第19章 秘密の作戦
──かかった!
これを待っていた。この、銃を持った火村が、すぐそばまで来る瞬間を。
ねらうのは火村の上半身。
後ろからスキルでつきとばして──おれのほうへ転ばせるだけ!
ドンッ
「うっ!?」
突然、スキルで背後から上半身を押すと、火村が驚きの声を上げる。
おれは横に回転して、倒れこんできた火村の体を避け、笑顔で自分の両手を見せた。
──すっかり自由になった、両手を。
「なにっ!?」
驚いた火村が、銃を持った手を床につく。
手がゆるんだ。いける!
おれは自由になった手で、どんっ! と火村の手から銃を弾きとばす。
さらに、スキルを使って、手が届かないよう床の上をすべるように移動させる。
拳銃は、段ボールのかげに入りこんで、視界から一瞬で消えた。
「くそっ、銃が!」
「銃より、自分の心配したほうがいいんじゃない!?」
大きくジャンプしてけりあげると、無防備だった火村の体が軽々と宙を飛んだ。
拳銃さえなければ、こんなやつ、スキルを使うまでもない。
「いてえっ!」
火村が、床にはいつくばりながら叫んだ。
「なっ、なんだ。今、何が起こった!? 体が後ろから押された! ──それより、おまえ、おまえの両手は固くしばられていたはずだ!」
「そう、ちゃんとしばられてたよ」
結び目もきつかった。なかなか解けるようなものじゃなかった。
でも──。
「これを使ったんだ」
おれは火村の前に立つと、手に持ったカッターをひらめかせた。
火村が、ぎょっとする。
「そ、それは、作業用のカッター!? さっきまで持ってなかったはずだ」
「まあね。でも、ちょっと借りたんだ。あんたがさっきインク缶を銃で撃ったすきに、ステキなお兄様が、おれに届けてくれたから」
(……朝陽、変な言い方するな)
星夜が、心の中で、ため息まじりに言う。
そう、さっきおれが火村につかまってから──。
星夜はすぐに、まひるのナビで、カッターを取りに作業室へ戻っていた。一時的に心の中で会話できなくなっていたのは、そのせいだ。
そして、カッターを手に戻ると、おれがインク缶を倒して、火村たちの視線から外れた一瞬をつき、開いていたドアのすきまからカッターをすべらせるようにしておれにわたしたってこと。
もちろん、犯人たちからは見えないおれの背後──しばられていたおれの手元に。
「この業務用のカッターならロープは切れる。つまり、棚を銃で撃ったときに、あんたの負けは決まったんだ」
「ちくしょう! ……いや、待てよ。それでもおかしい。おまえは手首をしばられてたんだぞ。カッターを手に入れたって、自分でロープを切れない!」
「えーっと……それはナイショ」
カッターで切るのはスキルでやったから、なんて言えないや。
でも、けっこうむずかしかったな。後ろは、ぜんぜん見えないから、カッターで手まで切らないか、本当にヒヤヒヤした。
けっきょく、まひるにおれの手元を視てもらって、そのまひるのナビを星夜が心の声でおれに伝えて……ってまわりくどい方法でなんとかなったけど。
カッターを動かしながら時間かせぎもしなきゃいけなくて、かなり疲れた!
「ま、こんな使い方ができるなんて、おれたちも知らなかったから、新発見だったな」
「は、はあ? 何わけわかんねえこと言ってんだ!」
「ごめん、こっちの話。どっちにしろ、説明する気はないけど!」
おれはすばやくかけよると、火村めがけてジャンプした。
火村が顔の前に両腕をかざして、ガードする。
「──けると思った? 違うんだな」
おれが見てるのは、その背後の段ボールとロープ!
スキルで引きよせた空の大きな段ボールが、火村の上半身にすっぽりかぶさった。そして、驚く火村のその足を、動かしたロープですばやくしばりあげる。
「なっ、なんだ!?」
「よっと」
前から両手で押すと、火村はあっさり後ろに倒れてインクを積んだ棚にぶつかった。
ぶつかった衝撃で倒れた棚から、インクの缶が火村に降りそそぐ。
よし、缶が当たってのびてる。それに、服も顔もインクで真っ青! ま、自業自得か。
「これで、あと一人。あんただけだ、水原!」
「このっ!」
水原は悪態をつくと、ナイフを手に久遠さんとお父さんのほうへ走りだす。
まずい、二人があぶない! でも、水原が強くにぎっていて、ナイフを奪えない!
