
ひとりぼっちだった三風の前に、同じ顔をした四つ子の姉妹たちがあらわれて、姉妹四人だけの、たのしくてちょっと大変な毎日がスタート! でも、別々の場所で育った四人だから、まだ、姉妹に言えていない「ひみつ」があって…?
角川つばさ文庫の大人気シリーズ第2巻が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ!
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8 思わぬ遭遇(そうぐう)
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四月ちゃんが柿之本町でおりた、そのすぐあと。
「うち、市立体育館に行くわ。だって一花は小学生のときミニバスケットボールやってたって言うてたし、市立体育館と、何か関係があるかもしれへんやん?」
って推理して、二鳥ちゃんは市立体育館前でバスをおりることになった。
「う、うん、がんばって! じゃあ、私、残ったひばり総合病院に行くね」
「たのむで!」
二鳥ちゃんを見送ったら、私、とうとう一人になっちゃった。
私の担当は、病院かぁ。
一花ちゃんがいる可能性は、あまり高くなさそうだけど……。
それでも、できるだけのことはしなくちゃね。
私は、変装用のマスクを、スチャッ、とつけて。
『ひばり総合病院前』でバスをおりて、歩道に一歩ふみだして。
よし、一花ちゃんをさがすぞ。
って、気合いを入れて、病院のほうを、くるっとふりむいたんだけど……、
「え……っ」
思わず絶句(ぜっく)。
ひばり総合病院って、こんなに広いの……!?
建物がいくつも連なっていて、そのひとつひとつがすごく――学校の校舎よりも大きい。
とりあえず、一番近くの建物にかけこんで、案内板を見てみた。
今、私のいる、ここが外来棟(がいらいとう)。
となりに建っているのが、入院棟(にゅういんとう)新館。
奥のほうに建っているのは、別院。
道をはさんで少し離れたところにあるのは、入院棟旧館。
この中から、どうやって一花ちゃんをさがしたらいいんだろう?
というか、そもそも一花ちゃんはいるの……?
「いきなり、ピンチだよ……」
外来棟の受付には人がいる。
聞いてみようかな?
でも、なんて?
自分の顔を指さして、
「あの、私と同じ顔の女の子がここに来ませんでしたか?」
なーんて、いやいやいや、ムリムリムリ……。
「はぁぁ……どうしよ……」
困ってうつむいていたら、
「あれ、三風ちゃん?」
声にハッと顔を上げると、そこにいたのは――、
「みっ、湊(みなと)くん!?」
はねた髪に、明るい笑顔。
ク、クラスメイトの、野町(のまち)湊くんだ……!
思いもよらない遭遇(そうぐう)に、私の頭は真っ白。
「……み、湊くん、どうしてここに……? あっ……昨日『家族でばあちゃんに会いに行く』って言ってなかったっけ……?」
なんとかそうたずねると、
「うん。そうだよ。ばあちゃん、ちょっと前から検査入院しててさ。やっと退院だから、今日は家族でおみまいとお手伝いに。今、母さんと父さんが、何かの手続きしてるみたい」
「あ……そうなんだ」
『ばあちゃんに会いに行く』って、そういう意味だったんだ。
私、てっきり家族でいなかのおばあちゃんの家に行くんだろうって、かんちがいしてた。
納得したところで、湊くんのみけんに、急にしわがよった。
「三風ちゃん、マスクしてるけど、カゼ? 大丈夫?」
わわっ、本気で心配されてるみたい。
「う、ううん、ちがうの……」
「じゃあ、もっとほかの病気……?」
「ううん! えっと、これはただの花粉症で……く、くしゅんくしゅん! あっ、でも、花粉症で病院にかかってるわけじゃないの。本当に大丈夫だよっ」
ううっ、ごめんなさい、ウソです……。
とっさにクシャミのふりまでしちゃった。
心配かけちゃった手前、良心がズキズキ痛む。
「あ、そうなんだ。でも、花粉症も大変だよね。うちの妹もズルズルやってるよ。最近はヒノキの花粉が飛んでるんだって」
「へ……へえ〜……。……そうなんだ」
私、花粉症なんて、本当は一度もかかったことがない。
だましてるのがもうしわけなくて、うまく受けこたえできないよ。
すると、湊くんは話題を変えるように、さらりとこう言った。
「そういえばさっき、あっちの入院棟で、三風ちゃんの姉妹の子を見かけたけど――」
えっ!?
