第9章 何か、ある?
「これでホームルームを終わります」「先生、さようなら」
……帰りのホームルームでも、先生から注意がなかった。
次の日。おれは帰りのあいさつをしながら、心の中でつぶやいた。
昨日、久遠さんが車で連れさられかけたことは、このあたりでは大事件だ。
久遠さんのお父さんが警察に通報していれば、警察から学校にも連絡があって、登下校に注意するようにと、先生から話があるはず。
だけど、何もなかった。やっぱり通報してないのかも。
久遠さんも帰ろうとしている。けれど、おれの横を通りすぎたとき、一瞬、目が合った。
今、おれのこと見た?
……授業中も迷ってたけど、やっぱり気になる!
「待って!」
あわてて言うと、久遠さんが振りむく。少し驚いた顔だ。
あ、なんて話すか決めてなかった! いろいろ気になることはあるんだけど。
「……聞きたいことがあるんだ。今日は、いっしょに帰らない?」
「うっ、うん」
おれが久遠さんと並んで正門を出たときには、下校する生徒はまばらになっていた。
もう下校のピークは過ぎたのかな。これなら、ゆっくり話が聞けるかもと、ほっとする。
でも、ここまで来る間、久遠さんは一言も話さなかったな。
もしかして、迷惑だったんじゃ……。
「誘ってもらえてよかった。わたしも、朝陽くんに言いたいことがあったの」
「え?」
「昨日は助けてくれてありがとう」
久遠さんはていねいに頭を下げた。
「昨日はお父さんが来て言えなかったから、一日中、気にしてたの。もっと早く言おうと思っていたんだけど、休み時間も、うまく声をかけられなくて」
「あー、おれ、休み時間は外で遊んだあと、教室で寝てたから……」
「うん。すごく気持ちよさそうに寝てたね」
うわ、見られてたんだ。でも……久遠さんが笑顔を見せてくれたから、ま、いっか。
おれは久遠さんに家の場所を聞くと、並んで歩きだした。
「昨日はあのあと、何もなかった?」
「だいじょうぶだったよ。お母さんに話したら、すごく心配されたけどね。でも、お父さんはそれ以上に心配してた。今日も、仕事を休んで学校の送り迎えするって言って大変だったの。でも……警察へ通報はしなかったみたい」
久遠さんが、小さくため息をついた。
「昨日の放課後、朝陽くんが『何かあった?』って聞いてくれたよね。じつは……そのとき気になっていたのは、お父さんのことなの」
「お父さんのこと?」
「うん。最近……ううん、少し前の春休みに入るくらいから、お父さんが変なんだ」
やっぱり。様子がおかしいと感じたのは、おれだけじゃなかったんだ。
でも、春休みに入るくらいからだと、かなり前だな。
「お父さんの、何が変なの?」
「たくさんあるんだけど……最初は休みの日も仕事になって、それから、外出を禁止するようになったことかな。それに、家族で出かけなくなったんだ。春休みに行く予定だった一泊二日の旅行も急に中止にして」
「えっ、旅行を? どうして?」
「お父さんは公務員をしているんだけど、最近、仕事がいそがしくなって、休日の土日にも仕事しなきゃいけなくなったんだって。仕事ならしょうがないと思うけど、お父さんは休みの日に、わたしに外に出ないで、家で勉強するようにって言いだしたんだ」
それで、友だちからの誘いも断ってたんだ。
「わたしは遊びたいんだけどね。でも、それ以上にお父さんのことが心配で。いつもやさしいお父さんだったのに、最近はよく、ぼうっとしていたり、かと思えば急におびえたりして……」
「それで、困ってたんだ」
「……うん」
久遠さんが、一瞬、くちびるをかんだ。
「昨日のことは偶然だったと思うけど、やっぱり何かおかしい気がするんだ。もしかして、お父さんはなにか、大変なことに巻きこまれているんじゃないかって……あっ」
久遠さんが突然、立ちどまる。気がつくとおれたちは、昨日事件があった道まで来ていた。
久遠さんは、お父さんと二人でこの道を帰っていったから、きっと家は、この道の先にあるんだろうけど……。
