
ひとりぼっちだった三風の前に、同じ顔をした四つ子の姉妹たちがあらわれて、姉妹四人だけの、たのしくてちょっと大変な毎日がスタート! でも、別々の場所で育った四人だから、まだ、姉妹に言えていない「ひみつ」があって…?
角川つばさ文庫の大人気シリーズ第2巻が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ!
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10 僕が聞いた話
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「――――ということがあったの」
家に帰った私は、二鳥ちゃんと四月ちゃんに、見てきたことを報告していた。
「そうやったんや……まさか病院に行ってたとは」
「うん……」
うつむくと、編んだばかりの三つ編みが、顔の横でゆれた。
私たちは家に帰ってくるなり変装をといて、いつもの髪型といつもの服にもどってたんだ。
やっぱり、見なれたすがたのほうが落ちつくんだよね。
だけど、居間に満ちる空気はズンと重い。
「……そういうたら一花、あこがれの人が自立したから私もがんばる、みたいなこと言うてなかった?」
「あ、そういえば……! 私たちが出会った日……四人でスーパーに買いだしに行ったときに」
私が思いだしてそう言うと、二鳥ちゃんはうなずいた。
「あれは、千草さんのことやったんや」
あのとき、一花ちゃん、まっすぐ前を向いて、こんなふうに言ってた。
――「私、あこがれてる人がいるの。その人もこの春からひとりぐらしを始めて、立派に自立したの。だから、私もがんばらなくちゃって思って、中学生自立練習計画へ参加を決めたのよ」
一花ちゃんの真剣な言い方に、二鳥ちゃんと私は、
――「あこがれてる人ってだれ? もしかして彼氏?」
なんて、かんちがいしちゃったんだっけ。
「あこがれの人がザセツして入院したんだから、一花ちゃん、かなりショックだったと思う」
「様子がおかしゅうなるわけやわ……。せやけど、なんでうちらにほんまのこと話してくれへんかったんやろ。『ショッピングよ』とかバレバレのウソまでついて、一人でおみまい行って、水くさいやんか。うちら家族やのに」
二鳥ちゃんは、ちょっとおこってるみたい。
私はおこるというより……まだちょっとふに落ちない感じがする。
「私たちに千草(ちくさ)さんのことを伝えてくれなかったのは……一花ちゃんが、一人になりたい気分だったからかな? それとも、あまりにもショックだったから……かな?」
「……それだけじゃ、ないと思います」
それまでずっとだまっていた四月ちゃんが口を開いた。
なんだか、だれよりもしずみこんだ表情をしてるけど……。
「シヅちゃん、なんか知ってるのん?」
二鳥ちゃんが問うと、四月ちゃんは私たちのほうを見て、苦しそうにこう言った。
「これから僕がどんなことを話しても、一花姉さんのことをきらいになりませんか?」
……きらいに……?
どういうこと?
わかんないけど、でも、
「一花ちゃんのこと、きらいになんて、なるわけないよ」
「せや。うちらみんなのお姉ちゃんなんやもん」
私たちがはっきりそう言うと、四月ちゃんは重い口を開いてくれた。
◆ ◆ ◆ ◆
僕・四月は、柿之本町のバス停でおりました。
そこから歩いて、五分ほどでしょうか。
「ここ……か」
住宅街の中に、一花姉さんの里親さんの家はありました。
間口の広い三階建て。一階には、車庫のシャッターと玄関のドア。
すぐとなりには小さな空き地があり、バスケットボールのゴールがひとつ建っています。
一見すると、やや大きめの、ただの一軒家。
ですが、里親さんの苗字(みょうじ)である『小畑(こばた)』のほかにも、二つか三つ、異なる苗字の表札(ひょうさつ)が出ていたので、ここでまちがいないと確信しました。
しかし、人の気配はありません。
もしかして留守なのだろうか。
一花姉さんはいないのだろうか。
インターホンをおすべきだろうか。
もしおして、だれかが出たら、なんて言えばいいのだろう。
迷っていたそのとき、
「あのう」
「ひゃっ!?」
ふいにうしろから声をかけられ、おどろいてふりむくと……。
そこに立っていたのは、やや大柄な中年の女性。
ちょうど買い物から帰ってきたところだったのでしょう。
手には大きなエコバッグをさげています。
「あのう、うちに何か……って、あら、一花じゃない! だれかと思ったわ。どうしたの、そのかわいい服」
彼女は、どうやら僕を一花姉さんだとかんちがいしている様子。
見つかってしまったのならしかたありません。
僕はぼうしを取りました。
「あのっ……僕は、一花さんの妹の、宮美四月と申します」
「まあ! あなたが一花の妹の……!」
彼女は僕の顔をまじまじ見て、そうつぶやきました。
「四つ子だって聞いて、まさかそんなことが? って思ってたけど……本当にそっくりね」
彼女のほほえみは、親しげで、とてもあたたかくて……。
なんとなく、お母さん、みたいなふんいきです。
