第13章 三人の決意
一日経って、日曜日。昨日とはうってかわって、今日は朝からずっとヒマだ。
おれはベッドに寝ころがって、スキルで浮かせたえんぴつをぼんやりと見あげていた。
「……はぁ」
視線の先で、えんぴつが、くるくる回る。モヤモヤした時はよく、こんなふうにスキルでえんぴつを回す。そうすると、なんとなく心が落ちつく。でも今日は、あまり効果がないみたいだ。
星夜は図書館、まひるはお菓子を買いに出かけたから、今日はろくに話もできてない。
久遠さんとお父さんのこと、どうしよう。
やっぱり答えは出ない。どうするかも、何をすればいいのかも。
「……おれがもっと、強かったらよかったのかな」
コンコン
「朝陽、入るよ」
やさしい声のあと、ドアが開いてハル兄が顔をのぞかせた。
「今から車の練習に行ってくるよ。そのまま仕事に行くつもりだから、夕食は冷蔵庫に入っている作り置きを食べて──あれ? 朝陽、どうかしたの?」
「え?」
「それ。悩みがあるときによくやってるよね」
ハル兄はほほ笑みながら、くるくると回るえんぴつを指さした。
うわっ、えんぴつ止めるの忘れてた!
心配してくれてるんだ。でも、どうすればいいかなんて聞けないか。
もっと心配をかけるし、ただでさえむずかしいことだし。
今から車の練習をするハル兄に、悩みごとを増やすのも……あれ、そういえば。
「ハル兄って、なんで運転免許をとったの? こんなに運転が苦手なんだから、とるの大変だったよね。なんで、がんばれたの? 途中でやめようと思わなかった?」
「? どうしたの、急に。ぼくが朝陽に質問したのに」
「えっと、そうなんだけど……今、うまくいかないことがあって悩んでて。それでなんとなく、ハル兄が運転免許をとったときのことが、気になったんだ」
「なるほどね。参考になるかはわからないけど……たしかに運転免許をとるのは大変だったなあ。どうしても運転がうまくならなくて、あきらめかけたことも何度もあったよ。でも、それでもがんばれた。朝陽とまひると星夜と、みんなと車で出かけたかったからね」
「えっ、そんな理由で? ええと、ちょっと意外」
「ふふっ、ぼくががんばるには十分な理由だったんだよ。やりたいことは、できるからやるんじゃない。やりたいから、やる。気持ちが一番大事なんだよ」
ハル兄は、にっこり笑った。
「くじけそうになったときは、本当はどうしたいのか、自分自身に聞くんだ。うまくいかなくて悲しいな、つらいな、そう思ったときこそ、〈自分がどうしたいのか〉を一番大事にしたい。やめてもいい、逃げてもいい……それでもやりたい。そう思ったから、がんばったんだ」
自分の気持ちか。おれの気持ちは決まってるけど……。
「でも、やっぱりダメな時ってない?」
「そういう時は、準備や対策をすればいいんだよ。まず何ができるか考える。一人で思いつかないときは、まわりの人にも協力を頼む──朝陽にはいるでしょ? 絶対に頼れる人」
「あっ」
すぐに二人の顔が浮かぶ。
ちょっと生意気だけどやさしい顔と、見ると落ちつく涼しげな顔。
「……ハル兄、ありがと」
おれの言葉に、ハル兄は笑って、ドアのすきまから手を振った。
「それじゃあ、行ってくるね。朝陽もがんばって」
「うん」
そうだ、おれもいつまでも、ぼうっとしていられない!
おれはベッドの上で飛びおきると、部屋を出て階段を下りる。
たしかに、どうすればいいか迷ってると思ってた。でも、本当は──心は決まってた。
だったら迷わない。それより、準備や対策。今、できることをする。
二人が賛成してくれるかはわからないけど、できるかぎり、おれの気持ちを伝える!
そう意気ごんでドアを開けてリビングに入ると、まひると星夜がソファに座っていた。
「あれ? ……二人とも、もう帰ってきてたの?」
「えーっと、お菓子を買いに行ったんだけど、気分が乗らなくて帰ってきちゃった」
「オレも、本の文字が頭に入ってこなくてさ」
まひるは、ほおをかく。星夜も、手に持った本で肩をトントンとたたいた。
なーんだ。二人ともおれと同じ?
「……星夜、まひる。おれ、やっぱり久遠さんとお父さんを助けたい。まひると星夜との約束は何より大事だけど、でもっ」
それでも、やっぱりあきらめたくない。
「おれのわがままでごめん! でも、二人に手伝ってほしいんだ。どうすれば助けられるか、おれといっしょに考えて!」
「……了解」
星夜が、くすっと笑った気がした。
「というより、最初からそのつもりだった」
「そうそう。わたしたち、手伝わないなんて言ってないでしょ。大事なきょうだいだもん」
「星夜、まひる……」
二人がいると、おれはそれだけで励まされる。
星夜とまひるが、何も言わずにうなずく。それ以上、言葉も心の声もいらない。
みんなで行こう。久遠さんの家へ!
