2 まさかのイジメ事件⁉
第三の事件について、チーム㋐(マルア)は、市内を歩きまわって「爪(つめ)あとマップ」を作ることにした。
毎回、二人一組で担当エリアを決めて、爪あとを探しまわりながら、その地区の動物たちに聞きこみをするんだ。
人間より、いつも外にいるノラ猫や小鳥の方が、事件を目撃しやすいしね。
放課後や土日に活動して、およそ一週間。
地道に調査をした結果、爪あとがつけられる瞬間を見たという猫二匹から、話を聞くことができた。
一匹目は、姿が見えない何かが通りすぎたと思ったら、『シャアッ』といらだたしげな声がして、突然、塀(へい)に爪あとがつけられた、という話。
二匹目は、何かが近くにいる気配がすると思っていたら、『ココモチガウ!』という声と同時にビルの壁(かべ)に爪あとがつけられた、とのこと。
フクロウによると、悪霊(あくりょう)は想いのこもった『物』や強い負の心をもつ『者』にとりついて、悪さをする──という話だったけど。
透明犬の時の石みたいに小さい物にとりついて、闇夜(やみよ)にまぎれてるのかな?
……と思ったけど、どっちも夜目がきく猫が『見えない』と言ってるんだから、もしかしたら透明なのかもしれない。
今回の悪霊は、透明な物にとりついてる? もしくは、透明化する能力があるのかも?
だとしたら、どうやって捕まえればいいんだろう?
そして、ちがうっていうのは、どういう意味なんだろう……?
ピッという先生の笛の音が鳴って、スタート台から生徒たちがプールに飛びこむ。
水しぶきをあげながら泳ぐ六人の中、ぐんぐんとトップにおどりでたのは、若葉ちゃんだ。
キレイなフォームでしなやかに泳ぐさまは、まるで人魚姫みたい。
他の生徒たちも、感心してため息をもらしてる。
「水沢さん、なんでもできるよね。中間テストでは二位だったんでしょ?」
「一位の今鷹(いまたか)くんも、まなみの幼なじみなんだっけ?」
「神崎くんも幼なじみって聞いたよ。まなみの幼なじみ、みんなすごすぎない?」
「えへへ、そうでしょー。尊はちょっと、いやだいぶ口悪いけど、若葉ちゃんも行成もカッコいいよね!」
プールサイドでいっしょに見ていたクラスメートたちにほめられて、ニコニコしちゃうわたし。
「ちなみにまなみは?」
「カナヅチで成績も下から数えた方が早いです」
わたしがスンとして答えると、あははっと笑い声が起こった。
「もう今日は飲むよ! プールの水を!」
わたしが大人のやけ酒(ざけ)を飲む時みたいに言うと、周りの女子は大爆笑。
「まなみ、それおぼれてるよ~」
よし、ウケがとれた!
でもカナヅチはアレだよ、猫は水が苦手だから、仕方ないよね! ……はい、言いわけです。
コースで泳いでた子たちが全員泳ぎおわると、大きく笛の音がひびきわたった。
「じゃあ、ここからは自由時間です」
先生の言葉に、プールサイドにいた生徒たちもつぎつぎとプールの中に入っていく。
やったー、ビーチボールで遊ぼう……と思ったけど、急にトイレ行きたくなっちゃった!
水泳授業の時のトイレって、ちょっとイヤなのに~!
空気読もうよ、わたしのおなか……とうらめしく思いつつ、用事をすませてプールサイドにもどってくる。あーあ、大きなタイムロスだよ……あれ?
きゃいきゃいと楽しそうに遊ぶ生徒たちの中。
プールのはじっこの方に、一人でポツンと立ってる女子がいた。
あんまり見覚えないから、となりのB組の子だな。
「ねえねえ、あなたもプール苦手?」
プールに入るハシゴのそばにいたから、下りたところで話しかけてみた。
「えっ……う、うん」
結んだ髪を水泳帽に入れた、小がらなその子は、突然声をかけられてとまどったみたい。
目をパチパチさせながら、うなずく。
「わたしも苦手なの。息つぎしようとして、どうしても水飲んじゃうし。水分補給(ほきゅう)は完ぺきだけど……あっ、それでトイレ近くなったのかな」
「水分補給……」
お、少し笑ってくれたぞ。
「……プールの途中でトイレって、あんまり行きたくないよね」
「そうそう、水着がはりつくしねー。上下がつながってるやつとか、サイアク! もっと布地が少ないビキニとかだと楽なのかな。学校でビキニは攻めすぎだけど」
「……んんっ……が、学校でビキニはおもしろすぎ……!」
どうやらツボをついたみたいで、肩をふるわせてる……意外と笑いじょうごなのかな?
