5 透明犬と鬼ごっこ⁉
「みんな、巻きこんじゃってごめんね」
田舎(いなか)から帰る電車の中で、わたしは改めて、三人に頭を下げた。
「ほんとになー。おわびにボスバーガーの新作シェイク一年分、まなみのおごりってことで」
「一年分⁉ 尊さん、そんな殺生(せっしょう)な……」
「だいたいおまえは警戒心(けいかいしん)なさすぎんだよ。そんなあやしい声にホイホイしたがってさ……」
「うう……じゃあ尊は声が聞こえてもムシする? 箱を見つけても開けない?」
わたしが聞くと、尊は胸をはってキッパリと。
「絶っっ対、開ける」
おいコラ!
「開けるんじゃん!」
「だって気になるだろ。オレは警戒するけど、その上で好奇心を優先する」
「やることは同じだから! えらそうに言える立場じゃないからね⁉」
「まあ、事故みたいなものだし、起きてしまったことを悔やんでもどうしようもないよ」
とりなすようにそう言ったのは若葉ちゃん。うう、いつもフォローありがとう。
「同感。俺たちはヒミツがバレたら人生が終わるかもしれない、運命共同体だ。仲間うちで言いあったところで、マイナス効果しかないだろう」
行成も、いつもながら冷静にコメントする。行成って、普段は口数少ないけど、必要な時は大人みたいな言葉でしっかり意見を言うんだよね。
「でも、不思議な声が聞こえたのがまなみ、ってのは意外だな。こういうのは若葉がするどいだろ」
行成の指摘に、たしかに、と一同、うなずきあった。
繊細(せんさい)でよく気がまわる若葉ちゃんは、どうも霊感(れいかん)も強いようで。
子どものころからときどき、わたしたちには感じられないものを感じることがあったんだ。
いちばん印象に残ってるのは、小五の林間学校。
ホテルに着いたとたん、青ざめた若葉ちゃんいわく。
『なにかイヤな感じがする』
で、自由行動の時に地元の人に聞いたら、むかし、ホテルの裏手の森で、オーナーと従業員の心中事件があったんだって。
他にも若葉ちゃんが変だっていう場所では、過去に事故とか、いわくつきのことがあって……なのに今回、指輪に呼ばれた(?)のは、どうしてわたしだったんだろう?
「若葉だったら開けてくれないと思ったんじゃね?」
「一理(いちり)ある」
「意のままにあやつれそうだと選ばれたのが、まなみだったわけだ」
「そんな、人を単純みたいに!」
「見るからに単純でバカだろ。チョロそう」
「けちょんけちょんに言いすぎじゃない⁉」
「素直なのは、まなみのいいところだよね」
「若葉ちゃん、好きー!」
となりにすわってた若葉ちゃんに、思わず抱きついた。
「そういえば、白い光に包まれる直前、すっごいイヤな感じがしたでしょ? 若葉ちゃんの霊感が働く時って、あんな感じなの?」
わたしの質問に、若葉ちゃんは顔をくもらせた。
「そうだね……でも、あの蔵の時は、今まで感じたことないくらい、強くて不気味で冷たい感じがした。周りの空気が急に重くなって、凍りついたような錯覚があって……すぐに白い光に包まれて気を失って、起きた時にはイヤな気配は消えてたけど」
「そんなに⁉」
若葉ちゃんは、あの時の不思議な気配にも、わたしたちよりビンカンに反応してたんだ。
「じゃあ、やっぱりこの指輪は呪われた指輪……?」
「わからない。でも今、私たちの指輪から、イヤな感じは全然しないよ」
駅に着いたのは、もう日が沈みかけの時間帯だった。
お手洗いに行った若葉ちゃんと行成を駅前で待っていたら、不意に、にゃあ、と声がした。
見ると丸っこい体のミケ猫が!
道ばたにすわりこんで、ぺろぺろと自分の体をなめて毛づくろいをしてる。
うーん、かわいい。かわいいねえ。
そばで見たい、なでなでしたい……という気持ちがわきおこったけど。
白い影が頭の中をさっとよぎって、わたしはミケ猫から目線を引きはがした。
「もふらないのか?」
「いいよ。あ、見て、この自販機(じはんき)! めずらしいジュースがある」
尊にそっけなく答えて、話題を変えた。
――わたしは、猫に近づいちゃいけないから。
でも、こんなわたしが猫に変身する体質になっちゃうなんて、みょうな話だな……。
駅からは歩いて家に向かう。四人ともご近所だから、途中までいっしょだ。
なんとなく話すことも少なくなって歩いているうちに、あたりはすっかり暗くなった。
「……なんか、寒気がする……」
住宅街の道で、若葉ちゃんがポツリとつぶやいた。
「だいじょうぶ? なにか上に着るものとか……」
「ううん……これは、そういうのじゃなくて……」
街灯の下で、顔をこわばらせる若葉ちゃん。
生ぬるい風がふいて、ざわざわと木がゆれる。
月に雲がかかったのか、あたりの闇が急にこくなったような気がした。直後。
ウウー、と、犬のうなるような声が、耳に入る。
ハアッハアッっと息づかいまで聞こえて、近づいてくる気配はあるのに、姿は見えない。
「……何、これ……?」
思わず顔を見あわせるわたしたち。
「ワン、ワン!」
今度ははっきりと、おどすように吠えたてられたけど、やっぱり姿はどこにも……んん?
あれは何……?
