5 犯人、見つけた!
若葉ちゃんにだけは、昨日館林(たてばやし)さんたちから「佐穂(さほ)ちゃんに話しかけないほうがいい」って言われたことを話して、昼休み、いっしょにB組の教室に行ってみた。
B組は尊と行成のクラスでもあるけど、二人はどこかへ行ってるみたい。
佐穂ちゃんは沈んだ表情で、席を立ったところだった。
「佐穂ちゃん!」
わたしが声をかけると、おどろいたように、こっちに来る。
「まなみちゃんと、水沢さん……?」
「友だちの若葉ちゃん、連れてきた!」
「初めまして。水沢若葉(みずさわわかば)です」
「は、初めまして……」
「いいお天気だし、中庭行かない? 今アジサイがすごくキレイなんだよ~」
わたしの言葉に、佐穂ちゃんは「そうなんだ」と目を丸くした。
「うん、行きたい」
そんな感じで中庭まで連れだしたけど、佐穂ちゃんはなんだか緊張(きんちょう)してる様子。
若葉ちゃんも、人見知りなところがあるから、笑顔がちょっとかたかった。
「……あの……佐穂ちゃん」
遠慮(えんりょ)がちに、若葉ちゃんが声をかける。
「どこか行こうとしてたんじゃない? だいじょうぶ?」
えっ、あ、そういえば、わたしが声をかけた時にちょうど立ちあがってたっけ。
「ごめん、ムリにさそっちゃった?」
「ううん、だいじょうぶ。図書室行こうかなって思ってただけだし……あっ」
「何?」
「どうしたの?」
「本、持ってきちゃったから。その、置いてくればよかったな、って……」
胸にかかえた本を見て、はずかしそうにする佐穂ちゃん。
今度は若葉ちゃんが「あっ」と声を上げた。
「その本……『ドリーム・クエスト』のノベライズ?」
「う、うん」
「私もその本、持ってるよ! もともとゲームの『ドリクエ』が好きで、本屋でノベライズが出てるの見つけて、うれしくてすぐ買っちゃった」
それまでのかたい表情から一変して、生き生きと話しだす若葉ちゃん。
「おんなじだ!」
佐穂ちゃんも、ぱあっと笑顔になった。
「私も、ゲームがおもしろくて……でもこの本、ちょっとむずかしくて……」
「わかる、わりと文章が大人向けだよね。好きだけど……。ゲームのパーティーはだれを入れてた?」
「えーと……」
目を輝かせて質問する若葉ちゃんに、佐穂ちゃんも楽しそうに答える。
おお、二人の間にあった見えない壁(かべ)がなくなって、すごい勢いで距離が縮まっていく……!
「──若葉ちゃんはゲーマーなんだよ。RPGは全キャラ最大レベルになるまでやりこむし、リズムゲームもめっちゃ上手で、むずかしい曲もフルコンしちゃうの」
「えー、すごい……リズムゲームなら私、『プロスタ』やってる」
「いいよね、『プロスタ』! 私も今いちばんハマってる。こないだのイベントで──」
その後も話ははずんで、昼休みが終わるころには、三人で友だちになっていた。
次の日も、その次の日も、昼休みに佐穂ちゃんを連れだしておしゃべりした。
そうするうちに……打ちあけてくれたんだ。
佐穂ちゃんがこの春に引っこしてきて、他に知り合いがいなかったこと。
最初はクラスでも何人か話す子がいたんだけど、いつのまにか、さけられるようになって、孤立していること……。
「あとね……ときどき、だれかに物をかくされるの。シャーペンとか、消しゴムとか……最初は気のせいかと思ったんだけど、くつ箱から出てきたり……今日も、買ったばっかりのノートが、教室を移動した後から見当たらなくて……」