パッと、まわりを見る。すぐに、小さなインク缶を見つけて強くにらんだ。
──シュッ!
インク缶が水原を目がけて飛び、手元のナイフを弾きとばす。追加で、空の段ボールをかぶせて、火村と同じようにスキルでつきとばした。
その先にあるのはもちろん、まだ火村が倒れているインク缶の山だ。
「えっ、えええ、ああ!?」
ドシーン!
水原がインクの水たまりで転んで床にのびきると、星夜がドアのかげから姿をあらわした。
「二人とも倒したみたいだな」
「かくれてないで手伝ってよ。星夜だって強い──って、えっ!?」
突然、星夜がおれにヘッドセットを投げて、部屋の奥のドアへ走りだす。
えっ、いきなり何!?
受けとったヘッドセットから、まひるの大声が聞こえた。
『朝陽! 奥のドアから、見張りの二人が来る!』
「えっ」
あわててドアを見ると、男が二人かけてくる。見張りの土屋ともう一人だ。
「なんだ、おまえら!」「どこから入った!?」
星夜!
(だいじょうぶ。むしろ一人のほうが都合いいかも)
星夜が心の中で返事する。
二人の男を前にしても、星夜におじけづいた様子はない。いつもどおりのすずしい顔だ。
「このっ!」
土屋がなぐりかかると、星夜が、さっとよける。迷いのないきれいな動きだ。
その瞬間、もう一人の風間はニヤリと笑うと、よけた星夜に反対から、なぐりかかった。
はさみうちだ!
「あぶないっ!」
──パンッ! あたりに軽い音が響く。風間のパンチの音じゃない。
風間のパンチを、星夜が手のひらで受けながした音だ。
「なに?」
「悪いけど、不意打ちはきかないんだ」
星夜は、手ではたいて器用に風間のパンチをそらすと、土屋の顔面へと方向を変えさせた。
同じように、土屋のパンチは風間へ──。
ドンッ!!
土屋と風間、それぞれの本気のパンチがお互いの顔面に入る。
思いきりパンチをくらった二人は、そのまま、ドシンと音を立てて、あっさりと床にのびた。二人とも、お互いのこぶしのあとが顔にくっきり残ってる。
星夜はスキルで相手の心を読めば、どう動くのかわかるから、倒されないんだよな。
あーあ、かわいそ。いつもは平和主義者だけど、星夜が一番ようしゃなくない?
……でも、これで。
「全員、倒したな」
「ああ」
星夜と協力して、倒れた男二人を部屋へ引きずり、犯人の四人を一か所に集める。
だらしなくのびきった火村、水原、風間、土屋の顔を見おろして、星夜が言った。
「さてと、こいつらが動けないようにしないとな」
「ロープでしばる? おれがスキルでぐるぐる巻きにしようか」
『まーだ。朝陽、その前に、夕花梨ちゃんのお父さんの一万円札作りのデータを取りもどして』
「あ、そっか」
『ちなみに、火村のズボンの左ポケット』
さすがまひる、仕事が早い。
おれは、のびている火村にかけよると、さっとポケットをさぐる。
……あった!
迷わずつかんで引きぬくと、手の中で記録メディアがきらりと光った。
これで、久遠さんのお父さんは罪に問われずにすむ。
「うっ、それは!」
あ、起きた。
火村が真っ青な顔のまま、なぐりかかってくる。けれど、床にはいつくばったままくり出したパンチは、むなしく空を切った。
「このっ、それを返せ! くそっ、銃さえあれば!」
「銃がなきゃ何にもできないんだな」
おれは火村の前に立つ。
部屋の奥にある布でかくされた紙を集中して見つめると、用紙がつぎつぎと宙に浮いた。
ニセ札が印刷された紙だ。特大ポスターくらいはある大きな用紙に、一万円札が何十枚と印刷されている。
火村が叫ぶ。
「ああ、それは!」
「そう、あんたの大好きなお金だよ」
──ふわり
ねらいどおり、スキルで持ちあがった紙が、火村たち四人の上につぎつぎと舞いおちた。
「何が起きてるんだ!? 風もないのに紙が!」
たくさんの紙の束は、重すぎて持ちあげられない。でも、一枚ずつなら持ちあげられる。
大量に舞いあげられた紙が、部屋の空中に広がる。
驚く火村に向けて、おれは、ヒュッと手を下に振った。
バサバサッ ぶわあっ!