でも、久遠さんは、一歩も前に進まない。
手が震えてる。
やっぱり、昨日のことが、まだこわいんだ。

「……だいじょうぶ」
「え?」
おれは震える久遠さんの手をそっとつかんで、二人で歩きだす。まわりを慎重に警戒しながら、こわがらせないように、一歩一歩、しっかりと足を前に出した。
久遠さんが、不安そうに手にきゅっと力をこめる。
──だいじょうぶ。
「おれが久遠さんを守るから」
久遠さんの手を、しっかりとにぎりかえす。
しばらく歩いて、明るいレンガ色の一軒家の前に着くと、久遠さんは口を開いた。
「朝陽くん、送ってくれて本当にありがとう。また明日、じゃなくて、月曜日ね!」
久遠さんが家へ入っていく。閉じかけたドアのすきまから、ほっとした笑顔で手を振られて、おれも軽く手を振りかえした。
──決めた。
久遠さんの家に、くるりと背を向けて走りだす。昨日事件が起きた道をかけぬけ、交差点をわたる。勢いよく走りつづけると、すぐに自分の家が見えてきた。
玄関でくつを脱いでリビングに入ると、星夜がソファで本を読んでいる。
その横でゲームをしていたまひるが、手をひらひらと振った。
「朝陽、おかえり~。遅かったね。おやつはテーブルにあるよ。今日は朝陽の大好物、サクサクおいしいチョコクッキー!」
「やった! って、おやつは後。それより、大事な話があるから二人ともこっち来て」
「「朝陽がクッキーを後回しにした!?」」
まひると星夜が、興味津々でやってくる。
二人とも、おれを何だと思ってるの? あ、でもやっぱりおなか空いた。
三人でダイニングテーブルにつくと、おれはクッキーを一つ口に放りこんだ。
「じつはさっき、昨日助けた久遠さんと二人で帰ってきたんだ。そこで聞いたんだけど──」
久遠さんの話を説明すると、星夜が小さくうなった。
「そうか。春休みから、おかしなことが起きていたんだな」
「そう、気になるだろ? いくらなんでも、子どもの外出をそんなに禁止しないじゃん」
「そうとも限らないんじゃない?」
まひるはテーブルにほおづえをついた。
「じっさい、夕花梨ちゃんはあぶない目にあったわけだし。お父さんが外出を禁止するのも、むすめかわいさで心配になってきただけとか」
「うっ、そう言われると、そんな気もしてくるけど……でも、それなら今回のことは余計に心配して警察に通報するはずだろ?」
やっぱり、あのお父さん、何か変だ。
おれは、まひると星夜のほうへ身を乗りだした。
「おれ、やっぱり久遠さんのことが心配なんだ。だから、あのお父さんについて少しだけ調べたい。おねがい、二人も手伝って! まひると星夜のスキルはこういうのにぴったりだろ? おれの分のクッキー、一枚あげるから」
「えー、報酬が安すぎ! でも、そうだね。友だちと遊べないなんてかわいそう。しょーがない、夕花梨ちゃんのためにひと肌ぬいであげる。じゃあ、クッキー一枚いただき~」
「あっ、まひる、一枚だけだぞ! えっと、星夜もいい? おれが勝手に心配してるだけで悪いけど」
「……いや、朝陽の直感は正しいと思う」
「え?」
星夜の表情が暗くなってる。それに、やけに口が重そうだ。
「じつはオレも、あの子の父親のことが気になっていたんだ。昨日、朝陽をかばう言い訳を考えるために、あの人の心を読んだんだけど──そのとき、強い恐怖を感じた」
「強い恐怖?」
「……ああ」
星夜がうつむく。いつの間にかしんとしたダイニングに、星夜の低い声が響いた。
「異常なほどの不安と恐怖。底が見えないような、苦しい気持ちを」
ぞくっ──。
星夜がここまで言うなんて……久遠さんのお父さんには、よほどこわがっている理由がある?
だったら、やっぱり調べないと。
「おれたちで、久遠さんを助けよう!」
おれがそう宣言すると、まひると星夜がこくんとうなずいた。
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