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徳川家康(とくがわ・いえやす)がひらいた「江戸幕府(えどばくふ)」は、約260年もの間、戦争がほとんどなかった時代。わたしたちが暮らす現代にもつながる、「平和のいしずえ」をきずきました。
しかし、「平和の世」までの道のりは、大ピンチの連続!? はじめは失敗ばかりで……?
家族も城もうしない、敵の「人質」としてすごした幼少期から、織田信長(おだのぶなが)や豊臣秀吉(とよとみひでよし)との出会い、そして天下分け目の「関ヶ原(せきがはら)の戦い」まで。
これを読めば、家康について、楽しく、そして深くわかることまちがいなし!(全8回予定)
❋
ついに天下取りに立ち上がった家康。
「平和の世」の実現のため、天下分け目の戦いにいどむ!
❋
幼いうちに父母と別れ、人質にされた――。
大きな国に利用される日々――。
織田と組み、豊臣に仕えて――。
流れを読み、我慢を重ね――。
重い荷を背負い、ずっと長い道を歩いてきた。
戦国の世の常なんて消えてしまえと願い……。
やっと……やっと、ここまできたのだ……。
「……そう、やっとここまで……逆転の……」
「殿、殿!? いかがなされましたか!?」
お付きの若者の呼ぶ声で、家康はハッと我に返った。
一瞬の間に、長い長い夢を見ていたような気がする――。
天下分け目の合戦の最中に、昔の思い出にひたっていたとは。
「いいや! なんでもない」
しっかりしろ! ふり返るのはまだ早い! 今どうするかを考えろ!
バシッ! と、両手ではさむように顔をたたいて気合いを入れる。
すぐさま、伝令が家康のいる陣地にかけこんできた。
「殿、申し上げます! 先頭を引き受けた福島正則(ふくしままさのり)殿の隊がしかけるそうです!」
「うむ。福島殿に存分に手柄を挙げるよう伝えよ!」
そう答える間もなく、別の伝令が飛びこんでくる。
「殿! 井伊直政(いいなおまさ)殿が抜け駆けし、福島隊より先に出たとの報せ!」
「ふっ。直政め。はりきっているな……」
信頼できる徳川家の家臣たちは、一人で千人分のはたらきをする。すさまじい強さの武者ぞろいだ。兵たちの気合いも高まっている。
それに、戦は力と力のぶつかり合いだけではない。刃を交える何ヶ月も前から、戦いは始まっている。あらゆる手をつくし、勝つための準備をしてきた。
関ケ原はまだ霧が立ちこめている。
先鋒の福島正則と、赤備えの井伊直政が正面の敵とぶつかっている――。
と、右のほうから鉄砲の音が響いた。右手には三成の本陣があった。攻撃が始まったか?
「戦いはどうなっている? 伝令はまだか!?」
「ははっ。豊臣の諸将が、敵本陣に攻撃をかけた模様です」
一進一退のまま、時が経っていった。
伝令によると、正面でぶつかっている福島や直政の部隊は、やや押され気味らしい。
気になるのは家康のいる本陣の背後、山に陣取った毛利の大軍勢だが……。
毛利はまったく動く気配がない。
あそこには、密約を交わした吉川がいる。動けないようにおさえているのだろう。
「各部隊に、『背後の毛利は気にするな、三成の本陣を落とせ』と伝えろ!」
これで兵力による西軍の有利はなくなるはずだが……。
日も高くなって、じりじりと時間ばかりが過ぎていく。
西軍は思っていたより手強い――。
本陣にいながら、家康は味方が押されている空気を感じとっていた。
「秀忠さえ間に合っていれば!」
徳川の四万近い軍勢と、勇猛な榊原康政(さかきばらやすまさ)ら三河武士は、信濃で足止めされ到着が遅れている。
よくない流れだ。どうしたらいい?
家康は声を荒らげた。
「東軍への寝返りを約束した小早川秀秋は、何をしている!?」
「何度も伝令は出しているのですが、まったく動きがありません!」
たしかに、目の前の山に陣取った小早川の部隊は、東も西も攻めずにじっとしている。
秀秋はまだ十代の若僧だ、うろたえているのか? それとも勝った側につく気か?
どっちにしても、必死さが足りない。
あの日の印地打ちと同じだ。必死でないと、勝てるものも勝てなくなる――。
「信長様、鷹を放ちますぞ……そう、自分の手を伸ばすように……」
「はっ? 殿、今、なんと申されました?」
聞き返す声には答えず、軍配を手にした家康は、スッと手を伸ばして、小早川隊のいる山を指し示した。
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「鉄砲隊! 小早川の陣をねらえ!」
パーン! パパーン!
徳川本陣からの一斉射撃が響いた。
ここからでは弾は届きはしない。だが、ねらわれたと気づいたのか、秀秋の一万五千の軍勢は弾かれたように山を下り、横から西軍へと突っこみはじめた。
小早川軍の必死の動きを見て、同じように寝返るよう声をかけておいた武将がそれに続く。
突然、真横から殴りかかられた西軍は、なだれをうって崩れ始めた。
秀秋の軍勢は、福島正則が戦っている敵さえ、横から切り崩していく。
「よし! 流れは変わった。我々も敵本陣をたたく! 前進だ!」
無傷の徳川軍がとどめとばかりに押すと、ついに三成の本陣もこらえ切れずに砕け散った。
天下分け目の関ケ原は、たったの六時間たらずで東軍の勝利に終わった。
これで、天下は徳川にかたむく――。
徳川の世を作る強さを手に入れた――。
勝利の声が響くなか、家康は小さな声でつぶやいた。
「どうだ元忠、石合戦は東が勝ったぞ……」
そう。「戦い」は終わった。
だが家康が本当にやり遂げたいことは、ここから始まるのだ。
「戦国の世の常」などと、二度と言わないですむ太平の世を作ってやろう。
信長様も、秀吉殿もできなかったこと……。
自分が死んだ後もできるだけ長く続くような、争いのない世の中を……。
百五十年に渡って続いた戦乱の時代は、終わりを告げようとしていた。
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関ケ原の戦いから三年後――。
徳川家康は征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に任ぜられ、江戸に幕府を開いた。
征夷大将軍は秀吉の受けた関白より位としては下だが、鎌倉幕府、室町幕府と続く「武士の頂点」という意味合いがある。家康は将軍となることで、争いのもとである武士を押さえた。
京都から遠く離れた関東が、政治の中心地となったのだ。
将軍となった家康は、江戸城や城下町を広げる工事を各地の大名たちにまかせた。
今までは争いに使っていた力を街作りに費やすことで、江戸はどんどん大きくなっていった。
貨幣を造ったり、街道を整備したり――将軍のやることは、いくらでもあった。
どんなにつらいときもあきらめず、我慢して逆転のときを待った武将、徳川家康――。
その家康が土台を作った江戸は、東京と名前を変えた今でも活気に満ち、発展を続けている。
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