6 ケタちがいの悪霊(あくりょう)
次の日の昼休みに入ってすぐ、ひとけのない階段のかげで。
佐穂(さほ)ちゃんに、館林(たてばやし)さんたちが犯人だったこと、ノートを捨てようとしていた動画をB組の先生に見せたから、きびしく注意されるはずだということを伝えた。
「やっぱり……あの人たちだったんだ……!」
佐穂ちゃんは顔色を変えると、教室にかけもどり、館林さんにつかみかかった。
「返してよ! 私のバレッタ……大事なものなの! 返して!」
「く、苦し……っ!」
「佐穂ちゃん、気持ちはわかるけど落ちついて!」
「それじゃ、向こうも声が出せないよ!?」
なりふりかまわず首をしめかけていたので、あわてて若葉ちゃんと二人で佐穂ちゃんをなだめて、引きはなす。
「あんたが首謀者(しゅぼうしゃ)でしょ!? バレッタ、返して!」
「ゲホッゴホッ……し、知らないってば……!」
金切り声をあげてとりみだす佐穂ちゃんから逃れた館林さんは、青ざめていたけど、とりまき二人が寄ってくると、あざ笑うように言った。
「知らないけど……あんたがもっと『いい子』になれば、もどってくるんじゃない?」
「……!?」
何それ、返してほしかったら館林さんたちの言うことを聞けってこと!?
「ちょっと、それって──」
わたしが館林さんにつめよろうとした時、校内放送が鳴りひびく。
『一年B組、館林さん、戸倉(とくら)さん、村丘(むらおか)さん。至急(しきゅう)職員室に来てください』
呼びだされた三人は、キョトンとしてから、いい口実ができたとばかりに、つれだって足早に去っていった。
一方の佐穂ちゃんは、さっきまでの激情(げきじょう)っぷりから一転して、真っ青になって、ボーゼンと立ちつくしている。
「佐穂ちゃん……」
「私……今日はもう、帰る……」
佐穂ちゃんは力のない声でそう言うと、リュックカバンを持って、教室を出ていった。
……ひどすぎる……!
「まなみ、若葉、何があった?」
ハッと振りむくと、尊と行成がまゆをひそめて近くに来ていた。そっか、B組だから。
「来て!」
「マジで信じられない! どんだけずうずうしいの、あの子!」
二人を引っぱって、若葉ちゃんといっしょにまた階段のかげにかくれたとたん、ボン! と子猫に変身するわたし。
ほぼ同時に、若葉ちゃんも、ボン! とハムスターに姿を変えた。
「あまりにも、佐穂ちゃんがかわいそうだよ! でも、バレッタはきっと館林さんが持ってるんだ。さすがに持ち歩いてはいないだろうから、自分の部屋にかくしてるのかも」
目を白黒させている尊と行成に、これまでのことを説明すると、二人も顔をしかめた。
「ひでえな。渡辺が一人でいることが多いのは、なんとなく気づいてたけど……」
「館林たちが、そんな悪質なことをしてたのか……」
ハムスターの若葉ちゃんが、わたしたちを見あげながら、言う。
「放課後、館林さんの部屋を調べよう。尊と行成も協力して」
そして放課後。今日は館林さんは委員会の集まりで、すぐには帰れないようだ。
まずは尊がニオイで、館林さんの家をさがす。
だいたいの場所は同じ小学校出身の子に聞いたけど、正確な住所まではわからなかったんだ。
人目がないのを確認してから、しゃがみこんでくんくんと道路のニオイをかぐ尊。
「こういうの、犬の姿の方がさがしやすそうだよな……」
「……尊」
行成が尊の耳もとに手を当てて、何かを小声でささやくと──
「!」
カッと尊のほおが赤くなって、ボン! と黒柴が目の前に現れた。
「何を言ったの、行成!?」
目を丸くするわたしと若葉ちゃんに、行成はくちびるに指を当てて「ヒミツ」と笑う。
「行成……!?」
うらめしそうに行成を見あげる尊。しっぽがピーンと立っている。
「何を言われたの、尊?」
「~~言えるか! 道はこっちだぜ!」
めっちゃ気になったけど、みごと、『館林』と表札のある家に到着。
苦手なクモの写真を見て、ボン! と若葉ちゃんがハムスターに変わったのを確認してから、すぐに行成がチャイムを押す。
『はーい?』
「風ノ宮中学、一年B組の今鷹(いまたか)です。今日中に館林さんに渡したいプリントがあるんですが、先に帰ってしまったようなので、お届けにあがりました」
インターホンでそう伝えると、ほどなくしてドアが開いた。
「わざわざありがとうね。あの子、まだ帰ってきてないけど、寄り道でもしてるのかしら……」
館林さんのお母さんが話している間に、ドアのすき間からササッとハムスターの若葉ちゃんが家の中に入っていく(ちなみに行成がわたした封筒(ふうとう)の中身は、来月の給食メニューだ)。
わたしたちは外で、館林さんが帰ってこないか見はる係。
「この辺、爪(つめ)あとマップでも特にキズが多いエリアだよな」
人間にもどった尊が、少し疲れた顔で言う。指輪の力の中でも、変身が一番体力使うもんね。
「ああ。俺(おれ)も気になっていた」
行成がうなずいて、言葉を続ける。
「悪霊は、古い物や想いのこもった物、強い負の心をもつ者にとりつく。ということは……」
「館林さんに悪霊がとりついて、あやつってる!?」
ビックリして声を上げたわたしに、行成は「……いや」と首を横に振った。
「目撃証言とあわせて考えると──」
行成が言いかけたところで、プツッと屋外スピーカーの電源が入る音がした。
しまった! 家さがしに夢中で、またあの苦手な、夕焼けチャイムの時間を忘れてた!
