だれにも言えない<神スキル>を持つ三きょうだいが、犯罪組織にねらわれたクラスメイトを、警察に代わって大事件から救いだす! どの巻から読んでもハラハラドキドキ、神オモシロイ☆大人気シリーズ! 物語の幕があく第1巻を、今だけ無料でトクベツ大公開![全7回/2026年1月12日23:59まで]
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第10章 はじめての調査!
オレ、星夜(せいや)は玄関から外に出ると、周囲に目を向けた。
土曜日の早朝。朝の日差しがまぶしいくらい、気持ちいい晴れだ。
とはいえ、心には心配がのしかかっている。
「困っている人のためとはいえ、他人のことを調べるのか……緊張するな」
久遠(くおん)さんの父親──あの人には何かある、と思う。その予想は、たぶんまちがいない。
毎日ふつうに暮らしているだけで、悩みや心配は生まれるものだけど、あの時に感じた心は、今までにないものだった。
そう、あえて名前をつけるなら──息もできないような恐怖心。
「でも、こわがりな人も中にはいるから、やっぱり調査はオーバーのような。だいたい、他人の事情に首をつっこんでいたらキリがないし──」
「だから、まひる。その眼鏡は目立ちすぎだって」
……ああ。
大声にあきれつつ後ろを振りむくと、朝陽(あさひ)が、まひるのダテ眼鏡を指さしている。
すれちがった人が振りかえってしまうくらいの、オレンジ色の派手な眼鏡だ。
「調査するのに、そんな派手な眼鏡じゃ目立つだろ。変装なら、もっと地味な色にしたら? 銀色とか茶色とか」
「え~? 変装でもかわいさはゆずれないの。はー、朝陽にはこの良さがわからない?」
「わかんない。むしろ、ちょっとバカっぽい」
「ひっどい! わたしに成績で一度も勝ったことないくせに~」
「はあ~!? 体育はいっつも勝ってる! あと、たぶん家庭科も勝てる!!」
はあ……。
オレは、二人に見えるように、くちびるに人差し指をあてた。
「その調子で調査をするのか? 朝陽もまひるも、もう少し静かに」
「「はーい」」
生返事は二人とも息がぴったりだ。こういうところは馬が合うよな。
「それで朝陽、今日はどう調査するんだ? 昨日、具体的なことは考えておくと言ってたけど」
「久遠さんのお父さんを、尾行しよう」
朝陽は、きっぱり言った。
「やっぱり、あのお父さんには何か事情があると思うんだ。だから、今日、お父さんのことや行動を調べて、集めた情報からその事情をつきとめよう」
「探偵みたいな調査ってことね。賛成」
まひるも、ダテ眼鏡を頭の上にかけて言った。
「たしか、夕花梨ちゃんが最初にお父さんをあやしいと感じたきっかけは、土日に仕事が増えたことだよね。それなら、土曜の今日は、お父さんの尾行にもぴったりかも」
「だろ? だから少し悪いけど、星夜には、あのお父さんのあとをつけてもらいたいんだ。星夜なら心の声を聞くことで、かくしている事情まで調べられる。だから……星夜、スキルを使ってもらってもいい?」
「わかったよ。他人の心をのぞくことは、できればさけたいけど、今は緊急事態だと思う」
「ありがとう」
朝陽が、しっかり目を合わせて言う。
スキルを使うことでオレがいやな思いをするんじゃないかって、心配してくれているらしい。
……自分のためなら、いくらでも他人を利用する人もたくさんいるのに。
本当にやさしいよな、朝陽は。
「でも朝陽、久遠さんの父さんが、もしも悪いことをしていた場合はどうする? たとえば、家族に黙ってよくないことや犯罪行為をしているとか」
「えっ、そんなことある?」
「まあね。もちろん、そういう可能性もないとは言えないでしょ」
まひるが、うなずく。まひるのスキルも、偶然、人のヒミツを知ってしまうことがあるから、すんなり納得できるんだろう。
だけど、朝陽は──。
「……でも、久遠さんを助けたい」
まっすぐな、強い声だ。
「もし久遠さんのお父さんが悪いことをしてるなら、それを止めたい。久遠さんがもっと不幸になるのを黙って見てるなんてイヤだから」
「……そうか」
そこまで朝陽が思っているなら、もう迷うことはない。
「行こう。朝陽、まひる──久遠さんの家へ」
「よしっ」「ゴーゴー!」
朝陽の先導で、三人で久遠さんの家へ向かう。まだ早朝だからか、人通りはまばらだ。
しばらく歩いて目的の家が見えてくると、オレたちは近くの曲がり角にかくれた。
明るいレンガ色の家──あそこが久遠さんの家か。
「まひる、家の中を視てくれ。あのお父さんがまだいるかどうか」
「うん」
まひるが目を閉じる。それだけで、ここから家の中が視えるんだから不思議だ。
……オレも人のことは言えないか。
「うーん、夕花梨ちゃんのお父さんは……いる。スマホを落ちつきなく、ちらちら見てる。すでに挙動不審だね。今、上着を着ようとしてる。あっ、ポケットの中に名刺入れがある。名刺を視てみるね。氏名、久遠真也。所属名は財務省って書いてある。今から仕事に行くのかな?」
「もう少し遅く来ていたら、すでに外出していたかもな。間に合ってよかった」
「はー、おれは奇跡的に早起きしたのに、まひるが変装グッズ選びに時間かけるから」
「朝陽の服もコーディネートしてあげたでしょ~」
はいはい。
ガチャ
玄関が開き、コツコツコツというくつ音とともに、久遠さんの父親、真也が家から出てきた。
せわしない。心を読まなくても、あせっているとわかる動きだ。
向かうのは勤務先か? 仕事というのがウソでなければの話だけれど。
尾行はもちろん、スキルを持っていることも父親に気づかれてはいけない。
──小さなミスにも注意しないと。
あやしまれないように、心の中で、まひると朝陽に声をかける。
(オレが先頭で尾行するから、朝陽とまひるは距離をとってついてきて。何かあったらメッセージで連絡。いいな?)
