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わたし心葉(ここは)! サッカー部部長の桐生先輩に入部の条件として出された「今年の新入生にいる、サッカーの天才をつれてくる」をクリア! 速水くんが、期間限定だけどサッカー部に入ってくれることになったんだ。これでようやく、わたしのマネージャーライフも試合開始(キックオフ)!
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#5 マネージャー、奮闘中!
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「今日の練習は、アップ、ロンド、ヘディング練のあと……」
部長の桐生先輩の声が、グラウンドにひびく。
でも、部員たちは、それどころじゃなさそうで。みんな、ざわざわしてる。
桐生先輩だけが、動じないで淡々としている。
「速水颯馬? うそだろ? なんでうちの部に?」
「本物、……だよな? ちゃんと練習着着てるし」
「まさかあの速水が、サッカー部に入るのかよ!」
そう、速水くんが、ちゃんとサッカー部にきてくれたんだ!
世界レベルの速水くんが部活に、ってなったら、みんな黙ってはいられないよね。
おどろきが隠しきれない部員たちに、桐生先輩が、パン、と手をたたく。
「じゃあ、新入生。自己紹介して」
「……速水颯馬です。ポジションはフォワード。一ヶ月だけ入部します」
速水くんが、ぶっきらぼうに自己紹介をすませると、一段とざわめきが大きくなった。
「一ヶ月だけ、ってどういうことだよ!?」
「おいおい、茶化しにきたのか?」
そりゃ、そうなるよね。
もともと、速水くん自身がやる気になったわけじゃない。わたしが無理やり、さそったんだもん。
そんな姿勢で入部されたら、みんなの反感を……。
「それまでは、全力でやるんで。絶対に適当にやりません」
ぴしゃり、と言い放つ速水くん。
そのオーラに、みんな気圧される。
速水くん、すごい。責任感は人一倍あるんだって、わたしも保健室で思ったんだった。
速水くんのまっすぐな目を見たら、だれもなにも言えなくなっていた。
これで、いよいよわたしも、サッカー部のマネージャーデビュー!
あこがれのマネージャーライフが、いよいよ試合開始するんだ!
ワクワクしてきたーっ!
「じゃあ、次、二人組でパス練するぞー!」
桐生先輩の声で、部員たちは二人組をつくる。
速水くんは、同じ一年生の佐伯くんとペアになり、ボールをセットした。
佐伯くんは、ちょっと緊張してそうだけど……。
──シュッ。
「……!」
素人のわたしでも、わかる。
速水くん、ボールの扱いが、うますぎる!
足がぶれないし、パスがまっすぐ、佐伯くんの足元にとどく。
ボールを止めるのだって、ピタッと足からはなれない。
先輩たちも、速水くんのボールさばきに、目を大きくしていた。
「すごい……!」
って、感動してる場合じゃない!
わたしはわたしで、マネージャーとしてできること、探さないと。
先輩マネはもちろんいなくて、教えてくれる人はだれもいない。
サッカー部顧問の小林先生は、生徒主体の部活を方針にしてる。
だから、部活に来ても、口はださないで、みんなのようすを見守ってるだけ。
わたしだけ、やるべきことを教わるわけにもいかないんだ。
入学前に、本を読んでマネージャーの仕事の勉強はした。
でも、実際グラウンドに立つと、どう動けばいいのかわからない……。
とりあえず、ボール拾い、とか、かな?
転がってきたサッカーボールを、みんなのほうへ蹴り返す。
「ああっ!」
ボールは、ちがうほうへと飛んで行ってしまった。
もっと遠いところに行っちゃった!
急いで取りに行かなきゃ!
あわてて、痛む足で追いかけると。
「おい、立花! そこ、邪魔!」
桐生先輩の、厳しい声が飛んできた。
「す、すいませんっ!」
全力で走ってくる選手は、わたしのことを、ギリギリのところでかわした。
おかげで、ぶつからずに、すんだけど。
先輩たちが、顔をしかめたのが見えた。
わたし、練習の邪魔、しちゃった……。
役に立つどころか、迷惑かけちゃうなんて。
……でも、落ちこんでるヒマはないよね。
まだ初日だもん。だんだん覚えていけば、きっと大丈夫!
そう、自分を奮い立たせたところで。
「あー、テーピングとれちゃった」
部員のひとりが、テーピングバッグのそばにやってきた。
えーと、名前はまだ覚えてないけど、二年生の先輩!
先輩は、取れてしまった白いテープを、くしゃくしゃに丸めて。新しいテープをバッグから出して、自分で足首に巻こうとしている。
でも、その手つきはおぼつかない。
たぶん、うまく巻けてない、よね?
わたしはすかさず、先輩のもとへ駆け寄った。
「先輩! わたし、手伝います!」
「ありがたいけど、……できんの?」
「できます!」
わたしの口からは、とっさにそんな返事が出た。
マネージャー入門の本にも、テーピングのことは少しだけ書いてあった。スポーツ選手が、ケガの防止や応急処置のために、テープを巻いて固定するの。
できます、って勢いで言っちゃったけど……。
ひととおり読んだし、きっとできるはず……だよね。
「じゃあ、よろしくな」
先輩にテープを渡され、わたしは先輩の足首にはじっこをぺたりと貼る。
本の記憶をたよりに、手を動かしてみるけど……。
「……大丈夫か?」
わたしの手つきを見て、苦笑いする先輩。
どうしよう! 全然写真どおりにできないよ!
