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7 脱落者はどこへ?
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春馬たちはカードキーを使って9階の植物園に入った。
窓は閉まっていて、止まっていた換気扇は動いている。
ドアの開閉があると、もとどおりになる設定なのかもしれない。
息をころしてラフレシアとショクダイオオコンニャクの横を通り、下へいくドアの前にくる。
カードキーを読み取り機にタッチすると、ぶじにドアが開いた。
廊下に出ると階段を下りて、8階の部屋の前にきた。
スタート地点の『白と黒の部屋』だ。
ガラスのドアから部屋をのぞくが、照明が消されていて、中はなにも見えない。
取り残された秀介はどうなってるのだろう。最後に見た彼は、床に倒れていた。
「秀介君、親友なんでしょう」
声をかけてきたのは未奈だ。
春馬は唇をかんだ。
「……ぼくが軽率だったんだ。『絶体絶命ゲーム』の招待状を見せられたとき、『代わりにいく』なんて言わなければよかったんだ。そのせいで、秀介まで……」
「事情はよく知らないけど……春馬は悪くないと思う」
少し照れたように未奈が言った。
「どうして、ぼくは悪くないんだ?」
「春馬はいつも、正しいと思ったことをしているんでしょう」
「そうだけど……後悔することも多いよ」
「それはしょうがないよ。全部正しいことなんてできない。まちがえることを心配してたら、なにも行動できなくなっちゃうよ。それに……」
そこまで言って、未奈は言葉をきった。
「それになに?」
「──春馬がいなかったら、わたしは賞金1億円を手にできなかった。最後のゲームの謎も解けなかったし、それより前に、螺旋塔で脱落していた。……春馬も、妹の恩人よ」
未奈の言葉は、すごく嬉しかった。
勇気をもらえたようだった。お礼を言わないと……。
「話は終わったか?」
春馬が言葉をえらんでいると、横でたいくつそうな顔をしている亜久斗が言った。
「あ、ああ。ありがとう、未奈。先に進もう」
ちぇっ、亜久斗のせいで、たいしたことを言えなかった。
春馬は、8階のカードキーの読み取り機のパネルにタッチした。
ドアが開き、3人が部屋に入ると照明が灯った。
ゲームに使ったメリーゴーランドはなくなっている。
いない……。やはり、秀介はどこにもいない。
ユキが連れていったのだろうか?
それなら、下の階へいくドアを通ったのだろうか?
見まわしても、窓のない、がらんとした白と黒の部屋があるだけだ。
秀介のゆくえをさがす手がかりはない。
いつまでもここにいても無意味のようだ。
3人が部屋を出ようとすると、天井から下がっているモニターからザーッと雑音が流れた。
「なにかな?」
モニターに目をやると、ユキが映った。
「みんなー、ナイスファイト♪ すごくいい感じだよ~オッケーオッケー♪ でも、ゲームスタートから3時間が経ったけど、1階に着いた人はいませんでした~ざんねん~★ これで、サービスタイムは終了。1階の扉を閉めさせてもらうね」
モニターが、大きな扉の映像に切りかわる。
ガガガガガ……
両開きの頑丈そうな鉄の扉が、音をとどろかせ、ゆっくりと閉まる。
ズシーン、と大きな音をたてて閉じた扉は、アリが這いだすすきまもなさそうだ。
「絶命タワーからの脱出は、だいぶ困難になっちゃったねー★ でもでもでもー、チャンスはまだあるよぉ! みんな、がんばって! それと、1つざんねんなお知らせがありまーす。上山秀介につづいて、桐島麗華も脱落になっちゃいましたー」
意外な発表に、春馬と未奈は顔を見あわせた。
「どうして、麗華が脱落したの?」
「あのあと、なにがあったのかな?」
2人の疑問に答えてくれる者はいない。
モニターにゲーム参加者10人の顔写真が映った。
その顔は、すべて目が閉じている。
「眠らされている間に撮られたようだな。でも、この写真で気になるのはそこじゃない」
「ええ。どういう意味かしら?」
未奈がこたえる。
秀介と、麗華の顔写真の上に、なにかが描かれている。
秀介の顔写真には➶が、麗華の顔写真には7÷2とある。
しかし、説明はとくになにもない。
「じゃ、みんなは脱落しないようにね★ ファイトファイト♪ ウフフフッ!」
ユキの姿が消え、モニターには、
『残り8時間58分』
と表示された。
タワーの1階まで下りるのに12時間もかかるわけないと思っていたけど、3時間すぎて、まだスタート地点の8階だ。
1階に下り、ぶあつい扉を開いて外に出るまで、残り9時間を切っている。
麗華の話が事実なら、ゲームのオーナーは血も涙もない冷酷な人物。
それなら、容赦なくここを爆破するかもしれない。
脱出できなかったら、春馬たちはここで死ぬ。
秀介がどうなったかも心配だが、まずはここから抜けだすことだ。
「いそごう」
春馬はきっぱりと言った。
『白と黒の部屋』を出た春馬たちは、階段を下りて、7階の部屋の前にやってきた。
ここは、カードキーが必要ないようだ。
春馬がドアを開けて、3人は部屋に入った。
窓のない、がらんとした広い部屋だ。
ユキは各階にゲームや仕掛けがあると言っていた。
ここには、なにがあるんだろう?