歩きだそうとした瞬間、肩をたたかれる。振りむくと、朝陽がこちらを見ていた。
(星夜、頼んだ)
(了解)
うなずきかえして、もう一度、様子を探る。
父親は──あそこだ、二十メートルくらい先を歩いている。
これくらいはなれていれば、だいじょうぶか。いや、もっと距離をとるか?
一昨日、顔を見られているから、見つかりそうになったらかくれないと。
まずは近くの電柱にかくれて、そうっとのぞいてみる。
まだ父親は立ちどまっている。曲がり角の前でキョロキョロと周囲を見ている。
やはり何かを警戒しているのか?
……よし、歩きはじめた。
そろそろ、心を読もう。見つからないためにも、調査のためにも、そのほうがいい。
すうと息を吸い、父親の背中を見て集中する。姿がはっきり見えるから、これくらいの距離なら問題なく心の声を聞けるはずだ。
(だれも、追ってきていないよな……)
聞こえた。
不安そうだ。それに、すでに尾行を警戒してる?
(はあ、家に夕花梨と妻を残してきてだいじょうぶだったか? だが、連れてくるわけにはいかない。これも、二人を守るためだ……ああ、やっぱり心配だ! 一度、家に帰るか?)
──振りかえろうとしてる!
オレは心の動きを読んで、父親が振りかえるより先に、自動販売機を見ているフリをして、顔をかくす。それでも背中に、視線を感じる。
気づかれたか? ……いや、だいじょうぶそうだ。違うことを考えてる。
(だめだ、家に戻る時間はない! 早く行かなければ。待ち合わせに遅れたら、まずい)
待ち合わせ? 勤務先に行くんじゃないのか?
どちらにしろ、このあせり方、ふつうの待ち合わせじゃなさそうだ。
父親がまた歩きはじめる。信号をわたり、駅に入っていく。どうやら電車で移動するらしい。
後を追って改札を抜け、すぐやってきた電車に、父親とは別のドアから同じ車両に乗りこむ。
立っている乗客も多いな。この距離なら顔をかくせる──。
(ここにもやつらはいないよな?)
父親が電車の中を見まわす前に、オレは、つり革を持ちかえるフリをして父親に背を向ける。
……ふう、今のは危なかった。
けれど、心を読んでいれば、かくれるタイミングはつかみやすい。
不本意だけど、オレのスキルは尾行に向いているみたいだ。
その後も隙なく尾行する。父親は、三つ目の駅で電車を降り、別の路線の電車に乗りかえた。
朝陽たちは付いてきてるか? いや、オレは、あの人に集中しないと。
あっ。
父親が、車内を移動してドアに近づいている。次の駅で降りるみたいだ。
電車を降りると、人波にもまれる。この駅は商業ビルが立ちならぶ、にぎやかな街だ。
人ごみの中、出口へ向かう父親を追って、オレも駅を出る。
街へ出ても、父親はきらびやかなショーウィンドウや楽しそうに歩く家族連れには見向きもしない。ただただ、暗い顔をしたまま、黙々と歩いている。
駅から離れて、人がまばらになるにつれ、オレもだんだんと不安になった。
「……はあっ」
距離をとっても、道を歩くのがあの人とオレの二人だけじゃ、尾行はむずかしいな。
どうしよう。もっと距離をとるか? 常に心を読んで尾行していけば、なんとかなるか。
でも、これ以上スキルを連続して使えるのか?
