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注目シリーズまるごとイッキ読み!『四つ子ぐらし② 三つ子探偵、一花ちゃんを追う!』第16回 ニセモノのお母さん


ひとりぼっちだった三風の前に、同じ顔をした四つ子の姉妹たちがあらわれて、姉妹四人だけの、たのしくてちょっと大変な毎日がスタート! でも、別々の場所で育った四人だから、まだ、姉妹に言えていない「ひみつ」があって…?
角川つばさ文庫の大人気シリーズ第2巻が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ!

※これまでのお話(2巻)はコチラから
 1巻はコチラから


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16 ニセモノのお母さん

……………………………………


 どうにか、麗(うらら)さんと二鳥ちゃんを引きはなせたけど……。

「ハァ……ハァ…………!」

 二鳥ちゃんは、息をあらくして、まだ麗さんをにらみつけている。

 私も、四月ちゃんも、二鳥ちゃんの体に手を当てながら、せいいっぱい麗さんをにらみつけた。

 当たり前だよ。

 四人、別々の場所に行くなんて。

 そんなの、絶対にイヤだよ……!

「……まったく」

 つぶやきながら、麗さんはみだれた髪をかきあげる。

 強い香水の香りが、あたりにぶわっと舞って。

 それは、とてもいい香りのはずなのに……。

 ちっとも親しみを感じない……いっそ気味の悪いにおいのようにすら感じられた。

「暴力はいけないでしょう、二鳥」

 麗さんはさとすように言う。

「だまれ! あんたに言われとうない」

「どうしてきげんを悪くされなきゃならないのかしら。こんなにいい話を持ってきてあげたのに」

 麗さん……どうして私たちがおこっているのか、理解してないの……?

「それとも、私の話をことわるっていうのかしら?」

 フフッ、と、麗さんから、私たちをバカにしたような笑いがもれた。

「まさか、そんなおろかな選択はしないでしょうね? 忘れちゃったみたいだから、もう一度言っておいてあげるけど、私、あなたたちの、本当のお母さんよ。それに、クワトロフォリアの社長夫人なのよ。この話を受ければ、あなたたちは貧乏とは無縁の、何ひとつ不自由のないくらしが手に入るのに。うふふふ……」

 麗さんの高笑いがひびいて、私は思わずぎゅっと目をつむった。

「ええくらしなんかいらん! お金なんかいらん! だいたい、さっき賛成したんはお金が理由とちゃうわ! 姉妹みんないっしょにくらせると思ったからや! せやのにバラバラに住めやなんて……! あんたの話なんか絶対おことわりや!」

 二鳥ちゃんは、もう一度つかみかからんばかりにおこってる。

「そうだよっ……」

「おことわりですっ……」

 私と四月ちゃんも加勢する。

 でも、くやしくて、腹立たしくて……二人とも、ふるえた、小さな声しか出なくて。

 足してやっと、一人分の声にしかならない。

「なあっ、だまっとらんと一花もなんか言うてや! …………一花?」

 ふりむいた二鳥ちゃんは、一花ちゃんの様子がおかしいことに気づいたみたい。

 一花ちゃんは……やっぱり、なんにも返事をしない。

「あら、一花だけは、ちゃんと自分たちの立場がわかっているみたいね。さすがお姉さんだわ」

 麗さんはにっこり、余裕の笑み。

 一花ちゃんはじっとうつむいたまま……だれの目も見ようとしていない。

「しっかりしてや一花! なあ!」

 二鳥ちゃんは一花ちゃんのかたをつかんで、何度も何度もゆすぶった。

「なんでなんにも言うてくれへんの? 目ぇ覚まして! ええくらしもお金も関係ないやんか。うちら四人いっしょにおることのほうが何倍も大切に決まってるわ! うちにはわかるんや!」

「そ、そうだよ一花ちゃん――」

 私も、二鳥ちゃんに続いて、そう言いかけたけど、

「…………あんたに何がわかんの」

 一花ちゃんの、低い低いつぶやきが聞こえて。

 出かけた言葉が、引っこんじゃった。

「私たちのお母さんなのよ、この人……。……それに、親なしで、子どもだけで生きていくのって、本当に大変なことなのよ」

 二鳥ちゃんの目がつりあがる。

「あんた、アホ言いな……! お金なんかより、姉妹いっしょに――」

「あんたは恵まれて育ったからそんなことが言えるのよ!」

 そのとき、私にできたのは。

 刃物のような言葉が、大好きなお姉ちゃんたちの間を飛びかうのを、ただ見ていることだけ。

 やめて、とひとこと発することすら、舌がちぢこまって、かなわなくて――。

「私だってうすうす気づいてたのよ。二鳥が養子になってた家って、けっこうなお金持ちだったんでしょ? あんたお嬢様だったんでしょ? 何が『うちにはわかる』よ。貧しいってどういうことか、どんなに不安なことか、ちっともわかってないじゃない!」

