
ひとりぼっちだった三風の前に、同じ顔をした四つ子の姉妹たちがあらわれて、姉妹四人だけの、たのしくてちょっと大変な毎日がスタート! でも、別々の場所で育った四人だから、まだ、姉妹に言えていない「ひみつ」があって…?
角川つばさ文庫の大人気シリーズ第2巻が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ!
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13 私の過去
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私、一花。
みんな私のことを『しっかり者』とか『お姉さんっぽい』なんて言う。
たしかに、それは私の一面かもしれないけれど……。
『しっかり者』で『お姉さんっぽい』だけが私じゃない。
私には、別の一面だってある。
それは……目つきの悪い野良犬みたいなところ。
少なくとも、施設にいたときはそうだった。
私は不良だったの。
何度もイヤな目に――差別にあっているうち、心がすっかりひねくれてしまったのよ。
最初に差別を受けたときのこと、私、はっきり覚えてる。
小学一年生の冬だったわ。
教室の石油ストーブに、ぞうきんからしずくを垂らして「ジュッ」って音を鳴らして遊んでた子が何人かいてね。
「やめなよ。危ないよ」
って私は言ったんだけど、だれも聞かなくて。
そのうち、だんだん遊びがエスカレートしたみたいで、とうとう、かわいたぞうきんがこげる事件が起こったの。
当然、先生に見つかって、すぐに学級会が開かれた。
「こんなあぶないことをしたのはだれですか!? 先生がもどってくるまでに『自分がやりました』って、正直に名乗りでなさい!」
ピシャッと戸が閉められて、先生は教室から出ていった。
しんと静まりかえった教室で。
だれかが、ポツンとこう言ったの。
「宮美(みやび)さんじゃない? ストーブの近くにいたの、見たわ」
って。
そうしたら、みんなまで口々に同じようなことを言いだした。
「私も、一花ちゃんがストーブの近くにいたの見た」
「宮美もストーブで遊んでたんだろ」
「あのこげたぞうきん、宮美さんがよく使ってたやつじゃない」
どうしてそんなこと言われなくちゃならないの?
私は注意していただけよ。
「ちがう! 私じゃない!」
頭に血がのぼって、思いきりどなった。
そうしたら……。
「だって、宮美さんはお家がみんなとちがうし」
「一花ちゃんは、シセツの子だもん……」
「お母さんも、お父さんもいないんでしょ」
ぐらぐらわいてくるいかりで、私、息が止まった。
奥歯は力いっぱい食いしばられて、こぶしはぎゅっとにぎられてて……。
そんなとき、近くの席に座ってたお調子者の男子が、ふざけてこうさけんだの。
「犯人はシセツの宮美できーまりっ!」
私、気づいたらその子につかみかかってた。
すぐに先生が飛んできて、ストーブの学級会は、私の学級会になって。
いつの間にか、ぞうきんがこげた一件も、私がやったことにされちゃった。
そのとき思ったのよ。
親がいないってだけで、みんなから差別されちゃうんだ。
施設でくらしているってだけで、何を言っても信じてもらえないんだ、って。
実際、それから、似たようなことが何度もあったわ。
花瓶(かびん)が割れたら、
飼育小屋の動物がケガをしたら、
だれかの持ち物がなくなったら、
真っ先にうたがわれるのは、いつも私。
さみしくて、くやしくて、みんなみんな大きらいだった。
だけど、どれだけさみしくても、くやしくても……。
私のいた施設――綯ヶ城(ないがしろ)学園の職員は、私の話をちゃんと聞いてくれなかった。
私には、お母さんもお父さんもいなかったし……。
お母さんやお父さんの代わりをしてくれるような人も、一人もいなかったのよ。
だんだん、私は大人に反抗的(はんこうてき)な態度を取るようになった。
授業はまじめに受けなくなったし、宿題もちゃんとやらなくなった。
小学三年生の終わりごろには、もう中学生のお姉さんについて、悪い遊びを教わってた。
小学四年生の夏休み、髪をそめてピアスを開けて、夜おそくまで施設に帰らなかった。
連れもどされそうになったらあばれた。
「お前のような子はどうしようもない。出ていけ」
そう言われて、私は里親さん――小畑(こばた)夫妻のもとへ引きとられたの。
だけど、私、里親さんに引きとられて、本当によかったって思ってる。
里親さんのところで、大好きなお姉ちゃん――千草(ちくさ)ちゃんに出会えたから。
千草ちゃんは、お母さんもお父さんも行方不明で、育ててくれたおばあちゃんも亡くなったって言ってたわ。
境遇(きょうぐう)が私と似ているからか、気が合ってね。
あっという間にうちとけて、仲よくなったの。
千草ちゃんは、ひとことで言うと…………変わった人、かしら?
