3 夕焼けと笑顔に、ドキドキ!
気をとりなおして、今日も爪(つめ)あと事件の調査へ。
「うわ~、こんなものもえぐっちゃうんだ……」
郵便ポストの横の面に、深々ときざまれた爪あとを見て、わたしはぶるっと体をふるわせた。
ペアの尊も、「すごい力だな……」とゴクリとつばを飲みこむ。
「あっ、次はあそこの子に聞いてみよう」
わたしが指さしたのは、電柱のそばにいたサバ猫くん。
シロップが死んじゃってから、わたしは猫に近づいちゃダメ、と思ってるけど、調査の間だけは例外ということにしてる。
見るだけでなみだが出そうになる白猫への聞きこみだけは、相方にお願いしてるけど……。
『──それなら昨日の夕方ごろ、高台の公園でおかしなことがあったよ。【ココニモナイ!】って声がして、いきなりすべり台にキズができてさ』
爪あとについて調べていることを話すと、サバ猫くんは気さくにそう教えてくれた。
「夕方? 夜じゃなくて?」
『うん。日が沈む少し前だった』
「そうなんだ……ありがとう! すべり台のキズ、見てくるね」
『ああ! こっちこそ、ニボシごちそうさま』
目を細めて、お礼にわたしたニボシをうまうまと食べている。はあ、かわいい……!
なでなでしたいなあ……でも、そこまで調子にのっちゃダメだよね……。
「──あった!」
サバ猫くんに教えてもらった、公園の大きなすべり台についたキズを見つけると、尊はマップに印を書きこんだ。
「それにしても、今までは爪あとは夜に付けられるって話だったのにね?」
「フクロウが、悪霊(あくりょう)は放っておけば、どんどん力をつけて手に負えなくなるって言ってただろ。だからこの悪霊も……」
「日数がたつほど力をつけて、動きまわる時間が長くなってきてるってこと?」
「その可能性はあるんじゃねーか?」
──もし、こんなコンクリートや金属をえぐるくらいの力を持つ悪霊が、人を襲うようになったら……?
ゾッと冷たいものが背筋を走って、わたしはぶるっと体をふるわせた。
「早くなんとかしなきゃね……」
「ああ。けどまー、今日はこのへんで終わりにするか」
夕焼けチャイムは少し前に鳴って、空はオレンジに染まり始めていた。
重くなった空気をはらうように、尊がパンと手をたたく。
「はい、撤収(てっしゅう)~」
「おー! ……って、待って!」
わたしもムダに元気にこぶしを上げて歩きはじめたけど、ふとあることに気づいて、足を止める。
「この木ってもしかして、昔、わたしが落ちて骨折した木じゃない?」
ひときわ大きな木を見上げながら言うと、尊は「あ~」と顔をしかめた。
「だな。……って、何やってんだよ、まなみ!」
「せっかくだから、リベンジしようと思って」
なぜかあせった様子の尊をしり目に、わたしはするすると木に登る。
「やめろって、また落ちたらどうすんだ!?」
「今は猫の力があるからだいじょうぶだって」
立派な木だから、枝もしっかりしてる。
わたしが身軽に登っていくのを見て、尊もため息まじりに後を追ってきた。
「ったく、あの時のこと、軽くトラウマなのに……あ、そこの左の太い枝の真ん中らへんがオススメ」
尊に言われたところまで行くと、葉っぱや枝でさえぎられてた視界が一気に開けて──
「わあ……!」
目の前には、町を見わたすことができる絶景が広がっていた。
「……この公園、高台にあるからさ。すげーだろ」
となりにやってきた尊が、どこか誇らしげに言う。
「うん、うちも、学校も見えるし、空が……!」
ちょうどキラキラと金色に輝く夕日が、山ぎわにとけるように沈んでいくところで。
オレンジから紺(こん)へのグラデーションに染まる大空と、夕映えの町なみは、息をのむほど美しかった。
「これは最高だね……!」
時間も忘れて見いっていると、尊が「よかった」とつぶやくのが聞こえた。
「なにが?」
「まなみ、今日……いや、フクロウの話を聞いてからずっと、ほんとは元気なかっただろ」
「…………」
今日はたしかに、あの三人組にからまれて、いつになく落ちこんでたかも。
佐穂ちゃんのことが心配なのと同時に、前からひそかに悩んでいたことを、つきつけられたような気がしたから。
みんなを指輪の呪(のろ)いに巻きこんでしまって。呪いに、シロップが関わっているかもしれなくて。
尊も若葉ちゃんも行成も、みんなすごいのに、わたしは全然いいところがない……どころか、メーワクばっかりかけてるダメなやつだなって、自分でも思ってたから……。
「どうしたって聞いても、くわしく言わないしさ。ムリに聞くつもりはねーけど……そうやって笑ってるの見て、なんかホッとした」
やさしい眼差しで、笑いかけられて、ドキッと胸が音を立てる。
しまっ……セーフ、変身しなかった!
動物たちへの聞きこみと、この木登りで指輪の力を使って、変身する体力は残ってなかったみたい。
でも、顔を見てたらドキドキがおさまらなくなりそうで、わたしはパッと目をそらした。
いつもイジワルなことばっかり言うくせに、こんなの不意打ちだよ……うう、ほおが熱い。
顔が赤くなってるのが、夕日のせいでバレてませんように……!
