大きなプールがあるだけだ。
まるで、砂漠にロケットがつきささったように、タワーが建っている。
「……ここって地球なの?」
塔屋の前にもどった春馬に、未奈が青ざめた顔で聞いた。
ふだんなら「決まってるだろう」と返す春馬だが、今は未奈と同じ心境だ。
「日本で砂漠といったら、鳥取砂丘だけど……」
「それなら、ここは鳥取県?」
「どうかな……。もしかしたら……日本じゃないのかもしれない」
「なにか、におわない?」
未奈に聞かれて、春馬は大きく息を吸った。
「火薬のにおいだな」
「花火?」
未奈の天然ぶりに、春馬は頭をかいた。
この状況で思いつくのは、花火より──爆弾だ。
まさか、ここは戦闘地帯じゃないだろうな?
頭の中に、ニュースで見た砂漠地方の紛争地域が思いうかび、冷や汗が出てくる。
「うぅぅぅぅぅ……」
どこからか、うめき声が聞こえてきた。
「この裏から聞こえてくるわ」
未奈と春馬は塔屋の裏にまわった。
まわりの砂漠にはにあわない、リゾートにあるような派手なパラソルの下で、さるぐつわをされた麗華が椅子にしばられている。
麗華は、きれいに巻かれた髪に、うすく化粧までしている。
「麗華、大丈夫?」
未奈がさるぐつわをとると、麗華はむっとした顔をする。
「遅いですわよ。わたくし、生きた心地がしませんでしたわ。そばかすでもできたら、どうしてくださいますの」
これが、助けにきた人間にかける言葉だろうか。
「……これって、とらわれのお姫様っていう設定だったのかな?」
春馬がいやみを言うと、麗華は視線をそらした。
「それより、はやくロープをほどいてくださらない」
「その前に、教えてもらいたいことがあるんだ」
「な、なんですの」
「麗華は、なにものなんだ?」
「なにものって……わたくしは天才女優の桐島麗華ですのよ」
「ぼくの知っている桐島麗華は、野犬に襲われて死んだはずだけど」
「ああ、そのことですのね。それは……ほほほ」
「笑ってごまかしてもダメだよ。あの映像は作りものだろう」
「ふふ、じつはそうですのよ。クオリティーが高かったでしょう? アカデミー賞ものですわ」
アカデミー賞だって? ふざけてる。
「あぁ、ユーチューブにアップしたいくらいね。それで、きみはなにものなんだ?」
春馬の問いに、麗華はすまして黙りこんだ。
これは、かんたんには口を割らないかもしれない。
「……あの1億円は、麗華が出してくれたのね?」
未奈が意外なことを口にした。
「それ、どういうこと?」
「わたし、『絶体絶命ゲーム』について色々と調べたの」
「調べたらダメだって言われてただろう?」
「好奇心は止められないわ」
「気持ちはわかるけど……」
「春馬だって、噓をついてゲームに参加してたでしょう」
それを言われたら、返す言葉もない。
「それで、なにがわかったの?」
「あのゲームって、すごくお金がかかってるでしょう。賞金の1億円だけじゃなく、絶命館を作ったり、人をやとったり。そういうことができる日本人って、多くないはずだと思ったの。それで、日本のお金持ちのインスタグラムをかたっぱしから調べたの。そうしたら、中東の王族のパーティーの写真に、ある人が写っていたんだ」
話を聞いていた、麗華の顔色が変わった。
「一般人は絶対に入れないパーティーよ。日本から唯一呼ばれたのは、雨澤ソフトウエアの社長家族だけ」
その会社名は小学生の春馬でも知っている。
日本を代表する、ソフトウエア開発会社だ。
雨澤社長の資産は1000億円以上といわれている。
雨澤社長なら、賞金の1億円くらい、痛くもかゆくもない。
「桐島麗華の正体は、雨澤ソフトウエア社長令嬢なんでしょう」
麗華はふてくされた顔をした。
「……インスタの写真を調べるなんて、卑怯ですわよ」
「未奈の話は事実なのか!?」
「そうよ。わたくしの本名は、雨澤麗華。パパは雨澤ソフトウエアの社長よ」
「いったいなんのために、こんなゲームを……!?」
春馬は言葉をうしなった。
ふつうの小学生を集めて、命がけで競わせる。
絶望のふちにおいこむ。
それもすべて、麗華のパパのお遊びだったということか……!?
