第8章 キケンとの遭遇!?
心地よい風を感じて、遊園地のアトラクションみたいで気持ちいい。
おれは家へ向かってキックスケーターを走らせながら叫んだ。
「あー、最高!」
発進も停止も、一発でうまくできた。少し走っただけで、ボードも車輪も、ハンドルも、体の一部みたいになじんでる。
スピード感がいい! どこまでも走っていけそう。
「もうちょっと速度を上げて……って、これ以上速くしたら、星夜に本気で怒られるか」
それに、三人でしている約束を破りたくない。
神スキルについて、おれたち三人はハル兄と二つ、約束している。
犯罪や悪いことに使わないこと、危険な使い方をしないこと。
でもじつは、三つ目に、おれたちが三人だけでしている約束がある。
三、神スキルをヒミツにすること
これはおれとまひる、そして、だれよりも星夜のためだ。
星夜は小学生のときに、スキルを使って困っている友だちを助けた結果、心が読めるんじゃないかと疑われて、友だちからこわがられてしまったことがある。
星夜のスキルは、おれやまひるにとってはふつうのことだけど、他の人にはそうじゃない。
けっきょく、バレはしなかったものの、星夜はその子となんとなく疎遠になって、話もしなくなってしまった。
おれには星夜の心は読めないけど、それでも、星夜がひどく落ちこんでいたことはわかった。
だから、おれがまひると星夜に提案して、三人で三つ目の約束を作ったんだ。
おれたち、三きょうだいがお互いを守るための、大事な約束。
「……しょうがない、安全運転で帰るか」
そう決めて、スピードをおさえたとき、道路の先に本屋が見えた。
本屋……そういえば、放課後の話に出てたな。久遠さんの家ってこのあたりなんだっけ。
「だいじょうぶかな。元気なかったけど……」
あ、ここで曲がろう。こっちの道路は人通りが少ないから、走りやすい。
カーブミラーを確認しながら十字路を曲がると、大きな黒いワゴン車が見えた。
こんなところに、違法駐車? いや、ドアが開いてる。
男が数人と──女の子。
「ん? あれって」
となりの席の……久遠(くおん)さん。久遠夕花梨(ゆかり)さんだ。
手をつかまれて──車に乗せられそうになってる!?
「はなしてください。お父さんから連絡なんて来てません!」
久遠さんが顔を真っ青にしながら言うと、男は、ため息をついた。
茶髪に、黒い無地のTシャツ。だらしなく着くずしたジーンズを引きずっている。
「だからさ、そのお父さんに頼まれて来たんだよ。お父さんがさっき交通事故にあって、すぐ病院に行かないとあぶないんだ。だから、お兄さんたちの車に乗っていこう」
「お父さんが事故!? でも……それならお母さんから連絡が来るはずですから!」
久遠さんが、大きく腕を振る。男につかまれてた手をはなして、逃れる。
だけど、だめだ。すぐにまた捕まる!
考える前に地面をけって、キックスケーターを加速させる。
──助けなきゃ!
ハンドルをしっかりにぎって、両足をボードに乗せると、短く強く息を吸う。
視界の下に見えた、キックスケーターのタイヤに意識を集中させて、目を見ひらいた。
ギュンッ、とタイヤが回りだす。
行けっ!
スピードを上げたボードにしゃがんで、バランスをとる。
男も久遠さんも、まだ、こちらには気づいてない。
久遠さんの腕を男がつかむ。
ここだ!
おれは二人の間にすべりこみ、手の甲で、男の腕を下から弾いた。
──パン!
男がよろける。久遠さんが、おれの顔を見て、あっと口を開けた。
「朝陽くん!」
「こっち!」
久遠さんを引きよせると、かかとでブレーキをふみこむ。
キィーッというブレーキ音とともに前輪を支えに方向転換して、その場で百八十度、回転。横すべりしながらキックスケーターを止めた。

「ケガ、ない?」
「……うん」
久遠さんが、小さく息をのむ。
「このっ。どけ、ガキ!」
男が、力任せに腕をふりあげて、なぐりかかってくる。
そう言われてどくやつ、いないって。
「よっ」
おれは久遠さんをかばいながら、男のパンチを軽くよける。だけど、男もしつこい。続けて二発目のパンチが飛んでくる。
それなら──。
おれは久遠さんを後ろに遠ざけると、男に背を向け、キックスケーターのハンドルをくるりと下げた。ねらいどおり、ボードが高く持ちあがって、キックスケーターが盾になる。
ゴン! ──男のこぶしが、ボードに激しくぶつかった。
「痛ってえ!」
「さっさとあきらめなよ。今から、スマホで警察呼ぶよ」
「けっ、警察」
男がひるんで動きを止めたとき、「夕花梨ー!!」と、道路の先から叫び声がした。
だれかが、こっちへ必死に走ってきている。
「……ちっ」
舌打ちとともに、男はおれをギロリとにらむと、車に乗りこみ猛スピードで発進する。
急加速した車が、あっという間に角を曲がり、車のエンジンの音が遠くなって消えた。
「……ふう」
なんとか、なった……あ、車のナンバーを覚えるの忘れた!