目を凝らすと、すうっと意識が冴(さ)え、視界がくっきりしていく。
街灯の明かりからは遠い、完全に夜の闇にまぎれたスペース。
普段のわたしなら何も見えないだろう真っ暗な道の上に、小さな何かが浮かんでいるのが見えた。
石……? と、さらによく見ようとした瞬間、それはわたしの手元にビュンッと飛んできて。
あっ、と思ったら手にさげていた紙ぶくろをうばわれていた。
ふくろの中には、おばあちゃんが作ってくれた、おみやげのおだんごが入ってるのに!
「待ちなさい! わたしのおだんご!」
離れていこうとする紙ぶくろを、とっさに追いかける。
カッ、と体の芯(しん)が熱くなるような感覚。同時に。
ボンッ! と体が猫に変身した。
感情が高ぶったから⁉ でも、人間の時より体が軽い。
紙ぶくろはすごいスピードで飛んでいくけど、猫の速さなら追いつけるかも!
よし、と思った瞬間、標的がふわっと飛んで、塀(へい)の上に。
逃がさない!
無我夢中(むがむちゅう)でジャンプすると、わたしも軽々と塀の上に着地した。
そのまま、細い塀(へい)の上を走って、逃げていく紙ぶくろを追っていく。
すごいすごい、いつもの運動オンチのわたしじゃ考えられない運動神経!
やっぱり猫の体、ハンパない……!
解きはなたれたような快感に、ぶるっとふるえた。
全身がほてって、心がおどる。――って、はしゃいでる場合じゃないか!
「おだんごを返して!」
標的はさらに屋根の上までひゅーんと逃げるものだから、わたしはえいっと近くにあった木の枝にとびうつり、そこを足場に屋根の上へジャンプ!
「絶対、逃がさないんだから!」
着地して、もう一回大きく前にとぶ。
すぐそばまでせまった紙ぶくろに手をのばしたけど、ひょいっと逃げられた。おしい!
月明かりしかないけど、あいかわらず視界はくっきり見えた。
屋根から屋根へとびうつって、くるっと回転しながらとびおりて、フェンスをとびこえて――アクロバティックな動きで、標的を追って、夜の住宅街を走りまわる。
全身がバネになったような自由自在の追跡。
ビュンビュンと風のように流れていく景色。
鬼ごっこは大っきらいだったのに、すごくワクワクしていた。
アドレナリンがドクドク出てる感じ。
でも、敵もすばやくて、なかなか追いつけない!
「まなみ!」
屋根の上をダッシュしてたら、名前を呼ばれた。
声のした方を見ると、となりの屋根を、黒柴になった尊が走ってる。
尊はもともと足が速いけど、犬の今はその何倍も速い!
「いつのまに⁉」
「まなみのニオイを目標に、平地を追ってきた。考えなしに一人でとびだすなよ」
「ごめん、つい……」
「速いな、あいつ」
尊は獲物を追うハンターみたいに、生き生きと目を光らせている。
「そうなの、追いかけるだけで精一杯」
「四人で囲めば、捕まえられるだろう」
新たに聞こえた声に振りかえると、タカになった行成が空を飛んでいた。
「そろそろ二十分経って、変身が解ける。若葉が大森神社に先まわりしてるから、そこに追いこんで捕獲(ほかく)しよう」
「りょうかい!」
大森神社はわたしたちが小さいころから遊び場にしてた、古い神社だ。
境内(けいだい)に着いたところで、ボン! ボン! ボン! とわたしたちの変身が立てつづけに解けた。
標的(ひょうてき)との距離が開いてしまう前に、前方に、ショートボブの美少女が立ちふさがる。
「ゲームセットだよ」
すずやかに告げる若葉ちゃん。
人間にもどったわたしたちもすばやく回りこんで、前後左右の逃げ道を完全にふさぐ。
とまどうように、ゆらゆらと揺れている紙ぶくろ。
持ち手のところには石がくっついてる。
「もう逃がさない!」
わたしは獲物をとらえる猫のように、えいっととびかかった。
「――捕まえた!」
左手で紙ぶくろ本体を、右手で持ち手を石ごと、ギュッとにぎりしめた、瞬間。
中指にはまったピンクの指輪が、ピカッと今までで一番光った!
かと思うと、目の前に、黒い〈もや〉をまとった犬の姿が、浮かびあがった……⁉
何これ⁉
警察犬みたいながっしりした体は半透明で、向こうの茂みが透けて見える。
でもこの犬、口からあわを吹いて、身をよじってうめいていて。
『ウウ……ウッ……ッ……!』
なんだかすごく、苦しそう……なんとか、なんとかしてあげたい!
そう思ったら、胸が熱くなってきて、その熱が体中に広がって……。
わたしはとっさに犬に手をのばして、その体をなでたんだ。
「……だいじょうぶだよ。もう、苦しまないで……!」
どうしたらいいかわからなかったけど、必死の思いでそう言ったとたん――
指輪をしたわたしの手から、神々(こうごう)しいピンク色の光があふれだして、犬の全身を包みこんだ。
ピンクの光は、犬にからみついていた黒い〈もや〉を飲みこむと、白い光に変わっていく。
『――! ……クゥン』
苦しそうだった犬は、まるで悪いものから解放されたように、おだやかな様子になった。
清らかな白光に包まれながら、やさしい目でこっちを見て、舌を出し、パタパタとしっぽを振る。
そして、しゅうっと空に昇(のぼ)っていった。
白い光の中で、犬の姿がとけるように消えたと思った瞬間、光がぱあんと四つに分かれて。
四つの白光は、わたしたちの指輪に、吸いこまれていったんだ……!
