……………………………………
19 帰れるのは1人だけ
……………………………………
『館の爆発まで、あと10分です』
春馬が廊下を駆けていると、館内放送が流れた。
29のからくりは、おそらくこの部屋だ。
春馬は『時計の部屋』のドアを開けた。
ここにも先客がいた。
「あたしが先に気がついたのよ」
未奈がゆかのガラスの上で仁王立ちしている。
「1人じゃ、この仕掛けは解除できない。ボタンを押す者と、針をあわせる者が必要だ」
春馬が言うと、未奈は冷たいまなざしをむける。
「信用できない」
「助けあわないと、トラの好物は取りだせないよ」
「……」
未奈は春馬を警戒している。生き残れるのは1人だけだから。
「好物を取りだしたあと、どうするつもり?」
「それは……」
「戦う?」
未奈はファイティングポーズをとる。
「話しあいっていうのはどう?」
「冗談のつもり?」
「ぼくは無事にここから出られたら、お金はいらない」
「生き残れるのは1人だけよ」
そのとおりだ。
でも、このままだと2人とも脱落だ。
「あたしが1億円を持って帰らないと、妹は手術が受けられないの」
「わかってる」
春馬は考えていた。
彼女に勝ったら、ぼくは1億円をもらえるだろうか?
ぼくは上山秀介じゃない。「噓つき」ということになる。噓つきは、失格だ。
これだけの仕掛けをする人物なら、ぼくが身替わりだと気づいていてもおかしくない。
でも、それなら、どうしてはやく失格にしないんだ。
……ぼくが勝ち残ったあとで、失格にするつもりなのか?
それなら、だれも1億円をもらえない。
大人のやりそうな卑怯な計画だ。
ぼくは結局、ゲームをおもしろくする道具に使われているだけか……。
勝っても負けても、ここから生きて出られないのか?
「なに、黙りこんでるのよ!」
「……力をあわせよう」
春馬が言うと、未奈は警戒している顔をした。
『館の爆発まで、あと5分です』
「2人でここで死ぬつもりか!?」
「……わかったわ」
未奈がようやく折れた。
「どっちがボタンを押す?」
未奈が警戒した声で聞く。
「ぼくが針をあわせるから、ボタンを押してくれる?」
「……それでいいわ」
『館の爆発まで、あと4分です』
未奈が壁のボタンを押すと、ゆかのガラスのロックが解除される。
春馬はガラスを開けて、長針を29分にあわせる。
29分。ニクだ。しかし、なにもおきない。
「どうなってるのよ!」
未奈が大きな声を出す。
「……そうか、これを時計と考えたらダメなんだ。これは肉を出す扉のダイヤルだ」
春馬は、短針を2の数字に、長針を9の数字にあわせた。
「2と9で──肉だ」
ガタガタガタガタ……
天井から、音が聞こえてきた。
春馬は時計から離れて、ガラスのゆかの上に立った。
「ボタンを離して!」
未奈がボタンから指を離すと、ゆかのガラスが閉まる。
そして、ゴトンと天井からなにかが落ちてきた。
骨付き肉の塊の、おもちゃだ。
ていねいに『トラの好物』と書かれている。
「これだ!」
春馬はそれをつかんで、ドアの前に駆けていく。
「どうするつもり!」
未奈が追ってくる。
「1億円は、ぼくがもらう」
春馬は言い捨てて、廊下に出た。
──これが彼女のためだ。ぼくは亜久斗ほど人間観察は得意じゃない。それでも、彼女の性格は単純でわかりやすい。
ぼくが犠牲になる。
と言っても、未奈はすなおに聞き入れてくれないだろう。説得している内に時間がすぎてしまう。それなら、こうするほうがはやい。
『館の爆発まで、あと3分です』
春馬はフルスピードで廊下を走る。
彼女は追いつけないはずだ。
ふりむくと、2、3メートルうしろに未奈がいる。
「噓だろう!」
思っていたより速いぞ。これが火事場の馬鹿力か!
それでも未奈をふり切って、『弱肉強食の部屋』に入った。
「うわぁぁぁぁぁ」
そのとたん、足に激痛が走って、目の前が回転した。
「いたっ、いたたたたた……」
だれかに足を引っかけられた。
「これが肉ね!」
この声はカツエだ。
春馬が顔をあげると、カツエが肉のおもちゃに近づく。
だが、すぐうしろに未奈が追いついている。
一瞬はやく、肉のおもちゃを拾ったのは、未奈だ。
「だめだ、未奈!」
春馬がさけぶが、未奈の耳には入らない。
彼女はトラに持っていこうとする。
「しょうがないな!」
春馬が未奈に飛びつくと、彼女の手から肉のおもちゃが落ちる。
『館の爆発まで、あと2分です』
肉のおもちゃがゆかをころがる。
カツエが、それに飛びつき、同時に未奈も飛びつこうとする。
「だから、ちがうんだよ!」
さけびながら春馬も、割りこむ。
ガツッ!