「何をっ……何を言うてんねん! あんたお金につられてこのオバハンについて行くんか。アホちゃう!? うちらこうやって自立の練習してるやんか! 子どもだけで生きていくんはそら大変か知らんけど四人で力合わせたらなんとかなるに決まってるわ!」

「あんたこそバカなの!? 生ぬるい考えで大きな口たたいてんじゃないわ! お金なんかいらないとか四人いっしょならなんとかなるとか、そんなきれいごとはうんざりよ!!」

「きれいごとの何が悪いん!?」

 二鳥ちゃんがうでをバッと広げたそのとき。


 ――ガシャーンッ


 キッチンガーデニングのお皿が……!

 二鳥ちゃんのかざした手に当たって、出窓から落ちて、バラバラに割れちゃった。

 破片(はへん)とお水がろうかに飛び散り、大根のヘタは、たたきの方まで転がっていってる。

 一花ちゃんが、毎日水をかえて、大切にしていたものだったのに……。

「姉さん…………」

 四月ちゃん、ヘナヘナとゆかにへたりこんじゃった。

 一花ちゃんは、二鳥ちゃんをまっすぐに見返して。

 反対に、お皿を落とした二鳥ちゃんは、目にいっぱい涙をためている。

 私は、私は……。

 それでも、何も言えなくて。

 だって……一花ちゃんが何を考えているか想像したら。

 気持ちがちょっとだけ……理解できてしまったから。

 離ればなれになるとしても……。

 お金に不自由しない、安心した生活を送れるなら……。

 千草さんみたいに、ならずにすむのなら……。

 もしかしたら、そっちのほうが、いいんじゃないって……。

「……っ!」

 言葉にならない声が、私のくちびるのすきまからもれた。

 一花ちゃんの心は、きっと、ものすごく大きくゆらいでる。

 このままだと、本当に私たち、バラバラになっちゃう。

 だけど、ダメだよ、離ればなれになるなんて!

 それだけはダメ――!!

「あらあら、仲間割れ?」

 私たちを見て、麗さんはとくい顔。

 それから、しみじみした口調で、こんなことを言いだした。

「私、今日ここに来て、あなたたちを一目見て、運命感じちゃったの。だって、あなたたちのつけてる髪飾りの色、クワトロフォリアのロゴマークと同じ色なんだもの。これってすごいぐうぜんじゃない? あなたたちは、必ずクワトロフォリアにもどってくる。そういうさだめなのよ……」

 それを聞いて、四月ちゃんはぴくっとまゆを上げて。

 しゃがみこんだまま、手をだらんと下げて、固まっちゃった。

 ど、どうしたの?

 まさか、四月ちゃんまで……!?

 ……そう思ったのは一瞬だった。

 四月ちゃんの静かに光る目。

 この瞳……この感じ……知ってる!

 ショッピングモールのバス停で、一花ちゃんの行き先を推理してたときと同じだ。

 今、四月ちゃんの頭の中で、めまぐるしい何かが起こってるんだ……!

 数秒ののち。

 四月ちゃんは、ゆっくりと立ちあがり、麗さんのほうをまっすぐに見た。

「お母さん」

「あら、四月、何かしら? 私といっしょに来る気になった?」

「はい」

 えっ!? そんなあっさり……!

 一花ちゃんも二鳥ちゃんも私も、思わずぎょっとして四月ちゃんを見た。

 だけど、四月ちゃんの目は相変わらず落ちついていて……何か考えがあるみたい。

「僕はお母さんについて行こうと思うのですが、いくつか疑問をいだいているのです。わだかまりを残したままでは、お母さんたちとすなおに家族になることはむずかしいかもしれません。僕の疑問に、どうか正直に答えてくださいませんか、お母さん」

「ええ、いいわよ、もちろんよ」

 麗さんは、「お母さん」とよばれて、気をよくしたのか、優しく笑った。

「では、疑問その一。以前、僕らに『宮美(みやび)麗』と名乗ってましたよね。なのに、DNA鑑定書には『四ツ橋(よつばし)麗』とあります。どちらが本当の名前なんですか?」