「ほっ、本当!?」
そ、それって一花ちゃんじゃない?
私がすごいいきおいで食いついたので、湊くんはちょっとびっくりしちゃってる。
「う、うん……たぶん、見まちがえとかじゃないと思う。三風ちゃんも、今日は家族で、だれかのおみまいに来たの?」
そうなのおみまいなの、って、ごまかすことはできる。
だけど、そうしたらきっと『だれのお見舞い?』って湊くんは聞くだろうし……。
そうしたら、きっとまた何か別のウソをつかなきゃならなくなる。
ウソをかくすためにウソを重ねて、心配されたり気づかわれたり……。
大切な友達の湊くんに、いつまでこんなことするつもりなの?
これ以上ウソをつくのは、心が苦しいよ。
「……湊くん」
私、きゅっとこぶしをにぎりしめて、痛む胸をおさえた。
「ごめんなさい。じつは……じつはね」
言いながら、そっとマスクをはずす。
「このマスク、花粉症じゃなくて変装なの。私たち……一花ちゃんを尾行(びこう)してるんだ」
「えっ、尾行?」
目を真ん丸にした湊くん。
私はかまわず、全部打ちあけた。
昨日、一花ちゃんが家を飛びだしてしまったことも。
朝から一花ちゃんの様子がおかしかったことも。
心配になって尾行したことも。
今は、姉妹で三手に分かれて、一花ちゃんをさがしていることも。
「そうだったんだ……」
すぐに本当のことが言えなくて、ごめんね、湊くん。
しょんぼり、うつむいてしまった私だけど、
「それは、心配だよね。わかった。案内するよ。あっちだよ!」
「えっ……!?」
湊くんは全然気にしていないみたい。
すぐに、たのもしい早足で歩きだしてくれた。
私たちは外来棟を出て、入院棟旧館のほうへと向かっていた。
きれいに整備された広い歩道には、プラタナスの木が等間隔(とうかんかく)に葉をしげらせている。
「にしても、あのまじめそうな一花さんが急に家を飛びだしたなんて……お母さんやお父さんも心配してるでしょ」
歩きながら、湊くんは言った。
お母さんやお父さんも心配してる――か。
そう考えるのは自然なことだよね。
でも、うちにはお母さんもお父さんもいない。
私たち四姉妹は、あの家で、子どもだけでくらしてる……。
そんな本当のことは……やっぱり、言えない。
もうちょっとなのに、勇気が出ない。
どうして、言えないんだろう。
私、じっとだまってしまった。
せっかくできた、明るくて優しい友達なんだもの。
私、湊くんと、もっと仲よくなりたい。
仲よくなりたいと思っていればいるほど、相手には本当の自分を知ってほしい。
本当の自分を知ってもらえないままだと、今みたいに、心の距離が空いちゃう。
それって、とてもさみしいこと。
でも、仲よくなりたいと思っていればいるほど、本当の自分を知ってもらうのはこわい。
だって……どうしたって思うから。
本当の自分を知られて、きらわれたりしたらどうしよう、って。
本当の、自分――。
――「本当の私のことなんて、なんにも知らないくせに……!」
ふいに、一花ちゃんの言葉がよみがえった。
一花ちゃんも、もしかして、今の私みたいな気持ちだったのかな……?
湊くんは、だまってしまった私をちらりと見て、心配そうにまゆを下げた。
たぶん、『三風ちゃん、一花さんが心配なんだ』って判断したんだろうね。
それ以上は、何も聞かれなかった。
それから、歩くこと、一、二分。
やっと入院棟の旧館が見えてきた。
門の奥にあるのは、年季(ねんき)の入った大きな建物。
庭には、歩道と同じように、プラタナスの並木が数メートル続いてる。
「三風ちゃんの姉妹を見かけたのは、あの建物の一階だよ。その子、待合席で、ぼーっと座ってたんだ。パッと見ただけだったから、姉妹のだれかまではわからなかったけど……」
と湊くん。
そっか、私たちってそっくりだから、だれなのかまでは、わからなかったんだね。
…………って。
あれっ……?