「いてぇなぁ!」とカツエがさけび、
「いってぇぇぇ!」と春馬が大声を出し、
「いたっ!」と未奈が短く言った。
頭がもろにぶつかって、3人はその場に倒れる。
目の前に星が飛んでいる。
『館の爆発まで、あと1分です。59秒、58秒、57秒……』
カウントダウンがはじまる。
最初に立ちあがったのは、カツエだ。彼女が肉のおもちゃを拾って、トラの前に走りこむ。
未奈が追おうとするが、春馬が止めた。
「離して!」
「正解は、トラじゃない!」
「えっ!?」
カツエがトラの口に肉のおもちゃをくわえさせる。
「これで、あたしの勝ちだ!」
短い間のあと、「うぉぉぉぉぉ!」とほえたトラが大きな口を開き、カツエに飛びかかった。
「うわぁぁぁぁぁ……」
腹に噛みつかれたカツエは動けない。
「ど……ど……どうして……?」
今度こそ、カツエは動かなくなった。
館内放送のカウントダウンが進む。
『……29秒、28秒、27秒、26秒……』
動きだしたトラは、春馬と未奈にむかって歩いてきた。
「……ど、どういうこと?」
未奈があとずさりながら聞いた。
「やっぱりそうか……」
土壇場にきて、ジグソーパズルのすべてのピースが埋まった。
ゲームの説明のとき、マギワは「この部屋にいるウチをのぞいた動物に、好物を与えてほしいんや」と言っていた。
この部屋にいた動物はクマ、トラ、ゴリラだけじゃない。
「……ぼくたちだ。ぼくたちも動物だ」
「いきなり、なによ!」
「マギワさんの放送だよ。『ヒントを出す』と言ってただろう」
「それなら、あたしも聞いたわ。クマがはちみつで、トラは肉だと言ってた」
「それだけじゃない。最後にこう言ったんだ。『がんばらないと、みんなの好物の1億円がなくなる』って」
「……たしかに言ったけど、それがなに。ここでトラに襲われたら、あたしたちは終わりよ」
トラは獲物を物色するような目で、春馬と未奈を見る。
2人は部屋のすみに追いやられる。
「これが最後の絶体絶命のようだな」
春馬がつぶやいた。
「マギワさんはこうも言っていた。『残りものには福がある』」
「だから、なんなのよ!」
「3頭の動物に襲われて、3人が脱落したら、残った1人に、好物の1億円が与えられるんだ」
「えっ!」
『……20秒、19秒、18秒、17秒、16秒……』
残り15秒を切った。もう時間がない。
トラが大きな口をあけて、春馬と未奈にむかってくる。
「いいか、絶対に妹を大切にするんだぞ」
「なに言ってるのよ!」
春馬は未奈をうしろにつきとばすと、肉のおもちゃを拾ってトラの前に身を投げだした。
「どうして……どうしてよぉぉぉぉ!」
「は……はやく……ここを出るんだ」
トラに噛みつかれる痛みにたえながら、未奈に言う。
未奈は呆然と立ちつくしている。
『……10秒、9秒、8秒、7秒……』
「扉は開いているはずだ……いそげ………………はやくいけ!」
最後の力をふりしぼって、春馬はさけんだ。
『館の爆発まで、5秒、4秒……』
館内放送のカウントダウンがつづく。
「ありがとう……」
そう言って未奈は駆けだした。その瞳に涙があふれてくる。
「生きろ!」
春馬がさけんだが、未奈はもういない。
でも、この声はきっと彼女に届いたはずだ。
意識が遠くなる。
痛いはずなのに、気持ちがいい。
こんなところに来るんじゃなかった。
ぼくって本当にお人好しだ。
でも、これでよかったのかもしれない。
未奈は1億円を手にして家に帰る。これで、彼女の妹は手術を受けられる。
きっと彼女の妹は助かる。それでいい……。
それでいいんだ。ぼくは2人を助けたんだ。
秀介には悪いことをした。そして、パパとママやクラスメイトにはもう会えない……。
そう思うと、すごくさびしい。
また、前みたいに、みんなとサッカーがしたいなぁ。
パパとママとファミレスに行きたいな。
どうしたんだろう、急に眠たくなってきた。
もう、おきていられない。ダメだ。このまま死ぬんだ……。
……………………………………
20 そして日常がはじまる
……………………………………
春馬は目を覚ました。
すごく気持ちのいい目覚めだ。
ぼくは死んだと思ったんだけど、それじゃ、ここは天国かな。
それにしては、見覚えのある天井が見えるな。
もしかして、ここはぼくの部屋じゃないか。
寝ているベッドも、ぼくのベッドだ。
どうして、ここにいるんだ。
いや、どうやってここにもどってきたんだ。
春馬はとびおきた。
「生きてる。……ぼく、生きている。なにがおきてるんだ???」
ブルブルブルブル……
携帯電話が振動している。メールの着信があったようだけど……。
春馬はなんども首をかしげながら、机においてある携帯電話を手にとった。
ディスプレイに表示されている日付は『9月1日』。
絶命館でトラに襲われて死んだのが……。
いや、死んではいないから、死んだと思ったのが、8月31日。
あれから、1日たっているけど……。
春馬は受信したメールを開いた。
武藤春馬くんへ
ウチは死野マギワちゃんやで。
今回のゲーム、きみは大活躍やったな。
でも、他人になりすまして参加したのはあかんなぁ。
嘘はよくないでぇ。
本来なら、おしおきやけど、それはまたその内な。
次は、春馬としてゲームに参加してな。
それとゲームで知りあった人のことを調べたり、
会いにいったりするのは禁止や。
絶体絶命ゲームのことを人に話すのも禁止や。
もし、だれかに話したら命の保証はないでぇ。
ほな、元気でな。
また会える日を楽しみにしているでぇ。
さいなら。
死野マギワより
「やっぱり、噓はばれていたんだ。──って、それならどうしてぼくは無事なんだ?」
わからないことばかりだけど、生きて帰れたから、まぁいいか。
未奈はどうなったのかな?