僕は少し、くすぐったい気持ちになってしまいました。
「あ、あの、一花姉さんの里親さんの、小畑愛子(あいこ)さんでしょうか」
「ええ、そうよ」
「今日、こちらに一花姉さんは来ていませんか?」
「いえ、来ていないけど、どうして?」
「じつは……僕たち、一花姉さんを尾行(びこう)していて――」
思いきって事情を告白すると……。
「そうだったの……」
愛子さんはしずんだ表情でうつむきました。
それから、玄関のドアを、僕に向かって開き、
「四月さん……お時間あるかしら。せっかくだから、上がっていって。お茶でもどうぞ」
「あっ、はい、ありがとうございます。おじゃまします。どうぞおかまいなく」
そうして、僕は里親さんの家に入り、話を聞かせてもらうことになりました。
「一花姉さんの様子がおかしいことについて、何かお心当たりはありませんか? 昨日のお昼ごろ、電話を受けたことがきっかけになったようなのですが」
応接間のイスに座り、さっそくそうたずねると、愛子さんはかたを落としてこう言いました。
「その電話は私がかけたのよ。千草(ちくさ)が入院したってね。急なことでおどろかせて、本当に悪いことをしたわ……。一花の様子がおかしいのは、千草のことが原因でしょうね」
千草さん。聞きおぼえのある名です。
一花姉さんあての手紙の封筒に書いてあった、
――《千草から一花へ手紙が来ていたので転送します》
家を飛びだしたとき、一花姉さんが言っていた、
――「ごめん、私、行かなくちゃ。千草ちゃんが……!」
二つの記憶が、脳裏(のうり)をよぎりました。
「あの……千草さん、という方は、一花姉さんのお友達ですか?」
「友達……そうね。歳は千草のほうが六つ上なのだけど、一花は千草のことが大好きだったから……友達っていうよりは、姉妹かしら。お姉ちゃんお姉ちゃんって、すごくしたっていて」
千草さんは、一花姉さんのお姉さんのような方――?
だけど、僕にはその様子がうまく想像できませんでした。
「少し、意外です。一花姉さんって、あまり家族以外には心をゆるさないタイプなので」
「そうなの……あの子はまだ……」
顔をくもらせ、口をつぐむ愛子さん。
何か事情を知っていそうな様子だったので、さらにふみこんで聞いてみました。
「たとえば、僕らが『家に友達をよびたい』と言っても『ダメよ。親のいない子だって知られたら、きらわれるに決まってるわ』とゆずらないんです。ちょっと、さみしい考え方ですよね……一花姉さんは、どうしてそんなふうに考えるようになったのでしょう」
じつを言うと、僕は一花姉さんの気持ちがまったくわからないわけではないんです。
僕は昔、いじめにあっていたから……まだうまく他人を信じることができなくて。
だけど、一花姉さんのことを聞きだすため、あえてそんなふうにたずねてみました。
愛子さんは「私もくわしくは知らないのよ」と前置きしたうえで……。
一花姉さんの過去を、少しだけ教えてくれました。
「一花はね、私たちの家に来る前にいた施設や小学校で、親のいない子だからって、ひどい差別を受けていたみたい……。そのころのあの子はずいぶんとすさんでいて……悪い先輩といっしょに、夜中に施設をぬけだしたりしたらしくてね。問題児あつかいされて、もう手に負えないからって、施設から私たち里親夫婦の家に連れてこられたの」
僕は絶句(ぜっく)しました。
問題児あつかいされていた?
あの一花姉さんが?
「今の一花からだと想像もできないでしょう。そんな不良だったなんて」
「! あ、あの」
不良という単語にピンときた僕は、一花姉さんのコンパクトミラーを取りだしました。
そして、フタのウラに一枚だけはってある、例のプリクラを愛子さんに見せました。
「このプリクラに写ってる女の子って……」
愛子さんはなつかしそうな目をしてうなずきました。
「こっちの金髪の子が一花よ。となりに写っているのが千草だわ。一花がこの家に来たばかりのころ、千草といっしょにとったものみたいね」
……『もしかして』とは思ったものの。
いざ真実をつきつけられると、『まさか』という気持ちのほうが大きくて。
僕はあらためて、そのプリクラを見つめました。
小さくてわかりづらいうえ、今の一花姉さんとは、髪型も髪色もちがうけど……。
目鼻立ちは、たしかに僕らとよく似ている。
プリクラに写る、にらむような目つきの金髪の女の子は、まちがいなく一花姉さんでした。
それから、僕はしばらく立ちあがれずにいました。
一花姉さんは、里親さんの家に来るまで、ひどい差別を受けていた。
そのせいで心がすさみ、不良になっていた時期がある。
あの、優しくて、しっかり者で、家事がとくいで、節約上手な一花姉さんが……?
……すぐには、信じられませんでした。
書籍情報
- 【定価】
- 814円(本体740円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046318411
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