私、入院棟に向かって歩きながら、ななめ前にいる湊くんにたずねた。
「湊くん、さっき外来棟で会ったとき、私が三風だって、パッと見てすぐにわかったよね? しかも私、変装してたのに……どうして?」
湊くんも歩きながら答える。
「どうしてだろ? いつも見てるからじゃないかな?」
――え?
「あ……」
どちらからともなく、私たちは足を止める。
五月の風がざわっと通りすぎ、プラタナスのこもれ日が、二人をつつんできらきらとゆれた。
「あ、あのっ、いつも会ってるからって意味だよ、教室で! カメラやってるから、観察力が人より高いんだよ、たぶん。ふんいきとかで、三風ちゃんはわかるんだ」
って、湊くんは照れたような早口。
「えへへ」って、困ったように笑ってる。
私……胸が急に高鳴りだした。
心の奥が、日なたみたいにあったかい。
湊くんは、まだ本当の私を知らない。
でも、パッと見ただけで私を見分けられちゃう。
私の見た目やふんいきは、きっとだれより細やかに知ってる。
それって……すごくうれしい。
私のことを、見ててくれてるんだ。
「……湊くんは、だれでしょうゲーム、きっと一番強いね」
ホッとした気持ちになったら、そんな言葉が口から出ちゃった。
「だれでしょうゲーム?」
「うん、そう。だれでしょうゲーム。二鳥ちゃんが考えたゲームなんだ。ルールはね─」
簡単にだれでしょうゲームの説明をすると、湊くんは楽しそうな笑顔を見せた。
「へえ、そんなゲームしてるんだ。すっごく面白そう! 三風ちゃんたち、お母さんやお父さんでも見分けつかなそうなくらい、そっくりだもんね」
「お母さんとお父さんは家にいないの。私たち、姉妹四人だけでくらしてるんだ」
まるで、すった息をはくような自然さで。
私、気がついたら打ちあけていた。
でも『しまった!』とは、ふしぎと思わなかった。
つっかえていた言葉が、風にほどけるようにスルッと出て、すがすがしいくらいだった。
言ってしまってから、『湊くんになら打ちあけても大丈夫』って思ったの。
ううん。
無意識に、『湊くんになら打ちあけても大丈夫』って思ってたから、口が動いたのかな。
「えっ、子どもだけでくらしてるの?」
湊くんはまじめな顔。
私も同じくらいまじめな顔でうなずく。
「どうして? ……お仕事で、出張とか?」
「えっと……どうしてか、っていうと……――」
――ピリリピリリ……
ふいに、湊くんのスマホが鳴った。
「あ、母さんからメッセージだ」
「わ、ごめん、こんな遠くまで案内してもらっちゃって」
「全然いいんだよ。気にしないで。……だけどごめん、俺、もうもどらなきゃ」
「そっか……」
施設で育ったってことも、中学生自立練習計画のことも……。
聞いてほしいことはいっぱいあるけれど、全部話すには、ちょっと時間が足りないみたい。
「あの……いつか、いつか絶対、どうして私たちが子どもだけでくらしてるかってこと、話すから、それまで待っててくれる……? あっ、それから、学校のみんなには、このこと、ナイショにしてほしいんだけど……」
勝手なことばかり言ってごめんね……。
もうしわけなくて、下を向いちゃった。
だけど、
「わかった。だれにも言わないよ。二人のヒミツだね」
ゆっくり顔を上げると、湊くんは優しくほほえんでくれていた。
彼の笑顔は、お日さまみたい。
遠くにあっても、明るさもあったかさも、ちゃんと私にとどくから。
「三風ちゃん、この先一人で大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ。ありがとう、湊くん」
私たちは手をふって別れた。
入院棟旧館の入り口へ向かう、私の足取りは軽い。
いつか絶対、胸を張って本当のことを言おう。
それから、いつか絶対、湊くんもいっしょにだれでしょうゲームをするんだ。
ちょっとだけだけど、私たちの事情を知ってもらえて、心がうんと楽になった。
仲よくなりたい人に、本当の自分を知ってもらうのって、勇気がいる。
だけど、こんなに心地いいことだったんだね。
書籍情報
- 【定価】
- 814円(本体740円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046318411
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