「あら、私、『宮美麗』なんて名乗ったかしら」

「名乗りました」

 間髪(かんはつ)いれず返した四月ちゃんを、麗さんはちょっとジャマなものでも見るような目でにらんだ。

「……私の名前は、DNA鑑定書に書いてあるとおり『四ツ橋麗』よ。……そう、そうよ。結婚したとき苗字(みょうじ)が変わったの」

「それは考えられませんね。クワトロフォリアは、四ツ橋竹彦(たけひこ)・菊造(きくぞう)兄弟が経営していた企業です。あなたの夫・松太郎(しょうたろう)さんは竹彦さんの息子で、あなたは菊造さんの娘だ。どちらの苗字も元々『四ツ橋』のはず……結婚によって苗字は変わらないのでは?」

 麗さんはぐっと言葉をつまらせた。

 え……? 何が起こっているの?

 もしかして、麗さんはウソをついてるの?

 一花ちゃんも、二鳥ちゃんも、そして私も、あらそうのをやめ、じっと麗さんに注目した。

 麗さんはあせったようにこう言った。

「ええ! 結婚で苗字が変わったというのは言いまちがいよ。私の本当の名前は『四ツ橋麗』! 最初ここに来たとき『宮美麗』と名乗ったのは、話をわかりやすくするためよ。あなたたちの苗字が『宮美』なのに、私が『四ツ橋』じゃ、混乱しちゃうでしょ?」

「なるほど。では、疑問その二。僕らの苗字『宮美』は、元々だれの苗字なのでしょう」

「だれの苗字でもないわ。あなたたちを施設に預けるとき、私がつけてあげた苗字よ」

「なるほど。では、疑問その三。なぜ『宮美』という、どちらかと言えばめずらしい苗字をわざわざつけたのでしょうか。『山田』や『田中』ではいけなかったのでしょうか?」

「それはミヤビが――」

 麗さん、何かを言いかけて、ハッと手を口に当てた。

 なんなんだろう?

 やっぱり、麗さんは何かをかくしてるの?

 だけど、それから、彼女はいいかげんおこったような口調で、

「そんなことどうだっていいでしょう! 苗字の由来なんか忘れたわよ!」

 麗さんにどなられて、四月ちゃんはひるんだ。

 負けないで、四月ちゃん……!

 私は四月ちゃんの左手をきゅっとにぎった。

 かわいそうに、こんなにふるえてる。

「シヅちゃん」

 二鳥ちゃんもささやいて、四月ちゃんの右手をにぎりしめた。

 四月ちゃんのふるえは……少しだけおさまったみたい。

 彼女は大きく息をすって、さらにたずねた。

「お母さんは『あなたたちを一日だって忘れたことはなかった』と言っていましたよね。でも、苗字の由来は忘れてしまったのですか?」

 麗さんは、また、ぐぐっと言葉をつまらせて、答えられないみたい。

 四月ちゃんは私たちの手を強くにぎって、たたみかけた。

「疑問その四。僕は、あなたの言うことが矛盾(むじゅん)していると感じます」

「……どういう意味よ」

「あなたは『子どもは親の言うことを聞くのが当たり前なんだ』と主張する親に反発し『自分の子どもには自由に生きてほしい』との思いから、僕ら四人を別々の施設に預けたんですよね」

「そうよ。それが何っ?」

「ですがあなたはまさに今、親である自分の言うことを、子どもである僕らにムリヤリ聞かせて、自由をうばおうとしている……矛盾があるとは思いませんか?」

「ああもうっ。それはそれ。これはこれよっ」

 麗さんはヒステリックにさけんだ。

 だけど、

「あなたは、」

 四月ちゃんの声、すごく落ちついてる。

 まるで、犯人を追いつめる探偵さんみたい。

「あなたは、本当に僕らのお母さんなのでしょうか?」

「な…………何言ってるの。本当のお母さんに決まってるじゃない。証拠だってあるのよ、ほら」

 麗さんは、声をあらげたのを取りつくろうように、急にねこなで声を出しはじめた。

 DNA鑑定書を四月ちゃんに見せ、引きつった笑みをうかべている。

 こちらはまるで……そう、追いつめられた犯人だ。

「なるほど、たしかにあなたは僕らのお母さんなのですね。こうした証拠もある」

「ええ、ええ、そうよ。私はあなたたちのお母さんよ」

「なら、もちろん、僕たちを施設に預けるとき、バスケットに入れてくれた、おそろいのアレ、覚えてますよね」

「ア……アレ?」

 麗さん、今にも冷や汗の流れだしそうな表情で固まってる。

 その顔を見て、四月ちゃんはかすかに笑った。

「これが最後の疑問です。もしかして、お母さんも持っているんじゃないですか? おそろいでくれた、あの……『クマのぬいぐるみ』を」

 え?