入ってきたドアのむかいの壁に、空港の搭乗口にあるようなゲートがある。
その横にモニターがある。
『このゲートは通過者が6人と決められています。
ここを通れるのは、あと1人です。
○○○○○●』
モニターに表示された6つの○のうち、5つは点灯していて、1つは点いていない。
最初のゲームで下へのドアを選んだのは、剛太、メイサ、貴美子、陽平、幹夫の5人。
彼らはもう、このゲートを通ったようだな。
そして、ここを通れるのはあと1人……?
まずい、ここにいるのは、3人だぞ。
「──今回のゲームは暴力ありだったな」
亜久斗にボソリと言われ、春馬は背中がゾクッとした。
「お、おい、力ずくで通るつもりか?」
「それも悪くない」
前のゲームで亜久斗は、空手の小学生チャンピオンだった竹井カツエをかるがると倒していた。
スポーツマンにはほど遠く見える彼だが、実際はそうとうに強い。
まともに戦って勝てる相手じゃない。
不敵に笑う亜久斗を警戒して、春馬は身がまえた。
短い間のあと、亜久斗は「いや、やめよう。つまらない」とつぶやいた。
「つまらない? どうして?」
「ここで戦ったら、春馬は必死に未奈を守るだろう」
「そ、そんなことは……」
「おれは人間観察が得意なんだ。春馬は女子にやさしい。とくに未奈にはな」
「ななな……なにを言いだすんだよ」
「動揺してるじゃないか」
「そんなことない」
「春馬がおれを引きとめ、未奈に部屋から出るように言う姿が目にうかぶんだ」
「そうなったら、ぼくも脱落なんだぞ!」
「脱落とは書いてない。それに、ゲートを通らないで下の階へいけばいいんだろう」
「そんな方法があるの?」
亜久斗の話に興味をもったのは、未奈だ。
「それをこれから考えるんだ。三人寄れば文殊の知恵というだろう。ちょうど、おれたちは3人だ。全員で下の階へいける方法を考えようじゃないか」
「それは、いいな」と言いながら、春馬は警戒をとかない。
くせ者の亜久斗のことだ、安心させておいてだまし討ちがあるかもしれない。
「春馬なら、どうやって、ここから3人を下の階にいかせる」
「3人でゲートを駆けぬける、とか?」
「却下だ」と亜久斗が強い口調で言った。
じょうだんのつもりだったのに、即座に否定するなよ。
「じゃあ、亜久斗ならどうするんだ?」
「決まってるだろう。ゲート以外の出口をさがす」
「そんなのがあるの?」
驚いた未奈が聞くが、亜久斗はそれ以上の説明はしない。
かわりに、春馬が口をひらく。
「8階で秀介がいなくなったり、屋上と9階の間で麗華もいなくなったりした。どこかに秘密の通路がある──と、亜久斗は考えているんだ」
「そうか、そうよね。それで秘密の通路はどこにあるの?」
「わかっていたら苦労しないよ」
麗華はなにかのきっかけで、秘密の通路の場所を知ったんだ。
それで、1人でそこを通ろうとした。
でも、麗華は脱落したんだよな。それなら、その通路も安全ではないということか……。
「あれ?」
春馬が考えていると未奈がけげんな声を出した。
「どうしたんだ?」
「ここを通過できる人が、1人増えたみたいなの」
春馬はモニターに視線をうつした。
6つのランプのうち、点灯していたランプが、5つから4つになっている。
『ここを通れるのは、あと2人です。』
「ゲートを通れる人数が……増えてる!」
「なにか仕掛けがあるようだな」
つぶやいたのは亜久斗だ。
「どういう仕掛けだ?」
春馬が聞いても、亜久斗は素知らぬ顔をするだけだ。
そのとき、モニターがザーッと雑音を出して砂嵐になり、すぐにユキが映った。
「わぁぁぁぁん、さみしい報告だよぉー! またまた脱落者だよ! 6階で八木陽平がダツラークのグッドラーック★ どんどん減ってっちゃうね。1階までたどり着ける人はいるのかなあ? 不安だけど、みんなドンマイ、だよーっ!」
そこまで言うとユキの姿が消えて、画面はもとのゲートの説明文になった。
「──その顔は、なにかぴんときたな」
春馬を見て、亜久斗が言った。
「亜久斗は、ずっとぼくを観察しているの?」