浮いていたニセ札が四人の男たちの上へ降りそそぐ。抵抗していた火村も、絶え間なく降りそそぐ紙で、ついに押しつぶされた。
「なんだ、これは! まるで紙が生きてるみたいに動いて……ぐっ、重くて、動けない!」
「ま、やったことの重みをかみしめて」
パラ パラパラパラ ……ぱらり
男たち四人の上にできた紙の山に最後の一枚がかぶさると、全員気を失ったのか、部屋はしんとしずまりかえった。
小さな力や気持ちはムダじゃない。集まれば、大きなものも動かせる力になるんだ。
(おれたちも行こう)
(ああ)
あ、忘れてた。
おれは、持っていた記録メディアを久遠さんのお父さんへ、ひょいと投げた。
お父さんの手が、あわててキャッチする。
「あ……ありがとう! その、きみたちは?」
久遠さんのお父さんが、記録メディアから顔を上げる。
けれど、そのときにはもう、おれと星夜の姿は、部屋から消えていた。
* * *
「夕花梨、起きなさい。夕花梨!」
「うん……」
何度も名前を呼ばれて、わたしはようやくまぶたを開ける。すぐにお父さんの笑顔が見えて、ほっとした。
「夕花梨、ああ、よかった。ケガは? どこか痛いところはないか? 急いで外へ行こう。逃げるんだ」
「う、うん。でも……」
……あの男たちは?
不安になって、こわごわとまわりを見まわすと、部屋の中は、なぜか、気を失う前とはすっかり変わってる。
部屋の中央には積みかさなった大きな紙で、山ができている。その下では、何人かの男の人が気を失っている。
あれは、さっきの男の人たち? それにこれ!
近くにあった一枚の紙を見る。10000と数字が入っている。
一万円札! しかも、一枚に大量の一万円札が印刷されたまま、切られていない。
「もしかして……ニセ札?」
よく見ると、部屋の中はぐちゃぐちゃだ。棚も、インクの缶も倒れている。
なんだか、嵐が通りすぎたあとみたい……。
「とにかく、行こう。立てるか?」
「うん。だいじょうぶ」
お父さんの手を借りて、ゆっくり立ちあがる。まだ不安がぬぐえなくて、お父さんと手をつないだまま部屋を出た。
「夕花梨。本当にごめんな。こんなことに巻きこんでしまって」
二人で出口へと歩きながら、お父さんが言った。
「それにしても、さっきの少年たちはだれだったんだろう。まるで、お父さんや夕花梨の事情を知っているみたいだった。突然、ここにあらわれたのも、不思議だったし……」
「突然あらわれた男の子が、わたしとお父さんを助けてくれたんだよね? 途中で気を失ってしまったから、わからないけど……」
でも、しっかり覚えてる。
犯人に、一人で立ちむかっていった時の横顔。
わたしをかばってくれた背中──。
ウ────!
そのとき、近づいてくるパトカーのサイレンが聞こえた。
急にお父さんが走りだして、わたしも走る。お父さんが押しあけたドアから外に出ると、点滅する赤いランプで目がチカチカした。
パトカーの赤いランプ。
それに──たくさんの警察官!?
そのうちの一人が、わたしとお父さんの前に立つ。
「通報があって来ました。久遠真也さんと娘の夕花梨さんですね?」
「は、はい」
……わたしたち、助かったんだ! なんだかドラマみたい……。
これもぜんぶ、気を失う前にかばってくれた男の子のおかげ、なのかな?
暗くなりはじめた空を見あげると、まばゆい星が三つ、キラキラと輝いている。
その星に向かって、わたしは心からささやいた。
「……助けてくれて、ありがとう」