「……!?」
だけど、いつものような気持ち悪さに襲われることはなかった。
夕焼けチャイムはたしかに鳴っていたけれど、くぐもった、小さな音で。
──尊が、とっさにわたしの耳をふさいでくれたんだ。
音が完全に消えてから、両手をはなして、尊が言う。
「……いつもこの音が鳴ると、つらそうだから」
「うん……ありがとう」
ホッと安心して、お礼を言った。
けれど、その直後。
「きゃあああああああ」
猫の耳が、遠くの小さな悲鳴をとらえる。
この声って──!?
「館林さんの悲鳴が聞こえる!」
「何!?」
行成はボン! とタカに変身すると、空に舞いあがり、ずばぬけた視力であたりを見まわす。
「こっちだ!」
急がなきゃ! と走りだすと同時に、わたしもボン! と猫に変身した。
「二人は先に行け! オレはニオイで後から追いかける」
「わかった!」
まだ疲れが残ってすばやく動けない尊を置いて、猫のわたしはタカの行成を追いかける。
空では夕日が沈みかけて、あたりはだんだん暗くなり始めていた。
道路だけでなく塀や屋根の上も、一目散に走りぬけて……
──いた!
一戸建ての家がぽつぽつとある、人通りの少ないエリア。
角を曲がった道の先で、館林さんが必死になって逃げていた──ケモノのように両手両足を使って走る、佐穂ちゃんから!?
『ヤハリ……オマエダッタンダナ……許サナイ』
佐穂ちゃんのいつもは優しげな目は血走って、つり上がっていた。
口からは牙が、両手からは長い爪がのびている。とても正気には見えなかった。
どういうこと……? と、うろたえる猫のわたしに、タカの行成が言う。
「おそらく悪霊は、いじめられて負の心が生まれていた渡辺にとりついて、夜な夜なかくされたバレッタをさがしまわっていたんだろう」
そして、犯人が館林さんだってわかって、うらみが爆発して襲いかかってしまった!?
『バレッタヲカエセ!』
「やめろ!」
行成が飛びだして、館林さんに襲いかかろうとした佐穂ちゃんの顔にバサバサとつばさでおおいかぶさる。
瞬間、ピカッと青い光が指輪から放たれた!
『邪魔(じゃま)ダ!』
鬼(おに)のような形相の佐穂ちゃんが、するどい爪でタカを振りはらおうとする。
「!」

行成はすばやく攻撃をかわすと、再び舞いあがって佐穂ちゃんから距離をとった。
そんな……指輪が光ったのに、悪霊がはなれない!?
この悪霊は長い時間活動してたから、力を強めてしまった?
とりついたのが物じゃなくて、人だから?
このままだと佐穂ちゃんは、どうなっちゃうの……!?
「──すぐもどる!」
それだけ言って、行成はどこかへ猛スピードで飛んでいく。
『コロス!』
正気を失った佐穂ちゃんが、再び館林さんに襲いかかろうとする!