中庭のベンチで話す佐穂ちゃんの瞳に、みるみるなみだがたまる。
わたしも胸が苦しくなった。
「なにそれ、ひどいね……!」
ギュッと佐穂ちゃんの手をにぎりしめると、佐穂ちゃんはなみだをこらえて、言葉を続ける。
「引っこしてくる前に、友だちにチョウチョの形のバレッタをもらってね……学校につけてくるのは禁止だけど、お守りに毎日持ってきて、机の中にいれてたの。でも……ゴールデンウィーク前に、それもなくなって……」
「まだもどってこないの!? ドロボーじゃない! 犯人はわかってるの?」
佐穂ちゃんは少しためらってから、首を横にふった。
「あやしいなって人はいるけど……思いきって、聞いてみたけど、知らないって言われて。証拠(しょうこ)がないから……」
わたしの頭に浮かんだのは、館林さんたちだ。あの子たちが、クラスメートに佐穂ちゃんの悪口をふきこんで、一人ぼっちになるように追いつめてるんだと思う。
その上、いやがらせでドロボーまで……? でも、たしかに、証拠はない。
「先生とか、大人に報告(ほうこく)した?」
背中をやさしくなでながら、若葉ちゃんが聞く。佐穂ちゃんはまた首を横に振った。
「ルールを破って学校に持ってきたのは、私だから……でも、すごくすごく大事な、バレッタだから……あれだけは、どうしても……返してほしいの……!」
話しながら、ついにガマンできなくなったように、ボロボロと泣きだす佐穂ちゃん。
わたしもなみだがあふれてくる。
「わかった。絶対、とり返そう! わたしたちも協力するから! だから……もう、泣かないで……泣かない……っ……えーん! 佐穂ちゃーん……!」
「まなみだって号泣じゃない、落ちついて。……佐穂ちゃん、話してくれてありがとう。バレッタも、ノートも、取りもどそうね」
「……うん……!」
佐穂ちゃんの今日なくなったばっかりっていうノートは、まだ学校のどこかにかくされてるかもしれない。
放課後、若葉ちゃんとさがしてみることにした。
五時間目が水泳の授業だったから、体は少しだるかった。
ほんとはすぐ家に帰ってゴロゴロしたいところだけど、佐穂ちゃんのためにがんばろう!
自分に気合いを入れながら、教室を出たタイミングで──
少し離れたところでこそこそと話してる、館林さんたち三人の姿が見えた。
とっさに、がやがやしてにぎやかな廊下で、あの子たちの声だけに、耳をすます。
「──渡辺佐穂、あせってたよね。いい気味」
クスクス、と笑いまじりの声が聞こえてきて、息をのんだ。
「うん、いい気味」
「これから、捨てに行くんでしょ?」
捨てるって、ノートを……!?
「まなみ、どうしたの?」
「今〈猫の耳〉で会話をぬすみ聞きしたんだけど、やっぱりあの三人が佐穂ちゃんをいじめてるんだよ。これから捨てに行こうって話してて……止めなきゃ!」
「待って!」
突撃(とつげき)しようとしたところを、若葉ちゃんに引き止められる。
「ノートを捨てるって話してる? そのノートは今、館林さんたちが持ってるって? ちゃんと証拠を押さえないと、しらばっくれるかも……」
「そうか……じゃあ、しばらく尾行してみよう」
三人が向かったのは、学校のそばを流れる大きな川の方だった。
「このへん?」
「いいんじゃない? じゃ、捨てちゃお~」
あたりに人がいないのを確認してから、どこかはしゃいだ様子で、リュックカバンからノートをとりだす。さすがにもういいでしょ!?