「名前聞いてもいい? わたし、斉賀まなみ」
「渡辺佐穂(わたなべさほ)です」
おたがい名乗ったところで、「まなみ~」とビーチボールで遊んでるクラスメートに呼ばれた。
「おそいよ~。まなみも入りなよ~」
「今行く~。──佐穂ちゃんもいっしょにやらない?」
「ううん、私はいいよ」
そっか、とうなずいて、わたしはクラスメートの輪の方に行った。
その日の放課後。「失礼しました」と職員室から廊下に出たところで、髪の毛を後ろで結んだ小がらな女子にまた会った。
「佐穂ちゃん! 十年ぶり!」
ベタなギャグだったけど、佐穂ちゃんはふふっと少し笑顔になった。
「……職員室?」
「うん、おはずかしながら、いねむりが多いって呼びだされた……『授業中に君が起きているところを見たことがない』って先生も大げさだよね。半分は起きてるよ!」
「は、半分……けっこう寝てるね? でもプールの後は眠くなっちゃうよね」
「そう! そうなんだよ~。今もお説教聞きながらついウトウトしちゃって、ますます怒られちゃった。佐穂ちゃんは……図書室とか?」
バーコードがはられた本を持ってたから、そうたずねる。
クスクス笑っていた佐穂ちゃんは、こくりとうなずいた。
「これから返しに行くの」
「へ~、佐穂ちゃん、本が好きなんだね」
そう言った直後、「ぐううううう」とハデにおなかが鳴った。は、はずかしー。
「おなかから熱烈なおやつのリクエストが入ったから、わたしは帰るね……」
「あはは、まなみちゃん、おもしろい。うん、バイバイ」
ああ、ハジかいた……でも、少しうちとけた感じがしてうれしいな。
そう思いながら、教室に向かってると。
階段のところで「ねえ、斉賀(さいが)さん……だよね?」と呼びとめられた。
振りかえると、体育の授業で見たことがある女子三人組が、わたしを取りかこむように近づいてくる。リーダーっぽい子の名前はたしか館林(たてばやし)さん、だったかな。
「そうだけど……?」
「ねえ、さっき渡辺佐穂と話してたでしょ。これはチューコクだけど、あの子に話しかけないほうがいいよ」
「え……?」
思いもよらない言葉に、息をのんだ。
「すごくイヤな子だから、みんなに嫌われてるの」
「そうそう。暗いんだよね」
「斉賀さんもみんなから同類って思われるよ」
まるで親切をしてるみたいに、笑みさえ浮かべてそんなことを言ってくる女子たちに。
すうっと、体温が下がる心地がした。モヤモヤが胸にわき起こってくる。
「──わたしはそうは思わない。『みんな』とか知らないし、どうでもいいよ」
それだけ言って、離れようとしたのに、前をふさがれた。
「待ちなよ。……そんなだから、斉賀さんも感じ悪いって言われるんだよ」
「はっ……!?」
「A組の子が、斉賀さんのこと『すごい子たちとたまたま幼なじみってだけなのに、調子にのってる』って言ってたもん」
「ねー。あと、『うるさいし、長所ゼロなのにカンちがいしてるイタい子』って言われてたよ」
「……!」
いっせいに悪意の刃(やいば)をつきつけられて、身がすくんで、言葉につまる。
「実際、そういうとこが──」
「まなみ?」
勝ちほこったようにほおをゆるめながら館林さんが続けようとしたところで、尊と行成が通りかかって、声をかけられた。

「きゃあっ」「やだっ」「行こう」とか言いあいながら、小走りに去っていくB組女子三人組。
わたしは固まったまま、その後ろ姿を見送っていたけど、ふつふつと怒りがわいてきた。
~~なんなの、あの子たち。最っ悪!
「何があった?」
「なんかからまれた! 腹立つ~! でも、もういいよ。帰ろう」
ムカムカはおさまらなかったけど、尊たちをイヤな気分に巻きこみたくなかった。
──「A組の子が、斉賀さんのこと『すごい子たちとたまたま幼なじみってだけなのに、調子にのってる』って言ってたもん」
うちのA組で、ほんとにそんなこと言ってる子がいるのかな……。
調子にのってるつもりなんて、ないんだけど。
たしかに三人は自慢(じまん)の幼なじみで、すごければすごいほど、うれしくて誇(ほこ)らしい気持ちになるけど。
──逆に、落ちこんじゃうこともある。
くらべても仕方ないって思っても、どうしても…………ってダメだ、あんな子たちの言うこと真に受けることないよね!?
もしほんとだとしても、それをわざわざわたしに言ってくるなんて、ひどいもん。
自分は安全なところから相手を傷つけようとしてくる、ひきょうな手口。
へこんでたら、あの子たちの思うツボだ……。
それにしても、とっさのことでビックリして、言いかえせなかったのがくやしいなあ!
──「うるさいし、長所ゼロなのにカンちがいしてるイタい子」
あー、もう。気にしなくていいってわかってるのに、あのイジワルな声が、耳からはなれないよ。それに……
──「これはチューコクだけど、あの子に話しかけないほうがいいよ」
佐穂ちゃん、もしかして、いじめられてるのかな……。