「…………尊は、なんでバスケ部行ってないの?」
なんて言えばいいかわからなくて、代わりに、ずっと気になっていたことを、聞いてみる。
今なら、ごまかしたりせずに話してくれそうな気がしたから。
テスト明けの日からもやっぱりずっと、尊はチーム㋐の調査に参加してたんだ……。
「今はバスケどころじゃないだろ。早く呪いを解いて、指輪を外さなきゃ……」
「それはそうだけど、指輪のせいで尊がやりたいことができないのはイヤだよ。普段の調査はわたしたちがやるから、なるべく部活にも行って」
わたしが真剣にたのむと、尊は困ったような顔で、言った。
「今は部活したくないんだよ。だから、休部届を出してきた」
「え……!?」
思いもよらない言葉に、耳を疑う。
「どう、して……?」
「──今のオレが全力出そうとしたら、ズルになるだろ」
ズル……!?
「犬の運動能力は、本来のオレの力じゃない。でも、使いたくなくても、本気を出そうとしたら、勝手に力が発動されるだろ。そんなので活躍してもうれしくないし、他のやつらにも悪いじゃん」
「……!」
前に体育の授業中、尊が一瞬、暗い表情をしていたことを思いだす。
あの時から、ずっとそんなことを、考えてたんだ……。
「かといって力を使わないように手をぬくのも楽しくないし、真剣にやってるやつらをバカにしてる。だから、この体質が治るまで、バスケは休部!」
きっぱりとそう言う尊は、すっかり決意を固めたようだった。
……わたしなんて、運動神経バツグンになって、ラッキーって浮かれてただけだったのに。
尊がこんなふうに考えられるのは、きっと全力でバスケに打ちこんできたからだ。
ミニバスを始めた小五のころから、一生懸命、苦しい思いもしながら練習して……。
そうやって成長してきたから、いきなり手に入ったすごい能力で勝つのはフェアじゃないって思うんだ……。
口ではひねくれたこと言っても、根はまっすぐで、優しいしね。
でも、だからこそ、そんな尊が休部しなきゃいけなくなるなんて……悲しかった。
「……せっかくがんばってたのに……」
思わずそんな言葉がこぼれると、尊は軽い調子で肩をすくめてみせた。
「べつにオレ、そこまでバスケに執着あるわけじゃねーし。やるからには全力でって思ってやってただけ。それに、バスケをあきらめたわけじゃない。部活には出なくても家で筋トレは続けてるし、毎朝みどり公園でシュート練もしてるから、いつでも復帰できるぜ」
みどり公園には、バスケのゴールがあるんだよね。
でも、そこまでしてるなら、十分、執着はあるんじゃないかな。
……もう言っても仕方ないってわかってても、やっぱり、思っちゃう。
わたしが指輪を見つけなければ……。
「言っとくけどオレ、今んとこ、まなみが指輪見つけてよかったって思ってるから」
まるでわたしの考えを読むような尊の言葉に、うつむいていた顔をハッと上げた。
「そうなの? なんで?」
「動物になれるとか楽しいし、怪事件の解決に取りくむってのも、〈使命〉って感じでカッコいいじゃん」
からっと言われて、力がぬけた。
「バレたら人生終わるかもなのに?」
「それがまたスリリングでおもしろい!」
「……尊こそ、人のこと言えないくらい単純じゃない?」
「どんなことも、いい面も悪い面もある。物ごとはとらえ方しだいだろ。それならうじうじしてるより、今や未来が楽しくなるように考えたいし、動きたいってだけ」

尊は、どこまでもプラス思考だ。
「バスケだって、天才にはちょうどいいハンデだろ。オレ、逆境になるほど、燃えてくるし!」
そして、試練(しれん)や困難ですら楽しんじゃうくらい、ふてぶてしい。
金色の夕日に照らされる幼なじみの顔が、光のせいだけでなく、まぶしく見えた。
強いなあ、尊は……。
「……実はわたしも、指輪はめてよかったってちょっと思ってた」
なんだか胸がいっぱいになって、自然と言葉がこぼれだす。
「昔、尊がわたしを木登りにさそったのって、この景色を見せようとしてくれたんでしょ? ありがとう。指輪のおかげで、こうしていっしょに見ることができた」
「…………」
「それに……」
オレンジに輝く夕焼けのパノラマを前にすると、普段は言えない気持ちも、素直にくちびるにのせられた。
「チーム㋐を作って、また、四人で集まるようになったでしょ。しばらく会えなくて、ほんとはずっとさびしかったから……うれしいなって」
「……!」
ほおをゆるめて伝えると、尊がハッと息をのんで──ボン!
黒柴の子犬が目の前に現れた。
「なんで!?」
「~~あ、明日までの課題、やってなかったこと思いだした! けっこう量あったよな。やべー」
それであせって、変身したの!?
「このタイミングで!? ちょっと、わたしの話、聞いてた?」
思わず抱きあげてにらみつけたけど、そっぽを向いて知らんぷりする尊。
でも、ふわふわの毛なみとパタパタと落ちつきなく動いてるしっぽがかわいすぎて、つい笑っちゃった。
仕方ないなあ……上の空だったとしても、このかわいさにめんじて許してあげよう。
「はあ~、もふもふ最高……極上(ごくじょう)のいやしだよ。疲労回復、ストレス解消、美肌(びはだ)や美髪(びはつ)にも効果があるかも……」
「オレは温泉か」
腕に抱いた黒柴をなでくり回していると、ポツリと、声が聞こえた。
「……まなみ。おまえが大ケガした時、さ。オレ…………」
「うん?」
首をかしげたら、すぐに「いや、やっぱいい」と言われる。
「えー、なに?」
「もういいって」
一方的に話を打ちきると、尊は夕焼けの空と町なみを見つめたまま、小さく息をもらした。
「…………ほんと、キレイだな……」
「うん……」
なんだかこの場所から、離れたくなくて。
この時間が、終わってほしくなくて。
それからは無言のまま、わたしたちはまだしばらく、暮れなずむ景色を眺めつづけていた……。
第6回へつづく(5月16日予定)

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