私より六歳も年上なんだけど、とてもそんなふうに思えなかった。
なんていうか、ムダに元気で、いつも面白いことをして、しょっちゅうみんなを笑わせてた。
来て早々、私が里親さんに、
「髪を黒くそめなおしなさい!」
ってしかられたときだって、
「そう何度もそめたら髪がいたむよ! 夏休みの間はこのままでいいじゃん! 金髪だからなんだっていうわけ? 一花は絶対いい子だよ。悪い子じゃないに決まってる! 全財産かけてもいい。全財産、八百円しかないけど」
とか言うのよ。……わけわかんない。
そのわりに手先は器用で、おしゃれで、ヘアアレンジなんかも上手で……。
私、あこがれてたの。
言わなかったけど。
小四の八月を全部使って、私たちは思いっきり遊んだ。
遊ぶだけじゃなくて、もちろん勉強もちゃんとしたわ。
私、そのとき九九もあやしいくらいだったんだけど、千草ちゃんはちゃんと見てくれた。
今思えば、千草ちゃんだって、資格の勉強とかでいそがしかったはずなのにね。
まあ、教え方はけっこうテキトーだったけど……。
そういうひょうきんなところも、私は好きで。
大げさじゃなくて本当に、千草ちゃんのおかげで、今の私があるようなものなの。
夏が終わって、新しい学校に通いはじめたころには、私、不良をすっぱりやめてたんだもの。
ふしぎでしょ。
特別に好きな人ができたら、へそを曲げてる場合じゃないやって、なんとなく思ったのよね。
五年生になったころには、千草ちゃんのすすめで、ミニバスケットボールのチームに入った。
千草ちゃんも、小学生のとき、そのチームに入っていたんですって。
私、チームの中では普通に過ごしているつもりだったんだけど……。
いつの間にか上達して、気がついたらキャプテンになってた。
「宮美はメンタルが強い。リーダーシップがある」
ってコーチは言ってたっけ。
もしかしたら、不良だったころ、知らない間に身についた『度胸(どきょう)』とか『根性』みたいなものが、プラスに働いたのかもね。
里親さんの家の小さな庭では、よく千草ちゃんとバスケの練習をしたわ。
千草ちゃん、いつも本気を出すから、最初のうちはちっともボールを取れなかったんだけど。
だんだん上達してきたら、ほとんど互角(ごかく)に競(きそ)えるようになって。
そんなひとときも、楽しかったな。
私が小学校を卒業すると同時に、千草ちゃんは高校を卒業して、ひとりぐらしを始めた。
あこがれのお姉ちゃんががんばるんだから、私もがんばらなくちゃって思って。
それで私、中学生自立練習計画への参加を決めたの。
でも……。
覚えているかしら。
四月の半ばごろ、私に手紙が来たこと。
あれは千草ちゃんからの手紙だったの。
《仕事が辛くて、もうやめたい、って思ってる。自立ってこんなに大変だと思わなかった。一人でアパートの部屋にいると、父さんや母さんが何日も帰ってこなかったことを思いだして、さみしくてたまらなくなるんだ……》
そんなことが書いてあった。
私、そんな弱気な千草ちゃんの一面を知ったのが初めてで、どうしたらいいかわからなくて。
私が返事を書いたって、なんの役にも立たないんじゃないか、とか、私の返事のせいで、千草ちゃんがますます傷ついたらどうしよう、とか。
そんなことを思ってしまって、便せんに少し書いては、丸めて捨てることをくりかえしたわ。
あのとき、ちょうどお母さんを名乗る人から変な手紙が来たりして、ドタバタしてたでしょう。
私、千草ちゃんのメールアドレスも電話番号も知らなかったから、結局、何も返事をできないまま、一週間、二週間とたって……。
そうしたら、昨日の昼過ぎ、里親さんから電話が来たの。
『一花……落ちついて聞いて。千草が具合を悪くして、入院したの……』
それを聞いて、私、いてもたってもいられなくて、すぐ病院に行こうって決めた。
手紙に返事を出しそびれていた私のせいだって思ったわ。
家を出るとき、みんなに少しでも事情を説明すればよかったのに……できなかった。
あのとき、私、すごくあせっていたし、あわてていたから。
……それに……私と千草ちゃんとの関係を説明しようとしたら……。
必ず、私が不良だったことにもふれなくちゃいけなくなる。
そんな、なりゆきで不良だったことを明かすのはイヤだった。
もっと、きちんとあらたまって伝えないといけないんじゃないかって、ばく然と思ってた。
だって、私たち、これから何があってもいっしょの家族なんだもの。
今だけ、ごめん……!
そんな気持ちで、私は家を飛びだしたの。
私が、ひばり総合病院にかけつけたとき。
千草ちゃんは点滴(てんてき)をつけて、病室のベッドで横になっていた。
過労(かろう)と栄養失調(えいようしっちょう)だって話だったけど、もう痛々しいくらいにやせてて……。
私、本当にびっくりして、かける言葉がひとつも見つからなかったの。
あの明るかった千草ちゃんが「もうダメ」とか「死んじゃいたい」とか。
泣きながら、そんな言葉ばかり口にするんだもの。
そのときはただ、とにかく千草ちゃんが心配で、手をにぎってあげるくらいしかできなかった。
だけど、病院からの帰り道……一人になったら、急にこわくなったの。
そりゃ、社会はきびしい、自立はむずかしいって私、わかってるつもりだった。
けど、あの千草ちゃんでもダメなのか、そんなに過酷(かこく)なのかって、体じゅうがぞくぞくして。
夜になって、家に帰った私には……。
何があったか説明する心の余裕なんて、もう残されてはいなかった。
私……今でも不安なの。
私たち、子どもたちだけで自立できるのかしら。
いつかお金がなくなって、うえて病気になったりしないかしら。
それは、さけられるの?
さけるためには、どうすればいいの?
いくら考えても、わからない。
もう、だれも、千草ちゃんみたいに、なってほしくないのよ……。
書籍情報
- 【定価】
- 814円(本体740円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046318411
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