「それよりも、思いついたことを聞かせろ」
秘密にするつもりはないが、亜久斗の言いなりになっているようで、しゃくにさわるな。
「あたしも教えてほしいんだけど」
未奈も言うなら、話すしかない。
「……『通過者6人』というのは、この下の階でゲームをできる人数なんだと思う。だから、ここを通過しても、下で脱落したら、人数にカウントされないんだ。陽平が6階で脱落したので、通過できるのが1人から2人になったんだよ」
「それじゃ、下の階でもう1人脱落したら、3人通れるってこと?」
「まあ、あくまでぼくの推測だけど」
「それは正しい。おれも同じ考えだ」
亜久斗がえらそうに言った。
「でも、まだ問題があるわよ。通過できるのは2人。でも、ここには3人いるのよ」
「未奈の言うとおりだ。でも、それはかんたんに解決するよ」
そう言うと亜久斗は、なぜか未奈のうしろにまわった。
一瞬、油断したが、すぐに気がついた。
「未奈、危ない!」
「えっ?」
亜久斗は目にもとまらぬ早わざで、未奈のうしろから首に腕をまわした。
「なにをしてるんだ、亜久斗!」
「見たままだよ。未奈を人質にしたんだ。おれが少しでも力を強めれば、彼女は失神する」
亜久斗がかけているのは、柔道でいう『裸絞め』という技だ。
格闘技の世界では、スリーパーホールドやバックチョークといわれる、危険な絞め技だ。
これはおどしじゃなさそうだな。
「──ぼくの負けだ。亜久斗が先にゲートを通っていいよ」
春馬が言うと、亜久斗は大きくため息をついて、首をふった。
「あいかわらず、おまえはわかってないな。ゲートを通って下の階へいくのは、春馬だよ」
「は────っ?????」
意味不明だ。
亜久斗は、なにを考えているんだ?
「いいか、よく聞け。春馬が6階にいって、4人のうちだれかを脱落させるんだ」
「おまえ、頭おかしいだろう!?」
「そうだよ。でも、正常ともいえる。おまえとおれでは、目的がちがうんだ。視点を変えると、おれの行動が正しいと理解できるはずだ」
亜久斗の目的は────春馬だ。
「その顔は、理解できたようだな。おれはおまえをこまらせたいんだ」
「ゲームに勝つことより、ぼくへのいやがらせを優先させているのか!?」
「いやがらせをしながら、ゲームにも、春馬にも勝つというのが理想だよ。高望みかな」
どうかしている。
ゲームだけでも大変なのに、さらに邪魔者がいるなんて……。
いったいどうしたらいいんだ!?
「おまえの頭脳なら、下の階へいってだれかを脱落させるなんてかんたんだろう」
「ぼくがそういうのが苦手なの、知ってるだろう!」
「知ってる。頭がよくて、運動神経もいい。欠点はやさしくて、お人好しなことだ」
自分でもわかっているが、面とむかって言われると、むかつく。
「残り7時間になっても脱落者が出なかったら、未奈を失神させて、おれ1人で下の階へいく。おもしろいだろう」
「……その頭脳を、どうして正しい方向に使えないのかな」
「大きなお世話だ。おれの頭脳を、おれがどう使おうと勝手だ」
話しあいの余地はなさそうだ。
亜久斗に襲いかかったら、未奈は失神させられる。
そのあと、春馬が彼と素手で戦っても、あっという間にKOされて、おしまいだ。
ここは言いなりになるしかなさそうだ。
「……わかったよ。ぼくが6階にいく」
「春馬、むりしないでね。いざとなったら、あたしが必殺の……」
そこまで言ったところで、亜久斗が首にまわした腕を、少し締めた。
「やめろっ!」
「わるいな。未奈の必殺技を見たくなって、少し締めさせてもらったよ」
未奈はゲホゲホとせきこんでいる。
春馬はモニターを見た。
『ゲーム終了まで、あと8時間5分』
「65分で、だれかを脱落させればいいんだな」
「春馬自身が脱落するというのは、なしだぞ。おれの楽しみがなくなる」
「そんなことはしない。ぼくも亜久斗がくやしがる顔が見たくなった」
怒りをおさえながら言うと、亜久斗がうすく笑った。
春馬はゲートを通った。
やっかいなゲームが、亜久斗のせいで、もっと最悪な状況になった。