橋から川に投げこもうとしたところで、わたしはかげから飛びだした。
「待ちなさい! 現行犯(げんこうはん)だよ!」
ギョッとしたように振りかえった館林さんに一気にかけよって、その手からノートをうばう。
ノートにはたしかに「渡辺佐穂」と名前が書いてある。
「佐穂ちゃんに何のうらみがあって、こんなことするの!?」
わたしがキッとにらみつけると、三人はバツが悪そうに顔を見あわせてたけど、すぐに館林さんが開きなおるように胸をそらした。
「ウザいから」
「……何それ!?」
「あの子、ウザいの。暗いし、声小さくて聞こえにくいし」
「そうそう、なんかムカつく」
「ダサいペンケース使ってるよね」
他の二人も同調するみたいに、言葉をつらねる。
「そんなのぜんっぜん、理由になってない! 人のものを盗るのは犯罪だよ!?」
「うるせー、おまえもウザい! だまってろ、カンちがい女!」
「そうそう、ダメ人間のくせに!」
「底辺のゴミクズ!」
ブッチーン!! とカンニンぶくろの緒が切れた。

「最底辺のウザダメ人間は、人の気持ちがわからないあんたたちの方だから! ねえ、鏡見たことある? マージーでー、醜悪(しゅうあく)・性悪(しょうわる)・最悪! イジメとかクソダサいことしてる犯罪者のくせに開きなおって、ツラの皮百枚重ねのミルフィーユか! 千年くらい滝に打たれて反省しなさい!!!」
「「「…………!」」」
一息にまくしたてると、三人は絶句した。
こないだは不覚をとったけど、口ゲンカじゃ負けないんだから!
「バレッタもあんたたちがかくしたんでしょ!? 返してよ!」
「……しっ、知らないし! 行こっ……」
ひるんだように、三人はバタバタと逃げていく。
「こらっ、話はまだ──」
「まなみ、待って!」
カッとして追いかけようとしたところで、若葉ちゃんに呼びとめられた。
「そんな状態で追いかけたら、いつ変身しちゃうかわからないよ。今は水泳で疲れてたから、セーフだったみたいだけど……」
はあーっとため息をつきながら、スマホを持った若葉ちゃんが出てくる。
はっ、確かに! あぶない、あぶない。
「証拠はバッチリとったよ」
「あっ、動画撮影(さつえい)してたんだ!? さすが……って、若葉ちゃん、泣いてる!? だいじょうぶ?」
わたしがビックリしてかけよると、若葉ちゃんは「ごめん、だいじょうぶ」と大きな瞳(ひとみ)ににじんでたなみだを指でぬぐった。
「まなみこそ、さすがだったよ。こういう時に、ちゃんと怒れるんだもん。私は親しくない人にはなかなか意見が言えないし、ひどいことがあると、怒るより悲しくなっちゃうから」
館林さんたちのイジワルな言葉の嵐を聞いて、悲しくなっちゃったんだ……。
「若葉ちゃんはやさしいね」
「やさしいのは、まなみの方。……昔、私がいじめられた時に、まなみが助けてくれたことを思いだした」
ああ……と、思わず顔をしかめるわたし。実は小五の時、若葉ちゃんもクラスの女子に悪いウワサを立てられたり、ノートに悪口を書かれたりしたことがあったんだ……。
「いろいろあってすごくしんどかったけど、あの時もまなみがビシッと言ってくれて、クラスの風向きが変わったんだよね。見て見ぬ振りをしてた子たちも味方に付いてくれるようになって、いやがらせがなくなった」
若葉ちゃんはわたしを見つめながら、花のような笑顔で言う。
「──まなみの、人の気持ちに寄りそって、大事な時にはちゃんと行動できるまっすぐなところ、すっごくカッコいいと思う」
「…………!」
真正面からほめられて、めんくらうと同時に、かあーっと顔が熱くなった。
「いや~、それほどでも~。オラ、照れちゃうゾ……」
某(ぼう)アニメの五歳児の声まねをして、照れかくしをしつつ。
内心すごくうれしくて、ひそかにかかえていたモヤモヤが、晴れるような気がした。
……わたしってダメなやつだなあ……って落ちこんでたけど。
若葉ちゃんがこう言ってくれるなら、まんざらでもないところもあるのかな……?