こんなに長い時間、連続して使ったのは初めてだ。やけに空腹になって、体から力が抜けはじめる。それだけじゃない。
「うっ……」
頭まで痛くなってきた。だめだ、そろそろ限界が……!
(……着いた)
その時、父親のしぼりだすような心の声が聞こえた。
ここが目的地? この大きな入り口の──、
広い公園。
石だたみの道を通って、父親が中に入っていく。さっきはあんなにあせって歩いていたのに、今はゆっくりだ。一歩、一歩が、にぶく重い。
待ち合わせの相手は、よほどいやな人物なのか。
それでも会うということは、重要な用事のはず。
いったい、だれと?
父親は、のどかな公園の中を、あたりを気にしながら歩き、噴水が見えるベンチに座る。
父親が座ったベンチの背後に背中合わせになるベンチを見つけて、オレも腰を下ろす。
ここなら、顔も見られずにそばで見張れそうだ。
緊張しながら、本を出して開く。
……待ち合わせ相手を拝ませてもらう。
コツッ、コツッ、コツッ
背後から、くつ音がする。父親はベンチに座っている。待ち合わせの相手か?
その時、父親のとなりに少し距離をあけて座る男が、視界のはしに見えた。
──来た!
本を読むフリをしながら、わずかに見える、ななめ後ろの男の姿に神経を集中する。
眼鏡をかけた男だ。背は高い。黒い長そでのシャツに黒いズボン──どこにでもいそうな三十歳くらいの大人の男性だ。
その、鋭いひとみ以外は。
その目がこちらに向きそうになって、オレは、さっと視線を本に戻した。
(けっ。後ろのベンチに人がいやがる。本なんて読みやがって。ここだとこいつに会話が聞かれるか? ……まあいい、バレるようなことを言わなければいいか)
「おい、持ってきたか」
「もう限界です、水原さん!」
久遠さんの父親が、小さな声で叫んだ。
「わたしたち家族に、関わらないでください。一昨日の件も、あなたたちのしわざでしょう!」
一昨日?
……久遠さんが連れさられそうになった!
あの事件は偶然じゃなかった? やはり父親の事情とつながっていたのか。
オレは心を落ちつかせようと、無理やり本の文字を目で追うフリをする。
──だめだ、鼓動がおさまらない。
水原と呼ばれた男はニヤニヤと笑っている。その気持ちの悪い笑みに、気分が悪くなった。
「あんたが、いつまでもおれたちを待たせるからだ。もう準備から一年以上かかっていて、こっちも切羽つまってるんだよ。早く持ってきてもらわねえと」
「無理です! どんなに言われても、あれはわたせません。何度もお話ししたじゃないですか!」
「お話で解決できるほど、世の中はあまくねえんだ」
水原は革ぐつのかかとで、ゴンゴンと石だたみをけった。
「いいか? おれたちはこの計画に金をかけてるんだ。もうそろそろ金をかせがなきゃ、大変なことになる。おれたちは、どんなことだってする。あんたは家族が大事じゃないのか?」
(あのデータが手に入るなら、こいつの家族なんてどうなったって知ったことじゃねえ)
水原の心の声だ。でも、〝あのデータ〟って?
「だ、だったらわたしは、警察にっ」
バンッ!
ハッとする。水原が父親をおどすように、くつのかかとを石だたみに強くたたきつけた。
「おれは一人じゃない。組織だ。警察に話すのと、あんたの家族に何かが起きるのと、どっちがいいかな」
……なんてやつだ。家族がひどい目にあうと言っているようなものじゃないか。
水原はいやな笑いを浮かべたまま、立ちあがった。
「とにかく、早く用意して持ってくるんだ。頼んだぜ」
カツカツカツと、水原のくつ音が遠ざかると、視界のすみで久遠さんの父親がうずくまった。
「ああ……」
その背中を見るのもつらい。
けれど、心を読まないわけにはいかない。今こそ──。
(ああ、どうすれば……家族を守るには、あのデータをわたすしかない。でも、それで本当に助かるのか? それに、もしデータをわたしてしまえば、日本をゆるがす大事件になる!)
日本をゆるがす大事件!?
叫びかけた口を、あわてて閉じる。緊張でくちびるが乾いている。気持ちを整理しようと、スマホを取りだしてメッセージを開いた。
あの水原という男は、何者だ?
このままにはしておけない。徹底的に、水原を調べる必要がある。
『オレはこのまま、父親を家までつける。朝陽とまひるは、あの男、水原を追ってくれ。
でも気をつけて。あいつは、キケンだ』
──とんでもないことになってきた。
送信のボタンを押すと、メッセージは目の前の画面から、すぐに消えた。