三人、同時に自分の部屋へ急ぐ。
買ってもらったキックスケーターを持っていこう。他には……ああ、もういいや!
玄関に出ると、準備をすませたまひると星夜といっしょに家を出る。
おれが二人に合わせて、キックスケーターでゆっくり走っていると、まひるが声を上げた。
「それで、夕花梨ちゃんの家に行って具体的にどうするの? 朝陽の考えは?」
「えっ! えっと……けっこう行き当たりばったりの案しか考えてないんだけど」
「ま、そんなところだと思った。でも話してみて。わたしと星夜もいっしょに考えるから」
うわ、うれしい。今はそういうの心強い。
調子にのりそうだから、まひるには絶対言わないけど。
「えっと、おれたちが通報しても警察は信じてくれないだろ? だから、久遠さんのお父さんに代わりに通報してもらうんだ」
「どういうこと?」
「まずは、お父さんにあの男たちが銃も持ってるような、あぶない犯罪組織だってことと、アジトや印刷工場について話す。そして、お父さんと久遠さんを守りながら警察まで送りとどけて、通報してもらうんだ。そうすれば二人を守りつつ、犯罪組織も捕まえられるだろ?」
「う~ん。朝陽にしてはいい案だけど……でも、どうやってそんなことを知ったのか、あのお父さんは疑問に思うんじゃない? かえって、わたしたちがあやしまれちゃうかも」
「え~、ああ、ううん……」
「なんとかなる、と思う」
星夜が言った。
「久遠さんが連れさられかけたとき、朝陽は男たちの車を見ただろ? その車を昨日、偶然見かけた。中をのぞいたら拳銃があった、とか、ありそうな理由をつければいい。事実と大きく食い違わないから、疑われにくいだろう」
「あっ、たしかにいいかも! 星夜、ワルがしこい~」
「こういうときはそういうことも必要だろ?」
星夜が不満そうに顔をしかめると、おれはまひると視線を合わせて、くっくっと笑った。
これなら、なんとかなりそう。
おれたち三人が、最悪の展開にはさせない。久遠さんとお父さんを守る!
「じゃあ、家に二人がいるか、サクッと様子を確認するね。夕花梨ちゃんの家までもう少しだから、もう視えるかな」
まひるが、大きなひとみを閉じて、ぐっと息を止める。
スキルを使ってる証だ。
「まひる、どう? 久遠さんたちは家にいる?」
「うん……お父さんは、いるけど……」
? やけに歯切れが悪い。まひるらしくない。
「どうしたの?」
「何か、変なの。お父さんは部屋でパソコンを操作してるんだけど、やけに手が震えてて。それに家の中も暗いし……リビングにいるのは夕花梨ちゃんのお母さん? 夕花梨ちゃんは……」
まひるの口が、びくりと震えた。
「夕花梨ちゃんが……いない! どの部屋にも、庭にも! でも、あのお父さんが一人で外出させるはずないよね。なのに、いないってことは」
「……まさか連れさられた?」
星夜のつぶやきに、背筋がぞっと冷たくなった。
そんな。じゃあ久遠さんはもうすでに、犯罪組織の手に?
「あっ。お父さんが、パソコンで持ちだし用の記録メディアに何かのデータをコピーしてる。お札のデータを持って……組織のところへ行こうとしてるのかも!」
ダメだ!
おれは、キックスケーターで人通りのない道を走りだす。地面をけると、もう風みたいに速くなる。

今追えるのは自分だけだ。まひると星夜に声をかける間もない。
頼む、間に合え!
角の向こうに、久遠さんの家が見えてくる。
まだ昼なのに、家の窓のカーテンがぜんぶ閉まってる。
それに──家の門扉が開けっぱなしだ。
遅かった!
ギギギッとボードをきしませながら、急停止すると、すっかり息が上がっていた。
ダメだ、久遠さんのお父さんを止められなかった。せめて一人では行かせたくなかったのに!
後ろから二人の足音がする。目を閉じたまひるが、星夜に手を引かれながら叫んだ。
「朝陽! 夕花梨ちゃんのお父さん、朝陽が着く少し前に家を出て、駅のほうに走ってる!」
「まさか、あのビルのアジトに!?」
「いや、人目につかないように受けとりたいなら、あっちだろう」
星夜が静かに言った。
「昨日、朝陽とまひるがつきとめた──印刷工場だ」
おれはキックスケーターのハンドルを、ぎゅっとにぎる。
やることは一つだ。
おれたちで久遠さんとお父さんを助けだす。
「行こう、三人で」
この続きは、5月16日に公開予定!
久遠さんたちを救うため、印刷所に潜入—―!
たのしみに待っていてね!
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