メールには調べたり、会いにいくことは禁止と書いてあるけど……。
もう一度、会いたいな。
そのころ、桐島麗華は大きなベッドで目を覚ました。
東京が一望できるタワーマンションの最上階だ。
「おはよう。麗華」
声をかけたのは、長身でイケメンの紳士だ。
「パパ、日本に帰ってたの」
イケメンの紳士は、麗華の父親だ。
「今朝、ニューヨークから帰ってきたんだ」
「今回はゆっくりできるの?」
「それが、来週にはパリに行かないとならないんだ」
「あわただしいのね」
「ゲームはどうだった?」
「楽しかったわ」
「お金の怖さがわかっただろう」
「そうね。たかだか1億円に本気で命を賭けるなんて、信じられないわ」
「麗華がお金の怖さに気がついたなら、それでいいんだ」
「パパ、ひと晩で5億円もカジノで負けたでしょう。ママが怒ってたわよ」
「そんなには負けてないよ。3億円だ」
麗華のパパは、頭をかく。
「それより、麗華が野犬に襲われるっていう映像を見せてほしいな」
「いいわよ。すごい迫力なの。それと、わたしの演技も最高よ」
「アカデミー賞監督にたのんで、作ってもらったんだ。そうでなくちゃ」
「ただ、あの夜、雨が降ったのに道がかわいていたから、録画だとばれないか、ひやひやしたわ」
「2パターン、作るべきだったな」
「あの監督、そういうところがあまいのよ。アカデミー賞監督も質が落ちたわね」
麗華のパパは、こまったという顔をする。
「それと、中学はドバイがいいわ。日本って、わたしにあわないのよ」
「去年はパリがいいと言っていたじゃないか」
「パリは冬が寒そうなのよ。ドバイにして」
「考えておくよ」
「ありがとう。パパ」
麗華は美しい顔で笑った。
成田空港で未奈は、両親と妹を見おくった。
ゲームで手にした1億円で、妹は移植手術が受けられる。
未奈もアメリカについていきたかったが、節約しなくてはならないのであきらめた。
空港を出た未奈は、ある小学校へむかった。
パパの友人に人さがしをしてくれる人がいて、上山秀介のことを調べてもらった。
彼は、東京の小学校にいた。
「絶体絶命ゲーム」で死んだかと心配していたが、無事のようだ。
お礼が言いたかった。
それと、会いたかった。元気な姿を見たかった。
学校はすぐに見つかった。
校門から出てきた女子生徒を呼びとめて、
「上山秀介くんを探しているんですけど」と言った。
その女子は親切に、グラウンドに案内してくれた。
サッカー部が練習をしている。
「ストレッチしているのが上山秀介くんだよ」
その女子が指さした。
「えっ、そうなの?」
そこにいたのは、未奈の知っている秀介じゃない。
「どうしたの?」
「うん……」
未奈は目をこらして見たが、絶命館で会った秀介とは別人だ。
「……人ちがいだったみたい」
「そう、残念ね」
未奈はグラウンドに背中をむけた。
そのとき、春馬が遅れてグラウンドにやってきた。
しかし、未奈は気づかずに帰っていった。
おわり
書籍版や電子書籍版では、さいねさんのカッコイイさし絵が見られるよ。ぜひ書店さんや電子書籍ストアでチェックしてね!
5月6日(火)から、シリーズ第2巻『絶体絶命ゲーム② 死のタワーからの大脱出』を1冊まるごと公開予定! たのしみにまっていてね。
書籍情報
注目シリーズまるごとイッキ読み!
つばさ文庫の連載はこちらからチェック!▼