できあがったのは、ぐちゃぐちゃに巻かれたテーピング。
さっき先輩がやろうとしていたよりも、ひどい出来だ。
「自分でやり直すわ! サンキューな」
先輩は、わたしが巻いたものをすべて取り去った。
ああ、失敗しちゃった……。
水分補給にきていたほかの先輩たちも、みんな苦笑している。
自分の力不足を、痛感してしまう。わたしってば、なにやってるの……。
「立花」
そのとき、桐生先輩が、横からびしっと告げてきた。
「入部は認めたが、サッカー部のマネージャーとして認めたわけじゃない」
くやしいけど、なにも反論できない……。
役に立てる、だとか、チームを全国に、なんて。まだまだ甘かった。
速水くんに笑われるのも、当然だ。わたし、みんなの足をひっぱってるもん。
でも、やれることは、なんでもやらないと。
そう思い直して、顔をあげたところで。
「……!」
部員のひとりが、飲水用のボトルをかかえて歩いていた。
先輩たちは部活のジャージだけど、その子は体育着だから、同じ新入生だ。
「わたし、水入れてくるよ!」
気づいたら、体が勝手に動いていた。けれど、新入生の部員は、首を横に振る。
「先輩から、言われてるんだ。今までマネージャーがやってくれてたはずの仕事、今年からは一年の初心者でやるようにって」
でも、もう練習は次のメニューに進んでしまっている。
ボトルに水をいれている時間、この子は練習に参加できなくなっちゃう。
「こういうのこそ、頼んでよ! こういうときのために、わたしがいるんじゃん!」
わたしがにこっと笑いかけると、男子の表情がゆるむ。
「あ、ありがとう」
わたしは大きくうなずいて、ボトルを受けとった。
せっかくサッカー部に入ったのに、ボールにさわれないなんて。
練習に集中できるように、わたしが変えていかないと。
水をいれようと、わたしはボトルをかかえて、水道へ向かった。
「はあ……」
水道に満タンになったボトルを置いて、わたしは大きく息をはいた。
初日だから、しかたないのかもだけど……。わたし、ダメダメだな。
右も左もわからなくて、なにをしたらいいのか、さっぱりわかんない。
それなのに、えらそうに「役に立ってみせます!」なんて言っちゃって……。
もうちょっと、いろいろ勉強しないとだな。力になるどころか、練習の邪魔になっちゃう。
「ココ」
「え?」
すると、横から、わたしを呼ぶ声がした。
「大和(やまと)くん!」
「学校で会うのははじめてだな。入学おめでとう」
「ありがとう! ……ございます、か。大和、先輩?」
「いい。敬語とか先輩なんて、今さらいらないよ」
きりっとしたメガネの奥には、やさしそうな目がのぞく。黒髪が風に揺れ、クールな印象をかもしだしている。
真面目そうでおとなっぽいこの男子は、仁科大和(にしな やまと)くん。一歳年上の、わたしの幼なじみなの。
家が近所で、小さいころはよく、家族ぐるみで遊んでたんだけど。
大和くんは成績優秀で、私立の小学校に行っちゃってからは、なかなか会えてなかったんだよね。
そんなとき、大和くんが星ヶ浜学園に入学した、ってきいて。
わたしは、大和くんに家庭教師として、勉強を教わってたの。
大和くんのおかげで、星ヶ浜の中等部に合格したといっても、過言じゃない!
「サッカー部のマネージャー、やってるんだな」
「そう! まあ、いろいろあったんだけどね」
マネージャーを募集してないところから、速水くんを入部させる条件を出されて……。
マネになるのにも一苦労だったよ!
「でも、ココはずっとあこがれてたもんな。よかったな」
大和くんはやさしい顔を向ける。
「ありがとう! でも……」
わたしがボトルに目を落とすと、大和くんが心配そうに顔を覗きこんできた。
「どうした?」
「マネージャーって、難しいんだね。わたし、迷惑ばっかりかけて。大和くんは、すごいなって思ったの」
そう、大和くんは、野球部のマネージャーをしてる。
もともと選手だったけど、ケガをきっかけにみんなのサポートをするようになって、マネージャーのやりがいに気づいたんだって。
つまり大和くんは、マネージャーの先輩、でもあるの。
ふと野球部を見やると、マネージャーが何人もいて、テキパキと動いている。
球だしとか、ドリンク作りとか。みんなが、部のために一生けんめいなのが、遠目でも伝わってきた。
「よく周りを見ること」
大和くんは、かすかな笑みを浮かべた。
「……よく、周りを見ること?」
「役に立つためには、みんなが何を求めているのか、いち早く気がつくことが大事なんだ。まずはみんなのようすを観察して、どこを変えたら練習がよくなるか、考えつづけること」
大和くんの言葉が、胸にすとんと落ちてくる。
よく周りを見ること、か……。
経験者ならではの大和くんのアドバイスは、すごく説得力がある。
「それがきっと、サッカー部のためになる」
「ありがとう、大和くん……!」
やっぱりすごく頼りになるなあ、大和くん。
道に迷っているわたしに、こっちだよ、って、正しい道を教えてくれているみたい。
大和くんは、わたしにとって、道しるべみたいな存在だ。
「よし、そろそろ戻らないとな」
「そうだね! 行かなきゃ!」
「がんばれよ」
「うん、ありがとー!」
大和くんにお礼を言って、わたしは重いボトルをかかえた。
そして、サッカー部の練習場所に向かっていく。
気のせいかな? さっきの空のボトルよりも、なんだか軽くなったように感じたんだ。
<第6回へつづく> 5月7日(火)公開予定
『初恋キックオフ!』は5月9日(木)発売予定!
- 【定価】
- 814円(本体740円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046323118
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