 クマのぬいぐるみ?

 私たちのバスケットに入っていたおそろいのものは……ハート形のペンダントだよ?

 ……あ!

 そっか!

 似たような場面、探偵もののマンガで読んだことある。

 四月ちゃんは麗さんに、いわゆる、カマをかけてるんだ!

 麗さんはうろたえた表情から一転、ホッとしたような笑顔になった。

「あ、ああ! あの『クマのぬいぐるみ』ね! もちろん持っているわよ。家に大切にしまっているわ。私、いつも、あのぬいぐるみをなでては、あなたたち一人ひとりのことを思いだしていたのよ!」

 そんな白々しい言葉がひびいて。

 しん、と静まりかえった玄関。

「……あんたウソついてたのかよ?」

 低い声が聞こえ、その場の全員がギクリとした。

 口調も、声色も、ふだんと全然ちがうけど。

 それはたしかに……一花ちゃんの声だった。

「な、なんの話かしら」

「とぼけんな」

 一花ちゃんは前に進みでて、麗さんにせまる。

 カッ、カ、カツン、と、たたらをふむハイヒールの音が聞こえた。

「どうなの。ウソついてたのかって聞いてんだけど」

「ど、どうしてそうなるのよ……私ウソなんて……」

 麗さんはおよびごしで言いわけしてる。

 一花ちゃんはドスのきいた声でどなりつけた。

「あたしたちがお母さんからもらったのはクマのぬいぐるみなんかじゃないんだよ! ありもしない出まかせ言ってんじゃねえ!」

 ――ドンッ

 追いつめられた麗さんは、玄関のドアに背中を打ちつけた!

「な…………べ……別にもう、お母さんだろうとなかろうと、どっちでもいいじゃない……? 私は、あなたたちに金銭的な援助をしてあげるって言ってるのよ? 一花だって、さっきまで納得してたじゃ――」

「ふざけんな!」

 麗さんの言葉をさえぎるように、一花ちゃんはさけんだ。

 「あたしはお金がほしいんじゃない! 妹たちを守りたいんだ!!」

 力強いその言葉が。

 私たちの間にあった暗いモヤモヤを、全部ふきとばした。

 そうだよね……。

 最初から、わかってたような気がするよ、一花ちゃんの気持ち。

 だって、自分の過去を話してくれたあのとき……。

 最後に、一花ちゃん、泣きそうな声でこう言ってたもん。

 ――「千草ちゃんみたいに、なってほしくないのよ」

 って。

「なりたくないのよ」じゃなくて「なってほしくないのよ」。

 それってさ――。

 一花ちゃんは、自分のことより、私たち妹のことを心配して、なやんでたってことだもんね。

 心が大きくゆらいで、うっかりケンカになっちゃったけど。

 一花ちゃんは最初からずっと……『妹たちを守りたい』って、思ってくれてたんだよ。

「お前みたいなあやしいヤツに、大事な妹をわたせるかっ!」

「ひっ」

 一花ちゃんは麗さんの胸ぐらをつかむと、空いているほうの手で、玄関のドアを大きく開けた。

 そして、

「警察よぶよ! 帰んな!」

 ぽいっ、と麗さんを放りだして、

 ――バタン! ガチャッ

 すばやくドアを閉めて、カギをかけちゃった!

 やがて、ドアの向こうから、

「何よっ。見てなさい! 私はあきらめないんだから……っ!」

 ――カッ、カッ、カッ、カッ…………

 くやしそうな捨てゼリフと、遠ざかるハイヒールの音が聞こえて。

 その音も聞こえなくなると、玄関は、嵐が去ったあとのように、シーンと静かになった。

「一花……?」「一花ちゃん……?」「一花姉さん……?」

 同時に、おそるおそる、仁王(におう)立ちする一花ちゃんの背中に声をかけた私たち。

 ゆっくりふりかえった一花ちゃんは……。

 ふわっ、と晴れやかに笑ってて。

 春風みたいな、いつもの声で。

「これも本当の私……。これが、私の本当の気持ちよ」

 うれしい気持ちが、胸いっぱいにあふれだす。

「一花ーっ」「一花ちゃん!」「一花姉さんっ」

 私たち三人の妹は、笑顔で、思いっきり一花ちゃんにだきついた。


第17回へつづく

書籍情報


作: ひの ひまり 絵: 佐倉 おりこ

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046318411

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