「麗華、ありがとう。賞金1億円のおかげで妹は助かったわ」
未奈の言葉に、春馬はハッとした。
「手術は成功したようですわね。聞いていますわ」
麗華は満足そうな顔をする。
「……なるほど、未奈が上へのドアを選んだのは、麗華にお礼を言うためだったのか」
「ええ、そうよ。でも……」
なぜか未奈は、うかない顔になる。
「話は終わったでしょう。ロープをほどいてくださらない」
「待って」
春馬を、未奈が止めた。
「ネットで調べていて、もう1つわかったことがあるの。──1カ月前、雨澤ソフトウエアが開発したソフトに不具合がみつかって、莫大な賠償金を請求されているって」
「そのニュースなら知っている。……そうだ、たしか雨澤ソフトウエアは倒産寸前だって言われてたな……」
おかしいぞ。
資産が1000億円あれば、賞金1億円のゲームを主催してもおかしくない。
でも、今の麗華のパパは会社が倒産寸前だ。
こんなゲームをやる余裕はないはず。
「……まさか、今回のゲームの主催者は、麗華のパパじゃないのか?」
「そ……それは……。それより、ロープをほどいてくださいな。もう腕が痛くて……」
「本当のことを教えてくれ。それまで、ロープはほどかない!」
「それは……」
麗華が口ごもる。春馬は立ちあがった。
「未奈、もどろう」
「そうね。麗華のパパが考えたシナリオなら、なにがあっても安全よね」
春馬と未奈がいこうとすると、「わ、わかりました。話しますわ」と麗華が大きな声で言った。
「知っていることを全部、話してくれるんだな」
麗華はしぶしぶ、うなずいた。
「……未奈の話は、事実ですわ。パパの会社について、アメリカで大きな訴訟になっているのよ。そのせいでパパの会社は倒産寸前よ」
「それなら、こんなゲームをやっている余裕はないんじゃないか」
「……だから、このゲームを仕掛けたのはパパじゃないんですのよ。雨澤ソフトウエアを支援してくれる人物があらわれましたの。その人物は『絶体絶命ゲーム』に興味をもち、わたくしが参加者として、時間内にここから脱出できたら、パパを支援するという条件を出しましたのよ」
今回の麗華は、本当に一参加者だということか!
「でも、そんなの、あたしたちは関係ないじゃない!」
「それが大ありなんですわ。わたくし、これまでの人生で、一度も苦労をしたことがありませんの。ほしいものはすべて買ってもらえたし、したいことはなんでもさせてもらいましたから。すべてパパのおかげですわ。ですから、パパを救うためにゲームに参加するのは苦ではありませんのよ」
「まだ、あたしたちが参加させられた理由を聞いてないんだけど?」
未奈がむっとした顔で言った。
「ですから……わたくし、今までのゲームで活躍した人たちに、ゴールまで連れていっていただこうと思いましたの。いわば、助っ人ということですわね」
麗華がニッコリと微笑んで言った。
「………………はーっ、あきれた!」
「そのために、ぼくたちは呼ばれたっていうのか……!?」
あぁ、堪忍袋の緒が切れそうだ……。
「それなのに、わたくしを助けようと屋上までやってきたのが、たったの2人とは情けないですわ。まったく、信じられませんわ! 失礼してしまいますわ!」
「迷惑だ! すごーく迷惑だ!」
春馬がさけぶと、未奈も大きくうなずいた。
麗華がふしぎそうな顔になる。
「でも、春馬も未奈も『絶体絶命ゲーム』のルール違反をしたでしょう? 罪はつぐなわなければなりませんわよ」
「そんなの無効だ!」
「ゲームはもう始まってしまいましたわ。今回のゲームを考えたのはパパじゃありませんのよ。闇の組織の人よ。血も涙もない怖い人よ。ここを脱出できなかったら、みんな、本当に殺されますわ。わたくしだって、どうなってしまうことか……!」
「闇の組織の人ってだれなんだ?」
「そこまでは知りませんわ。でも、アメリカの訴訟を取り下げさせられる人ですのよ。マフィアかもしれませんわね。だから、絶対にここから逃げないとならないんですのよ」
麗華が身をふるわせる。
怯えているのは本当のようだ。
「噓はつきませんわ」
この話を信じていいのだろうか?
陽がかたむき、パラソルの影が移動して、麗華の足に日光が当たる。
「いやだわ、日焼けしてしまいます。春馬、お願いですわ。これ以上は、なにもかくしてないと誓いますわ。だから、ロープをほどいてくださいな」
春馬は未奈と目をあわせた。
「……どうする、未奈?」
「必要なことは聞けたから、あたしはもういいわよ。妹を助けてくれた恩人でもあるしね」
「ありがとう。やっぱり、未奈はやさしいわ。庶民の鑑ですわ」
最後の一言はよけいだったが、春馬と未奈は麗華を助けることにした。
椅子のうしろに回り、結び目をゆるめると、ロープはかんたんにほどけた。
「まあ、ようやく自由ですわ。はやく日かげに入らないと、日焼けをしてしまいます。失礼」
椅子から立ちあがった麗華は、すばやく塔屋のほうに駆けていく。
「春馬、これなにかな?」
未奈が麗華の座っていた椅子の背もたれを指さした。
そこに、1枚のカードが貼りつけられている。
「もしかして!」
手にとると、それはカードキーのようだ。
「きっと、これでドアが開けられるんだ、行こう!」
未奈と春馬がもどっていくと、塔屋のドアが閉まっている。
いやな予感がした。
春馬がドアを開けようとするが動かない。
「どうなってるんだ?」