「ダメ!」
わたしは無我夢中(むがむちゅう)で猫の全身を使って、館林さんの足に体当たりした。
バランスをくずしてたおれた館林さんのすぐ後ろの塀に、ザックリと深い爪(つめ)あとがついて、それを見た館林さんがふっと気を失う。
『邪魔スルナラ、オマエカラ、コロス!』
佐穂ちゃんの血走った目がわたしを見つめて、襲いかかってくる!
ビュンビュンとくり出される爪の攻撃を、右にジャンプして、左に体をそらして、なんとかよける。
不意に、相手の姿が、すうっと消えていく──
まずい、やっぱり佐穂ちゃんについた悪霊は、透明になる能力があるんだ!
「まなみ、塀(へい)の上にとべ!」
尊の声が聞こえて、あわてて地面を蹴って後ろの家の塀にとびのる。
わたしがいた位置の背後の塀に、ザックリと爪あとがえぐられた。ゾッと鳥肌が立つ。
「渡辺! おまえの狙(ねら)いは、館林だろ!」
人間の姿の尊は、たった今着いたばかりみたい。
汗だくで息を切らしながら、気絶した館林さんを腕に抱えて、そう声を張りあげる。
瞬間、ビリッと全身を刺すような怒りの波動が、空気を振動させた。
『憎イ! コロス!』
空中から声がして、尊と館林さんを追いかけるように、塀や地面にザシュッザシュッと爪あとが刻まれる。
「尊!」
敵の攻撃をギリギリでかわした尊は、透明な相手でもニオイで位置がわかるみたいだけど、明らかに動きがにぶい。
さっき変身したのに、すぐに走ってきたから、すごく疲れてるんだ!
こんな状態でも指輪の力を使えてるのは、普段からきたえて体力があるからだろうけど、いつまで持つんだろう!?
だけど、敵の姿が見えないわたしには、ハラハラと見守ることしかできない……!
「心配するな、まなみ」
苦しそうに息をもらしながらも、強気の笑みを浮かべて、尊が言う。
「姿が見えない敵への対処法(たいしょほう)、行成と考えてきたんだ」
対処法(たいしょほう)?
『コロス、コロス、コロス!』
「くっ…………今だ!」
尊は左腕に館林さんを抱えながら、右手でポケットから何かをとりだし、目の前の宙に向けて発射する。
シュッと鼻をつく、強力なニオイ。
──尊は、彩夏ちゃんの香水を敵にふきかけたんだ!
『!』
不意をつかれた敵は、おどろいたように大きくとびのいた。
強いニオイがついたことで、わたしにも、敵の動きや位置がはっきりわかる!
「尊! まなみ!」
呼ばれて振りむくと、夕闇(ゆうやみ)が濃(こ)くなる空を、タカの行成が高速で飛んでくるのが見えた。
ボン! と行成は人間にもどると、屋根の上に着地する。
「若葉から預かった!」
ボン! と同じように人間にもどったわたしに、行成はそう言いながら、何か投げてきた。
パシッとキャッチしたこれは──チョウチョのバレッタ!
わたしは塀からとびおりると、香水のニオイをたよりに、尊に飛びかかろうとしていた透明な佐穂ちゃんに、横から抱きついた!
「佐穂ちゃん、もうやめて!」
『邪魔スルナ!』
「バレッタ見つかったから!」
必死で声を張りあげたら、佐穂ちゃんはピタリと動きを止めた。
「佐穂ちゃん、こんなになるまで、一人で悩んでたんだね……気づけなくてごめんね。でもこれからは、わたしたちが力になるから! 佐穂ちゃんを一人にしないから! もうだいじょうぶだから……いつものやさしい佐穂ちゃんに、もどって……!」
ぎゅうっと、抱きしめながら伝えると、わたしの指輪がピカッと強く輝いた。
佐穂ちゃんの体から力がぬけて、腕にたおれこんでくる。
同時に透明だった姿が、はっきりと見えるようになった。
佐穂ちゃんは、やすらかに寝息を立てていた。
今度こそ、悪霊を引きはがせたみたい……。
ホッとしながら、上空に浮かびあがってきた動物霊(れい)に目を向けて。
「……!」
全身が、凍りつくような心地がした。
『苦シイ……憎イ……』
そこで身をよじってもがき苦しんでいたのは、半透明の……白猫で。
「……あ……シロッ……ああ……」
動揺し、言葉にならない声をあげるわたしと、目が合うと。
『人間……許サナイ……!』
赤く目を光らせ、みるみるトラくらいまで巨大化したかと思うと、全身の毛を逆立(さかだ)てて、飛びかかってきた──。
第7回へつづく(5月23日予定)

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