でも、大事なのは久遠さんが無事かどうかだ。
おれが振りむくと、久遠さんがビクッとする。
……震えてる。こわかったよな。
「ケガしてない?」
地面に落ちてる買い物の袋を拾って、そっと手わたすと、久遠さんはようやく大きく息をついた。
「……うん。だいじょうぶ。朝陽くんこそ、ケガは?」
「ぜんぜん。おれはあの人に触られてもないよ」
「夕花梨ー!!」
名前を呼びながら走ってきた男の人が、久遠さんをぎゅっと抱きしめた。
久遠さんも、ほっとしてる。この人、久遠さんのお父さんかな。
「お父さん! だいじょうぶ? さっき変な人たちからお父さんが事故にあったって言われて」
「事故になんてあってない。お父さんはだいじょうぶだ。それより夕花梨が無事でよかった!」
「同じクラスの朝陽くんが助けてくれたの。わたしをかばってくれて、すごかったんだよ」
「そうか、ありがとう、朝陽くん。夕花梨が一人でおつかいに出たと聞いて、走って追いかけてきたんだ。あぶないところだった。助かったよ」
「いえ、気にしないでください」
おれは、久遠さんのお父さんに笑いかえした。
とにかく、久遠さんが無事でよかった。お父さんが来たなら、もう安心だ。
「じゃあ、おれは帰ります。あ、でも、警察に通報するなら残ったほうがいいですよね。おれも説明したほうがいいかも。家族に連絡しないと」
「いや、警察への通報は……しなくていいよ」
「えっ? 通報しないんですか?」
おうむ返しに聞くと、お父さんは、さっと目をそらした。
「そ、そうじゃない。通報はわたしがしておくから、きみは家に帰りなさい」
「だけど、久遠さんを連れさろうとした人たちを捕まえるには、おれも警察に早く説明したほうがよくないですか? 一番近くで顔も見てるし──」
「いいから、帰ってくれ!」
お父さんの大声に、おれも久遠さんも、びくっとする。
急にどうしたんだろ? 早く警察に通報したほうがいいのに!
久遠さんも、口をはさむ。
「お父さん! 朝陽くんに失礼だよ。せっかく助けてくれたのに」
「夕花梨、それは……いや、だいたい、きみも危なかった。遠くからだったが、キックスケーターに乗って走っているところを見たよ。信じられない速さだった!」
「えっ、おれ!?」
まずい、スキルで加速したとこを見られてた!
「あんなスピードを出したら大事故になる! 電動のキックスケーターを一人で使ってるのかい? 保護者の人はどうしたんだい?」
「いや、これは電動じゃなくて、ええっと、さっきスピードが出たのは、あー、あああ」
あ~、助けたのに質問ぜめにあうなんて!
スキルで加速したなんて絶対言えないし、なんて言えばいいんだ?
「朝陽!」
──この声は、星夜だ。
振りむくと、ハル兄の車から降りた星夜とまひるが、心配そうな顔でかけよってきている。
星夜はおれのとなりに来ると、久遠さんのお父さんを静かに見かえした。
「朝陽の兄です。弟が、どうかしましたか?」
「ああ、兄弟か。キックスケーターでスピードを出して走っていたんだ。改造でもしているのかと思って、注意していたところだよ」
「……そうですか」
うっ、おれを見る星夜の視線が冷たい。あれだけ忠告したのに、って思ってそう。
星夜は、申し訳なさそうな表情を作って言った。
「驚かせてすみませんでした。朝陽は運動神経がよくて、キックスケーターも得意なんです。それでスピードを出しすぎたんだと思います。ぼくと保護者からもよく注意しておきますから」
ぼく!? あ、星夜のよそ行き用の顔だ。
「いや、いくら運動神経がよくてもあれは……」
「それが、ぼくたち家族も驚くくらいなんです。学校でもスポーツで先輩によく勝っていて」
「お父さん、本当だよ。朝陽くんは、今日も中三の先輩に三対一のバスケで勝ったの。クラスでもその話題でもちきりだったよ」
「そ、そうなのか?」
久遠さんが、星夜に加勢して付けたすと、お父さんも少しやわらかな口ぶりになる。
たしかに、自分の子どもに言われると納得しやすいよな。
もしかして、星夜はここまで見こして言い訳をした?
「そういうことですので。お騒がせしました」
星夜は、おだやかに笑いながらも、きっぱりと言った。
「……まあ、気をつけて。夕花梨、帰ろう。お母さんが待ってる」
お父さんが久遠さんの手を引いて去っていく。
……はー、バレかけてあせった。
「星夜、かばってくれてありがとう」
お礼を言うと、まひるが口をとがらせた。
「えー、星夜だけ? 朝陽をスキルで見つけたのは、わたしだよ?」
「ごめんごめん。まひるも、サンキュ」
やっぱり、二人がいると心強いよな。助かった。
「それじゃあ、ハル兄の車で帰ろう。これ以上遅くなったら、夕飯のおかずが一品減っちゃう」
「それは困る! おれもスキルを使って、おなか空いた。星夜も早く行こう……星夜?」
「え、ああ……」
星夜が、ぎこちなく返事する。その向こうに、久遠さんとお父さんの姿が小さく見えた。
星夜、まだあの二人を見てたんだ。
でも、たしかに……久遠さんのお父さんのさっきの態度、変だったな。
自分の子どもがあんな危険な目にあったのに、通報はしなくていいなんて。
「朝陽、星夜、帰るよ~」
「……うん。今行く」
おれはまひるのほうへ急ぎながら、もう一度だけ振りむく。
落ちかけていく夕陽で、久遠さんとお父さんの背中が赤く染まって見えた。